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ベルフが冒険者として好き勝手にやらかしていくお話  作者: 色々大佐
第三章 ベルフ護衛をする

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第七十七話 パトズ再び

 エメラが追われた後の冒険者ギルドに、一人の男がいた。


 肥え太った身体に、禿げた頭頂部。顔は初老に差し掛かっているのか深いシワが刻まれ始めている。

 スーツを悠然と着こなしている所から見ると、彼が肉体労働の冒険者ではなく、ホワイトカラーと呼ばれる人間だとわかる。


 彼の名はパトズ。一時はエメラの手によって冒険者ギルドから追われた男である。そんな彼はいま、ギルドマスターの執務室にて、勝利の余韻に浸っていた。


「これが、天下を取った寂しさ、と言うものか……」

 パトズは心に一抹の寂しさを感じている。その哀愁を帯びた目は悲しみに少し濡れていた。


「果たしてこれでよかったのだろうか、エメラさんの居場所をチクった見返りとしてギルドマスターに返り咲くことは出来た。だが、本当にこれで良かったのだろうか」


 そう、実はエメラの居場所をチクったのは他でもないパトズであった。

 文字通り服の一つすらもなくなったおっさんがどうやって、兵士達に自分の意見を通せたのかは長く辛い道のりがあった。だが、それももはや過去のことである。


 ふうっとパトズがため息を着いた。

「ここに来るまで、本当に多くのものを犠牲にしてしまったな」


 橋の下にある住み慣れたホームレステント。ホームレスだった自分と共に、襲撃者を幾度も撃退してきた棍棒。生涯で初めて出会えた親友のベルフ。酒飲み仲間であり、存在自体がアルコールだと疑っているボボス。そして、ええ感じの腰つきをしていたエメラ。

 みんな、みんな、素晴らしい仲間達だった。


 くっ、とパトズの目から涙が一筋溢れる。

 そんな彼らを全て犠牲にして、自分は栄光の座にたどり着いた、後悔はない、だが、寂しさだけはある。


「こんなことではいかんな、元気を出さないとな」


 パトズはそう言って執務室から出ると、ギルドマスター専用の私室へとやってきた。前任者であるエメラの私物が手付かずのままの、その私室に入ると、パトズはクローゼットから一枚の服を手に取った、そうエメラの私服だ。ジッ、とその服を見つめた後、パトズは静かにエメラの服へと顔をうずめた。


 十秒、二十秒、そして一分近く経過する頃、パトズはようやくエメラの服から顔を離した。そして――


「エメラさんには元気をもらってばかりだよ」


 エメラの衣服から吸気を手に入れたパトズは澄み切った眼をしていた。しかし、それだけではない、パトズのその顔には気力が戻っている。先程までの哀愁を帯びた風体はどこへ行ったのやら、全身これすなわち気力とばかりに体全体から精気が満ち溢れていた。


 一般にはあまり知らされていないことだが、中年のおっさんはうら若き女性の衣服から精力を手に入れることができる。これは科学的にも証明されている。

 ただ、地球が存在する太陽系の言語では表現することができないため、世界に認められていないだけだ。


 そのまま、何度もエメラの衣服に顔を埋めては科学的健康法で気力と体力を取り戻していくパトズ。一度息を吸う毎に、全身にエネルギーが漲っていった。


「よっしゃああああああ!」


 雄叫びを上げてエネルギーも万端。

 先程までの無気力な自分とは違う、冒険者共、このパトズ様の欲望のために手足のように動かしてやるから覚悟しとけよ! 今日から始まるR-18的なパトズ様の冒険者ギルド運営を脳内で描きながら、ズンズンと足踏み鳴らして執務室に戻ると、そこに天使がいた。


 ギルド職員の制服姿にボブカットのうら若き女性、パトズお気に入りのサラである。

 彼女は数時間前までエメラの秘書であったが、現在は騎士達と言うかパトズにとっ捕まってそのまま彼の秘書になっていた。


「何をボサボサしている、サラちゃん仕事だ仕事!」


 パンッとサラの尻を叩くとパトズがギルドマスター様専用の椅子に座った。

 現実世界であれば一発KOの痴漢行為であったが、ここは俺様の城だとばかりにパトズの地位は揺るがない。


 現在、パトズの見立てでは攻略するべきヒロイン達は八人いる。サラはそのうちの一人であり、エメラもその内の一人である。残り六人のヒロイン達は、現在冒険者であるが、攻略した暁にはパトズ様専用のハーレムに入って貰う予定だ。


