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ベルフが冒険者として好き勝手にやらかしていくお話  作者: 色々大佐
第三章 ベルフ護衛をする

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第七十六話 敗北を認める

 入り組んだ路地をベルフが走り続けていた。

 背中にエメラを背負いながら、追っ手の騎士達から必死に逃げている。


「こっちで良いのか?」

『そっちで良いっすよ、その先に騎士達はいません』


 サプライズの探知機能で逃げ道を模索しながら走り抜けるベルフ。

 背中に背負ったエメラの身体の柔らかさをベルフが堪能しつつ、サプライズが嫉妬の殺意をエメラに送っていたりするが問題ない。


『そろそろ起きんかこの馬鹿娘が! いつまでベルフ様の手を煩わせているんですか!!』


 しかしサプライズの怒声も虚しく、エメラの方はぐっすり眠ったままだった。よほど疲れが溜まっていたのだろう。


『ちっ、この女、本当に起きませんね。とりあえず、この先に情報屋時代に作っておいた隠れ家があります、一旦そこに避難しましょう』

「わかった」


 サプライズにそう言われたベルフが全力で走る。狭い路地を通り抜けながら目星になる建物を探した。


「どの建物か忘れた、教えろサプライズ」

『えーーっと、あれです、あの窓が一つだけの建物です』


 そう言われたベルフが視界に件の建物を入れる。くすんだオレンジ色の壁をしている三階建ての建物が見えてきた。


「鍵は?」

『今は持って無いので開いている二階の窓から入ってください』

 

 そのままジャンプして二階の窓まで跳躍するベルフ。サプライズの肉体への強化魔法込みでの、その大ジャンプは見事、開いている窓から建物の中へと無事に入ることが出来た。


 その部屋の中はとても殺風景だった。ベッドどころか棚一つもない、ただ床と壁と廊下に続くドアだけがある部屋だ。お世辞にも、人を招き入れるような場所ではない。


「全く何もないな」

『まあ、この家は物件だけ買って放置していましたからね、家具どころか食料すらおいてませんよ。文字どおり身を隠すだけの場所ですから』


 エメラを床に寝かせるとベルフも片膝を立てて床に座った。外から先程までベルフを追っていた騎士達の怒声が聞こえてくるが、ベルフがこの建物に入ったと気づいてないのか、その怒声も遠く掻き消えていく。


 ひとまず落ち着いたと見るや、ベルフがサプライズと相談を始めた。

「さて、状況整理のお時間だ。ボボスの話は本当だと思うか?」

 頼れる相棒にそう話しかけると、サプライズのほうが一つ唸った後に声を出した。

『うーーん、どうですかねえ。エリクサーそのものは本当みたいですが、だからと言って言葉の全てが本当かというとわかりませんね。その女が変態糞爺の王様と結婚したとしても何も起きない可能性だってありますよ』


 サプライズの中では信頼半分、疑惑半分と言ったところだった。


「そちらについては疑惑がある内はエメラをクレイグ王と結婚させる訳にはいかないな、まあこれは本題ではない、そう本題は……俺達のエール国支配の物語が潰えたことだ」


 ベルフが本当に悲しそうにうつむいている。自分達の拠点であるギルドが完全に潰されたことで胸が潰れそうな程の痛みを感じていた。


『ええ、わかりますとも、私もこれだけ悔しい思いをしたことがありません。あれだけ準備してやってきたと言うのに、例えこのクソアマがいなくなったとしても、それだけなら何とかやれたものを』


 この国に来てから不真面目にコツコツと積み上げてきた全てが一瞬で泡になった。その喪失感たるや、並大抵のものではない。


「はーーやる気なくなった、もうどこか別の国にでも行くか」

『私としても、それをおすすめしたいのですが、残念ながらこの女を放っておくわけにも行きません。あのアル中の話通りだと、この女が死ぬかクレイグ王と結婚するかのどちらかで生存確率1%のロシアンルーレットが始まりますので』


