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ベルフが冒険者として好き勝手にやらかしていくお話  作者: 色々大佐
第三章 ベルフ護衛をする

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第六十四話 名酒

 パトズからもらった依頼用紙、そこに記された住所は城ではなく、街のとある一角であった。


 このエリアは富裕層よりも少し下。それも商人として多少成功した人間や兵士長などの貴族ではない民間の人間達が住んでいる場所だ。立ち並ぶ家々も小綺麗な物が多く、路地を歩いている人間達もみな、身なりがきちんとしている。治安の良い、されど特に目立った地域でもない、そんな場所だった。

 その一角にある二階建ての少し古ぼけた煉瓦の家、ベルフはその家の前に佇んでいた。


 ベルフが不思議そうな顔で依頼用紙と目の前の家を交互に見る。

「王女というからには城にいるとばかりと思っていたのだが、ここは民間の家だよな?」

『そうですね、家そのものはそこそこの大きさですが、まかり間違っても王族が住む場所とは思えませんね』

 

 住所を間違えたか? と思い何度も紙に書いてある場所を確認するが、どう見てもこの場所だ。と言うよりベルフの左手に遠く見えるあの王城とこの場所は方向が全く違う場所であった。


『うーん、わたしにインプットされたこの都市の地図と照らし合わせてもここで間違いありません。あのおっさんに一杯食わされましたかね』


 パトズのおっさんがベルフをからかう為に偽の依頼を掴ませた。もしもそうであるなら、ちとあのホームレスに世の中の厳しさを教育せねばなるまい。サプライズは密かに決心した。


「まあいい、物は試しに入って見るとするか」

『鬼が出るか蛇が出るかってやつですね』


 そして、ベルフが家のドアをノックした。コンコンと二回ほど叩いたが返事は返ってこない。

「留守なのか?」

『少々お待ちを……いや、中に人が二人いますね。二階に一人、一階に一人。探知機能で調べてみましたが、どうにも二人共寝ているみたいですね』

「ふむ」


 ベルフが少し悩むと、もう一度ドアをノックした。が、やはり返事が返ってこない。そこで今度はもう少し強くノックしたがやはり返事は返ってこない。叩き方が悪いのかと思い、腰を落として拳を握り、正拳突きの要領でドアをぶんなぐってみたがやはり返事は返って来ない。


「サプライズ」

『へい』

「ちょいと身体強化の方を掛けてくれ」

『わっかりましたー』


 サプライズが自身にプログラムされている魔法を発動させると、ベルフの身体に力が漲ってくる。

 その結果として、素の状態であっても野生の獣に近い身体能力を持つ高レベル冒険者であるベルフに、更にもう一段上の筋力が加わることになった。


「さて……行くか」

 ベルフはそう呟くと、腰にある聖剣を鞘から引き抜いてドアを睨みつける。

 そして、その様子を見たサプライズが待ったをかけた。

『えーっと、このドアをぶった斬るつもりなのはわかりますが、ベルフ様はここに依頼を受けに来たのは覚えてますか?』

「当然覚えているが?」

『そうですか、なら問題ありません。唐突に若年性痴呆症でも発症したのかと思ってびっくりしました』

 ベルフが正気だと確認できて、サプライズはほっと安心した。まあ結局、この狂ったナノマシンはベルフが決めた行動に関しては常にGOサインを出すアホなのである。


 と言うわけで目の前の邪魔なドアを睨みつけるとベルフが大上段に剣を構える。一気呵成、一太刀で勝負を決めるつもりだ。野生の獣すら凌駕したこの力、見るが良い!! サプライズも全機能を身体強化の魔法に掛けてベルフを全力でサポートする。

 じり、じり、と気を鎮めると、カッとベルフが目を見開いた。俺にはわかる! 今だ、この瞬間がベストのタイミングだ! トリャーと気合を掛けると、ベルフが渾身の斬撃をドアめがけて振り下ろした。

 

「うっせえなー、誰だよドアをぶん殴ってる奴は、こっちは酒飲んで気持ちよく眠っていたところだってのに」

 そして、そのタイミングで丁度ボボスがドアを開けた。

「あ」

『あ』

 昼の住宅街にボボスの悲鳴が轟いた。



「で、お前さんが依頼を受けに来た冒険者だってのか? 暗殺者でも強盗でもなくて?」

「その通り」

『その通りデス』


 部屋の中でベルフとボボスが向かい合って座っていた。ボボスの頭には大きなたんこぶができていた。言わずもがな、先程のベルフの斬撃のせいである。


「俺の知っている冒険者ってのは出会い頭に依頼主に斬撃食らわす奴らじゃなかったはずだが?」

 ボボスが疑わしそうにベルフを見つめながらそう言ってくる。

「時代の流れという奴でな、冒険者もいつまでも昔と同じままではいられなくなったんだ」

『そっすよ、まずはお互いを知るために依頼主と殺し合いから始めるのが最近の冒険者です。この国では冒険者が少ないので知らなくても無理はありませんが』

「まあ、ナノマシン付きって事は評価してもいいが、しかしなあ……」


 ボボスが不審者を見る目でベルフを見つめている。不審者というか、ファーストコンタクトからして殺人未遂の加害者と被害者であるから、好感度からしてぶっちぎって低かった。


