第三十四話 勇者の偉業
夕暮れ時のラナケルトの街。ここは、そのラナケルトの繁華街だ。
それも、住宅街や学生が利用する学校地区の繁華街ではない。カジノや賭博場が立ち並ぶ、ラナケルトで最も治安の悪い場所である。
そんな治安の悪い場所をベルフとレイナが歩いていた。二人は、治安の悪い場所ということで警戒しているのか、鎧や剣を装備した完全武装である。
で、流石に、完全装備の冒険者に喧嘩を売るやつもいないのか、周りを歩いているガラの悪そうな兄ちゃんや姉ちゃん達も、二人を遠巻きに見ているだけだった。
そんな、歓楽街に現れたちょっとだけ異質な二人。
その二人が何をしているかと言うと――
「ベルフさん、ここはどうですか?」
「気にいらない」
「では、あそこに見えるカジノは?」
「つまらなそう」
「ではあちらに見える」
レイラは歓楽街にある、あっちこっちの賭博場を指差してはベルフに薦めていた。この二人が何をしているのかと言うと、今夜ベルフが遊び倒すための場所選びだ。
今夜のために、レイラが甲斐甲斐しく調べ上げた賭博場の厳選を現地でしているわけだ。
『おい雌豚。お前さっきから、わざとガラの悪そうな場所をベルフ様に薦めてませんか?』
「どこがです? どれもこれも素晴らしい賭博場ばかりですよ。ベルフさんが我儘言っているだけです」
サプライズからの質問にそう答えると、レイラはまた別の場所を示す、が、これもベルフはNG。
ちなみに、今のところレイラが薦めてきたのは、全部悪徳カジノである。
引き入れた客をケツの毛一本までむしり取ろうと日々鋭意努力している、努力型の社会の寄生虫どもが運営する場所だ。一般人共からいかにして搾取するかを日々考えている、悪の精鋭共の巣窟って奴である。
さて、そんな現代日本人もびっくりの拝金主義者である賭博場の悪人達だが、仲間内にはとても優しかった。失敗をした部下には優しい言葉を掛ける。良いアイディアを出した人間には褒めて意見を採用する。業務時間が終われば、町の酒場で上司部下の垣根を超えた、飲み付き合いも珍しくない。
厳しく、そして優しい仲間達と日々切磋琢磨して彼等は生きている。
「ひぃぃ~!」
そんな心あたたまる賭博場から全裸のおっさんが逃げるように出てきた。
悲鳴を上げて、パンツすら履かずに全裸で走り去るそのおっさんは、現在進行形で一銭残らずむしり取られた哀れな被害者である。
賭博場の愉快な仲間達は、仲間内には優しかったが、それ以外には阿修羅のごとく鬼になるのだ。
「どうです、あの賭博場とか?」
『雌豚、少しくらい悪意を隠しなさい』
レイラは、ベルフがこの街で賭け事をすると聞いた時から復讐プランを練っていた。
この街の賭博場について調べます、と自身から名乗り出たレイラは、わざとタチの悪い場所を薦めていた。ベルフをギャンブルにはまらせて金銭的に破滅させるつもりなのだ。
ただ、それらが余りにもあからさまだったせいなのか知らないが、効果は薄かった。
レイラの紹介する場所に尽くNGをするベルフ。しかし、そんなことで負ける様なレイラではない。頭に刻み込んだこの街の悪い奴TOP10リストから次なる場所を検索する。
そんなレイラに、ナノマシンのサプライズが呆れ混じりに言った。
『雌豚、お前はもう諦めなさい。ところでベルフ様、このアホが罠にかけようとしているのはともかくとして、中にはベルフ様好みの頭がイっちゃっていた場所もあったと思いますが、そこもダメなのですか』
サプライズの言葉に頷くと、ベルフは語りだす。
「何というか、やる気が起きなくてな」
『やる気ですか?』
ベルフがため息を一つ吐く。彼にしては珍しかった。
