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勇者学校の狂剣士  作者: ヒロ
第二章
14/31

『12』

 依頼(クエスト)が完了したことを受付に報告をした後、英人は寮へと戻ると自室には居候人シンシアがゴロゴロと寝転がっていた。

 だいぶ暇をしていたようだ。


「おかえりなのです」


 うつ伏せに横たわったまま言葉を掛けてきたシンシア。

 今の姿だけを見たら、ただのニートにしか思えない。

 しかし、『カラー』は黒。

 これでも勇者として優秀であることは間違いないのだろう。


依頼(クエスト)はどうだったのです?」

「きちんと達成してきたよ。報酬にこれを貰った」


 英人が出してきたのは、諭吉さんが数十枚は重なってある札束。

 それをシンシアは物欲しそうに眺める。


「おい、勝手に盗るなよ」

「と、盗らないのです。わたしをなんだと思っているのですか」

他人(ひと)の部屋に勝手に上がり込んでくる不登校少女」

「ひどいのです。事実だけどひどいのです。せめて美少女くらいは言って欲しいのです」


 気にするところは、そこなのか。

 シンシアの言葉にツッコむと、英人はじっくりと彼女の顔を見据える。


「な、なんなのです? わたしの顔に何か付いているのです?」

「うーむ」


 たしかに、シンシアは美少女ではある。

 だが、ただの美少女ではなく、ロリな美少女だ。そっち系の趣味がある男にしかモテることはないだろう。

 故に、万人受けする美少女を美少女と呼ぶには少し抵抗がある。


「ちょっと英人さん。わたしの外見について失礼なことを考えているのです?」

「いや、そんなことはないぞ。ちゃんと一部の男にはハマる容姿だと思う」

「やっぱり失礼なことを考えていたのです」


 シンシアは目を細めてムッとする。

 それに英人は気にも留めず、いつも通り着替えを始めた。


「今日の依頼(クエスト)にはどんな内容だったのです?」


 突然、シンシアが問うてきた。

 

 英人は、シンシアにはあまり依頼(クエスト)の話はしない方がいいかと思っていただけに、彼女のこの行動は予想外だった。


「日本が魔獣たちから取り戻した島にいる魔獣たちの残党狩りだ。出てきたのはリトルオークだけだったがな」

「リトルオーク。なかなかに強い相手ではないですか」


 シンシアはそう言うが、唯一魔王を討伐した桜花 麗の弟子である英人と、英国最強の勇者アベル・ベルージの娘であるカレンにとってはザコも同然だ。

 シンシアがいま口にした“強い”という言葉は、勇者学校の一般的な生徒からすれば強いという意味だ。


「あっ! 英人さん。腕に怪我をしているのです」


 シンシアが指さした先は上半身裸になっている英人の二の腕。

 切り傷のように赤く細い線が入っていた。


「大したことねぇよ。ほっとけば治る」

「放置はよくないのです。わたしが治すのです」

「いらねぇよ。つーか、お前みたいな価値ある異能をこんなことで無駄遣いするなよ」

「無駄じゃないのです。ちゃんと傷を癒すために使うのです。早くこっちに来るのです」


 正座になって床をぺちぺちと叩くシンシア。

 まるで一昔前の母親みたいだ。


「はいはい、わかったよ。これ着たら行くから」


 シンシアは怪我のこととなると、強気になるな。

 普段は俺の部屋でゴロゴロして、ただのポンコツ娘なのに。

 そう思ったのち、英人は着替え終えると、シンシアの正面に座った。


「また少し染みるのですよ」

「俺は子供か。やるならさっさとやってくれ」


 シンシアが患部に手を当て「治癒(ヒール)」と呟くと、彼女の手の平からは温かな光が発して、英人の腕の傷はみるみる塞がっていく。

 そして、ほんの数秒で完治してしまった。


「相変わらずすごい異能だな」

「どうもなのです」


 シンシアのような治癒能力を持った生徒が一人でもいたら、依頼(クエスト)が相当楽に進められるだろう。

 だが、その楽をしたい、安全に戦闘をしたいという欲望が、彼女を困らせているのだ。


「なあシンシア」


 唐突に英人が声を掛けた。


「なんなのです?」

「もしこの部屋に住みたいなら、好きなだけいていいからな」


 英人の言葉に、シンシアは目を大きく開いて唖然とした。


「なんだよその反応は」

「い、いえ。あの英人さんがそんなことを言うなんて何か裏ではあるのではないかと」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ。別に住みたくないなら、今すぐ出て行ってもらっても構わないがな。俺としてはそっちの方が助かる」

