『14』
カレンと魔獣との戦闘が始まって一時間が経過した。
彼女は疲労することもなく、次々と襲ってくる魔獣たちを処理していく。
異能で焼き殺し、剣で切り裂き、ときには素手で殴打する。
まるで踊っているかのように鮮やかに殺していった。
「やはり複数の敵には慣れているのか」
安全な場所でカレンの戦いを眺めながら、英人は呟いた。
カレンの炎を操る異能は複数の敵に対して効果的だ。
ここまで戦えているのは、彼女の炎のおかげと言っても過言ではない。
だが、カレンの方も己の長所を理解しているのか、複数の敵を相手にしているのに動きに全く無駄がない。
一斉に襲いかかってこられた時でも、どの敵から殺せばいいか冷静に判断している。
「少しカレンを見くびり過ぎていたか」
英人は別にカレンを弱いとは思っていない。
ただ英人から見れば、一般の生徒の強さとカレンの強さの違いなど微々たる差なのだ。
それゆえ、カレンが入学試験をトップで入学していようが、英人は彼女に対して意識することは何もなかった。
(だが、対複数だったら彼女はかなり優秀なのかもしれないな)
炎を放ちながら剣を振るって舞っているカレンを見据ながら、英人はそう思った。
「どう英人。アタシの実力は?」
「すごいんじゃないか。それだけの数の魔獣をこんなに無駄なく捌けるやつはなかなかいねぇよ」
「フッ、当たり前よ。なんせアタシは英国最強の勇者――アベル・ベルージの娘なんだから」
カレンはニヤッと笑ったのち、溢れてくる魔獣を次から次へと殺していく。
その度に魔獣の体から血が弾け、地面を真っ赤に染め上げる。
「こりゃ後処理が大変だな」
カレンが楽しげに魔獣を殺している傍ら、英人は鉄臭い匂いを嗅ぎながら、そう呟いた。
一時間後――。
「ようやく終わったわ」
結局、森の中から現れた魔獣は九十体近く。
それら全てカレンたった一人で殺してしまった。
そのせいで彼女の制服には血がべっとりと付いている。見た目は完全に殺人鬼だ。
「お前、血とか気にしないのな。女なのに」
「そんなの気にしてたら戦闘に集中できないじゃない。アンタはバカなの?」
「お前な……」
カレンは機嫌がいいのか、笑みを浮かべながら英人に悪口を飛ばしてきた。
「どう? アタシの実力を思い知ったでしょ」
「まあな。複数の敵の対処は力のある勇者の中に入っても全く引けを取らないんじゃないか」
「フッ、そうでしょ。これが英国最強の勇者アベル・ベルージの娘――カレン・ベルージなのよ。よく覚えておきなさい」
自慢げに語るカレンに対し、面倒になった英人は「へいへい」と適当に返しておいた。
カレンは強い。
対複数の魔獣に関してだけ言えば、かなり高いレベルに位置している。
だが、英人には一つ気がかりなことがあった。
それは彼女の戦闘ではなく、もっと根本的なこと――。
「? あれはなんだ?」
英人が示した先――森の奥の暗闇から赤く丸い光が灯っている。
それも複数。
「おそらく夜行性の魔獣ね」
「まじか。まだいたのか。しぶとい奴らだな」
夜行性の魔獣の特徴は赤い瞳。
奴らはそれらを光らせて夜のみ活動する。
ちなみに、夜行性の魔獣は通常の魔獣より強い。
「ったく、仕方がねぇな」
英人は鞘から剣を抜こうとする。
だが、今度もカレンに腕を掴まれ制されてしまった。
「なにすんだよ」
「ちょっと待ちなさい、英人。あいつらはアタシが殺すわ」
そう言うと、カレンは手に持っていた剣――炎神剣を赤い光へと向けた。
「なにバカなこと言ってんだよ。さっきの魔獣とは違うんだぞ。それに一体ならまだしも少なくとも四体はいる。一人じゃ処理しきれねぇよ」
「大丈夫よ。アタシはあのアベル・ベルージの娘なのよ。殺せるに決まってるじゃない」
カレンは自信満々にそう言った。
こうなった彼女はもう誰にも止めることはできない。
もし英人が手助けでもすれば、彼女の炎が魔獣ではなく彼に向かってくるかもしれない。
「……はぁ。わかったよ。好きにやれ」
「ありがと。まあそこでゆっくり見てなさい。アタシの戦いをね」
