第五話 チートナノマシン、サプライズ一号
女戦士がゴブリンを斬り捨てた。見かけによらず腕力があるのだろう、一刀で勝負を決める。
「ほう、なかなか強いな」
女魔術師の方は呪文を短く唱えると、杖から火の玉を発射する。火の玉がスライムに直撃すると、後には灰になったスライムの残骸が残るだけだった。
『あちらの女魔術師もやりますね。新人冒険者にしては良い腕です』
ベルフとサプライズが二人の後ろにピッタリついていくと好き勝手に評論をしている。
「サプライズどう思う? 俺もあーやって剣で魔物を切り捨てられるだろうか?」
『今のマスターでは少し難しいです。ですが、このサプライズにお任せください。一週間であんな女よりも遥かに強くしてみせます』
ワイワイガヤガヤと雑談に花を咲かせる二人。目障りな魔物は前にいる二人にお任せして、ピクニック気分で囁きの森の中を楽しく歩く。
だがしかし、当の女冒険者達は堪ったものではない。さっきから後ろに張り付いて好き勝手言っているベルフ達が目障り極まりないのだ。そして、ついに彼女達の我慢が限界に達した。
前にいた女剣士は歩くのを止めると、ベルフ達の方を向いて話しかけてくる。
「ねえちょっとあんた、なんなのよ」
女剣士はかなり怒っていた。が、しかし文句を言われた方のベルフは何処吹く風といった感じだ。
「なんだ? 俺達のことは気にせず魔物退治を続けていいぞ」
『マスターがこう言っているのです、早く前を向いて歩き続けなさい小娘』
女剣士は、ベルフ達の返答を聞いて更にぷっつん切れた。
「あんた、さっきから邪魔なのよ、独り言をブツブツ言ってさ。ただでさえ後ろに張り付いて気が散るっていうのに一人二役でなにしてんの」
そうなのだ。赤の他人から見ると今のベルフは一人二役で話している、ただの怪しい青年にしか見えない。そして、そのことに気づいたサプライズは、ベルフとの会話方法を即座に変えた。
(そうでしたマスター。武具屋の主人に言われていたことを失念していました)
サプライズはそう言うと、ベルフの頭の中に直接言葉をかけてきた。
「これは何だサプライズ。お前の声が聞こえないのに聞こえるぞ」
(これは現在、マスターの脳と直接繋げて会話をしています。ナノマシンである私の存在が周りにバレるとマスターが危険ですので、今後はこうしましょう)
しかし、サプライズの言葉にベルフは良い顔をしなかった。
「いや、今まで通りで良い。これだと会話をしている気がしない」
(ですがマスター)
「危険だからなんだと言うんだ。危険なんて物は、冒険者になると決めた時から覚悟の上だ。そんなことより早くこの状態をやめろ。危険云々より、そっちのほうが俺は我慢ならん」
『マスター……』
サプライズが感動したように声を上げる。
――――雌プログラムのレベルが2に上がりました―――
ついでに、ベルフが左腕に身につけているリストバンドから、雌プログラムのレベルアップの報告も流れてきた。
「ちょっと、無視しないでよ!」
女剣士がベルフに無視されていると思って怒りで声を上げる。まあ実際に無視していたことは間違いない。
『うるさいですねえ、この雌豚が。ベルフ様と私の逢瀬を邪魔しないでくれますか』
雌プログラムのレベルアップのせいだろうか。サプライズのベルフへの呼び方が、マスターからベルフ様に変わっていた。
「雌豚って!? もういい、ミナ行くよ。こんな奴と関わってられないわ」
「え、ちょっと待ってリリス。引っ張らないで」
女剣士が仲間の魔術師を連れてベルフ達から離れようとする。それをベルフも追いかけようとしたが。
「ついてきたらぶっ殺す!」
ベルフ達に殺気を振りまきながら、女剣士達は森の奥の方へと姿を消していった。
ベルフとサプライズは森の奥の方に消えていく二人の冒険者達を存分に見送ると。
「行っちゃったなあ」
『行っちゃいましたねえ』
二人とものほほんと会話していた。
「さて、そろそろ俺達も戦うか。まずは手頃な魔物を探すぞ」
