第十九話 合流
ベルフは探知画面を見ながら、リリスとミナらしき二人組へと向かって迷宮の中を歩き続けていた。時に分かれ道を右に、時には左へと迷宮の中を進んでいくと、ベルフはとある一本道にやってきた。
「ここで良いのかサプライズ」
『はいベルフ様。二人は必ずここを通ります。後は二人が来るまで待っていましょう』
サプライズの言葉を聞いてどっこいしょとベルフは地面に座り込んだ。特にやることもなく暇だったので、探知画面に映しだされているリリスとミナらしき青い点の動きをベルフは眺める。
その二人組は道に迷っているのか不可思議に動いていた。来た道を逆走する事もあれば、同じ道を何度も通っていたりしている。
「こいつら道に迷ってるな」
『ですねー』
二人とは対照的に地面に座りながら穏やかに休んでいるベルフ。二人が迷っているからと言って助けに行こうとは微塵も思っていない。ここで待っていれば、いずれ二人は来るのだ。ならば、すれ違いにならないようにこの場所にいたほうが良いと判断していた。
そんなわけで、天上人が下界の人間の有様を笑いながら観戦する程度の気持ちで、ベルフは画面に映しだされている二人組みを応援している。持ち前の無気力さと傲慢さがここに来て、ちらちらと頭を出して来た。
「うん?」
そうして観戦している内にベルフが疑問の声を発した。
先程までの無気力な眼付きとは違って、ベルフは画面をじーっと眺めている。その視線は、リリスとミナと思しき二人組ではなくて、魔物を示す側の赤い点を眺めていた。
数分ばかり探知画面を眺めた後に、ベルフはサプライズに質問する。
「サプライズ、この魔物達は組織だって動いてないか?」
ベルフが空中に映しだされている探知画面の、とある場所を指差す。ベルフが指し示したのは、リリスとミナを追っている魔物達ではなくて、その二人の逃げ道を邪魔するように動いている周囲の魔物達だ。
『言われてみれば、魔物達が妙に連携してますね。少し調べて見ますか』
ベルフの左腕に巻いているリストバンドが光輝く。このリストバンドには、サプライズの拡張機能が幾らか内蔵されている。サプライズの発声機能もそうだが、現在、探知画面を空中に映し出している映像機能も、その一つだ。そして、その拡張機能の中には探知機能で調べた過去のデータを蓄積する部分も含まれている。
少しばかりの時間、サプライズが無言になる。探知機能で調べた、過去のデータを参照しているのだ。ナノマシンである彼女は、本来ならベルフの体内に宿るだけの存在である。喧しくお喋りをするような存在ではない。つまりは、この沈黙の状態が普通なのだが、ベルフは静寂になった洞窟内で少しだけ寂しさを覚えた。
発光していたリストバンドの光が収まるとサプライズが喋り始める。
『間違いなく魔物達は連携してますね。二人が逃げる道を邪魔して時間稼ぎをしています』
サプライズの言葉にベルフが立ち上がる。探知画面を見ると、リリスとミナと思しき人間達が道の先からこちらにやってこようとしていた。
「サプライズは周囲の魔物を警戒していてくれ。俺達も魔物達に囲まれるかもしない」
ベルフは一本道の先に視線を固定する。道の先から、タッタッタッと言う誰かが走ってくる音が聞こえてきた。それと、走り続けて息を切らしている音もだ。
そうして待っていると、女剣士と女魔術師の二人組がベルフの方へとやってきた。リリスとミナだ。走り続けていた二人がようやくベルフに気づくと、リリスが開口一番、疑問の声を出した。
「ベルフ、あんたなんでここにいるの」
驚きを口に出したのはリリスだけではないミナもだ。
「もしかして、ギルドでの事を逆恨みして仕返しに来たの?」
二人は警戒するようにベルフを見つめている。
しかし、当のベルフは二人が怪我もなく、魔物達から無事に逃げ切れていた事に安堵すると、懐から二枚の紙を取り出した。
