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勇者学校の狂剣士  作者: ヒロ
第二章
10/31

『8』

 現在から九年前――。


 当時六歳であったカレン・ベルージはある日、母親であるマリー・ベルージと森林浴に来ていた。

 幼い頃のカレンは花を眺めるのが好きで、近くの森にマリーと共によく訪れていたのだ。


「すっごーい。お母様、こんなにお花があるよー」


 カレンは目を輝かせながら、周り一帯に広がる花畑を見つめる。


「こらカレン。そんなに走ってはいけませんよ。以前のようにまた転んでしまいますから」


 子供らしくはしゃぐカレンにマリーは注意するも、表情は柔らかだった。

 我が子が元気にしている姿が嬉しいのだろう。


 ここは森の中に唯一存在するお花畑だ。

 なぜかこの部分だけは木々が一切なく、様々な花が数多く咲かせている。


「お母様、ほら見て。お花でネックレスを作ったの」


 カレンは幾つもの花を繋げて作ったネックレスを自慢げに見せびらかした。

 そんな我が子にマリーは柔らかな笑みを浮かべる。


「すごいわカレン。上手ね」

「えへへ、そうでしょー」


 そう言うと、カレンはマリーに近づいたのち、そのネックレスを彼女の首元に付けてあげた。


「これ、お母様にあげる」

「えっ、いいの?」

「うん。だってお母様のために作ったんだもん」


 少し恥ずかしかったのか、頬を赤くするカレンに、マリーは優しく頭を撫でた。


「ありがとうカレン」

「えへへ」


 幸せそうに笑うカレン。

 彼女は母であるマリーのことが大好きであった。

 父であるアベルは勇者の仕事で忙しく、偶に自宅に帰ってきてもすぐに戦場へと行ってしまう。

 しかし、だからと言ってカレンはアベルが嫌いなわけではない。もちろん彼のことも好きであった。

 ただ、カレンはいつも面倒を見てくれる優しいマリーのことが誰よりも好きだったのだ。


「今度はお花の冠を作ったよ」

「まあホント。すごいわカレン」

「そうでしょ、そうでしょ。じゃあこれもお母様にあげるね」


 そう口にすると、カレンはマリーに本日二つ目のプレゼントを贈った。


「ふふっ。カレンのおかげでお姫様になった気分だわ。ありがとう」


 我が子の贈り物にマリーは喜ぶと、再び彼女の小さな頭を撫でた。

 これもカレンは大好きだった。

 マリーの柔らかい手が頭に触れるたびに、彼女の温かい心が自分の体の奥にまで伝わってくる気がするからだ。


「カレン。いまわたくしにしてくれたように、友達にもきちんと優しくするのよ」

「はい。お母様」


 カレンは大好きなマリーの言うことは何でも聞いた。

 それゆえ、彼女はとても優しく良い子だったのだ。この時までは。


「っ!」


 不意に森の奥から獣の雄叫びのような声が上がった。

 それに気づいたマリーは反射的にカレンを抱き寄せる。


「ねえ、お母様。今の声なあに?」

「お、おかしい。どうして……」


 カレンの質問には答えず、ひどく動揺しているマリー。

 そんな自分の母の姿を見て、カレンもまた不安になっていた。


「カレン、大丈夫ですよ。何があってもあなただけは守りますから」


 何かの覚悟を決めると、マリーはギュッとカレンを抱きしめる。

 しかし、その時の彼女の身体はすごく震え、とても冷たかった。


「お母様、どうし――」


 マリーのことを心配したカレンが訊ねようとしたその時、突如として森の奥から魔獣が現れた。


 数は五体ほど。

 出現した魔獣は四足歩行で体長が小さく、比較的弱い者ばかりだが、それでも異能を持たない彼女らにとっては十分脅威だ。


「お母様。なんかコワいのが出たよ」


 醜い魔獣を見て、カレンはマリーの身体にしがみつく。


「大丈夫よ、カレン。でも、もし恐かったら少しだけ目を瞑っていてくださいね」


 マリーの言葉に従いカレンは目を閉じた。

 その後、マリーは我が子を抱きかかえると、そのまま立ち上がった。


「とにかく逃げましょうか」


 そう言ってマリーは肩に掛けていた鞄から、ある道具を取り出す。

 白色の球体で、大きさはビー玉程度。

 それが三つ手の平に乗っていた。


 光玉(ひかりだま)

 一般人が使える緊急時用の道具。

 一つ地面に投げるたびに、視界を奪うほどの目映い光を放つ。

 主に魔獣と遭遇した際に回避するための道具として用いられる。


「では、まずは一つ。えいっ!」


 光玉を魔獣の群れに投げると、地面に落ちた瞬間、白い輝きが辺りを包んだ。

 それにより、魔獣たちは怯み一時的に行動不能になっている。


「では逃げましょう」


 予め目を閉じていたマリーは光玉の影響を受けることなく、魔獣たちが動けない隙に急いでその場から離れた。


(ですが、きっとまたあの魔獣たちは追ってきます)


