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ベルフが冒険者として好き勝手にやらかしていくお話  作者: 色々大佐
第三章 ベルフ護衛をする

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第七十九話 親子対面 後編

 エール国の首都ヘルス。この都市の一角でフードを被った四人の男たちが正門を睨んでいた。

 彼らはエメラが城を奪取した際に街へと逃げ出した騎士達である。

 エメラが城を奪ってからのこの二ヶ月、必死に隠れ、そして逃げ続けてきた忠義の騎士達だ。


 彼らのリーダー格の騎士が、他のメンバーに声を掛けた。

「良いかお前ら、ここから抜け出して一国も早くカルミネ国王に現状を伝えるんだ。このままでは、王妃様やアルフレッド王太子があの悪魔の餌食になってしまう」

 それを聞いた各人が静かに頷いた。


「それはともかく隊長、正門には魔王エメラの部下達がいて抜け出せません。強行するにしてもこの人数ではとても……」


 正門には数人の兵士達が見える。どの面も幸せな笑顔を浮かべており、彼らがエメラの作り出した薬で精神を支配されているのが分かる。


「そうだ、仮に四人で一塊になったとしてもあの人数を突破する事はできないだろう。だが、誰か一人が囮になってあいつらを引き付ければ……この中の誰かは逃げ出すことが出来るかもしれない」


 誰かを犠牲にする前提の作戦。普通であればこの時点で逃げ出す人間もいるだろう、だがここにいる誰もが目に力を込めてその作戦を聞いていた。


「そして当然、その犠牲になるのは隊長である俺の役目だ。お前たちは隙を突いてすぐに逃げ出せ」


 リーダー格の騎士のその言葉に、周りが反発をする。

「それは行けません! ここから逃げ出した後にも隊長の力は必ず必要になります!」

「そうです、それは若手である俺達の役目です」

「俺達なら最悪捕まったとしてもそれほどの痛手にはなりません。考え直してください隊長」


 仲間達からの意見を聞くと、隊長役の騎士が首を横に振る。

「だめだ、兵士達をできるだけ引っ張った上で簡単に捕まらないだけの力量が必要だ。となれば、この中では俺以外には務まらない」


 隊長役の騎士の言葉を受けて周りの騎士達が悲痛な顔になる。

 だが、隊長役の騎士は顔に笑みを浮かべると陽気に語り始めた。

「なーに、そう悲嘆に暮れるな、ただの兵士達相手なら簡単に後れを取らんよ。上手くやれば俺も逃げ出せるかもしれんからな、そういう意味でもオレがやるのがベストだ。そんな事より、お前達がちゃんと逃げ出せるかのほうを俺は心配しているくらいなんだぞ」


 明るく語っているが、誰もがリーダー格である騎士が犠牲になるのは分っていた。そう、騒ぎを聞きつければ兵士達だけではない、エメラの側についている騎士達も援軍としてやってくるのは想像に難くない。そうなれば、助かる可能性は0である。


「さて、じゃあそろそろ細かい段取りを説明するぞ。良いか、俺が囮になっている内にまずは――ん? なんだ?」


 隊長格の騎士が、正門付近でざわめきが起こっている事に気がついた。

 それに釣られて、他の騎士達も正門で騒ぎが起こっていることに気がつく。


 彼ら四人が物陰から正門を見つめていると、ふいに多数の騎兵が街の中に入ってきた。そして、それに少し遅れて数台の馬車が入ってくる。最初の内は事態の飲み込めなかった彼らであるが、その馬車の内の一台に見慣れた紋章を見つけると目を見開いた。


「あれは王家の紋章、まさか……カルミネ国王が戻ってきたのか!!」


 カルミネ国王。彼らの主であり、このエール国の国王である。

 そのカルミネの乗った馬車が戻ってきたということはつまり……時間切れというやつである。


「いかん!! 陛下はこの都市があの魔王の手の内に落ちたと知らないはずだ。陛下や王妃を憎んでいるあの魔王が、ただで済ますわけがない、お前達すぐに陛下に今の状況を知らせるぞ!!」