突然、カレンは赤い光へと向かい飛び出した。
すると、雄叫びのような声が聞こえたのち、魔獣が姿を現す。
「竜型の魔獣か」
体長は三~四メートルほど。
黒い鱗に覆われ、赤い瞳を光らせている。
大きな牙が特徴的で、攻撃する際はその牙で噛みついてくるか、長い尻尾を振り回してくる。
「まあこれならアイツ一人でも倒せなくもないかもしれないな」
なんだかんだで学校の掲示板に貼られている依頼だ。
無理難題の魔獣が出てくるわけじゃない。
それに竜型の魔獣は一つ一つの攻撃が強力ではあるが、動きが遅い分避けられる。
一般の学生なら当たってしまうこともあるだろうが、カレンなら直撃することはまずないだろう。
「いくわよ! 豪炎!」
カレンは叫んだのち、剣先を魔獣たちへと向ける。
その後、彼女の身体からはバチバチと音を立てながら真っ赤な炎が現れ、それは物凄いスピードで魔獣たちの元へ進んだ。
「焼き殺しなさい!」
炎は生き物のように蛇行しながら魔獣たちを燃やし尽くしていく。
魔獣たちは燃え上がる炎に包まれながら、悲鳴のような声を上げていた。
「フッ、夜行性だか知らないけど、アタシにとってはザコ同然よ」
既に全ての魔獣は炎に苦しみ戦闘不能になっている。
やはりカレンは対複数の敵には相性が良いようだ。
「さすが勇者の娘だけのことはあるな」
英人がそう呟いた刹那、今まで悶えていた魔獣たちの様子が変わった。
数体の魔獣たちが一斉に強烈な咆哮を上げた。
それは耳を塞ぎたくなるほどの音量で、森中に響き渡る。
「な、なんなのよこれ」
カレンが事態に戸惑っている次の瞬間、彼女の姿が一瞬にして消えた。
「っ!」
いや、違う。
カレンは吹き飛ばされたのだ。魔獣の硬質な尻尾によって。
「ぐふっ……い、一体何が……」
大きな木に背中を打ち付けたカレンは朦朧とする意識の中で魔獣たちへと目を向ける。
すると、そこには先ほどまで彼女の炎に焼かれていた魔獣たちがいた。
いつの間にか体の炎は消えており、ダメージがなかったかのように存命していた。
「こりゃまずいな」
カレンは依然理解していないようだが、英人は既にわかっていた。
彼女の異能が消された理由も、魔獣たちが死んでいないわけも。
「あいつらただの竜型の魔獣じゃないな。おそらく、ブラッドドラゴン」
この世界には幾多の種類の魔獣が生存している。約数千種類は軽く生きているだろう
それなので、魔獣一体一体には呼称はなく、大まかにジャンル分けされている。
四足歩行型、竜型、魚類型、鳥類型、両生型、獣型……等々。
だが、一定の強さを超えた魔獣に関してのみ、名称が付けられている。
その中の一体がたったいま英人たちの前にいるブラッドドラゴンである。
牙には毒が含まれ、噛まれた者は一定時間で一切動くことができなくなる。
「よりにもよって、なんでAランクの魔獣がいるんだよ」
人類は呼称される魔獣たチの中でも危険度で幾つかのランクに分けており、Aランクは全体で二番目に危険度の高い魔獣だ。
「おいカレン! ここは一旦引くぞ! まだ森の奥に魔獣がいるようだし、相手の数が正確にわからない以上、この場で戦闘を行うのは危険だ」
木々の合間の暗闇の中に、幾多の赤い光。
おそらく、あれもブラッドドラゴンの瞳だろう。
いま英人たちの前にいるやつと合わせると軽く二十体は超えていそうだ。
「これは本当にまずいな。カレン! さっさと逃げるぞ!」
そう呼びかけても、なぜかカレンから返事がこない。
「ったく、あいつはどうしたんだ?」
英人は若干イラつきながら、カレンへと視線を移すと、彼女は身体を震わせながら座り込んでいた。
俯かせている顔は真っ青になっており、普段傲慢な態度ばかり取る彼女からは想像もできない様子だった。
「おい待てよ。あいつ、まさか……」
昔、英人は師匠である――桜花 麗から聞いたことがあった。
魔獣に対して巨大なトラウマがある者は、とある病気になりやすいと。
「……対魔獣恐怖症か」
そう呟いた英人の視線の先――カレンは目を虚ろにさせて、現実から逃避するように何かをぶつぶつと呟いていた。