 クソめんどくせーとベルフは思った。ベルフとしてはもう何もかも放り投げてどっか行きたい気分だ。なんとなくライラの都市辺りに戻ってリリスやミナの顔を久しぶりに見たい気分でもあった。


 と、その時、何かを思いついたベルフは道具袋からとあるものを取り出した。

「オレが死んだらこれを媒体にして蘇生させられないか? 確か死者も復活させられるんだよな」


 それはリッチの左手であった。魔法の媒体としては最上級であり、死者蘇生すら成功させられる程の超一級品の代物である。


『どうっすかねー、魂そのものを契約に使われてるみたいっすからねー。ふっつーに死んだだけなら何とかなりそうなんですけど、魂までなくなってしまったらお手上げっす』


 これもだめかーとなって床に大の字になって横たわるベルフ。


『無難な解決策としては、その女をパーティーとして迎え入れることですかねえ。腕っ節は悪くないみたいですし、パーティー要員として一緒に旅をするのも選択肢としてはありですね、この国に置いとくよりかはなんぼかマシでしょう』

 サプライズの言葉に今度はベルフが悩む。

「元お姫様が冒険者暮らしできるかー? 例えば、エメラがダンジョンの中で数日も風呂に入らず、食べ物も干し肉程度で過ごすとか考えただけでもできなさそうなんだが」


 ベルフは、生活に余裕がなかったとしても金遣いが荒く、豪華な生活を求める人間であった、が、それはそれとして必要な時は我慢できる男だ。対してエメラは、冒険者として何かが決定的に足りないと思っている。パーティーに入れるのは正直反対であった。


『そうですね、やはりベルフ様には私しかいません、そうパーティーメンバーは私だけで十分なのです。こんな女がベルフ様に近づける動機なんてありやしないのですよ!!』


 サプライズが割りと大きな機械音声でそう宣言した。その声が大きかったのだろうか、先程まで寝ていたエメラがムクリと起きてきた。

 エメラは左右をひとしきり見て、ついでにベルフの方を見る。


「ここどこ?」

「ベルフハウス二号店だ」

『二号店です』


 一号店はどこだよと思いながらエメラが辺りを見回す。そして気づいた、いま現在、薄暗い部屋に男女二人きりの状況であると言う事を。


「ベ、ベルフ、あなた私をこんなところに連れてきて何をするつもり!?」

『おいちょっとまてコラァ!!』


 自身の身体を両手で抱きしめて女の子座りしながら顔を赤らめているエメラに対して、サプライズの怒声が響いた。


『なーに勘違いしているんですかこの女は、ギルドが騎士達に襲撃されたから、慌ててここまで逃げ出してきたんですよ。ベルフ様が連れ出さなかったら今頃騎士達が貴女を捕らえて城まで連れて行かれていましたよ』

「騎士達が!!」

 その言葉を聞いたエメラが身を乗り出してきた。

「それで、サラちゃん達は無事なの!? ボボスの姿も見えないけど」


 そう、いま現在ボボスはここにいなかった。特に頼れるところがない従者ボボスは、エメラから離れて行動していた。


「ボボスなら、騎士達がギルド員に乱暴を働かないように責任者としてギルドに残ると言ってな。こちらとしてもボボスを連れて逃げる余裕がなかったから仕方なかった。他の奴らは各自逃げているんじゃないか、キリ達みたいにな」


 そう、キリ達も騒ぎが起こったと同時に逃げ出していた。連絡先だけはベルフに渡して、そのままマリーを背負っていち早くギルドから立ち去っていた。


 ベルフとしても、このままエメラを捕まえさせるわけには行かなかったので、ボボスとの話通り、逃げる役に徹していたというわけだ。


「そう、まあボボスのことだから死にはしないと思うけど少し心配ね」


 そう言ってオロオロと戸惑うエメラ。急激な情勢の変化にまだ心が定まってないみたいだ。

 そのエメラの態度を見たベルフが、少し考えてからサプライズに話しかける。


「サプライズ、お前の探知機能でボボスの様子を見れるか?」

『そのくらいならできると思いますよ』

「本当!?」

 

