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第八話 怒りの兵士達

 ライラの東門は、囁きの森と街とを繋ぐ場所だ。昼は冒険者が行き交い、活気あふれるこの場所も、夜になれば静かな場所になる。


 東門を構成しているのは、木でできた内開き式の大きな二枚の扉と、左右に建てられた見張り塔。他には、門の前にいる見張りの兵士達に、その横に立てられている二つの篝火だけだった。


 まだ夜も深くないので門は開け放たれているが、これが夜も深くなると森の中に冒険者がまだいたとしても、門は閉じられることになる。


 さて、そんな東門へ向けて、いま大量のスライムを引き連れてベルフ君達が凱旋しようとしていた。



『小娘共、さっさとベルフ様から離れなさい』


 地の底に響くような、静かで深い呪いの声をサプライズが発している。

 現在のベルフ君は、女剣士のリリスを右肩に、女魔術師のミナを左肩に担いで後ろから迫ってくる大量のスライム達から逃げていた。


「うっさいわね、こっちは足をケガして走れないって言ってるでしょ」

「私も、これ以上は体力が保ちません……」


 ベルフは、足を怪我しているリリスだけではなく、走り疲れて動けなくなったミナも肩に担ぎあげて全力で走っていた。

 ちなみに、ベルフとしては女の子の身体を合法的に触れるのだから、どんと来いという心境だ。


「ところで、なんか徐々にスライム達が近づいてきているんだけど」

 ベルフの右肩に担がれて、大迫力で迫ってくる後ろのスライム達と見つめ合っているリリスがそう忠告してくる。


 ベルフがサプライズからの身体能力強化の支援を受けているとは言え、人を二人担いで走ればどうしても速度は落ちる。その結果、後ろから津波のように迫って来るスライム達とベルフの距離が徐々にだが、縮まってきていたのだ。


『ちっ仕方ありません。役に立たない小娘共はそこで見ていなさい。魔法術式起動、サンダーです』


 サプライズが、自身のプログラムに組み込まれている魔法の術式を起動させた。

 すると、パリパリという音とともにスライム達の頭上に複数の雷が発生する。数秒の時間、その雷が空中で雷光を輝かせると、轟音を鳴り響かせながらスライム達めがけて、幾つも落ちてきた。


『どうですか、これで少しは時間が稼げたでしょう』


 後には、黒焦げになったスライム達と調子に乗っているサプライズの声。しかし、そんなサプライズにリリスがダメ出しをしてきた。

「いや、全然駄目みたいよ」


 サプライズの魔法で確かに先頭にいたスライム達は焼き焦げて脱落していた。しかし、後ろにいたスライム達はまだまだ元気で、速度も落とさずベルフ達に迫ってきている。


『おかしいですね。今の魔法で少なくともスライム達の三分の一は焼き焦がしたはずなのですが。ちょっと探知魔法で調べてみますか……ほう……ふむ………なるほど。どうやら当初よりスライム達の数が増えてますね。と言うより、いま現在どんどん増えてます』

 サプライズがエゲツない事実を言ってきた。


 そう、大量のスライム達に釣られるように、周囲に居る関係のないスライム達もどんどん集まってきているのだ。まるで、雪山で転がした雪玉が周囲の雪を吸収してどんどん大きくなるようにスライム達は集団の規模を大きくしていった。


『どうやらスライムという生物は、普段は個体として生きていますが何らかの理由で集団になると、周りのスライム達を引き寄せる何かを発生させるみたいですね。スライムとは、なかなか面白い生物です』


 後ろの集団がどんどん膨れ上がっていく様にリリスとミナが絶望していると、横合いから突如現れた一匹のスライムが、ベルフに体当たりを仕掛けた。

 右側から、ベルフの足をかするように通り過ぎたそのスライムは、木に体当りするとそのまま動かなくなる。しかし、その自滅したスライムが体当りした木には、鋼球が当たったかのような跡が付いていた。