「「「わかりました!!」」」


 そう言って駆け足で正門前にいる馬車に駆け寄ろうとする彼ら。しかし、その時彼らの行く手を阻む様に複数の影が現れた。それは、エメラの手足と化した近衛騎士達だった。


「すまない、お前たちの気持ちはわかるが、ここは止めさせてもらう」


 その言葉に、先程の隊長格の騎士が歯ぎしりをする。

「貴様ら、それでも近衛騎士か!! 陛下の危機がそこまで迫っているのに、なぜ我らの邪魔をする! 心まであの毒婦の手に落ちたのか!!」


 騎士の言葉に彼らの邪魔役になっている近衛騎士達は何も言い返せない。ただ無言でいる。


「そこに陛下がいるのなら、今こそあの魔王エメラを裏切って我らの味方をする所だろうが! 少しでも騎士としての誇りがあるのなら、すぐにその場を退け!」


 騎士の言葉は近衛騎士達の心に深く刺さった。事実、心が揺れて少し後ずさりしたものもいる。だが、それでも近衛騎士達は退くことができなかった。


 近衛騎士の一人がポツリと呟く

「お前たちの言っていることは正しい、本来なら今すぐにでも国王陛下に危機を知らせるべきだ、だが……お前たちはエメラ様とあの男の力を知らなさすぎる」

騎士がその言葉に疑問を持つ

「あの男だと?」


 と、その時だ近衛騎士達の後ろから一人の男が現れた。

 その男の容姿と来たら、髪の毛はボッサボサの黒髪でやる気のなさそうな無気力な目つきしている。身に付けているものもやっすそうな鉄製の鎧と、腰の剣帯に白い鞘に入った剣を刺しているだけと言う、実に貧乏そうな格好だった。

 このあまねく全ての人間を見下してるくっそ舐めたような目つきの青年、そう彼こそ、この作品の主人公であるベルフ・ロングランである。


 ベルフは近衛騎士達に向けて声をかける。

「んーー、どうしたことかな。せっかく俺達が裏切り者の騎士達の情報を与えてやったと言うのにまーだ捕まえてないらしいなー」

『そうですねベルフ様。せっかくこの私とベルフ様が反逆者達の情報をチクってあげたと言うのに……これはあれですねー、評価マイナスの案件ですね』


 ベルフ達の言葉に近衛騎士達が声を荒げて弁明を始める。

「待ってくれ、捕まえる、彼らをすぐ捕まえるから、だからもうサフィ王妃とアルフレッド王子の待遇をこれ以上悪くしないでくれ!!」

『はー、とは言ってもですね~、実際にこうして反逆者達がピンピンと元気にしている姿を見ますと、ねーベルフ様』

「だよなー、サプライズ。エメラが身内の王妃や王子に東西南北全世界に溢れている、ありとあらゆる拷問を掛けようとしていた時、エメラを必死で説得しておもちゃを譲り受けた、もとい王妃達を救ってあげたのは誰だったかなー? その恩義くらいは見せてほしいよな」

「わ、わかっていますベルフ殿……」


 剣を再度構える近衛騎士達。更には、ここにいたってその様子を見ていた騎士達も事情がわかったようだ。


『おらおら、腰が入ってませんよ腰がー、そんなヘッピリ腰で反逆者共を捕まえられると思ってんですかー!?』

「やれやれ、この分だと王妃や王太子達をエメラの元に返さなくてはいけないかもしれないな。これだけ俺が頑張ってやったのに、その恩義も感じていないとは、心が痛いわ」


 ベルフ達の言葉を受けて、近衛騎士達が鬼の形相で騎士達に立ち向かう。もはや騎士達と近衛騎士達には和解の道がなかった。


 騎士達の隊長格がベルフを憎しみの目で睨んだ。

「こいつらを退けた後、必ずその首をかっ切ってやるから待っていろ」

 その言葉にくっそやる気のなさそうにベルフが答える。

「おう頑張れよ、俺を殺したら王妃や王太子がエメラから酷い目に合うけど、それでも良いなら頑張ってくれや」

『頑張ってくれや』

「くそがあああああああ!!」


 そのまま近衛騎士達と騎士達が大立ち回りを演じ始めると、ふとベルフが馬車の方に目を向けた。

「ん? あれ?」

『どうしましたベルフ様』

「いや、あの馬車の中に親父がいたような気がしたんだが、気のせいか?」

『気のせいじゃ無いっすか、ここからロングラン領までは離れていますし、そもそもあの馬車に乗っている理由もありませんよ』

「そうだな、んじゃあ城に帰るか。エメラの親父も来たみたいだし、メインイベントも始まるからな」

『そうしますか、この国でのイベントはもう終わりですからな。最後くらいは間近で見ながら楽しみましょう』

 そう言うと、ベルフとサプライズは城に向かって帰っていった。




 エール国の王城にカルミネ国王の乗った馬車隊が辿りつくと、馬車の中から三人の男が降りてきた。

 