「まずはこれを見ろ。残りの事情は後で、俺とサプライズが説明してやる」
いつも通りの表情でベルフはそう言った。
『そういう訳で、間引き組の期限は明日ではなくて今日のギルドの終業時間まで。つまり、あと八時間ほどしかありません』
ベルフ達は現在、迷宮の中の一角で座り込んで話をしていた。周囲の魔物をサプライズが警戒しつつ、彼女がベルフに代わってリリスとミナに事情を説明している。
ベルフは、二人に分かりやすく説明する為、ギルドに置いてあった間引き組と討伐組の記入用紙を持ってきている。その二枚を比べる事で、とある情報が初めて大事だとわかるのだ。
討伐組はギルドの始業時間前である、明日の早朝七時に出発する、と言う情報がだ。
リリスが、討伐組の記入用紙を片手に、わなわなと震えていた。
「レッドオークの討伐組は冒険者ギルドの始業時間前の早朝七時に出発すると、ここには書かれているわね。で、間引き組の用紙には……」
リリスの言葉にミナが答える。
「間引き組は討伐組が出発する前に、オークの右耳三つをギルドへ提出すると書かれてるね。ギルドヘの提出だから当然、ギルドの業務時間内じゃないと提出するのは無理だよ」
そう、ギルド側が報酬をケチる為に用意した罠はこれであった。
まず、レッドオーク討伐組が出発するまでに、通常のオーク三体を倒した証明としてオークの右耳三つをギルドへ提出すれば良い、と間引き組に説明しておく。次に、レッドオーク討伐組をギルドの始業時間前に出発させるのだ。
当然だが、冒険者側がオークの右耳三つをギルドヘ提出するにはギルドの業務時間でないといけない。業務時間以外にギルドへ行ったとしても、ギルドそのものが閉まっているからだ。
つまり間引き組の依頼期限は、明日のレッドオーク討伐組が出発する時間まで、ではない。正しくは、討伐組が出発する前にギルドが業務している最後の時間まで、である。
「こんなの詐欺じゃない!!」
リリスが怒る。その怒りは確かに正当なものだった。ミナもリリスの怒りに同調しているのか、怒りで顔を真っ赤にしていた。
しかし、そんなリリス達にサプライズが厳しい意見を浴びせる。
『確かに詐欺ですね。ですが書類上、嘘はついていません。それに報酬の額から言っても妥当な難易度です。レッドオーク討伐が成功した場合、合計で四万ゴールドも手に入るのですよ? これは冒険者の一ヶ月の稼ぎを凌駕します。それがたった一日の依頼で手に入るのですから不当な難易度とは思えませんね』
これはサプライズが嫌味や煽りで言ってるわけではなかった。彼女の素の意見だ。そして、その意見に正当性が少しは感じられたのだろう、リリスは黙ってしまった。
黙ってしまったリリスに代わって、今度はミナが喋り出す。
「それにしてもベルフは良く、あんな短時間で、このからくりに気づいたよね。討伐組に変更したのも、それが理由なんでしょ?」
ベルフに対して、なんでこいつはギルド側の詐欺行為に気づいたんだという疑問の視線をリリスとミナはぶつけてきた。この男、こんなに頭が良かっただろうか?
しかし、当のベルフは何言ってんだこいつらと言う表情でその視線に応えた。
「何を言ってるんだお前は?}
ベルフは、わけわかんねーと言う声色でミナに返答する。
その答えに混乱したのはミナ達の方である。
「え? 違うの?」
ミナの言葉にベルフは頷く。
「俺がギルドの思惑に気づいたのは、討伐組への参加を紙に書いた後だぞ? そういえばこうだったなーと、ギルドに用紙を提出した後で分かったんだ」
呆気に取られている二人に向かってベルフは言葉を続けた。
「俺がレッドオークと戦うのは強敵と戦って得られる経験値稼ぎのためだ。そして、その手伝いをお前達にもしてもらう」
ベルフからの絶望の追加情報が二人へと告げられた。