『13』
授業が終わり、英人は昨日と同じように校舎内に設けられている掲示板で依頼を探していた。
英人の現在の『カラー』は白。
あと一回、難易度が黒の依頼を受ければ、彼の『カラー』は黒に上がれるだろう。
「本当なら昨日の依頼で記章が黒になるはずだったんだがな」
そう呟いたのち、彼は後方へと視線を向ける。
そこには腕を組みながら偉そう佇んでいるカレンの姿があった。
昨日、一つ目の依頼を終えた直後、英人はもう一つ依頼を受けようとしたのだが、カレンが「疲れた」と言って帰ってしまったのだ。
師匠である麗の指示で、カレンと共に依頼を受けなければならなかった英人は、結局追加で依頼を受けることはできなかったのである。
「なにこっち見てんのよ。さっさと決めて受付とやらに行ってきて」
「お前な……」
カレンの傲慢な態度に、英人は怒りを通り越して呆れた。
(師匠はなんでこんなやつと俺を組ませたがるんだか)
英人にとっては疑問だった。
カレンと行動を共にすることにより、一体なんのメリットがあるのだろうか。
学年随一の実力を誇る英人にとって、他人は邪魔でしかないのだ。特に戦闘中に限っては。
(師匠にもそれは伝わってると思っていたんだけどな)
「ちょっと英人! 早くしないとアタシが勝手に選んじゃうわよ!」
「はいはい。もう少し待てよ」
英人は依頼書を順に探していく。
彼としては別にカレンに依頼を選んでもらっても構わないのだ。
なぜなら彼にとって学校の依頼ごときの難易度なんて問題ではないから。
しかし、万が一彼女が長くて面倒な内容の依頼を選んでしまった際は、当然、英人も一緒に受けなければならない。
(難易度的には問題なくても、時間がかかる依頼はまっぴらごめんだ)
「おっ、これはいいんじゃないか」
英人は掲示板から一枚の依頼書を剥がすと、内容を見る。
依頼内容:魔獣の残党狩り。
式根島に残っている魔獣を一掃して欲しい。
魔獣の強さは実力のある生徒ならそう対処には困らない程度だ。
「それで依頼書に貼られてあるシールの色は黒か」
つまり、胸元に付けてある記章の色が黒の生徒に適した依頼ということだ。
英人の『カラー』は白。
「まあ問題はないな」
「問題なくないわよ」
不意に後方からカレンがツッコんできた。
「なんだよ。いきなりびっくりするじゃねぇか」
「あのね。そんなことよりもアンタ、ホントは白の生徒が黒の依頼なんて受けないのよ」
「いいんだよ。どうせこれで黒になるんだから」
「っ! アンタってホント生意気ね」
お前ほどではない、と英人は思う。
そもそも、推薦で入学した英人にとって、勇者学校のランクポイントや『カラー』のような制度は迷惑極まりないのだ。
入学試験の成績で一学年の各々の生徒が所持するランクポイントが決まる。
だが、英人はその入学試験を受けていないので、出だしのランクポイントがゼロの状態からスタートしている。
それから数週間、カレンとの模擬戦と昨日の依頼を経て、なんとか『カラー』を白にまでこぎつけた。
そして、あと一つ黒のシールが貼られた依頼を完了すれば、英人の『カラー』は見事黒に上がるのだ。
「お前に自信がないなら、別に無理に来なくてもいいんだぞ。俺は一人でもこの依頼を受けるからな」
苛立って英人は思わず口走ると、その直後“しまった”と後悔した。
麗の命令によって、彼はカレンと一緒じゃないと依頼を受領できない。
ゆえに、たったいま英人が放った発言はただカレンを怒らせるだけであって、全く意味のない行為だったのだ。
(どうしよう。これでもし帰るとか言われたら、昨日の昼に続いて今日も依頼が出来なくなるぞ)
「だ、誰が自信がないよっ! アタシはアベル・ベルージの娘なのよっ! アンタが選んだ依頼ごときに失敗するわけがないでしょっ!」