 一人は、エメラの父親であるエール国の国王、カルミネ国王だ。彼は五十になったばかりの初老の男性で、一文字に結んだ口と冷たい目は彼が非常に冷徹である事を示していた。

 

 続くもう一人は頭頂部の禿げた男性だった。非常に誠実そうな顔をしている太った男性で、自身の額に流れている汗をハンカチで拭っている。この男性の名はモハ・ロングラン。そう、ベルフの父親である。


 そして最後に一人の爺さんが馬車から降りてきた。この爺さんこそ、大国であるシスト王国の国王、クレイグ王その人だ。

 クレイグ王の身の丈はかなり小さかった、身長は140センチにも満たない程度の小柄だ。カルミネ国王の胸当たり程度の体格といった所で、見た限りでは壮健とは呼べない。頭はすでに髪の毛が全て抜け落ちており、しわくちゃの顔と、ギラギラと燃えるような二つの目が特徴的な爺だった。


 そして現在、そのクレイグ王は、モハ卿に向けて鋭い視線を投げかけている。

 

「なあモハ子爵よ、そろそろ正直に話したらどうだ、エメラ王女とはどんな関係なんだ」

 もう何度目になるかわからないクレイグ王からの質問にモハ卿の方も参っていた。

「ですから陛下、私とエメラ王女には面識がありません。今回のことも、なぜ私が名指しで呼ばれたのかも分からないところでして」

「そんなわけあるか!!」


 クレイグ王の怒声が響くと、モハ卿の身体が萎縮する。


「この手紙を見ろ、エメラ王女からワシに向けた愛の手紙にしっかりとモハ子爵も連れてこいと書かれているだろうが!! 面識のない人間をどうしてエメラ王女が名指しするんだ!!」


 クレイグ王が右手に持っている手紙を開けて見せると、該当の箇所に指差した。そこには、エメラからの手書きで、ぜひともモハ・ロングラン子爵を連れてきてほしいと書かれている。


「それは私にも皆目見当がつかず、なにせ、私がエメラ王女について知っていることと言えばクレイグ王の婚約者だと言う事くらいしか……」

「訂正しろ! もう婚約者ではない、私の妻だ!」


 えーーー……と言う顔でモハ卿が固まっていると、その話を聞いていたカルミネ国王が頷いた。

「その通りですモハ子爵、エメラはもうクレイグ王の妻、つまりシスト王国の王妃です。後はエメラをシスト王国まで出荷……もとい送り出せば、婚姻の儀を執り行うだけで正式にクレイグ王とエメラは夫婦になります」


 カルミネ国王の言葉にモハ卿はゴクリとつばを飲む。

 例え国家のためとは言え、自分の娘をこんな変態糞爺のもとに嫁入りさせても全く眉一つ動かさないカルミネに、ある種の恐怖をモハ卿は覚えていた。


 クレイグ王が、そのしわくちゃの顔に笑みを浮かべる。

「うんうん、流石は開祖が黒竜の祝福を受けた勇者だったと言われるエール国の王族よ、物の道理というものがよく分っておる。モハ卿よ、わかったな、エメラ王女はもう婚約者ではない、我が国の王妃なのだぞ」

「わかりました、以後気をつけます……」


 モハ卿が頭を下げると、クレイグ王がフンッと鼻を鳴らした。

「まあ良い、エメラ王女を嫁に迎え入れる目出度い日でもある、今回はこれくらいにしておくとするか。それに……捉えたネズミは大きかったからのう、なあモハ卿」

「は、はい、そのとおりです」


 そう言うと、クレイグ王が後ろの馬車に目を向ける。あの中にはクレイグ王とエメラ王女との結婚を快く思っていない他の王族たちが、クレイグ王の命を取るために差し向けた刺客達の首が収まっている。