 魔獣は普通の人間では太刀打ちできないほどの身体能力を秘めている。

 光玉を一つ食らったくらいでは、到底引き離すことはできないだろう。


「っ! やはり来ましたかっ!」


 数分も経たないうちに、魔獣たちがマリーを追ってきた。

 通常なら、魔獣たちがマリーの姿を捉えるまでにもう少し時間がかかってたはずだった。  

 しかし、彼女はカレンを抱きながら走っていたため、いつもより走るスピードが格段に遅くなっていた。


「仕方がありませんねっ! えいっ!」


 マリーは後ろを向くなり、迫ってきている魔獣たちに二つ目の光玉を食らわせた。

 すると、再び魔獣たちは怯み動きを止めた。


 その隙に、マリーは必死に森の中を疾走する。

 夫から貰ったドレスは跳ねた土や枝木に掠れて既にボロボロになっていた。

 それでも、彼女は走った。

 自分がどうなろうとも、我が子の命だけは守るために。


「カレン。もう少しでおうちに着きますからね」


 恐がっているカレンにマリーが優しく言葉を掛ける。

 しかし、またもや先ほどの魔獣たちがマリーたち目掛けて駆けてきていた。


「また来ましたか」


 魔獣たちの姿を確認すると、マリーは最後の光玉を握りしめ、それを放り投げた。

 光玉は魔獣たちの足元に着弾し、激しい光を発して奴らの動きを止める。


「よしっ!」


 その後、マリーは走った。

 森の中を死に物狂いで走った。


「あと少しっ! もう少しっ!」


 マリーはカレンに安堵させるため、自らを鼓舞するために呟く。

 だが、彼女は息を切らし、体力は底をついていた。

 故に、魔獣たちが彼女たちに追いつくのももはやそこまで難しいことではなかった。


「っ!」


 自宅まで残り数十メートル。

 そこでマリーは完全に魔獣たちに囲まれてしまった。

 その全てがマリーとカレンに強い睨みを利かせている。


「もうここまででしょうか……」


 マリーは諦めるように呟くと、カレンを置いて徐に立ち上がった。


「お母様。どうしたの?」

 自分が下ろされたことに気がついて、カレンは目を閉じたまま不安げに質した。


(わたくしの言葉をまだ守っているのね。本当に可愛いわ)


「カレン、安心してください。あなただけはわたくしがちゃんと守りますから」


 そう言うと、マリーは大きく手を広げ魔獣たちに向かって叫んだ。


「殺すならわたくしを殺しなさい。その代わり、娘には指一本触れさせはしませんっ!」


 そんなマリーの言葉を挑発と受け取った魔獣たちは一斉に彼女へと襲い掛かった。


「お母様?」


 目を瞑っているカレンには今何が起こっているのかわからなかった。

 だが、何かグチャグチャと奇妙な音だけは聞こえていた。


「お母様?」


 何も返ってこない。

 おかしい。いつもならすぐに返事をしてくれるのに。

 そう思ったカレンは、この時初めてマリーに言われたことを破ってしまった。


 目を開けてしまったのだ。


「お、お母様……」


 震えた声でもう一度母を呼んだ。

 だが、言葉は返ってこない。


 当然だ。

 彼女は綺麗な顔だけを残しまま、ただの肉塊になってしまっていたのだから。





「お母様っ!」


 カレンが意識を覚醒させると、目の前にあったのは見慣れた天井。

 彼女はそこになぜか手を伸ばしていた。


「……夢か」


 今しがたまで、自分の身に起こっていたことが虚無だと認識すると、カレンは大きく溜息を吐いた。


「いや、違うわね」


 今ほどの出来事は夢ではあったが、実際にあったことでもある。


 九年前。

 カレン・ベルージの母――マリー・ベルージはこの世を去った。

 夢と同じように魔獣に殺されたのだ。

 

 あの日、本来ならば子供だったカレンも魔獣たちに食い殺されていたはずだった。

 だが、偶然通りかかった一人の勇者のおかげでカレンだけは助かることができたのだ。


「あの時、アタシが今くらい強かったら……」


 彼女は身を起こすと、悔しげにシーツをギュッと握りしめる。


 現在、カレン・ベルージは勇者学校で断トツのトップの成績。

 英国でも優秀な勇者候補生として期待されている。

 そんな今の彼女ならマリーを殺した魔獣たちなんて一掃できるだろう。


「魔獣なんてこの世から消えればいいのに」


 母を殺されたあの瞬間からカレンのやるべきことは決まっていた。


 魔獣をこの世界から滅ぼすこと。


 それは昨日模擬戦を行った歴然 英人と全く同じ野望であった。

 この交わりが二人に一体どのような影響をもたらすのか、それはまだ誰も知らないことだ。


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