第十八話 地下二階
沈黙の洞窟、第二階層へと降りるための階段は完全な人工物と言えた。階段を形作る一つ一つの段は、綺麗に高さを揃えて作られている。七~八メートルほどの横幅と成人男性でも余裕を持って階段を登り降り出来る空間の広さは、利用するにあたって何一つ不便を感じさせないだろう。自然に作られた断層とは違う、利用する人間を気遣う何かの意図がそこには感じられる。
ベルフはその階段を降りて第二階層へ到着すると、急に明るくなった事に驚いて辺りを見回す。一階とは違い、空間自体はそんなに広くはない。人が七、八人同時に通れるくらいだ。周りは、レンガのような石造りの壁や天井で構成されている。その壁をよく見ると、発光する不思議な石が幾つか埋め込まれていた。これが、この明るさの正体みたいだ。
「一階とは違って、ここでは松明が必要ないみたいだな」
ベルフは手に持っている松明を床に放り投げる。石造りの壁や天井とは違う、土でできている床の上へ松明が無造作に捨てられた。
『確かに、松明はもう必要ないみたいですね。ですが、魔物の数も一階と比べて非情に多くなっているようです』
サプライズが探知機能で調べた結果を空中に映像として表示する。そこには、魔物を示す赤い点がこれでもかというほどひしめき合っていた。他にも青い点がチラホラとあるが、これは魔物退治に来ている冒険者達だろう。
ベルフは映像を見ると、現状を把握する。
「リリスとミナらしき反応は、ここから北東に進んだところか」
ベルフがリリス達の元へ行こうと歩き始めると、何かに気づいて歩みを止める。ベルフの正面十メートル近く先の十字路で魔物が一体、立ちふさがってベルフ達を見ていた。
成人男性ほどの大きさのその魔物は、二足歩行で歩くトカゲのような姿をしていた。背中や腕などにはびっしりと緑色のウロコで覆われている。唯一、腹の部分だけは白い肌が剥き出しだったが、鱗の代わりに異常に盛り上がっている腹筋は、単純に弱点とは呼べそうになかった。
爬虫類独特の感情のこもっていないその魔物の眼に、ベルフ達は少しの不気味さを感じていた。
『リザードマンですか。ベルフ様、注意して下さい、リザードマンの爪は毒の塊です。下手をしなくても少しかすっただけで致命傷にもなりえます』
リザードマンは両手をぶら下げている。手にはなにも持っていなかったが、手に備わっている爪は、一本一本が小型のナイフのように鋭い。そして、その爪は黒ずんでいた。これが爪に備わっている毒なのだろう。
「あんなに爪が長くては普段の生活も困るだろう。あいつらはどうやって生活しているんだ?」
『普段の生活では、リザードマンは爪を体内に引っ込めているんですよ。リザードマンは敵を見つけた時だけ爪を外に伸ばすんです。つまり、今はベルフ様を敵として見ているってことですね』
余裕の態度を崩さないベルフだが、意識は先程から目の前のリザードマンに集中していた。当のリザードマンはベルフに向かってジリジリと近寄ってきているのだ。
相手がやる気だと見て取ったベルフは、腰からサーベルを引き抜くと剣を構えた。リザードマンの方はベルフが臨戦態勢に入ったことで、歩くのをやめて走る速度でベルフに突進を開始する。
鱗の部分に剣を当てても効果は薄い。やるのなら、ベルフは鱗のない腹を剣で切るべきだ。しかし、リザードマンの方もそれは読んでいた。
身体を屈めて、さらに腹部に両手を当ててガードしている。腹部への攻撃が狙いづらい上に、腕に生えている鱗は単純な剣撃など跳ね返してしまう。まさに鉄壁の構えだ。
腹部への攻撃が不可能と判断したベルフは剣を斜め上に構える。狙いは鱗に覆われているリザードマンの首だ。
対してリザードマンの方は、自身の防御に自信があるのだろう。ベルフの攻撃の構えを見ても突進を止めなかった。このまま一撃を受ける覚悟でベルフを仕留める算段だ。
ベルフは一歩踏み込むとリザードマンの首めがけて剣を振り下ろす。ベルフだけの力であれば剣が鱗に弾かれるか、攻撃が通ったとしても傷が浅い為に、リザードマンを倒すことは不可能だっただろう。しかしベルフにはサプライズがいる。
ベルフの踏み込んだ足が、ドンッという音を立てて地面を揺らす。振り下ろした剣速は、低レベルの冒険者が出せる領域の遥か先を行っていた。サプライズの支援能力である、肉体強化の結果である。
ベルフの振り下ろした剣は、鱗ごとリザードマンの首どころか上半身を斜めに両断した。そのまま二つに別れたリザードマンの身体は勢い良く、地面へと突っ伏す。誰が見てもリザードマンは絶命していた。
ベルフは額から流れる汗を手で拭うと、剣を鞘にしまい込む。
「ふむ。ここ数週間のレベル上げは無駄ではなかったようだな」
『お見事ですベルフ様』
サプライズの喜びの声を上げる。ちなみに、今の戦闘シーンはサプライズに搭載してある記録機能によって、映像と音声付きで保存されていた。彼女個人で楽しむためにだ。
『今なら、私のサポート能力無しでも、あの雌豚にも負けないでしょう。たった数週間でベルフ様に追い抜かされたと知ったら、あの女がどんな顔をするのか今から楽しみです』
数週間前に、リリスとの試合でベルフが負けたことを未だにサプライズは根に持っていた。それはもう、末代まで祟るほどの恨みつらみと言っていいほどだ。その悔しさをバネに、この数週間、サプライズはベルフのレベル上げを全力でサポートしていた。
しかし、ベルフの方はサプライズの言葉に良い顔はしていなかった。
「サプライズ抜きでリリスに勝つにはまだ早いな。まあ、それもレッドオーク討伐が終わるまでの話だが」
こういう部分だけはベルフは冷静だった。
『確かに。ベルフ様がレッドオーク討伐を目指すのは、そもそもお金じゃありませんからね。なんといってもベルフ様は』
と、そこで空中に映しだされている探知画面に動きがあった。魔物と戦っていたリリスとミナらしき二人組みを示す青い点が、魔物に追われているのかこちらに向かって移動している。
「話はここまでだなサプライズ。囁きの森の時と同じで、またあの二人はピンチらしい」