「あれらを証拠に、邪魔な息子や孫達を排除出来るかと思うと、やっと胸の支えがなくなった。エメラ王女とわしの子供が王位に就くにあたって、邪魔者は今のうちに排除しておかないといかんからな、本当に実りのある旅路だ。やはり、敵を釣るための餌は大きい方が効果があるのう」


 この馬車隊にはシスト王国の切り札と言える精鋭の騎士達が乗り込んでいた。外にいる騎馬隊はエール国が、そして馬車隊の中にはクレイグ王の部下達が乗っている。彼らの活躍もあってか、襲撃者達の身柄を捉える事に成功していた。当然、情報を吐き出させた後には用がないので、襲撃者達は現在、首だけになっているが。


 そのクレイグ王にモハ卿が意見を述べる。

「しかし陛下、それにしても今回は危険が過ぎたのでは。わざわざ陛下が赴かなくとも、エメラ王……妃が我が国に来ればよかったと思うのですが」


 モハ卿の言葉に、クレイグ王が持っている杖の先端を地面にドンッと打ち付けた。

「真に愛する女性から誘いの手紙をもらって、じっとしている男がいるか? その手を取るために自身が迎えに行くのが道理というものだ。ましてや、両思いの恋人であれば、男の方から誠意を見せるのは当然のことよ」


 両思い? エメラ王女の方は心底嫌がってるんじゃねえかな、誰が好き好んで若い女性がロリコン爺のもとに嫁ぐかっちゅうねんとかモハ卿が思っていると――


「その通りです、エメラはクレイグ王のことを心の底から愛しております」

 カルミネ国王が頷きながらクレイグ王の言葉に同意した。

 クレイグ王がまたもや上機嫌になるのとは対象的に、モハ卿の方は何言ってんだこいつという目でカルミネ国王を見ている。


「クレイグ王と出会った時、エメラもクレイグ王に一目惚れしていたのですよ。ですが当時はまだ十にも満たないエメラは子をなすことも出来ず、それはもう悔しがっていたものです。今回、国内の調整も全て終わり、クレイグ王の元に嫁入りできるとあって、エメラは本当に喜んでいました。今回のクレイグ王に向けて出した迎えに来てほしいとの手紙も、エメラのそのいじらしい気持ちの現れだとおわかりください」


 クレイグ王は目頭に涙を貯めると、エメラの気持ちを慮った。

「エメラちゃんはなんといじらしい! ワシは別に年齢など気にしなかった、別にまだ(規制言語)でも全然構わなかったのに! 待ってろよエメラちゃん、ワシがすぐに迎えに行くからな」


