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ベルフが冒険者として好き勝手にやらかしていくお話  作者: 色々大佐
第三章 ベルフ護衛をする

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最終話 そしてベルフは旅に出る

「かーっうめえなあ」


 ロングラン領にあるモハ子爵の館にてベルフは休暇を満喫していた。


『流石は領主の館ですな良いもん揃ってますわ。おらそこのメイド、次の酒持ってこんかい!!』


 ベルフがソファーにぐでーっとして寝転んで飲み食いしていた。それをサポートするべくサプライズがメイドや執事達を叱咤激励している。


『はーっ本当になんなんでしょうね、私が命令する前に動く、こんな事すら覚えられないんですかあなた達は。脳みその海馬領域がちゃんと働いているのか不思議ですわ』


 さて、ロングラン領に戻ってからベルフは怠惰な日々を続けていた。旅に出る前はひ弱な坊っちゃんであったベルフだが、この旅で一回りも二回りも強くなって帰ってきた。前まではただ単に性格がネジ曲がった貴族の次男坊だったところがなんと、高レベル冒険者になって手に負えなくなって帰ってきたという訳だ。

 しかもサプライズというベルフのベストパートナーまで付いているんだからもう大変。ロングラン領の誰一人として歯向かうことができなくなってしまった。


 サプライズとベルフに不満の視線が刺さる。

『んーーっおや、なんか視線が痛いですなー。それではちょっと私の探知システムで録画しておいた、みんなの嬉し恥ずかし隠し撮りタイムでも流しますかな』

「お、そりゃいいなやるか」


 ベルフとサプライズからの不穏な発言に全員が噴き出した。

 一人のメイドが慌ててベルフ達を止める。

「ちょっちょっとお待ち下さい、私共は何も不満に思っていません!!」

『おやー、ですがさきほど……ねえベルフ様』

「なあサプライズ」

「いえいえ本当ですってっねえ皆さん!!」


 そのメイドの言葉に全員が頷いた。そう、既にサプライズはこの館にいる人間の弱みを握っていたのだ。

『そうですか、まあ良いんですよ。前みたいにベルフ様の食事に毒を入れようとしたメイドみたいになりたくない、と言うのなら私達もそう無茶は言いませんからねえ』


 もはやこの領地における影の支配者となったベルフとサプライズ。彼等の城はもう既に誰も破れないほどに盤石となっていた。


「そう言えばサプライズ、最近王都から来た商人だったがあれどうなった」

『ああ、あいつなら適当に泳がせておいたらガッツリ悪事働いてくれてますよ。後はこの館に呼んで悪事の証拠突き付ければ、まあ煮るなり焼くなり好きにできますわ』

「おいおい落ち着けよサプライズ。俺は人の弱みは握るが、ちゃんと手足となって動く人間には優しいぞ。利益もきちんと与えておけよ」

『さすがはベルフ様、心に慈悲の大海を携えておられる……』


 ぐびっと酒を煽るとベルフが続ける

「人とは財産だ。その財産を無闇に傷つけるつもりはない。死ぬまで俺のために働いていざという時には命を差し出してくれればいい、ただそれだけで俺は満足なんだ」

『ふふっ本当にベルフ様は慎ましいお方ですね。やはり、あの兄なんぞよりはベルフ様が領主になった方が――』


 と、そこでいきなり

「アルス、何を考えているんだ!!」

 廊下から怒鳴り声が聞こえてきた。


 この素敵な昼下がりを台無しにしてくれてんのはどこのどいつだとぷんすか怒りながらベルフが廊下まで出ると、そこでは父であるモハ卿とベルフの兄であるアルス・ロングランがいた。


 アルスは現在、戦支度に身を固めていた。きらっきらの流れるような金髪ヘアーに白色で上下揃えた鎧、そして腰に下げたごっつい剣を携えていた。

 ちなみに、ベルフの方はといえばよれっよれのTシャツとズボンという比べるのも馬鹿らしくなるような格好である。


 そのアルスがモハ卿に言い返した。

「それはむしろ私のほうが父上に言いたいことです。今回の出兵についてロングラン領が反対の立場を取っていることで周りからなんと言われているか知っていますか? 小国であるエール国に怯える腰抜けロングランと、そう呼ばれているのですよ」

