第三十六話 勇者誕生
聖剣パールが収められている聖室、ここはかなりの広さを持っていた。
奥行きと横の広さは、共に十メートル近く。天井までは大体、数メートル近くの高さがあるだろうか。上にはステンドガラスが貼られていて、ガラスから差し込まれる光が、部屋の中心部に降り掛かる様に工夫されている。
そして、その部屋の中央には石造りの小さい台座と、その台座の上に真っ黒な鞘に入れられた一本の剣が横たわっていた。この剣が聖剣パールである。
見た限りでは白と黒の剣だが、その黒い部分は鞘の部分だけだ。剣部分は、柄も鍔も真っ白だった。それも、一つ一つが別の部位と言うより、鍔も柄も同じ素材で繋がっているように見える。
例えて言うなら、鉄の塊を溶かして型にはめて、そこから剣の形にしたような形状だ。柄と鍔だけを見る限りではそんな違和感を覚える作りだった。
男の挑戦者が聖剣に手をかけると、鞘から聖剣を抜こうとする。男は力自慢なのだろう、その巨大な肉体に任せて思いきり鞘から剣を引き抜こうとする、が、剣はびくともしない。
そんな挑戦者を、部屋の壁周りに並んでいた神官達が、厳しい目で見ている。
「そこまで!」
たっぷり三分ほど時間をかけた後、周りの神官たちが男に失格の旨を伝えた。
男は聖剣に選ばれなかったことに肩を落とすと、他の失格者達と同じようにトボトボと部屋の外へと向かって歩き出す。
「次の者、前に!」
神官が次の人間を呼ぶ。
朝からずーっと同じように試験官を続けている神官達であるが一つの疲労も顔に見せない。
ベテランの彼等にとって、この試験は毎年のことである。更には鍛えられたクレリックである彼等は、この程度で音を上げたり動揺することはないのだ。
威厳を持った厳しい目で、次なる挑戦者をビシリと見つめる神官達。手に持っている杖にも力が入るというものだ。
そして、彼等の目の前に次なる挑戦者、ベルフが現れる。そこで、初めて神官達の顔に動揺の色が現れた。
それは何故か? ベルフが冒険者の格好に身を包んでいたから? それはまあ良い、気合の入り方は色々あるが似たような奴らは沢山いる。顔を殺意にみなぎらせているから? それもまあ良い、試験に挑むのだから顔がこわばるのは許せる。では、右手で肩に担いでいる巨大なハンマーは? ダメに決まってんだろ!
「そこのお前、ちょっと待て」
ベルフに神官達が待ったをかける。どう考えても、ベルフが装備している鉄ハンマーの使用用途が不明過ぎるのだ。
「何だ? 俺はこれから聖剣の使用者に選ばれる為の儀式をしなくちゃいけないんだが」
ぬけぬけとそう言い放つベルフ。
腰に左手を当てて、やれやれと言った顔で鉄のハンマーを肩に担いでいる。
「それはなんだ?」
老人の神官がベルフが装備しているごっついハンマーを指差す。
「これは気合を入れる為に装備しているだけだ。安心しろ、乱暴な目的には使わない」
神官達が、どうするべきかとお互いに目を見合わせる。少しの話し合いの後、これだけ人に囲まれて、しかもクレリックである自分達が居るのに、こいつも馬鹿な真似はしないだろう、と彼等は結論を出した。
「わかった、良いだろう。ただし、少しでも怪しい真似をすれば、すぐに力尽くで止めるからな理解したか?」
「わかった理解した」
ベルフの言葉に神官達が胸を撫で下ろす。何だ、こいつ意外に話のわかるやつじゃないか、見た目に騙されてしまったか?
