第五十二話 彼女の堪忍袋における限界は近い
「「「エデンにいるアンデッドがいなくなったあ!?」」」
ベルフの話を聞いた人間達が一斉にそう叫んだ。
市庁舎の一室にて、街の要人たちに囲まれながらベルフは彼等に自分が見聞きしてきた事を説明していた。
「そうだ、エデンにいるアンデッドは、ほぼ全滅した。死霊を縛り付けていたエデンのシステムが、あいつとの戦いの最中に壊れてな。もう、エデンには一体しかアンデッドがいない」
ずずーっと紅茶を飲みながらベルフは寛いでいた。
「ついでに言うと、もうこの街では死んだ人間がエデンに縛り付けられることもない。さっきも言ったが、エデンのシステムそのものが壊れたからな。あとの問題はあいつくらいのものだ」
『全くその通りですね、いやー、良い遊び場だったのですが残念です。残った問題は、あいつくらいのもんです』
エデンへと続く階段から突如現れたベルフは、そのままゴードン達に、この場所まで連れて来られていた。現状、死霊達の発生元であるエデンの情報は貴重なのだ。それが、実際に生で行ってきた人間ともなればその情報の価値は高い。
レイラをエデンへと突撃させる段取りも一旦中止して、ゴードン達はベルフから情報を聞くことにしたのだ。
そして、そのゴードンがベルフに質問する。
「で、では勇者様がエデンへ行く必要は……」
「勇者? ああ、レイラの事か。アンデッド達を倒しに行くというなら全く意味はないな、残ったのはあいつしかいない。嘘だと思うのなら、見てくればいい。本当にアンデッド達がいなくなっているからな」
『普通のアンデッド達は綺麗サッパリいなくなりましたからね。残っているのはあいつ一体だけです』
「残りのアンデッドがたった一体。ということは、この街は救われた……」
ベルフとゴードンが話をしている中で、その会話を訝しんでいる人間がいた、レイラである。彼女がなにを訝しんでいるかというと、一言で言えばベルフとサプライズが度々話しに出しているアイツとやらについてだ。
ゴードンとは別の男がベルフに質問する。
「ベルフ殿、本当に残りのアンデッドは、その一体だけなんだな」
「しつこいな、本当だと言っているだろ。サプライズのお墨付きだ」
『そうですよ残りは、たった一体、あいつだけです』
「ナ、ナノマシンがそこまで言うのならば、やはり嘘ではないんだな」
ナノマシン。最低でも王侯貴族、もしくは伝説に謳われるであろう英雄達が装備している、もしくは装備していたであろう存在。古代にいた強大な使い魔として認識されているナノマシンは、それだけで破格の価値がある存在であり、そのナノマシンの宿主はそれだけで一定以上の評価を受けるのだ。
そして、ベルフの言葉が真実だとようやく周りが納得すると、そこで喝采が生まれた。
状況はよくわからないが、あいつとやらの戦闘でベルフがエデンをぶち壊したことだけは彼等も理解していた。
ベルフに対して、よくやってくれただの、君は街の救世主だのと、あらん限りの賛辞を送り始める。
「ベルフ殿は素晴らしい、勇者でもないのによくやってくれた」
「確か、君は自警団から逃げ出した事で嫌疑がかけられていたな。なーに、後は私たちに任せたまえ、何とかしよう」
「しかし、本当に素晴らしい若者がいたものですな。それに比べて勇者様は……おっと失礼」
ベルフを褒め称えるだけではなく、レイラを責める人間も少なからずいた。彼等にとって見れば、レイラは役に立たない勇者と言う位置づけである。そんなレイラよりもベルフのほうが、街にとってはるかに役に立つ人間に見えたのだ。
そうして、散々に言われていたレイラが我慢できなくなったのか口を出し始めた。
「ベルフさん、ちょっといいですか?」
「んー? なんだ? 好きなだけ聞いていいぞ」
「あいつって何ですか」
その言葉にベルフは少し黙る。そうしてから、持っていた紅茶をずずーっと飲んだ。
「まあ一言で言うとスケルトンに似たアンデッドだ。見かけによらず強くてなあ、俺も頑張ったんだが倒しきれなかったよ」
レイラがベルフに向ける目が一層きつくなる。
「そうですか。ところで、なんでそのアンデッドと戦うことになったので? まさか暇つぶしに戦いたかったとかじゃないですよね」
まさにどんぴしゃ。ベルフはまさに、レイラの言っている動機で、あいつと戦い始めたのだが、レイラの言葉を受けても当のベルフは顔に一つの動揺も変化も見せない。
ベルフは手に持っていた紅茶をテーブルに置く。
「こんな平和な街の近くに、あんな強大なアンデッドが居るのは許しておけない、ただそう思っただけだ。このベルフ・ロングラン、英雄を志すと決めたときから力なき人々の刃になりたいと常に思っている」
『かーーーーっさすがはベルフ様です。これぞ英雄の器!!』