「それは何度も言っているだろう、あの国には恐ろしい悪魔がいるんだ。ベルフちょうどいい、お前からも言ってくれ」


 はー俺が? めんどくせーと思っているとアルスの方がベルフに文句を言ってきた。

「ベルフ、お前もお前で何をしているんだ。卑しくもロングランの男子であるのなら、シスト王国に仇をなすエール国との戦争について来い。冒険者としても相当な腕前になったと聞いているぞ。そのナノマシン含めて、祖国のために力を役立てる時が来たのだ」


 ベルフ、サプライズ共にエール国の名前が出た途端に非常に微妙な気持ちになった。エール国? え? まじでという事だ。


『おやっさん、私いいましたよね。あの女とは戦いじゃなくて対話しかねえと。あれから数ヶ月たった現在、あの女の力がどこまで膨れ上がってるか想像すらできませんよ』

「それはわかっている、だがクレイグ王がエメラ王女、いやエメラ女王に殺されたのは事実なんだ。私では周りを止められなかった……」


 そう、あれから数ヶ月。近衛騎士達からの証言もあってエメラがクレイグ王を殺したことは

シスト王国の上層部に伝わっていた。

 クレイグ王は腐ってもシスト王国のトップである。内心ではエメラ女王よくやったとシスト王国の貴族たちも褒めたかったが、それはそれ、これはこれである。流石に自身の国のトップが殺されて何のお咎めもなし、とはシスト王国としても体面的にはどうしてもできなかった。


 更に言えばクレイグ王はその性格的には問題があっても能力的には非常に優れていた。民を富めるという一点については民衆からも人気があり、そのクレイグ王が殺されたとあっては民意の点から言っても無視はできない。


 他にも、クレイグ王がいなくなった事で後継者問題も起きていた。現在では廃嫡させられたクレイグ王の子供や孫達が我こそは次代の王だと名乗り出てきて、さながら内乱の体を見せ始めていた。

 これらについてもエメラを討伐した人間が次代の王となる、と言う事で現在話がまとまっており、その王位争奪戦も絡んだ上で現状、エール国との戦争はどうやっても止めることができなかった。


 実際、その戦争に表立って反対しているのはモハ卿だけであり、エメラの実力を見ていたはずの近衛騎士達も一枚岩ではない上に、主君の敵討ちという名目を出されては黙るしか無かった。


 アルスが厳しい口調で言った。

「時流の流れが読めてないのはお父様の方だ。ここでロングラン領が参戦しなければ未来永劫ロングラン領は冷や飯を食わされる立場になります。少なくとも正式な跡取りである私が参戦することは避けられません」


「いや、だがお前は知らないんだ、エメラ女王の化け物じみた戦闘力を。ベルフ、実際に戦ったお前からも何か言ってやれ」


 今まで黙っていたベルフがポツリと言った。

「兄貴が死んでも俺がロングラン領を大きくしてやるから安心して死んでこい」


 さて言う事言ったーと帰ろうとするとそのベルフをモハ卿が止めた。

「いやだからアルスを止めてくれって言ってるだろ、それと後継者をお前にする気なんて全くこれっぽっちもないからな」

『うるせえ、あの女に関わってもう一度逃げられる保障なんてないんですよ。もしもベルフ様の事を思い出したらどうなると思ってんですか、私達はここでぬくぬく支配者生活やってるだけで満足なんです』

「そうだぞ親父、俺にも出来る事と出来ないことがある。自殺しに行く人間をどうやって止めるっていうんだ。メンツの問題が有るっていうのならそのメンツを満足させてりゃいいじゃねえか」


 ベルフ達の発言にモハ卿が頭を抱えるが真の問題はそこではなかった。アルスの方もベルフの言葉を必要としていないのだ。


「父上、私もベルフから聞くところは特に無いと思います。そもそもどれだけ相手が強かろうと一人で軍隊に勝てるわけがありません。数の暴力とはそれほどの力があるのです」

「しかしだな」

「そもそもエメラ女王はどのような力を持っているのですか?」

「それは直に戦ったベルフ達の方がよくわかっているはずだ。ベルフ、アルスに説明してくれ」


 えー面倒くせえなあと思いながらも渋々と話し始める。

「ちょっと人類の枠を超えた精霊使い&召喚士ってだけだよ。空も飛べたりするから普通の武器じゃあ攻撃が届かないだろうし魔法使いかスキル持ちを揃えないとどうしようもないな」


「精霊使い? 精霊使いや召喚士なんてのは高価な触媒を使って小さい動物みたいなものを扱う輩のことじゃないのか。私も幾人か知っているが精霊を戦闘に役立てている人間は見たことがないが」

