第十七話 沈黙の洞窟
沈黙の洞窟は、囁きの森と同じ低難易度のダンジョンである。
ライラには数百人近い冒険者がいるが、その大半は囁きの森とこの沈黙の洞窟を中心に活動を行っていた。
それは、これらのダンジョンの難易度が低い事もあるが、囁きの森と沈黙の洞窟には、それだけの冒険者を賄える程のキャパシティがあるからだ。
まず、囁きの森はその名の通り森である。ライラ東部に広がるこの広大なダンジョンは、ライラが所属している国の、東部全域に広がっていた。低難易度ダンジョンと呼ばれているのも、あくまでもライラ近くの森部分は低難易度だと言うだけだ。
では沈黙の洞窟の方はどうか。こちらは古代の遺跡に属するものである。とは言っても高度な機械文明などではなく、その内装は一見すると普通の土と石で作られた広大な洞窟だと言っていい。しかし、洞窟内に充満している、そのマナの量が違った。
マナとは大地、もしくは星のエネルギーと呼ばれている物質だ。そして、マナは、この星に存在している全ての魔物達のエネルギー源でもある。普通は食事等でそれらのエネルギーを体内に取り込み、魔物たちは生きる為の糧としていた。
そのマナが沈黙の洞窟内には、あふれるばかりに充満しているのだ。
これだけの高濃度のマナが充満している洞窟内である。洞窟の中にいる間、魔物達は何も飲み食いしなくても、生きていく為のエネルギーを空気中のマナから自然と摂取できた。例え数年、いや何十年、何百年もの間、一切の水や食料を摂取しなかったとしても、魔物達は餓死もしなければ水分不足で死ぬこともないのだ。
更に、それだけではない。洞窟内に落ちている鉱物の類いは、高濃度のマナに晒され続けた結果、貴重な魔石へと変わっていた。ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト、ヒヒイロカネ。滅多には見つからないが、これらの一級品の魔石も沈黙の洞窟内から発掘されることもある。
とある高名な冒険者は、古代の人達は貴重な魔石の生産地として沈黙の洞窟をマナの溢れる場所に作りあげたと主張していたが、それは確かではない。確かなのは、ここが魔物にとっても人間にとっても、非情に価値のある場所だということだ。
その特性のために、住居と生活の場として洞窟外から多数の魔物達が。貴重な魔石の類を集めに多くの冒険者達が。冒険者と魔物、彼等にとっての理想の地と言って良い場所。それが沈黙の洞窟である。
ライラの街、正門から出ること数分。多数の馬車が通り過ぎる街道から少し逸れた場所にそれはあった。
地下へと続く広大な洞窟の入り口。その洞窟の入口を形作る石作りの外壁は高さ十メートルはあるだろうか。まるで、地面から巨大な口が突き出てきて、口を大きく開けた様な外見のそれは、沈黙の洞窟への入口である。
道の横幅は商隊どころか軍隊でも通れる程に大きかった。その巨大な道が、薄暗い地面の奥深くまで続いている。仄かに光っているのは洞窟内に存在するコケの類いのおかげだろうか。月明かりの夜道程度には、光が確保されているようだ。
その沈黙の洞窟内で、ベルフは一人、リリスとミナを探していた。
左手に松明を持ちながらベルフは洞窟内を歩く。剣は腰の剣帯に鞘ごと差し込み、防具品である皮製の装備一式を身につけていた。
「サプライズ、リリスとミナの居場所はわかるか?」
『現在、二人の生体反応と合致する生物を探しておりますが、少々手こずっております』
サプライズは、生命探知の機能を使って二人を探していた。空中に探知画面の映像を映し出して、周囲の人間や魔物の場所を表示している。たまに、ピッピッと音がして画面が切り替わっていた。精査中の探査場所を変えて、リリスとミナを特定しようとしているのだ。
サプライズが二人を探している間、ベルフは周りの景色をキョロキョロと見ていた。
「しかし、思った以上に道が広いな。おかしな洞窟だ」
ベルフがそう呟く。
当初、入り口の高さや広さは最初だけ広く高くて、奥へ行くにつれて徐々に狭くなるとベルフは予想していた。だが、その考えとは裏腹に、地下深くへと続くこの道は、一向にその広大さを縮ませることはなかった。