「では、試験について確認をする。入り口で説明されたと思うが、試験内容は単純だ。制限時間内に聖剣パールを鞘から抜き放てればいい、それだけだ」
ベルフが頷く。
「剣を鞘から抜き放てばいいんだな、任せろ」
そう言ってベルフが前に出てくる。と同時に試験官の目が厳しくなった。不審者であるベルフが少しでも怪しい真似をすれば、すぐにでも力尽くで取り抑えるつもりなのだ。
神聖魔法から軽い杖術まで使いこなすクレリックは、戦士としても能力が高い。
対するベルフは前に出てくると、聖剣が乗っかっている台座のちょっと前で腰を落としてハンマーを両手で右肩に担いで構える。距離、一メートルと少し。ハンマーの柄についている鉄塊さんが聖剣さん相手に、ちょうどゴッツンコできる距離である。
「サプライズいいぞ、やれ」
『了解しました』
サプライズからの肉体強化魔法がベルフの全身を駆け巡ると、ベルフの体にいまだかつて無いほどの力が湧き上がってきた。
ベルフの体に寄生しているサプライズは手応えを感じていた。自分の主であるベルフは、過去に類を見ないほどのベストコンディションだ。聖剣の一本や二本、軽く折れる!!
そのベルフの様子を見ていた神官達がハッと気づいた。こいつ、怪しい真似しかしてねーじゃん!
「お前、ちょっとま」
「ソイヤァ!!」
掛け声と共にベルフはハンマーを聖剣に叩きつけた。
ベルフのゴッドハンマーの一撃で台座が砕ける。だがしかし、過去最高のコンディションであるベルフはそこで止まらない。
「行けるぞサプライズ! このまま聖剣を折る!」
『わかりましたベルフ様!』
不審者どころか、がっつり殺意を込めて、地に落ちた聖剣パールを打ち続けるベルフ。このまま粉々に砕けるまでやってやるわと鉄のハンマーによる聖剣餅つき大会を繰り広げていると、周りの奴らが流石に止めに入った。
「全員、そいつを止めろ!」
その言葉に神官達だけではない、並んでいた参加者達もベルフを止めに入ってきた。
「ちっ! サプライズ、まずはこいつらを蹴散らすぞ」
ベルフは、襲い掛かって来る雑魚どもを一対多数という状況でありながらも、次々と吹き飛ばしていく。
レベル八と言うベテランに片足突っ込んだ基礎能力に、サプライズの身体機能も加わって、今のベルフを止められる人間はこの場にいなかった。
ちょっと鍛え上げられただけのクレリックだの、腕自慢の素人どもだのでは、今のベルフには到底勝ち目がない。倒れ伏した神官共の禿頭を掴むと残った雑魚どもにかかって来いやとベルフは雄叫びを上げる。ベルフ自身にもわからんが、何故か身体が絶好調なのだ。
大混乱に陥って収拾がつかなくなった中で、地面に転がっていた聖剣が、騒ぎで空中に弾き飛ばされた。空中から下界の騒ぎを見下ろすように聖剣がポーンと空へと弾き飛ばされると、部屋の隅っこでまだ悩んでいるレイラの元に聖剣が飛んで行く。
レイラは、過去の自分がベルフ達と同レベルだったという驚愕の事実にまだ頭を悩ませていた。ぶつぶつと、いや、自分はまだあんなのじゃないとか、あれよりマシなはずだとレイラが自身に言い聞かせていると足元に転がってきた聖剣に気がつく。
「ん? なんですかこれは?」
部屋で大立ち回りしているベルフ達を無視して、レイラは聖剣を拾って手に握る。
そうすると、何かレイラはしっくりときた。まるで、この剣は自身のためにあるような、剣と自身が繋がっているような、そんな気がする。そのまま、導かれるように剣を鞘から引き抜くためにレイラがグっと力を入れたその瞬間、部屋中に光が満ちる。
突如現れた光に、馬鹿騒ぎを続けていたベルフ達が動きを止めた。みな一様に光のした方、レイラに向かって視線を向ける。
そこには、聖剣を鞘から引き抜いたレイラの姿があった。
勇者レイラが誕生した瞬間である。




