1話
「小川先生、ご無沙汰してます」
「本当にね‼どうしたの急に」
小柄な人、小川は防具をつけたま、弾むような足取りでむつの前まで来ると、ばしばしとむつの肩を叩いた。
「練習つけにでも来てくれた?」
「いえ、そんな…現役の頃みたくは動けませんよ。惨めに負けたくないので遠慮します。図書館を使いたくて来たんですよ」
「調べ物?」
面を外して顔をみせた小川は、はつらつとした笑みを浮かべていた。むつより10歳くらい上で、ショートカットがよく似合う活発そうな人だ。
「そんな感じです。ちょっと論文とか見たいんで協力して貰えたらなーなんて。図々しく思って来たわけですよ」
むつが言うと、小川はにんまりと笑って竹刀を押し付けた。
「あと1時間くらいで練習終わるから、付き合いなさい。そしたら、お礼がてら協力してあげるから」
「胴着と防具は?」
「あんた、学生に打ち込まれる程なまってるの?そんなの許されないわよ」
からからと笑い、小川はむつを引っ張っていく。むつは、嫌そうな顔をしていたが大人しくついていく。そして、小川は練習を止めさせて、学生たちにむつを紹介した。
「この人、防具ないけど本気で打ち込みなさい。もし、1本でも取れたら…むつが1食奢るわよ」
「えーっ‼」
むつの困った顔をよそに、学生たちはにわかに盛り上がりを見せている。
「その代わり、誰も1本取れなかったらむつの手伝いとして、ちょっと残りなさい」
「あ、それなら…」
いっか、とむつは竹刀を小川に渡すと鞄を置いて上着を脱いで髪の毛を縛り直した。