ベルフの言葉を聞いた人間達が喝采をベルフに送る。ただ、ベルフの人となりを知っているカイとレイラだけはベルフに対して懐疑の目を向けていた。
「ベルフさん、いくらなんでもそれは――」
「勇者様、それくらいにしていただきたい」
そこでレイラの言葉を遮る声が入った。副神殿長のゴードンである。
「ベルフ殿は、この街の問題を解決してくださりました。実際に今日はアンデッドの被害報告も出ておらず、彼の言っていることは信憑性が高いでしょう。あとはエデンへと調査に赴いている部下からの報告も来れば、ベルフ殿の言葉の裏付けがすみます」
丁度そのタイミングだ。
そこで部屋の扉が開け放たれて、一人の僧兵が駆け込んできた。
「ゴードン副神殿長、確かにエデンの内部にてアンデッド達の姿が見えません!」
「本当か!?」
そこで、ベルフを讃える声が更に大きくなる。ベルフの言葉の裏付けが完全に取れたのだ。そう、アンデッドの被害も、死んだ人間がエデンに囚われることもラナケロスではなくなった。新たに現れた英雄、ベルフ・ロングランの手によってである。
『わかりますか手下四号。これが真の英雄というものですよ』
調子に乗ったサプライズがレイラを煽る。更にゴードンが続く。
「あ、勇者様。まだいたのですか? あとは残ったエデンへの入り口を石蓋で閉じれば終わりです。地下にいるアンデッドがいくら強大でもあれは破れないでしょうからな」
クソデブハゲオヤジと狂ったナノマシンに煽られてレイラの血管がブチ切れそうになる。
そんなレイラの腕をカイが掴むと、部屋からの退出を促した。カイとレイラは静かに部屋から出ていく。負け犬の気分がレイラの心を襲った。
そうして、そのままレイラとカイが部屋どころか市庁舎そのものから出ると、そこでカイがレイラを慰める。
「大丈夫、ベルフさんと一緒に過ごせば、あの彼等ですら三日もすれば音を上げます」
「その三日間の間に受ける私のストレスを考えるだけで怒りが収まらないんですよ。三日はあいつらが好き勝手すると思うと尚更です」
地面を踏み抜く様な強さで地団駄をする。女性らしからぬガニ股になっているのも普段の彼女からすれば考えられないほどだった。
そうして、ぷんぷんと怒りを露わにしていると、不意にレイラは一人の老人から声をかけられる。
「すいません、もしかしてレイラ様ですか?」
「ええそうですけど、貴方は?」
それは、白髪混じりの老人だった。髪をオールバックにした、気の強そうな老人だ。高そうな魔術師風のローブ姿であるところからして、この街の魔術学院の関係者だとは思うが、レイラには見覚えがなかった。
「失礼、私はルドルフと言います。魔術学院の長をしているものです」
「ルドルフ? あー、ゴードンさんが話していた」
そこで思い出した。確か、エデンを無害だの何だのと調査書に書いていたゴードンの友人の一人だ。あのクソデブハゲ親父の仲間の一人かと思うと、自然とレイラの目がきつくなってくる。
「ふむ、どうやら私に対して誤解があるご様子ですな。まあ、それは追々話すとして、実は勇者様の耳に少し入れておきたいことが。エデンについてです」
エデン、今レイラが一番耳に入れたくない単語だ。
最近起きたことだけでも、無理やりエデンへと死出の旅として一人で突撃させられそうになった、と思ったら、いきなり現れたあのクソベルフが解決したという始末。しかも、そうなれば用済みとばかりの態度を自分に対して向ける、この街の人間達。
全くもって、一割くらいはエデンのせいだとレイラは思っていた。残りの九割は言うまでもない、この街の全てだ。
「それについては、もう全て解決したはずですよ。ええ、あのベルフ様が全部解決してくださりました。嘘だと思うなら、あの建物の中で馬鹿騒ぎしている奴らに聞いてきてください」
「解決? それはありえません」
「いやいや本当ですって、それで私はもう用済みで役立たずの勇者なんだそうです。ねえカイさん!」
「勇者様、そうヤケにならないでください……」
「ヤケにもなりますよ!」
カイとレイラのやり取りをルドルフは静かに聞いていた。
「どうにも情報の錯誤があるらしいですな。市庁舎にいるあの馬鹿達にも聞かせなければいけないみたいですし」
カイとレイラが、ルドルフの態度に疑問を持つ。エデンに関して、何か問題が起きているとだけはわかった。
「ルドルフさん、一体どうしたんですか?」
ルドルフはレイラの言葉に少し考えてから言った。
「ここで説明するのも良いのですが、実際に見たほうが早いでしょう。勇者様と神殿長は先に町の中央広場に行ってみてください。そこに地下にいる化物が作った大穴が空いているはずですから。私もゴードン達を連れて必ず向かいます」