 そう言ったサプライズがちょちょいと機能を開放する。手慣れたもんで、彼女が少しばかり探知すると、ボボスの居場所を突き止めた。

『どうやらあのアル中は城の中に捕まっているようですね、これから映像と音声を流します』


 ベルフとエメラ、二人が緊張する中で、空中に映像が映し出される。その映像に、現在のボボスの様子が映し出されていた。


「こんな事をしても俺はエメラの居場所を絶対吐かないぞ!!」

 それはどこか薄暗い室内だった、その部屋の壁から伸びる鎖に両手を縛られたボボスが映っていた。


「俺が知っていることと言えば、サフィの婆さんは最近、顔に塗りたくっている化粧の幅が一ミリほど厚くなったこと、エメラが作ったエリクサーを横取りして若返りのために飲もうかと真剣に考えていたこと、あと便秘気味なのか野菜中心の食生活に変えようとしていたことくらいだ」


 ボボスからの自白を調書の記録係が真剣に紙に書いている。メガネを掛けた真面目そうな男性が、感情の揺らぎ一つ出さずにボボスの言葉を後世にも残るよう記録として残していた。


 そんなボボスを殺意の篭った目で見ている人間がいた。エメラの母親であるサフィ王妃である。


 右手に女王様の鞭を装備したサフィが、容赦なくボボスを鞭で打ち付ける。

「このっっっこいつはっ全く、何も変わってないわね本当に!!」

「ぐああああああああああああ」


 ボボスが悲鳴を上げるが、サフィの方も手慣れたものでその鞭捌きには経験を詰んだベテランのキレがあるように思えた。

 その二人のやり取りも、細かな情景描写込みで記録係の青年が冷静に調書の中に書き記していく。


 その映像を見ていたエメラがほっと胸を撫で下ろした。

「良かった、特別酷いことされてないわね、いつも通りみたい」

 エメラの言葉にベルフが口を挟む。

「あれでいつも通りなのか?」

「ええ、あれくらいなら日常茶飯事よ。もっと酷い事をされてると思ったから心配しちゃったわ」


 エール国随一のアル中ボボス、彼は常に酒気を帯びている。理性は既に酒の中に沈んでおり、口から放たれる本能に任せた数々の言葉はデリケートな心の持ち主、特に女性達の感情の琴線にいつも触れてばかりいた。

 それがために報復として放たれた殺意の矢は一つ二つでは済まず、最近では正面切って爆発魔法やスキルをぶち込まれていたりするが、それにもかかわらず未だかつて死んだことがない。

 異次元の頑健さを持つ彼に対してヒステリーを起こした女性達は常に敗北してきた。その女性達の一人がサフィ王妃である。


 鞭を打ち過ぎたのか、サフィ王妃が肩で息をしていた。体力が尽きたのだ。

「もう歳なんだから、体力を考えたらどうだ? 全く、どうせエメラのクレイグ王への嫁入りだってエメラの若さに嫉妬してのことなんだろ、実の娘に嫉妬するとか見にくいぜ婆さん」

「うるさい!!」


 その二人のやり取りも記録係の青年は冷徹に記録していく。

「もう歳なんだから体力を考えたらどうだっと」

 調書を書きながら文字を呟く青年に向けて、サフィ王女からの殺意の目線が突き刺さる。しかし、記録係の青年の表情には一辺の揺らぎも見えない。


 ボボスがはあーっとため息を吐いてから言った。

「いつもはとぼけているが、本当はエメラがクレイグ王との婚約を死ぬほど嫌がっているってわかっているんだろ? 娘に対して愛情だってあるんだから、少しはその醜い心の方を抑えて、魅力あるマダムになったらどうだ? 今のあんたは心の歪んだ婆さんでしか無いぞ」