『そっすか、じゃあ記念すべき一人目がそのエメラ女王っす。その力を肉眼で見れる頃にはデッドラインですから本物の精霊使いと同時に走馬灯も見れるっすよ。貴重な体験を二つも出来ますね』


 アルスの意見も最もなのだ。精霊使いで戦闘までこなせるのは例外中の例外である。本来、精霊使いとは土地の整備や水源の獲得などを行うものであり、土壌を改善したり、井戸に適した地下水がどこにあるのかなどのインフラ方面で活躍する職業だ。


「父上、息子のベルフが危険な目にあって冷静さをなくしたからといって、そのエメラ女王を危険視しすぎなのでは? そんな個人的な偏執でロングラン領を大事な戦争に参加させないなどとは見損ないましたよ」

「アルス、そうじゃない、そうじゃないんだ……」

「仮にですがエメラ女王が強くとも軍隊にはやはり勝てないでしょう。空も飛べるといいますが、数百人規模での魔法使いが揃う戦場ではどのように空を飛ぼうとも魔法で落とされます。いかなる英雄であろうとも一人では国に勝てない、それが真実です」


 アルスが断言した。そして彼の言うところも常識の一つである。ドラゴンを倒せる勇者も魔族を討ち果たせる魔法使いもたった一人で国に勝てた試しはない。人の枠を超えた程度では到達できない場所というのは実際にある。


 勇者がドラゴンに放つ一振りのスキルは精鋭の兵が放つ百のスキルには敵わず、雑兵が行う万の突撃には及ばない。

 偉大な魔法使いが一人で放つ岩をも砕く雷の魔法は、百の魔法兵の放った空を埋め尽くす膨大な数の雷の魔法に届かない。

 一人ではどうしても限界があるのだ、そう一人ではだ。だがエメラは一人かというと……


 ベルフがその言葉をじっくり聞いていた。

「そうだな兄貴その通りだ、俺はもう止めねえよ。という訳で親父、俺はもう説得したからこれで終わり。これから領地にいる悪徳商人を退治しなくちゃいけないんだ」


『そっすね、私達にはこれからやることがあるのです。まあ領地のことは任せて置いてお兄様は戦争に行くべきだと思います。あっ最後のアドバイスですが、あの女の姿を見たら即逃げ出したほうがいいですね。即、脇目も振らずにです』


 ベルフ達がそう言って屋敷からでていった。

「父上、私もこれで。とりあえず忠告に従って魔法兵や弓兵は揃えておきます。相手が空を飛ぶのが事実ならば、それを撃ち落とす時に役に立つでしょうから」

「アルス、待て、アルス!!」


 そうしてアルスは戦場へと向かっていった。


 

 アルス出兵から数ヶ月後、王都に出向しているモハ卿の代わりにベルフはロングラン領のトップになっていた。が、彼は今、不機嫌だった。

 実家に帰ってからこれまでずーっとサプライズと共に好き勝手やっていたベルフは、少し前までは金銭集めてからーのー、現世の極楽浄土を味わっていたのだが、ここ最近、どうにも自分の元に入ってくる金の集まりが悪くなっていたのである。


「うーん……なんか前に比べて金が集まってこないよなあ」

『ですねえ、商人共もこっちに出し渋ってるってわけじゃないんですけどね』


 支配者としてのベルフは非常に傲慢だった。税の類を徴収しても民衆に還元せず己のやりたいように使う、基本的にこれである。

 しかし、それはそれ、これはこれ、景気が悪くなれば集まる税も少なくなるからと彼自身は意外と領地に関する経営を大事にしていた。具体的に言うとサプライズの力でだ。


 事実、交通の要所になる主要道路どころか過疎地への道や果ては獣道でさえも建築魔法で一気に道路を作り上げて大型の馬車ですら軽く通れるような道路をそこら中に作っていた。

 水害の起きていた地域なんてのも、河川の氾濫? 要塞みたいなの作っときゃ良いだろ任せろやとサプライズがどんな洪水にも負けないような堤防をベルフの趣味がてらにデザイン性も重視して作ったおかげで、水害の件数も激減していた。


 他にも、探知魔法で探索してからの盗賊の討伐や魔物の討伐で治安の面でも領民の生活そのものは非常に良くなっている。サプライズの怪しげな知識で作り上げた、広い意味での自然エネルギーを効率よく吸収して作物が多く育つようになる怪しい魔道具やらを領民に押し付けて、農作物からの収穫量も飛躍的に上がっていた。