『しかも、この状態になったスライムは攻撃力も上がるみたいですね。一撃でも貰ったらやばいです』

 サプライズの言葉に、リリスとミナの顔色が一層悪くなった。


「おい、門の篝火が見えてきたぞ。このまま街まで突撃する」


 走り続けて喋る余裕も無かったベルフが、門の前にある篝火を闇の中で見つけた。ちょうど門番の兵士達が街へと戻ろうとしている。内開き式の門を中から閉める気なのだろう。


 その光景を見てベルフの走る速さが上がった。門が閉じられる前になんとか滑りこまなければならないからだ。しかし、そんなベルフにリリスが待ったをかける。


「待って、こんなにスライムを引き連れて戻ったら、街まで魔物を連れてきた責任を問われるわ。確実に私達は牢屋に放り込まれるわよ」


 冒険者が大量の魔物を連れて街に戻るなど、治安の面から許されることではない。最低でも牢屋行き。下手をすればその場で切り捨てられる可能性もある。


 しかし、ここで命の危機を前にしたミナに天啓が走る。

「門にある篝火さえ消せば私達だってバレないかも」


 ミナがボソリと言ったその言葉をベルフとサプライズは聞き逃さなかった。


「え、ミナ、今なんて?」

「サプライズ、さっきの魔法をあの篝火にぶちかませ」

『わかりましたベルフ様』


 ベルフの命令を受けたサプライズが先程の雷の魔法を、門の前にある二つの篝火にぶち込む。

 一瞬、雷が空気を切り裂く轟音が鳴ったかと思うと、灯してあった台座ごと篝火は粉砕された。


「おい、今の音はなんだ」「雷? いや魔法か。誰が使った」「この中に雷の魔法使える奴なんていねえよ、なら外からだ」


 兵士達がいきなりの事態に門を閉じる手も止めて騒ぐ。そして、その隙をベルフは見逃さない。

 まだ完全に閉じられていない門の間をくぐり抜けると、さらに走る速さを高めて街の中へと消えていった。


「いまのは誰だ!? いきなり外から駆け込んできやがったぞ」「わからねえ、こう暗くっちゃ顔も見えねえ、誰か顔を見た奴はいるか」「なんとか体型だけは見えたが他はわからん」


 外にある光源を無くした兵士達は、ベルフ達の顔が見えていなかった。しかも、ベルフは街の中に入ると、わざと明るい場所を避けて薄暗い場所を選んで走り続けている。兵士達はベルフたちを完全に見失っていた。


「ちっ。誰か今のやつを追え……って、なんだ? なんの音だ」


 兵士達が耳を澄ますと、地響きのような音が聞こえてくる。何かが大量に門へと迫ってきているのだ。


「門を閉めろっ魔物の大群だ!!」


 門の左右に建てられている門塔から、監視の兵士が大声で叫ぶ。外には数十体、いやもしくは三桁にも及ぶスライム達が門まで迫ってきていた。


 魔物の襲来を告げられた兵士達は、木でできた内開き式の扉を急いで閉めると、門に閂を掛ける。

 しかし、これで一安心だと息をついた兵士達を嘲笑うかのように、外から次々とスライム達が門に体当たりを仕掛けてきた。


スライム達が体当たりを続ける轟音と共に、木で出来た扉がどんどんと歪んでいく。閂は大きく振動して、すでにひびが割れ始めている。木で出来た扉は、外から街の方に向かって、所々に膨らみができていた。


 門の前にいた兵士達が慌ててその場から離れるのと、門にかけた閂が折れたのは同時だった。外から大量のスライムが街に雪崩れ込んでくる。


「全員陣形を取れ! 敵は暴走したスライムだ、落ち着いて戦えば勝てる」

 

 そう言って、陣形を組んだ兵士達がスライムとの戦闘を開始した。このスライムを連れてきた奴を絶対に捕まえてぶち殺してやると、心の中で決心しながら。



「もう撒けたようだな」


 人通りの無い、薄暗い路地に辿り着くとベルフは走るのを止めた。肩に担いでいたリリスとミナを地面に降ろすと、走り疲れて息が上がっている身体を休ませる。


「これどうしよう、私達だってばれたら。ああぁぁぁ……」


 リリスが頭を抱えて地面に蹲った。遠くからは兵士達の怒号と戦闘の音が聞こえてくる。東の門ではスライム達と兵士達の間で、今も大絶賛で死闘が繰り広げられているらしい。


『平気でしょう。篝火も壊して暗闇にしていましたし私達だとはバレませんよ。しかし、いいアドバイスでしたよ小娘。中々見どころがありますね』

 

 サプライズがそう言ってミナを褒め称える。あの緊迫した状況で篝火を壊せと提案したミナを、サプライズは評価していた。


「リリス、ほらもう街についたし家に帰ろう。後はバレないように、今回の事は知らない振りをするしかないよ」


 ミナはサプライズを無視すると、地面にうずくまっていたリリスを立たせる。

「そうね、後はそうするしか無いわね。あんた達にも……まあもう二度と会いたくないけど一応助けられたお礼を言っておくわ、ありがとう」

「私からもお礼を言うね、ありがとう」


 リリスとミナが、そう言って頭を下げる。認めたくはないのだろうが、ベルフ達は一応、命の恩人なのだ。


 二人からの感謝の言葉を受け取ると、ベルフがリリス達に質問する。

「うむ、もっと感謝していいぞ。それで感謝のついでと言ってはなんだが、この街にある宿の場所を教えてくれ。この街の宿が何処にあるのか俺もサプライズもわからん」


 ベルフからの質問にリリスが答えた。

「そうね、あんた確か冒険者になったばかりだって言ってたわよね。それなら、この通りを進んだ繁華街に安宿が幾つかあるわよ。一応、この通りの奥の方に高級宿もあるけど金欠が基本の新人冒険者が泊まる場所じゃ無いわ」


 そう言うと、リリスは路地の先を指し示した。その先の通りから光が漏れ出している。繁華街が近いのだろう。


「じゃあ私たちはここで別れるわ。今日は助かったわ、じゃあね」

「さよなら、ベルフ、サプライズちゃん。また会おうね」


 リリスとミナの二人は、ベルフ達に手を振ると、そのまま通りの方へと去って行った。


『ではベルフ様、私達も行きますか。それで安宿の方に泊まりますか? それとも王に相応しい、もう一つの宿に行きますか?』

 サプライズからの問にベルフは

「愚問だなサプライズ、俺が泊まる場所と言ったら一つしかないだろう」


 ベルフは息が整うまで体力が回復したのを確かめると、リリスが指し示した方へと歩き出す。自身に相応しい宿泊施設。そう、高級宿へと向かって。



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