「ごめんなさいなのです。これからもここに居させてくださいなのです」


 謝罪したのち必死に懇願するシンシア。

 そんな彼女を見て英人は笑った。


「とりあえず食堂で飯食いにでもいくか。依頼(クエスト)をしたせいで、腹ペコだしな。あっ、今日はシンシアの奢りな」

「えっ、なんでなのです。わたしそこまでお金持っていないのです」

「嘘つけ、この前見たぞ。財布の中身がパンパンだったのを」

「っ! 勝手に見たのですね。レディーのサイフの中を。最低なのです」


 シンシアは傍らに置いてあったバッグを守るように抱きかかえた。


「あのな、お前がこの部屋を色々と汚くするから、掃除してやってたら、そのときに偶々見つけたんだ。中身が開きっぱなしのお前の財布をな」

「ぐぬっ……それは申し訳ないのです」

「だから今日はお前の奢りだ。普段迷惑かけてる分、きっちり返してもらうからな」

「ぐぬぬ……そ、そういうことなら仕方ないのです。奢るのですよ」


 交渉が成立すると、英人とシンシアは一緒に部屋を出ると食堂へと向かった。

 この時シンシアは深く溜息をついたのち、


(まあ偶にはこういうのも悪くないのです)


 そう思ったのだった。





 翌日の朝。

 剣士科の学科長――桜花 麗に呼び出され、英人は学科長室に来ていた。


 部屋の中は相変わらず資料だらけで、気を付けないと踏んでしまいそうなくらいA4の用紙が落ちていた。


「なあ師匠。少し掃除とかした方がいいんじゃねぇか。このままだとよくテレビでやってるゴミ屋敷状態になるぞ」

「失礼だな貴様は。これでも先日整理整頓をしたばかりだぞ」

「そ、そうなのか」


 もしそうだとしたら、掃除スキルが低すぎる。

 もはや嫁に貰われないレベルだ。


「なんだその憐れむような目だ。言っておくが、私は本気を出せば今すぐにでもこんな紙処理できるぞ」

「それ、できない人が言うセリフだぞ師匠。まあいいんだけど。

 それで今日はどんな用件で呼び出したんだ?」


 英人が尋ねると、仕切り直しとばかりに麗が一つ咳払いをした。


「昨日はどうだった?」

「昨日? ……あぁ」


 英人とカレンが共に依頼(クエスト)をやったことについてだろう。


「特に何もねぇよ。フツーに敵を倒した後、受付に依頼(クエスト)完了の報告をしただけだ」

「ほう。敵は何が出てきたんだ?」

「四十体くらいのリトルオークだ」

「なんだ。ただの雑魚か」


 麗はつまらなそうに呟いた。


「アベルの娘に私の弟子の力を見せつけるせっかくのチャンスだったというのに」

「そんなことを考えていたのか。もしかして、あいつと依頼(クエスト)をするように言ったのもそのためか?」

「まあそれもあるが……」


 麗がそこで止めると、英人は怪訝な瞳を彼女に向ける。


 英人とカレンを一緒に依頼(クエスト)を受けさせたことは、様々な理由が含まれている。

 だが、麗にとって最大の訳は英人に単独で行動させず、常に誰かと共にいさせることだ。

 特に依頼(クエスト)のような魔獣が現れる事柄では、彼は無茶をしかねない。

 ゆえに、麗としては彼が依頼(クエスト)を受ける際、誰かと共にいて欲しいのだ。


「どうかしたか?」


 不意に英人に問われ、麗は「なんでもない」と返した。


「とにかく本日もカレン・ベルージと共に依頼(クエスト)を受けろ」

「えっ、またかよ。昨日で終わりだったんじゃ……」

「誰が一回きりだと言った。いいか。私がもういいと言うまで、依頼(クエスト)を行う際はカレン・ベルージと協力してやれ。いいな?」


 麗が質しても、英人からの返事はない。

 彼は昨日の依頼(クエスト)でカレンと共に行動することが嫌になったらしい。


「もし従わないというならば、私が理事長に掛け合って、お前を退学にしてやることもできるんだぞ」

「ま、また脅迫するつもりだな。教師が生徒にそんなことしていいのかよ」

「私は貴様の教師でもあるが師匠でもある。師匠が弟子に命令するのは当然だろう」

「そ、そうなのか?」


 英人は漫画等で数々の師匠キャラを見てきたが、こんな横暴な人ばかりではなかった気がする。


「どうするんだ? 退学か、カレン・ベルージと共に依頼(クエスト)を受けるのか」

「ったく、仕方ねぇな。わかったよ。依頼(クエスト)を受ける時はあいつと一緒だ。これでいいのか?」


 英人が不満そうに訊ねると、麗は「よろしい」と答えた。


「さて、そろそろ授業が始まる時間だな。英人、戻っていいぞ」

「用って、それだけかよ。こんなことわざわざ呼び出さずに、電話で伝えてくれればよかっただろ」

「まあ私にも色々と事情があるんだ。それよりも、早く戻った方がいいんじゃないか。貴様のクラス担任の我が妹に叱られるぞ」

「言われなくてもわかってるよ」


 そう言って、英人は急いで学科長室を後にした。


「わざわざ呼ぶな……か」


 オフィスチェアに座りながら麗は呟いた。


(だが、こんなことぐらいで呼び出さないと、貴様と私が話す時間がなくなるではないか)


 そう思ったのち、快晴の青空を眺めながら麗は小さく笑った。

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