 税そのものの負担は一切軽くしなかったが領民一人あたりの収入そのものが激増した為に、領民の生活は昔に比べて格段に良くなっていた。だが、それを踏まえた上で徐々に景気が悪くなり始めているように思えた。


「ちょっと悪徳商人に話を聞いてみるか、レイラー、レイラいるかー」


 ベルフがパンパンッと手を叩くと若い女性が部屋までやってきた。

 彼女はショートヘアーのよく似合う女性で、いかにもできる女と言う面をしている。着ている服装はラフな格好の女性用のものであったが、ベルフ相手なら、このくらいでいいだろうという意思表示も同時に兼ねているからである。

 そう、その女性はベルフの昔の仲間であったレイラだ。

 

「……何でしょうかベルフさん」


 ラナケロスの街で勇者に祭り上げられてひどい目を見た経験も克服して、彼女は商人となって社会復帰していた。

 ベルフと別れた後にコツコツと詐欺まがいの事を続けて地道に財産を積み重ねていた彼女であったが、ベルフが統治していたロングラン領で活動しようとしたのが運の尽き。そのままサプライズに悪事の証拠を握られて、こうしてベルフの秘書まがいの仕事に就かせられていたのである。


「最近、税の集まりが悪いんだが横領でもしてんのか?」

『おらおらさっさと自白するんですよ』


 互いの信頼関係の深さがいかにも分かるベルフからの問いにレイラが首を振った。

「酷いですねベルフさん。サプライズさんの目をかい潜って横領なんて出来るわけ無いじゃないですか」

「サプライズ、あれみせてやれ」

『あいあいさー』


 と、そこでサプライズが何かの映像を映し出した。レイラがどこかの村で村民から金を受け取っている映像だ。

『よく考えましたね、なるほど他領から来た棄民を集めてロングラン領で村を作る。そして、魔道具の紛失を理由に私から代わりの農業用の魔道具を貰って、貴女が作り上げたその村に渡す。そしてでき上がった作物を個人的に売る、と』

「俺がお前に信任していることもあって作物の販売ルートも完璧だなーレイラ」


 レイラがその映像を見ているが全く何一つとして動揺が浮かんでいなかった。

「ベルフさん、少し勘違いなさっているようですが、あれは私の双子の妹のエイラです。私もびっくりしました、まさか彼女がロングラン領でこんな事をしているだなんて、あの魔道具は一体どこから手に入れたのか……」

『ちなみにですがこれは、貴女がこの館から出ていくところをストーキングして撮ったものです。完全百%あなたですからクソみたいな言い訳してんじゃないですよ小娘が!!』


チッッッとレイラが舌打ちをする。

「はーそれでなんですか、言っときますけど、私がやってることなんてそれくらいですよ。何か問題でもあるんですか?」

「いや別に、単に探偵ごっこをして犯人を追い詰めたかっただけだし。俺に迷惑がかからない範囲ならいくらでもして良いんじゃないか」

『そっすね犯人の逆ギレ姿も見れましたから私としても大満足です』


 レイラとしても慣れたもので、ベルフのこういうお遊びにはもう耐性がついていた。

「それでですけどさっきも言った通り私がやってることなんて今のやつくらいですよ。大体、景気が悪くて当たり前ですよ、ロングラン領以外がどうなってるか知らないんですか?」

「どうなってんの?」

『どうにかなってるんですか?』


 馬鹿一人とナノマシン一体にレイラが親切丁寧に説明を始める。

「エール国との戦争が旗色悪くて、他の所は戦費と人材の消耗が洒落になってないんですよ。それでも少し前までは他領地がうちから食料を買い漁っていましたから、こっちにも特需が有りましたが、もう他の領地はロングラン領とまともな取引もできなくなり始めているんです。負けてはいないんですけど戦争の終わりが全く見えないんですよね」


 ああそういや、そんなのもあったなーとベルフは思った。

「あれまだ続いてんのか」

『そう言えばありましたねそんなのが。あの化け物じみた精霊使い相手にまだ負けてないとは流石は大国シスト王国ですね』


 レイラが更に詳しく話始める。

「緒戦の頃は優勢だったんですよ、数の差もありますし腐っても軍隊ですからエメラ王女の精霊達ともやりあえていたらしいんですが……相手の精霊の数が一向に減らなくて消耗戦になっているみたいです」


