第三十八話 ボロ小屋の幽霊
ラナケロスの街にある神殿は、建物に対して土地の面積が非常に広い。
それは、この場所が街の外れにあり、開発のされていない区画を利用していたことに起因がある。
街の中心部では広大な土地を用意することは難しいが、開発の遅れている郊外と言う事も有り、街の一区画そのものを神殿の土地として扱う事を許されている。
さらに、神殿の周りには森のような木々が有り、街を取り囲む壁の内側にありながら、この土地では動物たちが自然の営みを作り上げていた。
そんな神殿の土地に、見窄らしい小屋がある。
家を構成している木材はところどころに剥がれ落ちて、その色を黒色の近くまで腐食させている。屋根は雨漏りしてくださいとばかりに穴が空き、もはや小屋としても機能しているか疑わしい。部屋の四隅には蜘蛛が大きな巣も張っている。
そんなぼろ小屋に一人の男の姿があった。そう、この作品の主人公ベルフ・ロングランである。
ベルフは小屋の中でゴロンと横に寝ると、新たな居住地となったボロ小屋で体を休める。ボロボロの床はギッシギッシと悲鳴を上げていたが特に気にしない。辺りはもう夜とあって、部屋の中央に照明の為の小さなランプを置けば、夜を越す準備は万端だ。
「これだけボロければ、まず人は来ないだろう。埃も積もっていて、人が来ている様子もないしな」
住めば都とばかりに特に気にしていないベルフ。しかし、サプライズは不満そうな声を出す。
『確かに隠れ家としては持って来いですが、少しボロ過ぎると思います。ベルフ様に相応しい建物にするべく、時間を掛けて改修、増築するのも一つの手かと』
サプライズからの意見にベルフは少し考える。言われてみれば確かにそれは必要かもしれない。これから、ここが自らの住処になるのだから隠れ家としてではなく、個性を感じさせる一軒家への改修、増築は必要不可欠なように思えた。
「言われてみれば確かに。このままでは、せっかくの隠れ家が、ただ隠れる為の代物になってしまう。こう、世界へ向けてアピールできるような建物にしたいな」
『私もそう思いますベルフ様』
聖剣を壊すためにここで機を窺うだとか、街の自警団から逃げるためだとかは取り敢えず置いておいた。そもそも、逃亡者が隠れなければいけないという物理法則はこの宇宙には存在しない。人生というのはどんな時でも遊び心があってしかるべきなのだ。
「しかし、だとしても俺は家の増築の仕方なんて知らないぞ。人を雇って改修するにしても俺達は勝手にここに住んでいるだけだから難しいしなー」
『おまかせくださいベルフ様。私の中にインストールされている、生活に役に立たない知識108選から、世界が震撼した超建築術魔術応用編を実践すれば建物の一つや二つ、ちょちょいと魔改造できます』
サプライズがやる気満々と言った声を出す。ベルフは、建築術に魔術が加わった異次元の建築技術とやらへ期待に胸を膨らませる。
「ならば早速やるかサプライズ。とりあえず標高一千メートルほどの建物に作り変えて我らの存在ここにあり、と街の人間に見せしめたい」
『おまかせくださいベルフ様。なんなら、過去に存在した超兵器の百や二百でもつけてあらゆる生命体と正面から戦える要塞としての機能もつけときます』
やる気全開の二人はもう止まらない。行ける所までアクセル全開で踏み込むかと意気揚々としていると
『あ』
何かに気づいたサプライズが急に声を出した。
「どうしたサプライズ」
『すいません、現在の私では機能が制限されて出来ることに限りがあるようです。生活の利便性と普通の増築改修まではできそうですが、それ以上は少し厳しそうです』
ふむ、とベルフは考え込む。そして、サプライズは言葉を続けた。
『それとですが、ちょっと資材なども必要ですからお金もかかると思います。どうしましょう』
「金かー……」
ベルフは深く考え込むと、小屋から出て少し遠くに見える神殿を見る。この小屋からだと森の木々が視界を邪魔をしている上に現在の時間帯が夜ということもあって、神殿の側面一部しか見えなかった。
「あそこに金はあると思うか?」
ベルフは、遠くに見える神殿を指差した。
『この街唯一の宗教施設ですし、そらもうガッポガッポでしょうな』
「じゃあ、あそこから必要経費は取ってくることにしよう」
『わかりましたー』
