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第三話 装備をまず揃えましょう

 ライラの東区画にある商店街は、綺麗に揃えられた街路樹に沿って多数の店が軒を連ねている。街で古くから商売をしている果物屋。隣の店と鎬を削る定食屋。各種の錬金術を使ったマジックアイテムの販売所に、冒険者のための素材の取引所。


 その他にもボッタクリや詐欺まがいの店もあるが、それもこの商店街の魅力の一つだった。穏やかではないが、活気のある平和な町並みという奴である。


 しかし、そんな平和な商店街にパンツ一枚で歩く一人の変態が突如現れた。そう、この作品の主人公、ベルフ・ロングランである。


「愚民どもが俺の噂をしているな」

『はい、マスター』


 質屋で着るものを全て売り払ったベルフ。彼は現在、右手に金貨袋、左腕にリストバンド、残りは皮靴にパンツ一丁と言う漢スタイルで街中を練り歩いていた。


 当然、いきなり現れた半裸の変態に街の人間達から好奇の視線が突き刺さる。


「それにしても意外と根性がなかったな、あのおっさんは」

『所詮は愚民という事でしょう』


 ベルフとサプライズは質屋での出来事を思い出す。


 身に着けている服を売りたいと言ってきたベルフに、質屋の店主は足元を見るような値段を提示してきた。

 相場の半分、いや三分の一も届かないその金額にサプライズも激怒する。だが、着ている物を売りたいなどと言ってしまえば、こいつ金に困ってるんだなと思われて足元を見られるのは当然ことだ。

 百戦錬磨の商人である質屋の親父から見れば、ベルフなどただの貧乏貴族の落ちぶれたおぼっちゃんにしか見えなかったのだ。


 そうして店主の言葉を無言で聞いていたベルフが上着を脱ぎ、ズボンも脱ぎ、ついでにパンツも脱いだところで値上げの交渉を開始した。

「パンツもつけるから、もっと買い取りの値段を上げろ。倍……いや三倍だ」


 目の前にいる全裸男の言い分に店主の思考が止まる。店主としては、その上着とズボンだけでよかったのに何故か産業廃棄物のパンツまで付いてきた。しかもこちらが最初に提示した金額の倍以上の金を、そのパンツの分だけつけろと言ってきているのだ。


「ちょっと待てよ、パンツとかいらねえからズボンと上着だけにしろ」

「駄目だ、首を縦に振るまで帰らん」


 上着とズボンだけを買い取ると主張する店主。それに対して、脱ぎたてのきったねえ下着をつけるから買い取り値を三倍にしろと主張するベルフ。

 二人が四次元世界のディベートを一時間ほど続けたところで、相場通りの値段で上着とズボンだけを買い取ると言う事で話の決着は付いた。


 尚、後日談ではあるが、このやり取りを見ていた他の客が、質屋の店主が高額で男のパンツを買い取ると言う噂を街中に広める事になる。そのため、パンツを売ろうと言うおかしなガチムチの男性客と、それを買おうと店に来る妙齢のご婦人方に、質屋の店主は悩まされ続けることになった。


「着いた、ここがこの街の武具屋か」

『はい、街の人間達から聞いた情報だとここで間違いないはずです』


 ベルフの目の前には一階建ての建物があった。そこには店の入り口へと続く小さな階段と、階段を登った先にベラージュ武具店と書かれた看板がある。


「たのもーー」

 ベルフは階段を登ると、武具屋の扉を豪快に開ける。来てやったぞとばかりに店に入っていく様は、まさに王の入店であった。


「あー、なんだてめえは……本当になんなんだよお前は」

 店の中では一人のドワーフが椅子に座って店番をしていた。そのドワーフは、背丈はベルフより頭一つ分小さい。しかし背は低かったが、身体の太さはどこの歴戦の戦士だよと言わんばかりに身体中に筋肉が付いている。腕力一つでベルフを殺せそうなほどだ。


「見てわからないか? 武具を買いに来た。冒険者を始めるにあたって一番妥当な装備を寄越せ」


「うん、まあここに来たんだからそうだよな、それが目的だよな。だがその、まずあれだ。お前は服を着てから出直してこい」

 ひどく正しい意見である。


「それもそうだな。よしサプライズ、また街に戻るぞ。王の出陣だ」

『了解しました、次は服屋ですね』

 