 机から攻略対象である女の子達の個人情報が記載されている名簿を開くと、まずは誰から攻略するのか悩み始める。


 さーて、まずはおっぱいの大きい子から行くかなーと熟考を重ねていると、秘書であるサラが話しかけてきた。


「ギルドマスター、冒険者達への報酬はこれからどうなるのでしょうか、」

「報酬だと?」

「はい、エメラ様はギルド側の取り分を少なくして冒険者達に報酬をかなり分配されていましたが……」


 サラの言葉を聞いたパトズが机を叩きながら立ち上がってきた。


「ぼ、冒険者の分際で金が欲しいだと? ふざけるな!!」


 パトズが顔を茹でダコのように真っ赤にして激高していた。


「ギルドがなんのためにあると思っているんだ、人間未満である冒険者達のために社会貢献できる場所をわざわざ与えてやっているんだぞ。本来なら人様の役に立てて嬉しいですとギルドに金を支払うべき立場の癖に、金が欲しいだと!!」


 なんてことだ、前任者であるエメラは何をやっているんだ。偉そうなのはケツの肉の付き方だけだったか、類人猿未満である冒険者達のしつけ方がまるでわかってないではないか。


 やれやれ、と溜息をつくとパトズがびしっと背筋を決める。

「私がギルドマスターになった以上、ギルドは本来の姿形に戻させてもらう。まずは冒険者達はギルドに上納金という形で毎月1000ゴールドの支払い。払えなかった場合は犯罪者として騎士達に通報させてもらうからな。それとノルマは月に100の依頼達成だ、できなかったら違反者として罰金を科させてもらう」


 冒険者ギルドとはなんたるかをこいつらに分からせてやる。パトズは双眸に熱意を燃やしていた。


 これからの目標がまた一つ増えてパトズの気合が充実した所で、ドンッという音を立ててサラがコップを机においた。その中には綺麗な青色の液体が入っている。エメラが製作した例の洗脳薬であった。


「ギルドマスター、これが私の気持ちです、どうかお飲みください」


 いきなりのサラからのプレゼントにパトズが戸惑う。私の気持ち? 何が? 気持ちだと?

 いや、まさか!?


「これはまさか、さっきサラちゃんの尻を揉んだことに対するお礼なのか?」


 サラがニコニコと笑っている。パトズの方は、ケツ触って怒られるでもなくお礼をもらえてしまうのか? と衝撃に手が震えていた。


「はい、それ含めてのお礼です。ですから、ぜひともそれを飲んでください」


 サラが笑顔を浮かべながら、そう言ってくる。心なしか声が怒りで震えているような気がするがパトズの気のせいだろう。


「これがギルドマスター、勝利者の、特権……」


 パトズの目が邪念で血走っていた。やはりギルドマスターとは素晴らしい、あのゴミクズを見るような目でこちら見ていたサラちゃんが雌落ち全開で媚びてくるとは……


「早くそれを飲んでくださいギルドマスター、私も我慢出来そうにないので」


 サラが自身の右腕を左手で抑えていた、沈まれ、私の右腕と言うやつである。ただ、どちらかと言うと、厨二的なものではなくて、暴力的な意味での静まれに見えたのは多分パトズの気のせいだろう。


「よ、よしっ飲んでやるぞっサラちゃんの気持ち飲んでやる、サラの愛のエキスだ、ぐいっと一気飲みしてやる!!」


 世界一キモい事を言いながらぐびっと青い液体を飲んでいくパトズ。ゴクッゴクッとコップに入っている液体をすべて飲み干すとダンッとパトズが空のコップを机に置いた。それを満足そうな顔で見ているサラ、しかし――


「美味い……」

「え?」


 戸惑っているサラとは対照的にパトズの顔には迷いがなかった。

「これがサラちゃんの、いやサラの気持ちか、よくわかったよ」


 その液体は、パトズの心を静かに満たしていった。心の中を清涼感のみが満たしていく感覚、少し甘く、でありながら決して物足りないとは思わない絶妙な甘さ。

 しかしなによりも、自分がケツを触った時、サラちゃんはこれと同じ感動を手に入れたという事実。もういい、もうサラちゃんの気持ちはわかった、間違いない、この女、ワシに恋してる!!


