第二十二話 とりあえず反対だった二人
同業者である冒険者を襲うと宣言したベルフに、リリスとミナは呆けていた。
「そもそも、レッドオークと戦うのは経験値稼ぎの為に来ただけであって、それなら相手がベテランの冒険者でも良いと思う。どうせ、俺達はあいつらに狙われるわけだし」
ベルフの目的は最初から一つ。強敵と戦って経験値を稼ぐだけである。それならば、魔物を相手にする必要はない。討伐隊にいる冒険者達も強敵なのだから。
『同意しますベルフ様。実際に、あの冒険者を返り討ちにした経験値だけで、ベルフ様のレベルが上がっています。現在のベルフ様のレベルは七。あれだけで、冒険者の壁であるレベル六を超えました』
冒険者は、レベル六まで到達すれば新人卒業だと言われている。レベルが六ともなれば、弱い魔物はもう相手にならず、街の腕自慢のゴロツキ相手にも負けることもない。戦闘職としての自信がついてくる頃だ。
実際に新人冒険者が無茶を始めるのも、このレベルからだと言われている。リリスとミナが油断をして囁きの森で死にかけたのも、レベルが六まで到達したせいで調子に乗っていた部分があった。
リリスがサプライズの言葉に驚く。
「え、レベル七? あんた、そんなにレベル上がってたの。三週間前はレベル四だったはずよね」
サプライズは満足そうに答える。
『あなた達とベルフ様では才能が違うのですよ、才能が。まあ、私のサポート機能で経験値の取得効率を上げていた事は認めますが』
サラリと自分の功績をサプライズは混ぜてきた。近くにいるベルフに対して、自分も頑張ったよと言う隠しアピールだ。
「六ならまだわかるけど、レベル七って。それはもう一端の冒険者じゃないの」
さて、レベル六と七には壁がある。これは言ってしまえば、弱い相手と戦って上がれるレベル帯か否かの話だ。六までは言ってしまえば、一般人が戦闘に慣れたかどうかの問題である。経験を積み、非戦闘職から戦闘職へと変わるまでの期間だ。しかし、レベル七からは違う。
ここからは強敵と戦ったかどうかの壁だ。自身では敵わない程の相手、もしくは苦戦する状況で戦闘を行い、勝利した時に得られる経験が必要になる。それは、単に弱い魔物を相手し続ければ良いわけではない。強者や苦難に挑み勝利する。それがあって、初めてレベルを上がるのだ。
『だから才能が違うと言ったでしょう才能が。ベルフ様に跪きなさい小娘共』
サプライズが俄然調子に乗る。まあ、ベルフがレベル七になったきっかけは、強敵であるベテラン冒険者が油断して、階段を転げ落ちてKOされたという自爆に近い状況であるから、才能というより運である。
そんな話を続けていると、ミナが真面目な顔で手を上げて意見を言ってくる。
「レベル云々は置いとくとして、冒険者を無差別に襲うのは反対だよ。そんなことしたら間違いなくベルフや私達は、街にいる冒険者から袋叩きに合うからね」
そして、反対意見はミナだけではなかった。
「私も反対。あっちから襲って来るなら殺したとしてもしょうがないけど、こっちから行くなら反対するわ」
リリスも反対の立場を取る。
賛成2反対2のイーブン。会議の場は真っ二つに割れてしまった。
「しかし、お前達がどう思おうと、あっちは俺達を狙ってくるぞ。何と言っても、俺があいつらの面子を完全に叩き潰したからな」
そうなのである。あちらとしても新人の冒険者に仲間がやられて黙っているわけはない。自分たちの面子の為に、必ずベルフ達に報復してくるだろう。
「それなら、あんたが倒した冒険者の仲間だけを倒せばいいでしょ。あんたの話は無差別に襲う前提でしょうが」
リリスはそう言ったが、ベルフはそれに反論する。
「その他の奴らも俺達を必ず狙ってくるぞ。俺は元々あいつらに睨まれていたからな。今頃、俺達を襲う算段でも話しているだろう」
ベルフとリリスの議論が平行線を辿ると、横からサプライズが口を挟んできた。
『それなら、現在、他の冒険者達がどんな会話をしているか聞いて見ますか? 宿主であるベルフ様のレベルが上ったことで、私が使える機能も幾らか強化されているみたいです』
サプライズが空中に探知画面の映像を映し出す。そこには、この階層のマップと、そのマップ上に冒険者を示す青い点が幾つも映しだされていた。
『その画面に映し出されている青い点をベルフ様が指で押して選んで下さい。その人間達が現在、どんな会話をしているか、ここに音声として流します』