 モハ卿は隣りにいるカルミネ国王を恐ろしいものとして見ていた。こんな口からでまかせを言っているのに、カルミネ国王には何の表情の色も出ていない。


 国王とはこれだけの精神力がなければ務まらないのかと、小国ながらも一国の主として勤め上げているカルミネ国王の心胆の図太さに、モハ卿は格の違いを感じていた。


「では、クレイグ王こちらに。エメラも玉座の間で待機しているらしいですから、準備が出来次第、すぐに顔合わせをさせます」


 カルミネ国王の言葉にクレイグ王が頷く。孫と爺さんどころか、下手したら曾孫くらい離れているエメラに向けて、その脳髄が性欲の塊と化していた。


 そのまま、他の馬車から降りてきたクレイグ王付きの騎士達とともにクレイグ王がカルミネ国王に連れられて城の中に入っていく。

 カルミネとクレイグ、二人のやり取りに胃痛のする思いをモハ卿が抱えていると、彼のもとに一人の侍女がやってきた。


「モハ子爵、どうぞこちらに。エメラ様との会見の準備が出来るまで子爵には別室でお待ちして貰います」

「ん、ああ、わかった。では案内してもらおう」


 侍女に連れられて王城の中に入ると、モハ子爵はキョロキョロと周りを見渡す。


「この城は築数百年と聞いたが随分と新しく見える。何か特別な魔法でもかかっているのかね?」

「それはクソ野郎……ではなくて、つい最近、魔法使いが魔法で城を改修したからです。おかげで、このように新品も同然と言った程まで修復されました」

「それはすごいな、その魔法使いに是非とも私の屋敷も修復してほしいものだ。その魔法使いは城付きのものかね? でないのなら、できれば私も仕事を依頼したいのだが」

「え、いや、話は通して置きますが、モハ子爵なら依頼するまでもなく相手も了承するかと思いますが」


 歯切れの悪い返答をする侍女にモハ卿が首を傾げる。依頼するまでもないとはどういうことだろうか。

 そうして疑問に思っていると、侍女の方が質問をぶつけてきた。


「ところでモハ子爵、今回のエメラ様とクレイグ王との結婚についてどう思っているのかを聞かせてもらっても良いでしょうか」


 侍女からの質問に、モハが我に返る。他の貴族であれば侍女風情に話すことではないと怒るところだが基本的にモハ卿はとても甘い男である。更に言えば、クレイグ王に向けて鬱憤もかなり溜まっており、それらの相乗効果もあってモハ卿が愚痴を吐き始めた。


 モハ卿が苦虫を潰したような顔で言った。

「そうだな、一言で言えば大反対だな」

 思っていた言葉と違ったのか侍女は少し驚いていた。

「大反対ですか? 賛成ではなくてもそこまで反対する理由があるとは思えませんが」

「いーや、大反対だ。これはワシだけじゃない、シスト王国にいる過半数以上の貴族達は同じ想いだ」


 あんのクソ爺とかぶつぶつと言いながら、モハ卿が更に言葉を続ける。

「そもそも、王位の継承者も何もかも全部決まっていて、本来なら数年前にエリオット王太子に王位が継がれていた所をいきなり、ロリ王女を嫁に迎えるからお前ら廃嫡なとか言いやがって、そんなもん、身内からの刺客に襲われるのも当たり前だろうが! 私が国元を離れる時にどれだけの王侯貴族から隙あれば頼むぞとか言われたと思ってんだ。それでも無駄に有能でしぶといからどうしようもならんしな!!」


 溢れていた怒りの思いがモハの言葉を止めさせない。

「このまま王女を連れて国元に帰ってみろ、間違いなく内乱が勃発するぞ。カルミネ国王も国王で乗り気だから止めようもないし、本当にどうするんだよ、誰でも良いからあの爺共を止めてくれ!!」


 モハ卿の気迫に侍女がたじろいでいる。話を振ったのは自分からであるが、思った以上にモハが口を滑らせていたからだ。


「えっと、部屋につきましたからどうぞ御くつろぎください。エメラ様の準備が終わったらお呼びしますから」

「おっとすまん、ついつい一方的に喋り続けてしまったようだ。では遠慮なく待たせてもらおうか」


 と、部屋の中に入って人心地付いてから、ふとモハ卿が何かに気がついた。

「そう言えば、なぜエメラ王女と私が会見をするんだ? そもそも、私がエメラ王女に呼ばれた理由もわからないんだが」

「城の主であるエメラ様が客人と会見するのに不思議はございません。モハ子爵は他の方たちとは違って純粋な客人ですから、どうぞお待ちしていてください」


 城の主? 他とは違って純粋な客人? 疑問に思ったモハ卿が問いただそうとするより前に、侍女が部屋を出て行ってしまった。


 問いただす相手も消えて、手持ち無沙汰となったモハ卿が用意してあった椅子に座ると、今までのことを思い出す。


 事の発端は一月ほど前だ。ロングラン領にいたモハ卿は突如、クレイグ王からの勅命を受けた特使から、国家存亡における緊急の命だ、すぐに城まで来て欲しいと聞かされた。


 一体どんな国家存亡の危機なのか。巨大生物でも出現したのか、はたまたどこかの国との戦争が勃発したかと思いながらモハ卿が慌てて王城まで駆けつけると、クレイグ王からエメラとの関係性をいきなり問いただされた。


 どこが国家存亡なんだよと思いながら我慢強くモハ卿が事情を聞いてみると、つまり、クレイグ王ご執心のエメラがモハ卿を名指しして、クレイグ王と共に自国まで来て欲しいとの手紙が寄せられたらしい。


 様々な怒りを胸に秘めつつも、努めて冷静に自分は全くエメラ王女と面識がありませんと説明するモハ卿の言葉をクレイグ王は聞かなかった。その結果、なら実際にエメラのところまで行って白黒はっきりしようじゃないか、この間男め!! というクソみたいな出来事が発生したのが一月ほど前の事である。