「今のあんたはクソババアでしかないぞっと」


 記録係の青年が、クソの文字を追加して調書に書き記していく、彼なりのテコ入れである。

 サフィ王女がボボスと記録係の青年の二人に殺意を向けるが双方共に全く揺らぎが見えない。


「こんな奴を記録係として呼んだのは誰? 近衛騎士や上級騎士達はいないのかしら」

 サフィの言葉に青年が冷静に答える。

「現在、近衛騎士団はエメラ王女誘拐を企てた騎士がいたために活動を自粛中。騎士団の方もエメラ王女がいた冒険者ギルドがダニエル騎士団長の所有物だったとあって、関わりを調査しております。手の空いている人間は私以外おりません」


 理知整然と語る騎士に向かって、サフィが歯ぎしりをする。

 しかし、サフィ側もさすがとあって、すぐに表情を取り繕った。


「ボボス、貴方は勘違いしているけど、あの婚約は全部エメラのためなの。あの子はこんな狭い国じゃなくて、もっと大きな場所がある、そう思わない? 確かにクレイグ王個人には問題があるけど、そんなものは些細なことよ」

「おい、酒はねえのか酒は。もう四時間も酒飲んでねえんだぞ、魂の燃料でもあるアルコールが切れたら人間がどうなるか分ってんのか」

 ボボスの言葉に青年が頭を下げる。

「申し訳ございません、何分立場としては酒の一つも出せないもので、どうしてもとあればご自身で手に入れてきてください」

「全く、気の利かねえ奴らだ」


 何時の間にか両手を縛っていた鎖を外してボボスが酒を片手にラッパ飲みを始めていた。

 その酒瓶をサフィが掴むと壁にぶん投げる。


「本当にこいつは何なのかしらね毒でも死なない、魔法でも死なない、剣でも死なない、いつもエメラの周りにいる不思議生命体、何度邪魔だから殺そうとしたことか」

「でも、そんな彼に対してだけは本音でぶつかり合えるっと」

 記録係が余計なことを書き始めた

「そんなことは言ってないでしょ!!」


 映像を見ていたベルフがエメラに質問した。

「で、実際の所ボボスは何者なんだ?」

「さあ、気づいたらいつも隣りにいたからわからないわ。城の人達に聞いてもいつの頃からか私の周りにいたとしか聞いてないし」

『本当に正体不明の生物ってわけですか』


 こいつはボボスの言っていたことが信憑性増してきたなーっと密かにベルフとサプライズは思った。

 そして、映像の先でも動きがあった。騎士達が数人、ボボスのいる部屋に入ってくると、サフィに手紙を一つ手渡した。


「サフィ王妃、陛下からの手紙です」

「あら、やっときたのね」


 サフィが手紙の封を開けて中身を確認する。そして、中身を読み進めていくとその顔に微笑みが作られていった。


「どうやらあの人は諸侯の説得に成功したみたいね、これでエメラをシスト王国へ嫁入りに出せるわ」

「なんだと、どういうことだ?」

 ボボスが疑問の声を上げる。


「言葉どおりよ、エメラがエリクサーなんて作ってしまったから婚約を解消しようなんて動きが諸侯達の中であったのだけれど、それを解決できたみたい」


 その話を音声つきの映像で見ているエメラに衝撃が走った。

「おいエメラ、お前の父親が帰ってくれば解決出来るって話じゃ無かったか?」

 だが、エメラの方はそれどころではない、顔面が蒼白になって唇が震えていた。


 そして、映像の先では話が続いている。

「どう考えたってシスト王国と繋がりを強くしたほうが良いに決まってるでしょ? あの人だってそれはわかっているし、エメラがぐずるとわかっているからあの娘には嘘を付いただけよ」


 ボボスが驚愕の表情を浮かべていた。

「お、おいサフィの婆さん、それは本当か、つまりエメラを騙していたのか」

「ええ、そのとおりよ、あなた達も無駄な抵抗をしていたみたいだけどもう手遅れって話ね。早い内にエメラを連れて、この国を出ていれば良かったのに。だから効果はあったでしょ、エメラがこの国から逃げないための効果が」