『それなら私にお任せ下さいベルフ様、探知機能を使います』
左腕に装備しているリストバンドに幾何学的な模様が浮かび上がると、空中にディスプレイ画面のような物が映し出される。
更には、その画面には大量の赤いマークと少しの青いマークがポツポツと映しだされていた。
ベルフは目の前の空間に突如現れた、その映像に驚く。
「なんだこれは。説明しろサプライズ」
『それは魔物の居場所を映し出している絵だと考えて下さい。青いマークが人間で、赤いマークが魔物です』
サプライズの言葉にベルフが頷く。
「この赤色が魔物で、青いのが人間ってことか?」
『その通りです。この画面を見る限りでは、右方向二十メートル先にゴブリンが一匹いるようです。初陣の相手としては手頃かと思います』
ベルフは空中に映しだされている映像に手を当てる。すると、手は画面を突き抜けて向こう側に行ってしまった。この映像は、あくまでも空中に映しだされているだけだから当然である。
「面白い力を持っているなサプライズ。他にもこういう力があるのか?」
『他にもベルフ様の身体能力を上げる補助能力や、怪我の回復等の支援能力。多少の攻撃魔法だって使えます。ただし、これらはベルフ様の体内エネルギーを原動力とするので常に使えるわけではありません』
ベルフが満足そうに口の端を上げて笑う。
「いいな、実に良いぞサプライズ。ではまずそのゴブリンと戦ってみるか」
『はい、標的のゴブリンはそちらの茂みの向こうにいます。後ろから近づいて奇襲しましょう』
ベルフはサプライズに言われた通りに移動すると、確かに一匹のゴブリンが茂みの向こう側にいた。
そのゴブリンは、少し小柄な大人と同じ程度の背丈だった。額には角が生えており、顔付きは犬と人間の中間といったところだろうか。目付きが鋭く、鼻や口が人間と比べて前に出っ張っていた。
身体部分は猫背で上半身が裸、下半身だけ布のようなものを巻いている。武器になるようなものは、右手に持っている太い棍棒だけだ。
ゴブリンはまだベルフの存在に気づいていないのか、ボーッと背を向けて突っ立っていた。
ベルフはそーっと物音を立てずにそのゴブリンまで近づくと、ゴブリンの頭目掛けて両手で剣を振り下ろす。
しかしベルフの振り下ろした剣はゴブリンの頭の中程まで到達すると骨に阻まれたのか、そこで振りぬけずに止まってしまった。
「ん? 意外と硬いな。と言うかこれ抜けないぞ」
刺さったままの剣を横に動かしたり引っ張ったりと苦闘していると、スポンと剣がゴブリンの頭から抜けた。
『ゴブリンにかぎらず生物の頭は丈夫な物です、振り抜くことは難しいでしょう。ですが、決まれば今のように一撃で倒すことが出来ます』
ベルフに奇襲されたゴブリンは、地面に横たわって動かなくなっていた。切り裂かれた頭からは血と脳みそが地面にこぼれ出ている。
「グロイな。まあこれもその内、慣れるだろう。で、この後はどうすればいいんだ?」
『この後は倒した魔物から素材を剥ぎ取る必要があります』
そう、魔物を倒したのなら素材を剥ぎ取る必要があるのだ。冒険者が金を稼ぐ最もメジャーな方法だと言っていい。
『ゴブリンの場合は頭に生えている小さな角がお金になります』
倒れたゴブリンの頭には小さな角が生えていた。この角は、錬金術の材料や武器の素材などになるのだ。
ベルフはサプライズの言われたとおり、倒れているゴブリンから角を切り取る。
「しまったな、袋を持ってくればよかった。さっき剣で頭をかち割ったから角が血に濡れてるし、持つにしてもちょっとかさばるぞ」
『それなら近くにある川で、その角の血を流しましょうか。幸い、先程の探知機能で川の場所は掴んであります』
「よし、早速その川に行くか。せっかく初めて魔物を倒したんだ。記念として、この角は何が何でも持って帰るぞ」
そう言うとベルフは血に濡れているゴブリンの角を手に持ちながら、サプライズの示した川の場所へと向かって行った。
やっとここまで来れた。