という事で金については神殿から勝手に拝借することに決まった。
『それと、家の増築や改修に時間も掛かりそうですから、それまでの間お風呂などはどうしましょうか』
「それもあそこにあるものを勝手に使わせてもらうことにしよう」
ベルフは、また神殿の方を指差した。
『わかりましたー』
と言う事で風呂なども神殿に備え付けられている物を勝手に使わせてもらう事に決まった。
『では次に、食事などはどうしましょうか。ここでは野生動物くらいしか食材が手に入りませんが』
「それも、あそこから勝手に拝借しよう」
ベルフは、また神殿の方を指差した。
『わかりましたー』
と言う事で、食料なども神殿の物を勝手に拝借する事に決まった。
『では、雑貨やその他必要なものが出来た場合はどうしますか?』
「それもあれでいいや、適当になんか持ってくりゃ良いだろ」
片手で鼻くそほじりながら神殿の方をベルフは指差した。彼にとってラナケロスの神殿とは、必要な物はなんでも揃っている宝箱みたいなもんだと思い始めている。
という事で必要な確認事項を済ませると、ベルフは小屋へと戻る。とりあえず、今日は疲れたので眠りたいのだ。
しかし、そこでベルフは小屋の中に何かの気配がいる事に気がついた。先程まで、たしかにこの小屋の中にはベルフしかいなかったはずなのに、だ。
恐る恐る小屋の中をベルフは覗き見ると、ぼやっとしたモヤのような人影が見える。その白い人影のようなものは小屋の奥の方に立って床の一点を指差していた。
「サプライズ、あれはなんだ」
『霊子によって構成された生物、いわゆるゴーストというやつですね。少し探知してみましたが、間違いありません』
ゴーストはベルフ達の方を向きながら床を指差し続けている。ベルフはその幽霊をジーっと見ると、それは年老いた老人の幽霊に見えた。
そのゴーストはボロの布をまとい、頬は痩せこけている。目に生気はなく、虚ろに何か呟いていた。
「こ……こ…です……ゆう…しゃ……様」
ゴーストは床を指差しながら、ベルフに向かってここだと語り続けている。
そして、ベルフはその言葉に顔を怒りで歪ませた。
「あーん? 勇者? 幽霊か何か知らんが、俺をそんなもんと勘違いするな」
『そうです、ベルフ様は勇者ではなくて未来の宇宙大王です。人がゴーストになれば意思が薄れる事は知ってますが、だからと言って下らない間違いしてんじゃないですよ』
しかし、ベルフ達の言葉が通じていないのか、そのゴーストは、次第に姿を変化させる。先程までは老人の姿だったが、その姿の皮膚が剥がれ、肉も腐り落ち、神経や内臓がむき出しになり、ついには老人のゴーストは骨だけの姿になる。そして、痛みか何かかしらないが、そのゴーストは苦しみで怨嗟の声を上げる。
「あ………あ…あ……ああ…私…の骸……を壊…し……て…」
幽霊は苦悶の表情を浮かべながらそう言うと、姿を掻き消した。後には、小屋の中で立ち尽くすベルフの姿だけが残る。
『なんでしょうかね今のは、何か伝えたかったみたいですが』
「ふむ……」
ベルフは先程の幽霊が指し示していた床を調べる。一見、ただの腐りかけの木材でできた床だったが、ベルフは違和感を感じた。
「この部分だけ何かおかしいな。ちょっともう少し調べてみるか」
床を叩いてみたり、よく見たり、押してみたりと頑張っていると、床に切れ込みがあるのをベルフは発見した。一辺が一メートル以上で真四角に作られているその切れ込みは、よく見ればたしかに小屋の中で違和感を発している。
「ちょっとこの部分を持ち上げて外してみるか」
基本、突っかかりのない真っ平らな床であるから、持ち上げるのにベルフは苦労する。爪でカリッカリっと頑張って小さな切れ込みをとっかかりにしようとしたが、十分ばかり続けていると堪忍袋の尾がキレた。
「サプライズ、パワーをこの手に」
『了解しました』
サプライズからの支援魔法で腕力を全力全開に強化すると、フンッとばかりに右の拳を床に叩きつけた。
元々ボロかった事もあってベルフの拳は見事に床を粉砕。ついでに、その衝撃で小屋の幾つかの場所が欠損して耐久年数も粉砕。実にやり遂げたという顔でベルフは爽やかな笑顔を浮かべていた。
「見ろ、どうやら当たりだ」
ベルフが壊した床部分、そこから地下へと続く階段が現れていた。小屋の中に隠されていた死霊の地下迷宮へと続く階段である。