英人の不安とは裏腹に、カレンにとっては彼の言葉は挑発に聞こえたようだ。
おかげで彼女は依頼をやる気満々になってくれた。
(助かった。こいつがこういう性格で良かったぜ)
「さあ英人っ! さっさと依頼をしに行くわよっ!」
「わかってるよ。だから、俺の制服を引っ張るな。破れるだろ」
そう注意したのち、英人は依頼書を受付に通した後、紙に貼られてある転移用紙を外した。
「ほら」
英人が自信の身体に触れるように促すと、カレンは赤面して「わ、わかってるわよ」と返したのち、恥じるように彼の肩に手を添えた。
その後、英人が転移用紙を破ると、白い光が放たれて、それは二人を呑み込んでいった。
☆
式根島。
数カ月前は魔獣たちの領地であったが、愛知エリアの勇者たちによって、見事奪還された島だ。
だが、未だに魔獣の残党が生息しており、それらを討伐するのが、今回の英人たちへの依頼である。
「まだ魔獣が住み着いているせいか、辺り一面木々ばかりだな」
英人は邪魔な枝や葉っぱをどかしながら進んでいく。
この島も九ノ神島のように、島全体が森林地帯のようになっていた。
原因は不明だが、魔獣の領地は必ず木々が生い茂っていることが多い。
一つの見解としてはそちらの方が魔獣にとって戦いやすいという説もあるらしい。
「でもまた残党狩りなんて、面白くもない依頼よね」
「そう言うなよ。学校の依頼なんてこんなもんだ」
依頼には、学校から受けられるものとは別に、各エリアに設けられている役所で受領できるタイプがある。
そして、後者の方が難易度的にはワンランク高い依頼を受けられるのだ。
しかし、役所の依頼は勇者のみしか受けることができず、勇者学校の生徒は受容することはできない。
但し、英人は幼い頃に、麗に融通を利かせてもらって、何度かやったことはあるのだが。
「それにしても歩きにくいわね。いっそ森ごと燃やしてしまおうかしら」
「おいやめろ。そんなことしたら報酬が出なくなるだろ」
依頼を行っている最中に自然や建物を不必要に破壊したら、金銭やランクポイント等の報酬が出なくなることがある。
それゆえ、依頼を受領した者はなるべく被害が出ないように依頼を完遂しなければならないのだ。
「だが、今日もなかなか出ないな」
島の中を探しまわること、一時間。
未だに魔獣は現れてこない。
昨日は朝から捜索を始めて、昼過ぎにリトルオークを発見した。
しかしそれはリトルオークが、太陽が西へ落ち始めないと活動しないからである。
今回はすでに日が傾いている。
ゆえに、魔獣の残党がリトルオークならばもう出てきてもいい頃合いのはず。
「今日はリトルオークじゃないっぽいな」
英人が呟くと、後方から文句が飛んできた。
「英人、全く見つからないわよ。どういうことよ」
「知るか。俺に聞くな」
(だから昨日、一度目の依頼を終えた後、続けて依頼を受けるべきだったんだ。
授業終わりに依頼を受けると、あっという間に日が落ちて手こずるケースが多いからな)
基本、依頼とは半日以上かけて達成するもの。
それゆえ、いまの英人やカレンのように放課後に依頼をする生徒はあまりいないのだ。
だが、英人は次の休日来るまで待てないので、放課後でも構わず依頼を受けたわけだが……。
「やっぱ失敗だったか。もう暗くなっちまった」
加えて数時間探したが、魔獣は現れなかった。
本来なら依頼の期限は一週間後までなので、ここで引き返してもよいのだが。
「まさか帰るなんて言わないでしょうね。アタシは嫌よ。魔獣を殺すまで帰らないわ」
カレンの言葉が耳に入ると、英人は呆れるように嘆息をついた。
「あのな、夜の森の中は危険なんだぞ。今だってお前の姿すらよく見えていないし。こんな中で夜行性の魔獣と遭遇でもしてみろ。面倒極まりない」