 と、半裸のまま街中へ出撃しようとするベルフを、そのドワーフの店主が止めた。

「ちょっと待て、そのまま出て行くのか? いや考えて見ればそうなんだが。しかたねえ、ちょっと待ってろ」


 店主はそう言うと店の奥に消えていった。しばらくの間、店の奥から何かを探すような音が続いた後に、店主のドワーフは町人が着るような上下の服を手にして戻ってきた。


「その姿のまま町中に出られても困るから、とりあえずこれでも着ていろ。娘から貰ったのは良いが、俺のサイズには合わなかった服だ。お前にやるよ」

「お、すまないな。ありがたく貰っておく」


 ベルフはそう言うと、服に袖を通した。サイズが少し合わなかったのか少しシャツとズボンがだぶついている。だが動く上では特に問題がなさそうだった。


「貴族の服も良かったがこっちも良いな。貴族用の服はちょっと窮屈だったが、この服は動く上で自由だ。全裸で街中を駆け抜けた時ほどじゃないが、及第点といったところだ」

『よくお似合いですベルフ様」


 サプライズがいつも通りベルフを褒め称えているが、ベルフが街中でパンツすら脱いでいた過去があることを暴露した事実は変わらない。


「ところで、さっきからお前さん……えっと、名前はなんて言うんだ?」

「ベルフだ」

 ベルフは軽く名乗った。

「で、ベルフ以外の声も聞こえてくるんだがこりゃあ何だ?」


『私のことでしょうか? 私は人類教育プログラム、サプライズ一号。今はベルフ様の従者兼サポートナノマシンとして働いております』

 姿は見えないが、礼儀正しい声が辺りに響いた。


「はーナノマシンね、そいつは珍しい。俺も実際に見たのは初めてだ。ナノマシンを持っているなんてベルフのあんちゃん凄いんだな」

 ドワーフが感心したようにベルフを見ている。


「俺が凄いのは当然だ。それはともかく、そろそろ武器と防具を見繕ってくれ。予算は大体二万ゴールドくらいだ」

 そう言うとベルフは、金貨の詰まった袋を店のカウンターに置いた。


「二万ゴールドか。武器は消耗品だからあまり高価じゃないほうが良いな。防具もベルフの体格から言って重いものより軽くて動きやすい方が良いだろう。だとすると数打ちのロングソードと皮の防具一式ってところか」


 店の親父が店内を周ると、安っぽい長剣と、皮製の装備一式を持ってきた。奇しくも、ベルフが故郷の町で武具屋を強請った時に渡された装備と同じだった。


「その装備は初心者へのテンプレ装備なのか?」 

「テンプレと言ったらテンプレだな。元々鍛えている人間ならフルプレードでもいいが、お前みたいなのがいきなり重装備なんて着てみろ。重くて満足に動けないから魔物に嬲り殺しにされるだけだ。だから普通は動きやすい皮装備から入るのが基本だ」


 ベルフは装備を受け取ると四苦八苦しながら着始める。店主の力も借りてなんとか渡された装備を身に着けると、そこには街で見かける冒険者達と比べても見劣りしない、一人の新人冒険者が出来上がった。


「良いじゃねえかベルフ、中々様になってるぞ。後は冒険者ギルドに登録すればお前も立派な新人冒険者だ」


 店主がベルフを褒めてくる。まあ、十中八九お世辞だろうが、それでもベルフはなんとなく嬉しくなった。


「何か気持ちも引き締まってきたな。サプライズよ、これより我らは龍を討つ。準備はできたか」

『何時でもいけますマスター。このサプライズ、龍ごときに後れを取るような真似はしません』


 二人が妄想を膨らませて遊んでいる横で、店主はテーブルに置かれた金貨袋から装備の代金分だけ金貨を抜き取る。用の無くなった金貨袋を店主はそのまま、ベルフに投げ渡してきた。


「ついでに余計なアドバイスもしておくが、宿屋は少し高くてもいいから個室で寝ろよ。安宿の共同部屋は、金を盗まれるか装備を盗まれるかで結局は損するだけだからな」

 おせっかい焼きの本性を見せ始めたドワーフの店主がそう言ってくる。


「うむわかった。このベルフ、いずれこの店を買い取れるだけの金銭を手にして、この度の礼に来ることを約束する」

「いや、買い取るなよ。この店は先祖代々続くウチの店だ。金積まれたって手放さねえからな。それとサプライズの嬢ちゃん」 

 店主がサプライズに話しかける。


『なんでしょうか?』

「ナノマシンってのは珍しいんだ。それこそ価値を知ってる奴は眼の色変えて手に入れようとするくらいにはな。だから、人前ではできるだけベルフと話さないほうが良いぜ」


 実際の所、どんなナノマシンでも、しかるべき所で売り払えばベルフが死ぬまで豪遊できるくらいの金は手に入る。それをベルフにポンとくれたあのジジイは何者だという話だが。

『わかりました、そちらについては考えておきます。ベルフ様共々お世話になったことに感謝します』


 店主とサプライズの会話に飽きていたのか、ベルフがもう待ちきれないといった態度でそわそわしていた。

「もう良いか? 最初は冒険者ギルドで登録だったか、まずはそこに行けばいいんだな」

「おう、もう話は終わったから。とっととギルドに行ってこい」


 その言葉を聞き終わらないうちに、ベルフは店を飛び出した。大通りを急ぐようにして走るその姿は、まさに若い冒険者そのものと言ったところだった。


「あ、そう言えばあいつらギルドの場所知ってんのかな……まあいいか」

 店主はそう言うと、また椅子に座って新聞を片手に暇を潰し始めた。

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