第六十三話 パトズ
「ここが、エール国の首都ヘルスの冒険者ギルド……」
『凄いですね……』
エール国の首都ヘルスにある冒険者ギルド。彼等の目に写ったその冒険者ギルドとは……橋の下に建てられた小さなテントだった。
そこそこの透明度を持った大きな川。向こう岸まで50メートルはあろうかというその川に大きな石製の橋が掛けられている。
その石製の橋の下にある川の土手には石が敷き詰められ、河川と川沿いの道路の間には緩やかに数メートルの高さを持った坂ができていた。
しかし、今ベルフ達の目を引くのはそんな石製の巨大な橋だとか堤防の役目を持った坂だとかではない。その橋の下に鎮座している布でできた一つのテントと、そのテントの横に建てられている冒険者ギルドと書かれた木の立て札であった。
「こいつは予想外が過ぎるな」
『街の人間達に冒険者ギルドはどこかと聞いた時の、あの微妙な反応がようやく理解出来ましたね』
この国の首都ヘルスにて、冒険者として活動しようとしていたベルフが冒険者ギルドの居場所を兵士や街の人間達から聞くこと数回。その数回にて全員が全員、微妙な顔でギルドの場所を教えてくれた事に、ようやくベルフ達は合点がいった。
しかし、とは言ってもここで足踏みしているわけにも行かない。意を決して、テントに向かって声をかける。
「おーい、誰かいるかー? 冒険者として登録しに来てやったぞ、誰か住んでるかー?」
ベルフが声をかけること数秒、テントの中でドタンバタンという物音がすると、テントの中から両手持ちで棍棒を装備した一人のおっさんが飛び出してきた。
「まーた近所の悪ガキ共かー!! ここは正式な冒険者ギルドだっつってんだろうが!!」
目を血走らせたスーツ姿のハゲたおっさんがいきなり襲い掛かってきた。ビール腹にもかかわらず、機敏に動くその俊敏さに、ベルフとサプライズもびっくりである。
「昨日、ワシが寝ている時にテントに火を付けようとしやがった事は忘れてねえぞ、今日という今日は、その腐れ頭の中身を地面にバラ撒いてや……ウボアッ!?」
取りあえずうっさいので、頬骨辺りをベルフが軽くグーで殴り抜いた。おっさんは、そのまま空中できりもみすると、地面にどしゃっと倒れる。後には、地面で痙攣しているおっさんの姿があった。ベルフの勝利である。
『お見事ですベルフ様。で、これどうしますかね』
「とりあえず起きてから事情でも聞くか」
そういうと、倒れているおっさんをベルフが静かに見つめていた。
「いやー、すまない。まーたこの近所にいる悪ガキ共が悪戯に来たかと思ってしまってな~」
はっはっはと豪快におっさんが笑う。先程までのバーバリアンっぷりが嘘のようであった。
『こいつ、人様に対して棍棒でフルスイングしようとしたことを笑って誤魔化そうとしていますね』
「うむ、なかなか気が合いそうだ」
「いやいや、本当に済まなかったベルフさん、サプライズさん。あ、わしの名前はパトズと言うんだ、よろしく頼む」
なおもパトズのおっさんが笑ってごまかしている。このまま笑顔で押し通す気なのだろう。
「それで、君達はこんな所に何をしに来たんだ? ここは……見てわかるようにギルドとしては完全に機能してないぞ」
「いや、この国でエリクサーが発見されたとの噂を聞いてな。それで、まずは冒険者として活動しようと思ったのだが……」
と言うと、ベルフとパトズがテントを見る。そこには立派な冒険者ギルドではなく、ホームレス級のテントが鎮座してあった。
「ああ、この国のことについて知らなかった口か、掻い摘んで話すと、この国では冒険者ギルドの立場が弱くてな。で、その立場の弱さの体現がそれだ」
と言うと、びしっとテントを指差す。ベルフも冒険者ギルドの立場が非常によく理解できた。
「なるほど、この国での冒険者の立場はこのテントと同じか」
「そのテントと同じだ」
ベルフとパトズのおっさんが難しい顔をする。
『で、なんでこんな国に形だけとはいえ冒険者ギルドなんて存在しているんです? 年収10万ゴールドの若い男性陣が揃ってる合コンに、年収1万ゴールドのド底辺中年男性が混ざったくらいのアウェーな状況っすよ。しかも、合コンの終わりに1ブロンズまでしっかり割り勘する事を女性陣全員に要求したような、そんな窮地な状況です』
サプライズの言葉は真実である。ぶっちゃけ、こんな国に冒険者ギルドなんて作る必要が全くない。それなら、別の見込みの有りそうな地域に人員を派遣して、その場所で新規開拓した方がいいだろう。
「たしかにその通りだサプライズさん。私がここに左遷されたのは見せしめの為でな、とある陰謀に巻き込まれた結果なんだよ」
そこでパトズが堪えきれなくなったように涙を流し始める。
「あの雌狐め、ギルドの黒字分の半分が私の懐に入っているだの、女性冒険者に性的関係を強要しているだの、魔物の素材を横流ししているだの、あること無いことを捏造しやがって……」
パトズが静かに怒っていた。その眼に炎を宿しながらだ。
「ワシは三分の一しか懐に入れておらんし、女性冒険者とは同意の上だった!! 素材の横流しなんてたまにしかやっていないし、女性ギルド職員に対するセクハラ発言なんてのは人間関係を円滑にするためのコミュニケーションの一つだろうに!!」
禿げ上がった頭を紅潮させて、パトズが激昂している。そして、その怒りにベルフが同情を禁じ得ないでいた。
「わかるぞパトズ、こちらの考えが周りに伝わらない。身の覚えのない罪が何時の間にか増えている。俺も故郷でそんな経験を沢山してきた」
「おお! わかってくれるのか!?」
ちなみに、ベルフの場合は酒のんで酔っ払っている時の記憶がないだけであって、周りに迷惑を掛けた事自体は事実であった。身に覚えは無くてもやったことは事実なのである。
同士を見つけた喜びでパトズが泣きわめいている中で、サプライズが冷静に話をすすめようとする。
『それで、ここには依頼か何かは無いのですか? ギルドと言うからには依頼の一つくらいあってもいいと思うのですが』
「ん? ああ、残念ながら君達に勧められるようなまともな依頼はないな。いなくなった猫を探してだとか、立ち退きに応じない住人を懲らしめてくれだとか、新薬の実験台になってくれとか……いや待て、そう言えば一つだけあったな」
そう言うと、パトズがテントの中から一つの依頼用紙を持ってきた。
「これだ、まあなんかの冗談だと思って放っておいたんだが、物は試しで依頼主にあってみてはどうだ」
ベルフがパトズから依頼用紙を受け取ると、そこには護衛の依頼が書いてあった。そう、この国の第一王女であるエメラ王女の護衛の依頼が。