 戸惑いながらコップを確認しているサラ。そんなサラの肩にパトズが手を置いた。


「じゃあサラちゃん、しよっか」

「え、するって何を?」

「決まってるじゃないか、それは」

 と、そこでパトズが急にサラの身体をお姫様抱っこするように抱きかかえた。


「婚前交渉に決まってんだろうが!!」

 

 気合満点、パトズの臨戦態勢が出来上がっていた。


「ちょ、やだ、離せくそじじい!」

「嫌がる振りをしても私には全てわかっているよ、君の気持ちはね」


 そう言ってウィンクをするパトズ。サラの背中に鳥肌が立った。

 足をばたつかせ、パトズの顔を手で押して、とサラが逃れようとするが、恋するパトズの腕力は強い。

 絶対離さないぞと言う決意を持って、のっしのっしとギルドマスターの私室に向けて歩み始める。


 と、その時、一人の青年が部屋に入ってきた。前にサラと一緒にいた、サラの相方である、あの青年だ。


「おーいサラ、エメラ様とあのクソ野郎が――って、おっさん何してんだ!」


 青年の目に写った物、それは鼻息吹かして興奮絶好調にあるパトズがサラを連れて行こうとしているところだった。


「見て分かるだろう、私はこれからサラちゃんと真の愛を築くんだよ、君のような、たかだか冒険者風情にサラちゃんのような美少女は勿体無い。このギルドマスター様がサラちゃんのAからZまで貰い受けると決めた!!」

 くわっと眼を大きく見開いてパトズが大声で宣言した。


「アポロ助けて、このおっさん、エメラ様の薬も効かなかったの」

「なに、エメラ様の薬が! ちっ真性の外道ってわけか」


 アポロが剣を構えてパトズと相対する。しかし、パトズの方も負けていない、お姫様抱っこの形から、右手でサラの身体を抱きしめる形に変えると、左手で傍にあった棍棒を握りしめた。


「良いのかねそんな刃物を使って。もしもサラちゃんに当たったらどうするつもりだ?」

「くっ!」


 アポロの方が躊躇うと、それに合わせてパトズのほうが棍棒を振り回してきた。それはアポロ側が反撃のできないほどに、手慣れた棒術であった。


「ふんぬ!」

「ぐあっ」


 パトズの棍棒の一撃が、剣で防御したアポロを後ろに吹き飛ばされた。パトズがホームレス時代に培ってきた戦闘術がここに来て遺憾なく発揮されていた。


「このおっさん、地味につええ」

「伊達に長生きしとらんよ、真に文武両道を歩む物は、この程度できて当然だ」


 その文武両道を歩んできた人間は現在、右手に少女を人質に取りながら左手で棍棒をぶん回していた。

 これはつまり、人質に取るところが文であり、棍棒の部分が武である。世紀末世界における文武両道であった。


「ベルフ君やエメラさんには負けたが、そんじょそこいらの冒険者風情にこのパトズが後れを取ることはない。さーて、サラちゃんと一緒に夜明けのコーヒーを飲むまで後もう少し、ワシの邪魔できるものならドーンとこい、ドーンと、ガハハハハ」


 パトズがそう言って笑った直後であった。ドーンという音とともに岩石、いや石の姿をしている精霊のノームが豪快にパトズの頭目掛けて直撃した。


「ごほっ、な……に……」


 ノーム、というか岩石がドタマに直撃したダメージで地面に倒れるパトズ。トドメとばかりに追加のノームが三体ほど倒れたパトズにぶち当たっていくが、誰もそれを止めなかった。


「この魔法は、まさか……」


 サラが驚いていると、扉から一人の女性と青年が部屋に入ってきた。


「あのおっさんの姿が見えたから先制攻撃したけど問題ないわよね」

「お前には慈悲の心がないのか、パトズが何をしたっていうんだ」

『そうですよ、話し合いは何よりも大事だって習いませんでしたか、この蛮族王女が!』


 そう、エメラとベルフであった。




「無罪」


 パトズから事情を聞いたベルフが厳かにそう言った。

 