 そう、レイラの言うように現在シスト王国とエール国の戦いはシスト王国側の完全なジリ貧だ。初期の頃はその数と質の高さからエール国の奥深くまで侵攻できていたシスト王国の軍隊であったが、度重なるエメラの精霊や召喚獣との戦いで前線の兵士の消耗率が半端じゃないことになっていた。今ではシスト王国とエール国の国境付近まで押し戻されている。


 なにせエメラの召喚する精霊の数は限りがなかった。精霊魔法とは魔力、もしくは大気中に漂うマナを特定の属性の形に変えることで意思のあるエネルギー体を作り出す魔法だ。人間のように倒したからと言って死ぬわけではなく、術者がいればいくらでも作り出せる存在である。しかもエメラは一度に扱える精霊の数には限りがあったが、魔力そのものは底なしなのだ。


「他にも精霊ではありませんがドラゴンも複数召喚して使役しているらしくて、しかも召喚ですからいきなり現れるわけですよ。ですから兵站や後方部隊目掛けていきなり複数のドラゴンが襲い掛かってくるとか酷い有様らしいです」


「そうか、前線は大変なんだな。まあ俺らはエメラと戦うのは止めろって忠告してたしな」

『ですな、私見ですがあの女を倒したいのなら数ではなくて場所を特定してそこに奇襲をしかける暗殺者のやり方じゃないといけませんな』


「まあそんなわけで、現在はエール国に侵攻どころかエール国からの防衛戦みたいになってますね。しかもシスト王国の不利を見て、他の国もこっちに攻め込み始めています。現在はロングラン領くらいですよここまで豊かに領地経営できてるのは」


「そうだったのか」

『まあ私とベルフ様のコンビですからね、そらなんとでもなりますわ』


 そこでレイラが思い出した。

「それで思い出しましたけど、ロングラン領以外の領主様方から食料の援助の要請が多数来てますよ。えーっと前回は三つの領地から来てましたが今回は……王都含めて十の領地からですね、これもうシスト王国が傾く寸前では?」

「レイラに任せる。好きにやっていいぞ」

『ベルフ様の生活に影響がない範囲で頼みましたよ』

「良いんですか? この前みたいに他の領主相手に理屈こねまくって遊んだりしたかったのでは」

「何回もやったから飽きた。新しい遊びを考えつくまで任せるわ」

「じゃあ私の好きにやっておきますねー……お小遣いは稼いでもいいですか?」

「良いぞ」


 ベルフからのゴーサインを受けてエメラがぐっとポーズを決めた。

「ベルフさんのそういう心の広い所好きです。愛してます」

『おう、私の目の黒いうちは冗談でもベルフ様にそんな事言うんじゃねえぞ黒焦げにすっぞ』

 

 と、そうして騒いでいると廊下からバタバタと足音が響いてきた。

 その足音が近づいてくると、バンッと大きな音を立てて扉が開かれる。

 そこにはベルフの父親であるモハ子爵が息を切らせながら突っ立っていた。


「ベルフいるか!!」

「なんだよ親父か、どうした」

『おやっさんじゃないですかお久しぶりです』


 モハ子爵がベルフに気がつくと、ホッと胸を撫でおろした。

「なんか領内の街道が整備されてるだとか、異様に市場に活気があるとか、農村が信じられないくらい豊かになってるとか、盗賊や魔物の被害が全くなくなっているとか、私の想像以上に統治ができていてこっちの自信が無くなそうだとか、とりあえずそれは置いておく。今すぐこのロングラン領から出ていくんだ!!」


 モハ子爵の言葉をポカーンとベルフ達は聞いていた。

 そして、先に反応したのはレイラである。

「ちょっと待ってください、それはいくらなんでも理不尽ですよ」

「ん? 君は誰だ」

「私はベルフさんの秘書と言うか副官みたいなものです。それでですね、いくらベルフさんが人間的に有り得ないレベルであったとしても、いきなり出て行けというのは理不尽ですよ。一応、ベルフさん指揮の元でここまでこの領地は上手く行っているんですからね。少なくともあと一週間は待ってください、私のお小遣い稼ぎが終わるまでは待ってもいいじゃないですか」


 レイラの言い分は置いとくとして、サプライズもそれに続いた。

『そうですよ、なんでこの領地の真の主であるベルフ様が出ていかなくてはならないんですか。くっくっくっ、もしかしてアルスとかいう輩に領地を任せたいからですか? 残念ながら奴にはもうロングラン領を任せる為の席は残っていませんねえ。この土地はもう私とベルフ様が支配したんですよ』