「そんなこと知らないわよ。アタシは魔獣を探すわ。帰るならアンタ一人で帰りなさい」
そう言うとカレンは更に森の奥へと歩き出した。
「お、おい! どこに行くんだよ! ったく、しょうがねぇな」
英人は制服のポケットの中から何かを取り出した。
それは白い球体で、大きさは半径二センチ程度。
「おりゃっ!」
それを地面に思い切り投げつけると、球体は弾み英人の頭上で止まると、白色の目映い光を放ちだした。
「蛍光玉。持ってきて正解だったな」
蛍光玉とは、特殊道具の一つで、地面に叩きつけることにより、光を発する道具。
夜間に魔獣と対峙する際に頻繁に用いられる。
「おいカレン! どこだ!」
蛍光玉によって数メートル先まで認識できるようになった中、英人が先に行ってしまったカレンを探していた。
すると、突然数メートル先で赤い光が見えた。
「あれって、まさか……」
何かに気付いた英人は急いで光の元へ向かうと、そこには魔獣と相対しているカレンの姿があった。
「あら、遅かったわね。アンタがグズグズしている間に、アタシが見つけちゃったわよ」
彼女の身体の周りには紅蓮の炎が纏っていた。
英人が蛍光玉で辺りを照らしたように、彼女も異能を使って暗闇に対処したようだ。
「そりゃ悪かったな。じゃあ魔獣討伐で挽回させてもらうとするか」
そう口にして、英人は腰元に携えてある鞘から剣を抜こうとする。
しかし、それをカレンは手で制した。
「待ちなさい。こいつらは全部アタシの獲物よ。アンタの出番はないわ」
「なんだよそれ。それだと俺が依頼の報酬を貰えなくなるだろ」
もしそうなれば、英人の記章は白のままだ。ここまで来て、それはあまりにもひどすぎる。
「安心しなさいよ。これ全部アタシ一人で殺しても、半分はアンタが殺ったことにしてあげるわ」
「た、たしかにそれなら俺も報酬を貰えるな。けどお前、一体なに考えてんだよ。一人でやるより二人で倒しちまった方が断然早いだろ」
英人が訴えると、カレンは目の前の魔獣たちを警戒しながらこう答えた。
「アンタのことがムカつくのよ。特にアタシのことを眼中にないかのように見るその目がね。
だから、ここで証明してやるのよ。アタシの実力を」
カレンから放たれた言葉に、英人は何も言い返すことが出来なかった。
なぜなら、いま彼女が言ったことは事実だからだ。
英人はカレンのことを戦闘者として意識したことが一度もない。
勇者の娘か何か知らないが、彼にとってはそこら辺の一般の生徒と同じ程度にしか思っていなかった。
だが、そのことが知らない間にカレンのプライドを深く傷つけていたのだ。
「フッ、黙っちゃって。図星ね。まあいいわ。ここでこいつらを全部殺して、アンタにアタシの実力を見せつけてやる」
カレンは宣したのち、続けて小さく呟いた。
「それにアタシはこんなところで他人に頼っている場合じゃないのよ」
カレンが鞘から剣を手にした瞬間、魔獣たちが彼女へと襲い掛かってきた。
四足歩行の魔獣――カレンの母を殺した魔獣と同種だ。
(このザコがっ!)
「豪炎」
カレンが剣先を前方へと向ける。
すると、彼女に纏っていた炎は魔獣たちへ一直線に向かい、襲ってきた魔獣たちを瞬く間に焼き尽くした。
亡骸は失く、残ったのは大量の灰のみ。
それさえも緩やかに吹いた風でどこかへと飛ばされてしまった。
だが、魔獣たちは森の奥からどんどん溢れ出てきた。
おそらく、七十体ほどはいるだろうか。
昨日の依頼に現れたリトルオークの数よりも多い。
しかも、昨日は英人と共同で処理していたが、今回はカレン一人だけ。
(たしかにこの数を一人で殺せれば、なかなかの実力だな)
「さあザコども! アンタらは全員アタシが焼き殺してあげるわ! 覚悟しなさい!」
そう高らかに宣言したのち、カレンは魔獣の群れへと突っ込んでいった。