『恐らくですが、この洞窟を作ったのは私を作り上げた古代の文明と同じでしょう。壁の崩落している箇所などが全く見つからないことも考えると、何か洞窟全体に仕掛けも施してありますね。もしかしたら、周りの石や土も普通ではないかもしれません』
ベルフは足を止めると、石でできた壁に手を当てて少しだけ軽く殴ってみる。コンと言う鈍い音がするがそれだけだった。
「特に変わった所はないな」
ベルフはもう一度その壁に手を当てて調べてみる。と、その時に壁が少しだけ崩れて、小さな石ころが、ベルフが手を当てた箇所から地面へと落ちてきた。
壁には小さな石ころが無くなった、その分だけ小さな欠損ができている。が、少しすると、その箇所を埋めるように壁が少しだけ盛り上がってきた。後には、欠損する前と全く同じ状態の壁がそこに存在している。
『なるほど、壁そのものに自己再生の魔術形式でも埋めているのですか。経年劣化もしていない事を考えると、システムの保全に私と同じナノマシンも使っているかもしれませんね』
ベルフはサプライズの言葉を聞きながら、地面に落ちた先程の壁の石を手に取る。
「これが壁部分の石か。普通の石にしか見えないが」
石を手にとって調べるが、特に変わったところは見られない。
『一度壁から離れればそれは普通の石ですよ。もしかしたら何か貴重な鉱石かもしれませんが、あくまでも壁を作る為に周りの鉱石から集めたものです。もう再生の魔術は掛かっていないでしょうね』
ベルフはその石ころを腰につけている道具袋の中に入れる。記念品として、その石ころが気に入ったみたいだ。
「さて、それでリリスとミナは見つかったか?」
『すいません。どうにも、この場所は空気中のマナの量が多すぎて探知機能の精度が悪くなるようです。もう少し二人に近づかないと見つけるのは難しいかと』
サプライズが申し訳なさそうに言ってくる。探知機能は周囲の情報を精査して状況を把握する機能だ。しかし、この場所はマナの量が多すぎるために、集めてくるその情報に多数のゴミ情報が混ざっていた。
分かりやすく言えば、とある音楽を聞こうとしている時に周囲から雑音が聞こえてくるようなものだ。音楽は二人の居場所で、雑音はマナである。しかもマナの量が多ければ大きいほど、この雑音が大きくなると言うわけだ。
『全く、忌々しいものですねマナとは。これさえなければベルフ様を困らせることもないと言うのに』
サプライズの怨嗟の声を聞きながら、ベルフは空中に映し出されている探知画面を黙って見ていた。探知画面がピッピッと切り替わっていく中で、ある画面を写した時にベルフが声を上げた。
「サプライズ、ストップ。その画面で止めてくれ」
ベルフの声を聞いたサプライズが、切り替えていた探知画面の映像を、ある場所で止める。それは、ベルフのいる場所から真下、沈黙の洞窟地下二階部分のマップ画面だった。
『この画面は、地下二階部分ですね。地下二階へは、ここから北に七百メートルほど進んだ場所にある階段から行けます。道幅や広さも一階部分と違って、二階は小さくなっているみたいですね』
ベルフは探知画面の、とある場所を指差した。そこには三つの赤い点と、それに相対している青色の点が二つある。魔物が三体、人間が二人その場所にいる証拠だ。
「これが恐らく、リリスとミナだ。二人組の上に、前後に分かれて前衛一人が三体の魔物と戦っている。前衛職と後衛職に分かれている証拠だ」
ベルフは、そう推理した。
『初めて会った時も、あの二人は横隊ではなく前衛後衛の縦に分かれて戦ってましたね。なるほど、前衛職二人ではなくて前衛と後衛の二人組と言うわけですか。あの二人の可能性は高いです』
サプライズも同意の言葉を上げる。
「外れたらまた探せばいい。とにかく一番怪しそうな、ここから探しに行くぞ」
ベルフはマップの地点を目指すために駆け足で、その場から移動を始めた。沈黙の洞窟地下二階、迷宮層。かのレッドオーク達が住む、その階層へと向かって。