 最後にベルフが椅子に座りながらえっらそうにカッコつけながら言った。

「二ヶ月遅かったな親父。もう既にこの領地は俺の手の中にある。もしかして無理にでも俺を排除するつもりか? それは止めたほうが良いなあ。俺を排除したらここまで豊かになったロングラン領を維持することができなくなるぞ」


 三者三様の言い分をじっくり聞いてからモハ子爵が静かに言った。

「……エメラ女王の記憶が戻りかけている」

 ベルフの肩がびくっと動いた。


 そしてさらにモハ子爵が言葉を続ける。

「切っ掛けはアルスがエメラ女王に捕まったことだ。捕虜になっているアルスを見たエメラがベルフの面影をアルスに見出してな、そこから記憶が戻り始めているらしい」

「……」

『……』

「更に、エール国との和平も成立する算段になっている。条件も悪くない。だが、その条件の中にエメラ女王がロングラン領を視察するという項目がある。わかるか? ここをだ。ここに何かがあると考えた結果らしい」


 ベルフが部屋の隅に移動するとゴソゴソと何かを手に取り始めた。そう、それはベルフの冒険者セットである各種道具やら聖剣パールやらである。それらを現在かちゃかちゃと装備していた。


「ちなみに、今の言葉はすべて和平交渉に来たボボス殿から直接聞いたことだ。早くここから逃げるんだベルフ!!」


 話についていけてないレイラがはーっとため息を出してから首を横に振る。

「なにをわけのわからない事を言っているんですか、ベルフさんとエメラ女王にどんな繋がりがあるって言うんですかね」

「何をしているんだレイラ、早く冒険の旅に出るぞ」

『そうですよ早く行きますよ』


 えっと驚いた顔でレイラが固まる。

「何を言ってるんですベルフさん、エメラ女王がここに来るからなんだって言うんですか」

「エメラが記憶を取り戻したら俺は間違いなく囚えられる。そして一度捕まったら逃げられる可能性は0だ。俺はまだ捕まる訳にはいかない、この世界にやり残したことがたくさんあるんだ」

『そのとおりです。それに私も確実に消滅させられますからね。ほらグズグズしてないでさっさと逃げるんですよ』

「えっいや、ちょっと何で私まで連れて行かれるんです。それ私関係ありませんよね!!」


 レイラを連れて逃げようとするベルフにモハ子爵が声をかける。

「ベルフ」

「なんだ親父」

「シスト王国の貴族としてはお前とエメラ女王を結婚させて和平を確実にするのが正しいのかもしれない。だが、私がそうしないのは何故か分かるか?」


 ベルフもそういやそうだと思った。なぜモハ卿が自分を助けるのかわからない。

「それもそうだな、何でだ?」

「お前達とエメラ女王を合わせると掛け算形式で厄が増えるからだ。サフィ王妃も昔の私も、お前達みたいな人間の本質が分かっていなかった。お前とサプライズは自分達がエメラ王女に捕えられるとか消されるとか言っているが、私はそうは思わん。お前達とエメラ王女が合流すれば、必ずお前達はトリオを組んでより酷い事をする、それがわかるからだ」


 その発言にベルフとサプライズはピンと来なかったが、レイラの方は何となくそれがわかった。

「私もそれすごくわかりますね」

「そうだろう!! だからベルフ、お前は自由に生きなさい。その厄介なナノマシン含めてお前が自由に生きるのが恐らく最も周りへの被害が少ないのだろう」

『厄介とはなんですか、私くらい誠実なナノマシンはいませんよ』


 ベルフとしてはモハ卿の言葉がよくわからなかったが、まあ納得する形をとっておくことにした。

「言われなくても自由に生きるから安心しろ、親父も元気でな、じゃあな!!」

『じゃあな!!』


 そう言うと泣きわめくレイラを連れてベルフが旅立っていった。


 この後にエメラの記憶が完全に戻ってベルフの居場所が補足されるだとか、サプライズの指揮下にあった古代の殺戮マシンが目覚めるだとか、色々様々な出来事が起きるが、とりあえず彼等はどんなときでも周りの迷惑を考えずに生きていきました。



 終わり

完結

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― 新着の感想 ―
[良い点] ナローシュの化けの皮を剥がした痛快な作品でした 自由に生きるをこれだけ体現した作品は他にないです
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