リリスとミナはその話を聞くと、顔を引き攣らせていた。
「いや、本当にあんたこれすっごいわね。ナノマシンが王侯貴族しか手に入れられないってのもよく分かるわ」
「何とかして、ベルフからサプライズちゃんを引き離して売れないかな。あの店なら扱ってくれそうだけど少し足元見られるか。でも、それだけの大金があれば一生遊んで暮らせるはずだし」
素直に感心しているリリスと、不穏な事を言っているミナを無視して、ベルフは画面に映っている青い点を適当に指で突っついた。
画面がシュンという音を立てて切り替わると、三人の男性冒険者が迷宮の道を歩いている映像に切り替わった。
『サービスとして、音声だけではなくて、その場の映像も流しておきます。これもベルフ様のレベルが上昇した恩恵ですね』
ミナの眼が鋭くなる。サプライズを売り飛ばして、絶対に大金を手に入れてやると彼女が心に決めた瞬間である。
対して、リリスの方はサプライズが凄すぎて、ひたすら呆れ顔になっていた。
「もう本当に凄いわ。サプライズ、あんた口は悪いけど能力だけはピカ一ね」
『ケッ、お前に褒められたって嬉しくないんですよ!』
そんな会話を続けていると、画面から冒険者達の声が聞こえてきた。ベルフ達は全員黙ると、そこから流れてくる声に耳を傾ける。
「しっかし、リークスのやつも情けねえな。新人の冒険者に負けてやがんの」
「だせえよな。しかも身ぐるみ剥がされて装備も何もかも奪われているしな」
「それにしても、あの新人は気合入ってんな。見なおしたぜ」
「だよな、格上に喧嘩売られてビビらないどころか、あそこで足引っ掛けるのはなかなかできるものじゃねえ。しかも、装備まで奪い取るのは見事だった」
三人は和気藹々と話している。彼等の会話の内容はどちらかと言うとベルフに好意的なものだった。後ろでリリスが、どうよとドヤ顔をしている。彼女の言うようにベルフの考えすぎだったのだ。
「しかし、あの新人の連れていた女二人どう思う?」
「顔はそこそこ可愛かったけど、なんというかなあ。女としては無いよな」
「カリスのところにいる、ルーネの半分でも色気があったら違うんだけどなあ」
「ルーネは良いよな。あのガキ二人とはぜんぜん違う。なんというか凄いな」
「わかるわ」
そのまま三人が会話を続けている。
それを聞いていたベルフは、なるほどと一つ頷くと、自分の非を認める。
「なるほど、確かに俺の考えすぎだったようだ。これなら冒険者をわざわざ襲う必要もないな。当初の予定通りレッドオークを狩るか」
『ですね。相手が、こちらと戦う気がないのなら無視しても良いですね』
ベルフとサプライズの二人が今後の予定を確定させると。
「なに言ってんの、あいつら殺るわよ」
怒り怒髪天といった表情のリリスとミナがそこにいた。
「駄目だよリリス。まずは、あいつらのを焼かなきゃ」
何をとは言わない。何処をとは言わない。ミナは無表情で殺意だけを漲らせていた。
二人に少し気圧されながら、ベルフは冷静に意見を言う。
「いや、でもこれなら戦う必要もないんじゃないか?」
しかし、ベルフの言葉は二人には届かない。
「何いってんの、あんたそれで冒険者やってるつもり。敵の知り合いは敵なのよ。全員ぶっ殺すわよ」
リリスは大胆な切り口で冒険者と言う物を語ってきた。
「そうだよベルフ。敵の名前を知っている人も敵なんだよ。だからあいつらも同罪だよ」
ミナは、そこからもう一歩踏み込んだ価値観を語ってきた。
リリスとミナの女性としてのプライドを酷く傷つけてしまった画面向こうの三人。彼等の知らない所で、二人の女性が怒りに燃えていた。生まれながら理性が壊れているベルフでも、さすがに怒れる女性ほどではない。彼女達の説得は不可能だ。
「何だこいつらは!!」
と、そんなやり取りをベルフ達がしていると画面の向こうから大声が聞こえてきた。
「昨日の間引き組は何やってたんだ。何でこんなにオークがいる」
「よく見ろ、こいつらオークだけじゃない。複数の魔物からなる混成部隊だ」
「はあ? 何で複数の魔物達で徒党を組んでいるんだよ」
急な事に画面向こうの冒険者達が慌てている。彼等三人は互いに背を合わせて、死角を防ぐと周りの魔物達と戦う準備を始めた。さすがはベテランと言う所だ、慌てていても最善の行動を取れるらしい。
ここからがレッドオーク討伐戦、本当の始まりだった。