「ラナケルトと言えば、冒険者になる前から色々とその噂話を聞いていた。世界最大の歓楽街、悪意と経済の融合地、この世の悪徳のるつぼ。だから、この街に行くと決めた時はワクワクしたもんだ。が、実際に来て見たらどうだ、思ったほど凄くない」
確かに街は大きい、通りも大きい、店は立ち並んでいる。しかし、ベルフが期待していたほどではなかった。歓楽街特有の店はあちらこちらにあるが、何というか煌めきが足りない。人々が発する、殺意や欲望と呼ばれている魂の輝きを、この街から感じることができないのだ。
ベルフのその疑問にレイラが答える
「あー、それはですね。確かに二十年前はここも凄かったらしいですよ。日々アウトローたちの抗争が巻き起こり、人身売買やら、違法なカジノは当たり前。オークションではこの国どころか大陸中から悪徳商人達が集まってきて盗品から貴族の子女まで、なんでも扱って売り買いしていたらしいです」
レイラの言葉にベルフの目が輝く。
「その時代に俺も来たかった」
「私は嫌です。でも、二十年前に聖剣パールを持った勇者様が、この街の悪い所を文字通りお掃除したらしいんですよ。それはもう徹底的に。それ以降、まともになったとは言えませんが、普通の街より少し悪い程度で、この歓楽街も収まっているらしいです」
そう、昔いた勇者様がご活躍したおかげで、この都市はとても健全な方向に進んでいた。勇者様は、悪党どもを殲滅した後、その名声と力と伝手を使って今後の都市運営のために、錬金術師を要請する学院も創設。
街の子どもたちに教育を受けさせて次代を担う人間の育成にも成功。基幹産業に魔道具の開発、量産を推し進め、全うな事業での都市運営も成功させた。それだけでなく、冒険者などがそれの売買時における輸送や護衛につく事で、ダンジョンの無いこの町でも手に職のない力自慢達にも定期的な仕事を発生させる。
街の神殿には、その勇者様の銅像が立っており、日々街の人間たちが祈りを捧げている。
「クソみたいなやつだな、もし目の前にいたら斬り捨ててやるのに……」
ベルフが本当に悔しそうに呟いた。どこぞの格好つけマンのせいで自身の楽しみを一つ奪われたのだ、悔しさでベルフは怒りが溢れそうだった。
『ベルフ様お可哀そうに……ではどうでしょう、こうなったら私達の手で歪められたこの街を正しい姿に戻して上げませんか? 偽りの道化に堕ちたラナケルトに、本当の自分ってやつを思い出させてあげましょう』
ベルフとサプライズが自身が受けた天命がなんたるかを理解している横で、レイラの方はちょっとベルフから距離を開けていた。やっぱこいつら駄目だわって顔をしている。
「それで今日はどうするんですか? ベルフさんもここに用が無いのなら、もう宿屋に帰るべきかと思いますが」
ベルフは周りを見る。どれもこれも気の抜けた奴らばかりで、なんかやる気が起きなかった。
「じゃあ帰るか、それで他に、この町で面白そうな場所はあるか?」
レイラはそれに答える。
「他には、明後日から三日間、勇者の偉業を称える祭りが始まるそうです。中身は大体普通のお祭りですが、勇者が持っていた聖剣パールの資格者を選ぶイべントもあるらしいですよ」
「ほう……」
憎き勇者、その聖剣の資格者を選ぶイベントだと……
「折るか」
『やりますか』
ベルフとサプライズが街にとって大事な聖剣を叩き折る決意をしている横で、レイラはにっこりしていた。ベルフなら必ずそう言うと信じてていたのだ。これで聖剣の一つでも叩き折ってベルフがお尋ね者にでもなれば、レイラとしても溜飲が下がるという物だ。
満足気に笑顔を浮かべるレイラは、宿屋へと向かってベルフの後を歩き始めた。
だがしかし、レイラはまだ知らないのだ。これから自身に降りかかる過酷な運命を。




