第二十一話 ベルフの意見
沈黙の洞窟地下二階、迷宮層の中をベルフ達は走り続けていた。
道中にいる魔物達をサプライズの探知機能で避け続ける事、十数分。ベルフ達は小さな部屋にたどり着いた。
そこは、部屋と言っても扉や調度品などはない。ただ、部屋に入るための入り口と、人が数人寝転がっても十分な程度の空間しかない。
この場所は昨日、迷宮の中を探索している時に見つけた部屋だ。ベルフ達はここを拠点として、今日のレッドオーク討伐のために動くと昨日の内に決めていた。
部屋の中に入るとベルフ、リリス、ミナの三人は床に座ると一息つく。
リリスは、鉄の胸当てを着込んでいるからだろうか。ポニーテールでまとめた髪が、少しボサボサになったのも気にしないで、走り疲れた息を座りながら整えている。対して、ミナは、白いローブと杖の軽装だから、それほど疲れてなさそうだ。
ベルフは機嫌が良さそうに言ってきた。
「幸先が良いなサプライズ。お前達も見ろ、この装備は中々使えるぞ。特にこの剣と来たら一目で業物だと分かるほどだ」
ベルフが、先ほど冒険者から奪った剣をリリス達に見せてくる。剣は黒色の刀身をした両刃剣だった。その刀身の無骨さとは対照的に片手でも扱えそうなほどに軽い。
「ちょっと待って、ちょっと待って。あんた、なんで周りの冒険者に喧嘩売ってんのよ。どう考えても、あの冒険者の仲間が私達へ報復に来るでしょうが」
リリスが、ベルフに文句を言ってきた。しかし、そのリリスをミナが宥める。
「それは違うよリリス、喧嘩を売ってきたのはあっちだよ。邪魔だから仕事を降りろだなんて、冒険者同士なら殺し合いになっても仕方ないくらいの侮辱だよ。むしろ、ベルフの対応は甘すぎるくらいだからね」
ミナの言い分を聞いたリリスだが、それには納得しない。
「状況って物があるでしょ。逃げ場のない、この迷宮の中で自分達より強い相手に、殺し合い寸前の喧嘩にまで発展させてどうするのよ」
二人の意見を特に聞いていなかったベルフは、マイペースな調子で先程の剣をリリスへと手渡した。
「これはお前が持っていたほうが良いな。俺は今持っている物で十分だ」
リリスは、手渡されたその剣を見た。確かに業物である。剣士としては喉から手が出るほど欲しい物ではあったが、手に入れた経緯が経緯だけに納得は行ってないようだ。
「私、家族以外の男の人からプレゼントされたのって初めてなんだけど。相手がベルフでしかも、貰った物は強奪品。なんだろう、凄く大事な何かを穢された気がするわ」
リリスが額に手を当てて悩んでいると、そこにサプライズが話しかける。
『ごちゃごちゃうるさい女ですね。良いんですよ、喧嘩売ってきたのはあっちなんですから。これは慰謝料ですよ慰謝料。冒険者同士の喧嘩は負けたほうが悪いんですよ』
サプライズの言うことは事実である。これが町人同士であるなら別かも知れないが、冒険者同士でのいざこざなど、周りから見れば負けた奴が悪いで終わるような物だ。兵士や官憲だって動くことはない。
「そうだよリリス。新人冒険者ならまだしも、そんな世界だとわかっているはずのベテランが先に喧嘩を売ってきて、しかも返り討ちにあったんだから、これは正当な報酬だよ」
ミナからの説得に、リリスは渋々ながらも、その剣を使うことにした。手に握ってみると、不思議なほどリリスの手に馴染んだ。
「こちらの防具の方は俺が使うとしてだ。とりあえず荷物の確認と行くか」
三人は、荷物袋の中から食料や水、各種の薬草品などを取り出してきた。数日分は問題なく洞窟の中で過ごせる量はある。
そして、三人が荷物の確認をしていると、冒険者から奪い取った先程の物品の中に見慣れない石があるのを見つけた。
ベルフが石を手に持ってみていると、ミナが驚きの声を出した。
「あ、それ結界石だ。学校の授業で一度だけ使ったことあるけど、凄いレアなんだよそれ」
「結界石? なんだそれは」
「一定時間、誰も通れなくなる壁を周囲に発生させるんだよ。魔物に襲われたり、休憩したりする時に使うものだね」
ベルフが結界石を調べる。石を起動させる装置などは特に見当たらなかった。
「どうやって使うんだ?」
「これは魔力を通さないと使えないからね、ちょっと貸して」
ミナがベルフから結界石を渡されると、石に魔力を通す。魔力が通った結界石が、その機能を発動させると、ベルフ達を囲むように高さ数メートルの光の壁が発生した。ベルフが、その壁をペタペタと触る。本当に物理的にその壁が存在しているみたいだ。
「これは凄いな。それで、どうやって解除するんだ」
「五分くらいしたら自然に無くなるよ。あくまでも緊急時に休むために使う物で、稼働時間そのものは短いから」
そうしている内に、周囲に発生していた光の壁は薄く消えてなくなっていった。効果時間が切れたのだ。
「不意を突かれて魔物に囲まれた時に重宝しそうだ。ミナには、この結界石を預けておく。危険だと判断したら即座に使ってくれ」
希少な物品を手に入れて、ご機嫌がよくなったベルフ。
手持ちの確認も丁度終えたので、今後のことについて話を始める。
「さて、ではこれからについてだが――レッドオークより冒険者達を襲ったほうが良いのでは無いかと思い始めたんだが、どう思う」
ベルフ・ロングランは生まれながらに理性が壊れていた。