「あの爺、耄碌するにも程があんだろ……」


 しかしだ、と同時にモハ卿も実のところ不思議に思ってはいた。というのも、エメラ王女と自分には本当に全く接点がないのだ。

 これがロングラン領とエール国の間に何らかの交流があればまだ理解は出来る。常日頃から世話になっているロングランの領主を呼んで欲しいというのもちょっと無理はあるかもしれないが理解は出来る。だが本当に全く、何一つとしてロングラン領とエール国には接点がない。

 食料、民族品、魔具等の商売上の交流どころか、学生の留学から兵士や騎士等も含めた人材の交流まで接点になるようなものは全くない。


 そう、自分の考えの及ぶ限りではエール国と自分には接点がないのはわかっている、だが、何かを見落としている気がするのも事実だ。それも、自分が記憶の奥底に封印しているというか忘れたい何かが関わっている気がするのだ、それもここ最近自分の所からいなくなった何かが関わっている気がしていた、そう、それは――


「ベルフ?」


 その発想にモハ卿が首を横に振った。

 いやいや、確か報告ではライラの街で奴は冒険者を始めたと聞いている。

 それもまだ家を出てから数ヶ月。ひよっこも同然で、今頃冒険者の厳しさを身にしみながらひーこら頑張っている時期だ。


 そんなベルフがまさかこの国にいて、エメラ王女と関わっているなんて、いくらなんでも発想が突拍子もなさすぎる。


 モハ卿が用意されているティーカップを手に取ると、中に入っている紅茶を一口飲む。しかし、その手はカタカタと震えていて、何かをとても恐れているのが分かる。


「だが待て、あのベルフだぞ。悪運と常識のなさは折り紙つきのあいつが関わっているとすれば……いやいくらなんでもそんな事は」


 と、その時、部屋の外からドーンと言う轟音と衝撃が襲い掛かってきた。城全体を揺れるようなその衝撃で、手に持っているティーカップの中に入っていた紅茶がポタポタと床にこぼれ落ちる。


 何度も立て続けに轟音と地震のような揺れが襲い掛かって来る中で、モハ卿が踏ん張りながらも部屋の扉から廊下へと飛び出した。


 何かの異常事態が起こっているのは確かだ、それも、外からと言うより城の内部からこの轟音は聞こえてきている、まずはそれを確認しなくてはならない。

 一応、本当に一応だが、我らが国王であるクレイグ王がこの城にいるのだ。貴族の義務として、彼の安否は真っ先に確認しなければならない。


 おーいどこだーとクレイグ王に向けて声を出していると、次第に轟音の発生源とも思われる場所が見えてきた。

 それは玉座の間に続く扉だった。他とは一際違う両開きの扉で、その中からけたたましい音と衝撃が発生している。扉の形状はもう無残な程で、扉の片側はもう蝶番が壊れかけているのか、扉部分がほとんど外れかけている状態だ。


「確か、カルミネ王とクレイグ王は玉座の間にいるエメラ王女の元に行ったはずだな……」


 中に入りたくねーと心底思いながらモハ卿がその扉を見つめていると、続く衝撃でついに蝶番が完全に壊れてしまい、扉がガランという音を立てて外れてしまう。

 倒れ落ちてくる扉を間一髪避けると、玉座の間の内部がついにモハ卿の視界の中に入ってきた。


 そこでは、シスト王国の誇りとも言える精鋭の騎士達と、カルミネ国王付きであるエール国の騎士達が共に無残に倒れ伏しており、それを巨大なレッドドラゴンが前足で踏んづけている。

 部屋の両脇にはエール国の騎士達がずらりと並んでおり、レッドドラゴンに襲われている同僚であるはずの騎士達を助けようともしていない。


 騎士達と共にいたはずのクレイグ王の姿を安否確認とともに探してみると、クレイグ王は、何故か向こう側を見つめて感激の表情で涙を流していた。

 

 これ以上に何があるんだよと思いながらモハ卿がクレイグ王の視線を追って部屋の奥を見ると、十字架に貼り付けられているカルミネ王と、王妃と王子らしき人間がいる。そして、玉座には豚を見るような目つきでクレイグ王を見下ろす美女が一人。

 だがしかしだ、そんな事よりももっと信じられない物を彼は見つけてしまった。


「なぜお前がここにいる……」


 エメラの隣に立っているドラ息子のベルフの姿である。


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