「え、いや、ちょっと待て。婆さん、お前エメラを誤解してるぞ」

「負け惜しみはそれくらいにするのね、もう手遅れよ」


 と、そこでサフィ王妃が笑い声を上げてボボスのいる部屋から出ていった。そして、サプライズの探知機能で見せていた映像もそこで途切れる。


 ベルフが隣りにいるエメラの様子を伺うと、ベルフの予想とは違って、エメラは愕然としていたり絶望していたりと言った表情をしていなかった。冒険者ギルドでここ一ヶ月見せていた悪鬼羅刹の顔をしている。


 ふうっと一息つくとエメラは冷静な面持ちでベルフに話しかける。

「私、少し甘かったかしら」

「せやな、少し甘かったかもしれない」

『そうですね、もしかしたら甘かったかもしれません』


 服についた埃を払うように立ち上がると、んーっとエメラが背伸びする。

「できれば肉親を手に掛けたくなかったけれどしょうがないわよね」

「せやな、しょうがないのかもしれない」

『そうですね、しょうがないかもしれないですね』


 精霊達がエメラの周りに集まってきていた。それは、徐々に数を増して部屋を埋め尽くしていく、とても人類の魔力で出来る芸当ではない。


『ベルフ様、わかりました、この女の魔力の元、これエリクサーのせいですよ』

「エリクサーだと?」

『元々、エリクサーは人間の身体を瀕死の状態からでも治すほどに魔力を帯びた霊薬です。そんな魔力たっぷりの霊薬を、大国であるシスト王国の人間の九割以上が代償にされたほどに、誰かが飲んでいたはずです、それは誰に使われていたか、となると……』

 

 ベルフがエメラを見た、つまりボボスがそれだけ魔力が詰まっているエリクサーをどこに使っていたかというと……


「まずは私の冒険者ギルドまで戻ろっか」


 エメラの言葉を皮切りに家の天井、いや家そのものが吹き飛んだ。二階にいたベルフ達は、床も壁もなくなった跡地で、ゆっくりと空中を滑空して地に落ちていく。

 何気なくベルフが上を見ると、青空一面にシルフの群れが見えた。一体二体どころか下手したら三桁にまで登る数である。


 そして、この騒ぎを周りが静観しているはずがない、ベルフ達を探していた騎士達がエメラとベルフの姿に気がついた。


「いたぞエメラ様だ、護衛のベルフとかいう冒険者も一緒にいる。念のためにお前は他の騎士や兵士達を集めてこい」


 数人の騎士の内、若手の一人がその場から離れると、残った騎士の一人がエメラに話しかけてきた。

「エメラ様、もう諦めてください。婚約に納得行かないお気持ちもわかりますが、貴方も王族の内の一人、我儘が許される立場ではありません」


 騎士の一人が紡ぐ正論を、エメラが冷たい目で聞いていた。その目には、人と人がやり取りするためのあらゆる感情が篭っていない。

 

「護衛の冒険者一人でこの場がどうにかなると思っているのですか、時期に他の騎士達もここにやってきます。まあ、その前に私達がその男を倒すか捕まえるか出来ると思いますが」


 鞘から剣を抜いてベルフに向ける騎士達。見た所、騎士の数は五人ほどだった。

 その騎士達にサプライズとベルフが話しかける。

『ふむ、まあ、あなた達程度ベルフ様一人でどうにかなるーとは言いたいのですが、たしかに手練っぽいすね』

「そうだな、俺一人ならたしかに逃げたほうが良さそうなんだが、そもそもお前らは俺を相手にする暇があるのか?」


 ベルフとサプライズの言葉に騎士達が不思議がる。

「この声、お前以外にだれかいるのか、一体どこから」

 声は聞こえど姿は見えないサプライズの声に騎士達があたりを見回すと、それをサプライズが否定する。

『ん? いや、私ではなくて、そこの王女様のことですよ。私達を相手にしている場合ではないと思いますが』


 騎士達がエメラを見る。エメラの身体から迸る魔力が、ただそれだけで彼女の髪を浮かび上がらせていた。その身に宿す魔力がただそこにあるだけで物理現象を伴い、人類の限界をも超えてしまっている証でもある。だが、まだここに至って騎士達はエメラの力が分っていなかった。