「それにしても、あの斬撃を食らってよく生きてたな? あー、こら確実に殺っちまったなと思ったんだが」

「身体の頑丈さには自信があってな、あれくらいならどうってことはない」

『あれくらいですか? 私見では大型の魔物でも一発であの世へお引っ越しさせるくらいの攻撃力は出せてたように思えるんですが』

「まあ、それは追々話すとして、それで護衛の依頼についてだが……」


 不合格どころか憲兵に突き出すレベルに決まってんだろうがボケ!! そうボボスは言おうとすると、ふいにテーブルの上にベルフが酒瓶を一つドンッと置いた。


「そうそう、パトズのおっさんから手土産として酒を持っていけと言われていたんだ。先程の詫びも込めてこれを渡して置こう」

「こ、これはまさか!!」

 

 震える手でボボスが酒瓶を取る。そこには、ドラゴンキラーと書かれたラベルが貼ってあった。

「数ヶ月に一度、この街の老舗酒造店、黒龍で不定期に販売するという、あの幻の名酒ドラゴンキラー。ど、どうやってこれを?」


「ん、いや、なんか美味しそうな酒だなと思ったから適当に買ってきたんだが、そんなに凄い酒なのか?」

『そういえば、ベルフ様が酒を購入した直後、店に人が沢山入ってきてましたが、なるほどそういうことだったんですか。売り切れる前でラッキーでしたね』

「な、なんだと……」


 こいつ、なんという強運だ。ボボスが驚いたようにベルフを見る。

 自身が毎日、足蹴に黒龍に通って、しかしそれでも買えたことは一度もない。販売は完全に不定期。職人である店主の完全な気まぐれであるために予約も不可能。それどころか販売する時間だって不定期だ、朝販売していなくても午後に販売していたなんてこともあるらしい。事実、自身だって午前中に黒龍まで足を運んでいるんだ。


 雨の日も風の日も、自身の主であるエメラが風邪で倒れたときだって、一日も休まず通っても買えたことはなかった。それをこいつはたった一度、店に寄っただけで……


「遠慮することはない、その酒はお前に上げたものだ。好きなだけ飲むと良い」


 ベルフからそう優しく言われると、ボボスがゴクリとツバを飲む。そして、テーブルにあるコップの中にボボスがドラゴンキラーを注ぎ始めた。コップの中に入っていく透明な液体を見つめるボボスの眼には炎が宿っている。


 自他ともに認めるアル中であるボボスがコップを手に持って震えながら口にまで持っていくと、グイっと飲み干した。そして、ゴクッゴクッと何度か喉を鳴らしてから、飲み干したコップをダンッと音を立てて力強くテーブルに置いた。

「合格だ……」

「なにがだ?」

「エメラを守れる奴はお前しかいない! 護衛の依頼、ベルフ、お前に受けて貰いたい!」

 目に涙を浮かばせながらそう宣言したボボスに、ベルフが珍しく素で反応できなかった。


『えーっと……ベルフ様を選んだ慧眼は素晴らしいのですが、本当に良いんですか? こっちがやったことは脳天に剣ぶち当てたことと酒持ってきたことだけですよ?』

「それだけで良いんだ、それだけでベルフ、お前と言う人間が全部わかった。文句なしに合格だ」

『まあ確かに、ある意味わかるといえばわかると思いますが』 

 珍しくサプライズも引き気味であった。


「こっちとしては依頼を受けに来たからそれでいいが、で、これからどうすれば良いんだ?」

 ベルフが頭を切り替えると、酒を夢中で飲み続けているボボスにそう聞いた。


「そうだな、まずは昼寝中のエメラが起きたらエメラに会ってもらおうか。それと、ここに住み込んで護衛をしてもらうことになるな」

「なるほど、その他は?」

「あとはお前の自由にやってくれ。俺はベルフの冒険者としてのプロ意識に全てを賭ける事にしたからな!」


 酒を片手にキリっとベルフを睨みつけるボボス。ベルフもわかったとばかりに頷く。

「じゃあ俺はここを拠点にして護衛対象を狙っている輩がいるかどうかも調べよう。護衛だけではなく、情報屋紛いのこともやるかもしれないが問題ないよな」

「問題ない、全部お前の好きにやっていいぞ。お前が本気を出せば、この街一番の情報屋にだってなれると信じている!」


 特に関係ない話であるが、ボボスの飲んでいる名酒ドラゴンキラーはアルコール度数がちと高い酒である。具体的に言うと、コップ一杯分の量でアル中が三日は満足できる程の潜在能力を持っていた。現に、今もボボスの顔が真っ赤になっている上に、口からはドラゴンブレスならぬ、アルコールの息が吐き出されている。

 当然、ボボスの頭脳の方もそれに合わせて思考能力が低下していた。


 焦点の合わないボボスからの真摯な視線を受けて、ベルフも気を引き締める。

「これは本気でやらないと駄目なようだなサプライズ、ここまで信頼されて半端な真似をしていては俺の沽券に関わる」

『そうですねベルフ様、これは本気でやらないと行けないようです……』


 そして、ベルフとサプライズは決意を新たに出発した。この街一番の情報屋になるために。

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