『良いのですかベルフ様、ベルフ様が騎士達に追われたのは間違いなくこのおっさんが原因ですよ、それでも許すというのですか』

「俺は許す、パトズは自分のできることを精一杯やっただけだ」

『何という広い心……まさしく大海の如き器』


 そして、ベルフからのお許しの言葉をいただいたパトズは涙を流している。

「ベルフ君、良いのかね? 私は君達の情報を騎士達に売ったのだぞ」

「良いんだ、パトズの立場からすればギルドマスターに復帰するとなればそれしか無かった、そんなパトズを一体誰が責められる?」

「ベルフ君!!」


 パトズが地面に両手を打ち付けながら泣き始めた。ベルフの心の広さとその優しさに涙腺の決壊を防ぐことができなかったのだ。


『全く仕方のないご老人ですね。これに懲りたら次からはベルフ様を裏切らないようにするんですよ』

「わかってる、これからは心を入れ替えて生きることにする!!」


 ベルフとパトズ、友人同士であれば時にはお互いが裏切ることもあるだろう、だが真の友情というのはその程度では罅すら割れないものだ。こうしてまた一つ、男達は失敗と挫折を乗り越えていくのであった。


 で、そんな三文芝居を見せられたエメラたちの方はと言うと。


「私は特に許してないから、そのおっさんは人格改造の刑ね」

「エメラ様、そいつ薬が効かないからあっちを使いましょう、今アポロに取りに行かせています」

「サラー、この白い棺で良いんだよなー」


 アポロが白い棺を持ってきて地面にずずん、と置くと、棺がパカっと開いて、中から人類の脳みそをえぐり取るようなドリルが飛び出してきた。


 さらにエメラがパトズに向けて女王様の目で睨みつける。

「聞けばサラちゃんにセクハラした上、ギルドの人間達から依頼の報酬まで掠め取ろうとしていたらしいわね、覚悟はできてる?」


 エメラの言い分について、ベルフが抗議をする。

「それのどこが行けないんだ? ギルドマスターであるパトズが方針を決めたのなら不満を漏らさずそれに従うのが俺以外の冒険者の義務ってやつじゃないか。むしろ、下々の人間に反抗ばかりされるパトズがかわいそうだとは思わないのか?」


 続いてサプライズが追撃する。

『そもそも、ほとんどの冒険者はチンパンジーと猿の中間くらいのモラルと知性しか持ち合わせてないんですから、甘い顔をすればどこまでもつけあがりますよ。基本的に生かさず殺すでやってかないといけないのに、それ以外でどうやってギルドを運営すると言うんですか』


 最後にパトズがウンウンと頷きながら言った。

「流石はベルフ君とサプライズさん、冒険者という物をよくわかってる。それに比べてエメラさんときたら全く、立派なのは尻と胸だけかね。王女様なんだから、もう少し人間観察力を身に付けなさい。どうだ、今夜当たり私が手取り足取り、エメラさんのケツでも揉みながらギルド運営について講義してやってもいいぞ。まあ当然、エメラさんが是非にと言うのならばだが」


 バカ共の言い分を黙って聞いていたエメラが、ぱちっと指を鳴らした。それを合図と見たシルフ達がパトズのおっさんの身体を風で持ち上げると、棺の中に放り込む。そして、棺の蓋が自動で閉じられると、中から、パトズの悲鳴とドリル音が聞こえ始めてきた。