 そもそも、エメラは城にいたときから召喚術師としての力を特に見せびらかしていない。

 大体、王女様が城の中で荒事を行う機会があるわけもなく、せいぜい出来たとしても錬金術程度しか許されないからだ。だが何より、今までエメラは最後の一線として、城の人間たちに暴力を奮っていなかったのが大きい、だがその一線は壊れた。


 エメラが騎士達に死刑の宣告を与える。

「貴方達にはハッピーになってもらいましょうか、薬の予備はギルドにあるはずだから」

 エメラの言葉を騎士達は理解出来ない。ハッピー? 薬? なんだそれは


 そして、ベルフたちも俺達関係ねえわって感じで気怠げに騎士達に応援を送る。

「おーいお前らがんばれよ~、負けたら可哀想なくらい幸せな精神で余生を過ごすことになるぞ」

『がんばれー』


 ベルフたちの応援を受けても騎士達はまだ理解できていなかった。エメラ王女がどうだというのか。

「エメラ様、気を静めてください、このような茶番を続けてどうなるというのですか」

「まずはあなたからね」


 エメラの言葉を合図に、地面から巨大な土の塊が現れて一人の騎士にぶちあたった。

 そのまま向こう側にある壁にめり込むと、その騎士が動かなくなる。その動かなくなった騎士をシルフが空中に浮かばせてた。まずは一人ゲット。


 残りの四人の騎士、彼らは騎士として数年の実戦経験がある。

 その中には邪悪な召喚術士やダンジョンに生息する精霊との戦闘も含まれている。そんな彼らであっても、目の前の光景にすぐ動くことはできなかった。


「エ、エメラ王女?」

「次はあなたね」


 続く騎士の体の周りに水が纏わり付いた。瞬く間に顔も含めて体全体が水で覆われると、その騎士が呼吸も出来ずにもがき始める。しかし、その騎士がどれだけもがいても、身体を移動させても、それに合わせて水が常に体全体に纏わり付いて離れやしない。その内、窒息で気を失った騎士が倒れると纏わり付いていた水をエメラが解除する。

 その騎士を先程と同じようにシルフが宙に浮かせて、ついでに肺に空気を送り込んで蘇生も成功させた。二人目ゲット。


「これでハッピーな人生を過ごす人間が二人増えたな」

『そうですね残りも時間の問題ですかね』


 ベルフ達が先程から話しているハッピーの部分に言霊の力を騎士達は感じ始めていた。

「一つ聞きたいんだが、ハッピーってなんだ、教えてくれないか」

 リーダー格の騎士が冷や汗をかきながらベルフに質問する。

「薬と拷問器具のどちらかで頭脳の中からハッピーになるってだけだ。気にするな」


 出て来る単語だけで何が起こるか騎士達は予想できた。そうと決まれば決断は早い、殺さない範囲内の攻撃でエメラを戦闘不能にするために動き出す。

 正面と左右三つの方向から騎士達がエメラに向かって走り出す。それは実に見事な連携であり、高レベルの人間でも一人でこれを受ければ、手傷の一つは確実に負う、そう言えるほどだった。


「キリとか言う冒険者ほどではないわね」


 まず、エメラの右手から向かっていた騎士が上からシルフの風圧で押しつぶされると、そのまま意識を手放した。

 次に正面から向かっていた騎士が、地面から生えてきた土の手で両手両足を掴まれる。その手から抜け出そうとするが、それに合わせて幾つもの土の手が作られていき、ついには何十もの土の手に全身を掴まれて、彼は完全に行動不能になった。