「じゃあアポロ君、それゴミ捨て場に捨ててきて」

「わかりました」


 エメラに命令されたアポロがそのまま棺を引きずって部屋を出て行く。友の断末魔を聞きながら、ベルフの心に何とも言えない侘び寂びの感情が芽生え始める。


 もう雑用は済んだとばかりに、エメラがギルドマスター専用の椅子に座った。

「さて、じゃあこれからについてだけどサラちゃん、ギルドのみんなで、表に寝ている騎士達にこれを飲ませてきて」


 そう言うと、エメラが青色の液体、錬金術師である彼女渾身の傑作、洗脳薬を机においた。


「騎士達にですか? それをしたら城の兵士達と正面から戦うことになりますが」

「いいのよ、とにかく全員の手を使ってね、頭が幸せになってる奴らの手も全部使って良いわ。もうこそこそ隠れるのは止めたから」


 エメラが眼に殺意を宿らせているとサラが気づく。もう言葉の段階ではないと分かると、エメラに一礼してサラが部屋から出ていった。エメラからの勅令を実行に移す気なのだ。


「で、これからどうするんだエメラ」

『どうするんすか』

「そうね……お母様の今の様子をサプライズの力で見れるかしら」


 エメラからの要請に、まあそれくらいならいっかとベルフが頷く。

「サプライズ見せてやれ」

『あいあいさー』


 サプライズが探知機能を発動させると、宙に映像が浮かび上がってきた。そこにはエメラの母親であるサフィ王妃が教会の中で祈りを捧げている映像が映っていた。


 ベルフがエメラに質問する。

「エメラ、これはどこなんだ?」

「これは城の中にある教会ね、主に催事や日々の祈りのために使われているわ。私もよく祈っていたわよ……クレイグ王がこの世からいなくなってくれますようにって、まるで無駄だったけど。あっ母様が何か言ってるわ」

『じゃあもう少し音量アップしますか』


 そうして二人が耳を済ますと、サフィ王妃の声が聞こえてきた。


「神様、私達はエメラに酷い事をしようとしています、私たちは決して許されないでしょう」

 

 まるで聖職者のようにサフィが静かに語っていた。


「ですが、私も夫もこの国を預かる身です、私心で動くことはできません。エメラには酷ですが、シスト王国との繋がりを深くすることが、この国にとって最も良い結果につながるのです」


 サフィの言葉をエメラが冷徹な表情で聞いていた。ベルフの方は鼻くそほじりながら聞いてる。


「エメラは私達を、いえ、この国そのものを恨むかもしれません。私達も、その覚悟はできています、例え死後に地獄へ落ちようとも構わないという覚悟です」


 そこでエメラの瞳が少し動いた。ベルフも、ほうっと感嘆の息を出す。


「私達がどれだけあの子から恨まれても構いません、ですがエメラもいつかきっと私達の痛みを分ってくれると信じています。あの子は優しい子です、最後には民のために自分が犠牲になることを良しとする高潔な心を持っているんです」


 その高潔な心を持っているはずのエメラは、現在サフィ王妃の首を取るために準備の真っ只中にいた。主にベルフから受けた影響が大きい。


「近いうちに騎士達がエメラを捕まえて私の前に連れてくるでしょう、そこであの子が話を聞かないのは目に見えています。もしかしたらエメラを叩く必要もあるかもしれません」


 と、ベルフ達が映像を食い入るように見ていると、サラが部屋に戻ってきた。


「エメラ様、表に寝ていた騎士達の処理が終わりました。いつでもいけます」

「わかったわ、じゃあ全員を整列させといて、すぐ行くから」

 サラがエメラの言葉を聞くと、また部屋から出ていった。


「エメラ、お前の母親が、話を聞かなかったらお前を殴る気らしいぞ、どうするんだ?」

「そもそも殴るだけの自由を与える気もないわ。なんでも、私に恨まれる覚悟はあるらしいから問題ないでしょう、恨みつらみをぶつけてやる」

『民のために犠牲になる気、0っすね』


 そして、最後とばかりに映像の先でサフィが悲嘆な声で言葉を紡ぎ始める。


「本当はエメラの歳に近い相手との縁談もあったんです、中には、その上でクレイグ王相手の縁談に負けないくらいの物もありました。ですが、ほんの少しとは言え、条件のいい嫁ぎ先を選ぶのが王族の勤め、僅かな差とは言え、その分だけ国の利益が減るのなら、私たちはそれを選べません。例え、エメラがどれだけ不幸になってもです」