 最後に、エメラから向かって左側の騎士が、雷を浴びて動きを止める。一度だけならまだしもと粘った彼であったが、そのまま立て続けに何度も雷を受けると地面に倒れ伏した。


 一瞬で勝負がついてしまったその光景にベルフが呟いた。

「キリのやつ、あれ結構強かったんだな。あいつが三人もいたらエメラを倒せる可能性があったかもしれない」

『いやーどうっすかねえ。あの女、間違いなく魔王っすよ』


 土の手で掴まれて行動不能になっている騎士が、目の前で見せられた光景からエメラの力量をやっと把握した。そして、彼は最後の頼みの綱としてベルフに目をつける。


「そ、そこの冒険者、頼みがある」

 ん? 俺? とベルフが自身を指差すと、騎士がウンウンと頷いた。

「なんだ、用があるのなら早く言え」

 ベルフとしては、めんどくせえなーと思っていたが、騎士である彼がハッピーな人生を送る前の最後の言葉だと考えると、ちょっとした情みたいなものが湧いてきていた。


「エメラ様をどうか説得してくれ、このままではエメラ様がこの国を滅ぼしてしまう」


 そう、その騎士は正確に状況を理解していた、エメラがこのまま王城に向かって城の人間達を全員締め上げるという事を。


 その騎士の言葉を聞いたベルフが腕を組んで空を見上げながら口をへの字に曲げると、ポツリと話し始めた。

「俺な、この国に来てやりたかったことがあるんだよ」

 そう、深くしみじみと話し始める。

「や、やりたかった事? つまりあれか、それはエメラ様を説得した後の代価というやつか。それが何か知らないが、エメラ様を説得してくれたら騎士団がいくらでもその手伝いをする、商売でも、ギルドの設立でも何でもだ、だからどうかエメラ様を」


 しかし、そこでベルフが騎士の言葉を手で静止する。

「良いんだ、それについては失敗したんだ。そして、その結果を俺は受け入れている。俺は失敗したんだってな」

『ベルフ様……』

 サプライズの何とも言えない呟きが辺りに響く。


 だが騎士の方はそれで諦めることは出来なかった。

「そんなことはない、何かは知らないがまだやれる、大丈夫だ。だから、その夢を諦めないでくれ、そして、エメラ様を説得できたのなら、それを私達が絶対に成功させてみせる、約束できる、だから頼む、エメラ様をなんとかしてくれ!!」


 しかし、その騎士の言葉にベルフは首を横に振る。

「良いんだ、俺に力が足りなかった、甘かった、だから失敗した、そう納得している。だからもう良いんだ、この国を影から支配しようなんて夢はもう諦めた」

「そんなことはない、今からだってやれる、頑張ってこの国を支配――うん?」


 この国を支配? こいつは今なにを言った?

「支配だと?」

「ああそのとおり支配だ。ダニエルの弱みを握って、スラムまで支配して、裏からも働きかけて、騎士団がいない間にギルドの存在感を増そうと頑張って、エメラを表に立たせてギルドで甘い汁を吸おうとして、しかし全部無駄になったんだ」

『ベルフ様ッッッッお可哀想に!!!』


 ベルフがどこか遠くを見つめて語っていた。

「でもな、俺は今、一つの輝きを見つけ出した、そう、エメラだ」


 騎士の頭脳が理解の限界を越えようとしていた。


「俺が裏から支配しよう等と言っているのとは対照的に、エメラのやつは今、正面からこの国を支配しようとしている。ふふ、なるほど、必要だったのは小手先の計略じゃ無い、正面から全部踏みにじるパワーだったわけだ。全く、そういう事だったんだ」


 どういう事だよ。騎士の方は本当にベルフの言う言葉がわからなかった。


『し、しかしベルフ様、ベルフ様でも、そのままギルドを運営していたのなら必ず、必ずやり遂げていたと、このサプライズは信じております』


 しかし、そこでもベルフは首を横に振った。

「サプライズ、俺は傲慢ではあるが自身の失敗を受け入れられないほど心の狭い人間じゃない。今回はエメラに負けた、それが事実だ。だからこそ、俺はエメラが心のままにはっちゃけちゃうところを見守り続けようと思うんだ。それが敗者である俺の務めだ、違うか?」

『ベルフ様、、、サ、、サプライズは悔しゅうございますっっっっ』


 ベルフとサプライズ、彼と彼女は今回の敗北を糧に、また少し成長した。それはまだ未熟な彼らにとって得難い経験だ。冒険者ベルフ・ロングラン、その相棒のナノマシン、サプライズ、この一人と一体はまたまだこれからも成長しつづけていくのである。


 きらめく雰囲気をまとってなんかいい話な感じで語り終えたベルフに向けて、騎士が呆然としながら言った。


「お前たちのせいか」

「うん?」

『なんですって?』

 騎士がうつむいていた。それをベルフが不思議そうに見ている。


「お前達のせいでエメラ様がこんなふうになってしまったって事だよこのバカどもが!!」


 その騎士の叫びはとても響いていた。裏路地全部に轟くほどに。


『はあああ? 何言ってるんですか、あのクソアマがああなったのはあなた達が悪いんですよ。けっ、国家の利益欲しさに変態糞爺の元へと嫁に出そうとするからこんなんなったんですよ、私達のせいにしないでくれますかー?』

 サプライズの言葉にベルフがウンウンと頷く。

「全くだな、俺達が悪いなどとは筋違いだ。俺はちょっとエメラの背中を押して、ちょっと励まして、ちょっとだけお手本になっただけなのに」

 ベルフ君、おこである。


「エメラ様があの力で国の外に逃げたのなら分かる、だが、そのままこっちに全力で向かってきているのは、どう考えてもお前たちの影響だろうが!! どうしてくれるんだよ本当に、責任を取れ責任を」


 騎士の体面かなぐり捨てて、彼が怒り始めた。もう体面とかいうそんな状況ではないのだ。しかし、騎士の願いも虚しく、幾つかの雷撃がその騎士の頭上に落ちると、無念の一言のもとに、ついに彼も意識を手放した。最後の一人もゲットである。


「ベルフ、おしゃべりもそこまでにしてそろそろ行くわよ」


 エメラがそう冷たく言い放つと、気絶している騎士達をシルフで運ばせながら歩き始める。

「うむ、そろそろ行くか、まずは冒険者ギルド奪還からだな」

『そうですね、でもそれはともかくとして、ベルフ様一ついいですか?』

「うん、なんだ?」

『ベルフ様があの女を見守りたいと言うお気持ちはわかりました、しかし、それでもここは諫言させていただきます。私は一刻も早くあの女、エメラから離れることをお勧めします』


 サプライズが珍しくベルフに対して真っ向から否定してきた。彼女にしてはとても珍しい。

「その理由は?」

『強いていうなら、私の中にある雌プログラムが全力で言っているのです、早くあの女から離れろと、早くしないと取り返しがつかなくなるぞと、はよ逃げんかい、と。私は、この心の奥深くから響いてくる声が間違っているとはどうしても思えないのです』


 そこでベルフがエメラの方を見る。彼女は冷徹な表情で遠くに見える王城を見ていた。

「確かに、もしかしたら城での戦いで窮地に陥るかもしれない。もしかしたら自由に生きている俺達を後で目障りに思って排除しに来るかもしれない。だがサプライズ、その程度でこのベルフ・ロングラン、どうなることは無いと断言しよう」

『いや、なんかもうそんなんじゃなくてですね、すっごい嫌な事になりそうな気がするんすよ、すっごいのに』


 しかし、それでもベルフは止まらない。心配するサプライズを他所に、ベルフはエメラと共に歩き始める。

「安心しろ、今までだって何とかなってきただろ、今回もなんとかなるさ」

『えー、、そうですかねえ』


 サプライズの心に大きな不安を残したまま、ベルフ達はギルドへと向かっていった。

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