 ベルフがエメラの方を恐る恐る見た。

 彼はその光景を生涯忘れないだろう、人類とはここまで殺気を纏うことができるのだと言わんばかりのそのエメラの姿を。


 そうして、サフィは、懺悔を全て終えたのか、待たせていた騎士達と一緒に教会から姿を消した。


 そこで映像がぷつっと消えると、エメラは闘争本能を内に秘めた感じの笑顔になっていた。


「あいつ〆るわ」


 もはや、自分の親に対してあいつ呼ばわりになっている。


『えーーっと……エメラさん、迷いは消えましたか?』

「絶対潰す、あのババア」


 受け答えも満足にできないほどにエメラの頭には血が登っていた。

 そんなエメラを置いといて、ベルフがサプライズと話を始める。


「サプライズ、いま流していた映像と音声に細工でもしてたのか?」

『いや、つまらなそうなら何か細工でもしようかなとは思ったのですが、マジで何も手を加えてません。あれ、全部モノホンの映像と音声っす』


 ベルフがエメラの方を見た、そこには人類を超えた悪鬼羅刹がいた。


 そのエメラの肩にベルフが手を置いた。

「もう好きにやっていいと思うぞ、大丈夫、俺が味方に付けば100%勝てる」

『そっすよ、ベルフ様が味方に付けば確実に勝てます。まあ最悪、何が起きてもベルフ様だけは逃げることが出来ますから気にしないでください』


 と、エメラはベルフのその声に反応せず、つかつかと歩いて部屋から出ていこうとする。

「ほらベルフ何してるの、早く王妃の首を取りに行くわよ」


 ベルフがエメラの後を追って、そのまま一階まで降りると、そこには溢れるばかりの人がいた。どいつもこいつもハッピーな顔してやがる。

 騎士に冒険者、街の元小悪党まで人種職歴年齢性別問わず薬と拷問器具からの洗脳で揃えた、エメラの親衛隊共だ。


「サラちゃんは合図を出すまで待機。ベルフは一緒に付いてきて」

「わかりました」

「へーい」

 サラが頭を下げてから、ベルフが無気力に返事をした。


 そうして、エメラ専用の兵隊達をかき分けながらベルフ達が外に出ると、目の前に見える城の正門をベルフが見据える。


 うーんっと伸びをしながらベルフが言った。

「さて、あの正門をどうするかだな、兵隊達もこっちの騒ぎに気がついたみたいだし、サプライズ、何か策はあるか?」

『うーん、あの兵隊達とギルドの人間達を戦わせて、その隙に城に侵入ってのがベターですかね。そこの暴力王女は何か考えがありますか?』


 と、話を振られたエメラが強く宣言した。

「私、今日から本気をだすわ」

「そうか……」

『そうですか……』


 日々を怠惰に過ごしていそうな人間が言いそうな台詞を聞いて、ベルフとサプライズが微妙な優しさで答えていた。


「明日からじゃなくて今日からってのがポイントが高いな、一皮むけたって所だ」

『賢者は昨日の内にやっていると言いますが、進歩には違いありません』

「全くその通りね、昨日の内にやっておけばよかったわ、だから今日から本気だすわ」


 唐突な自己啓発宣言にベルフが生暖かい目を向けている。

「まあ、エメラの心変わりはともかくとして、差し迫ってこの兵力差をどうするかを考えようか」


 ベルフの言葉に、エメラが一拍子貯めてから答えた


「だから、本気をだすわ」


 エメラを中心に魔力が渦巻く。

 騎士達やキリと戦ったときよりも更に上の魔力だ。


 風が、突風が辺りを支配した。木々は揺れ、木の葉は舞い散り、目もろくに開けられないほどの風が吹き付け、ついでにエメラのスカートがふわりと上にめくれた。


 それをベルフは見逃さない。

「白だ」

『くっっっ、ついにビッチの本性を全力で曝け出してベルフ様に色仕掛けをしかけ始めましたか。ベルフ様気をつけてください、奴は本気みたいです』


 ベルフたちが馬鹿な会話を話していると、どこからか、ずんっと言う地鳴りが聞こえた。


「ん、今のはなんだ」

『はて、地震ですかね。この地域では珍しい……ってあれは』


 地面を大きく揺らすその原因を、しかしベルフたちはすぐに目撃することになる。

 エメラの目の前に、赤い大きな爬虫類、そうドラゴンがいた。

 全高三メートル、全長は十五メートルほどにもなろうか、巨大なレッドドラゴンである。


「本気でやったことがないからわからなかったけど、ここまで出来るのね。参考になったわ」


 ドラゴンはエメラの目の前に頭をかしずいていた。

 そのドラゴンの額に手を当ててエメラが命令する。


「あの城にいる奴らぶっ飛ばしてきて」


 エメラの命令を聞いたドラゴンが頭を直立に上げて咆哮する。都市全体に響くような雄叫びと共に、レッドドラゴンが城の正門めがけて突進していった。


 そして、完全無欠なほどに開戦の合図となったドラゴンの咆哮に、ギルドの中からエメラの親衛隊が出てきた。レッドドラゴンの襲撃で大混乱に陥っている王城を占領するには今が絶好のチャンスなのである。


 辺りが喧騒に包まれていく中でベルフとサプライズは、そのドラゴンの後姿を呆然と見ているしか無かった。

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