第十四話 非を認める
ベルフがリリス宅に寄生するようになってから三週間後。ついに、レッドオーク討伐の日が来てしまった。
冒険者ギルドには大勢の冒険者が集まっている。彼等は賞金首のレッドオーク討伐の為に集まってきた勇者達だ。
鍛えられた体を持った男の剣士。見た目は麗しい女性でありながら、強者の雰囲気をまとっている魔術師。清楚で自信に満ち溢れている癒やしの使い手である女性の僧侶。
賞金首討伐という事も有り、腕に自信のある冒険者達が集ってきたのだ。しかし、ここにいるのはそんな強者ばかりではなかった。
ギルドの隅っこの方に、うだつの上がらなさそうな冒険者達がいる。
彼等は先に述べた冒険者達と違って好き好んで賞金首の討伐に参加したわけではない。何らかの理由で、例えばギャンブルや冒険中の怪我などで金銭的に身を崩してしまった人間達。冒険者の中でもロクデナシと呼ばれる者達だ。
そんなロクデナシ共の中に一人の男が居た。
ボッサボサの髪に無気力な目付き。そこそこ使い込まれている皮の鎧等の皮製の防具一式。剣はどこぞで買ってきた安そうな新品のサーベル。どこからどう見ても強者やら精悍やらの言葉が似合わない一人の青年。そう、その男こそ、この作品の主人公であるベルフ・ロングランである。
そのベルフは、何故かその場に居る知り合い二人を訝しながら見ていた。
「何でお前らがここにいるんだ?」
ベルフは、その知り合いの女性冒険者、リリスとミナの二人にそう質問した。
リリスは完全装備でその場にいた。鉄製の胸当てに小手や脚あて。使い込まれたロングソード。髪は動きやすいようにポニーテールで後ろに縛っている。
ミナは白いローブにフード。魔術に使う為の杖は、茶色の色が濃い硬そうな木の杖だ。こちらもやはり、冒険に行く為の完全装備である。
さて、予定では、レッドオーク討伐はベルフ一人で行うはずだった。しかし、目の前にはベルフの仲間、もとい手下のリリスとミナの二人がいるのだ。これはベルフが疑問に思うのも当然だ。
そして、疑問に思ったのはベルフだけではない。ベルフの従者である、ナノマシンのサプライズも、二人に話しかけてきた。
『数日前から少し様子がおかしいと思っていたのですがこういうことですか。なんですか? 討伐隊の参加料の一万ゴールドが欲しくなってきたのですか? 卑しい女達ですね』
サプライズは、宿主であるベルフが装備しているリストバンドを通して、二人をそう煽ってきた。平坦な機械音声に相手がイラつく言葉を的確に乗せている。その挑発は匠の技を思い出させた。
「うるさいわね、私達だってこんな所に来たくなかったわよ。でも、お金が……お金が……畜生、叔父さんめ!!!」
激昂しながらもリリスは事情を話し始めた。いまリリスが住んでいる家は、元々は彼女の叔父に当たる人間の持ち家なのは周知の事実だ。問題は、その家を持ち続けるための住民税というか固定資産税を叔父が街へ払っていなかったらしい。
数年の未払いにしては、額自体はそう多くない。せいぜいが二万ゴールド程度だ。問題は期限の短さ。今月末までに規定の額を払えなければ、家の所有権をリリスは失ってしまうらしいのだ。
これが月単位の猶予があるのならまだしも、月末までは今日を入れてもあと三日しかない。リリスが事情を聞いたのは今から一週間前であるから、十日で二万ゴールド稼げと言うわけだ。これは冒険者には、ちょっときつかった。
しかも、同居人が頼りになるイケメン勇者様なら、リリスも安心して相談できただろう。頼りにも出来ただろう。しかしリリス宅の同居人はベルフである。役に立つどころか、逆に余計なことをして更に問題が悪化するかもしれない。
リリスは、ぎりぎりまでベルフに事情を隠して、ミナと一緒に魔物退治をしていたのだが、やはり間に合わなかった。そうして、進退窮まったリリスはこうして賞金首討伐に乗り出してきたわけだ。
事情を一通り聞いたベルフは、二人に問いかける。
「ほーん。で、リリスはわかったけどミナはどうしてここに?」
「私もちょっと家の事情で学費がきつくなって。むしろ、リリスよりやばいかも……」
ミナがため息を一つ吐く。こっちも事情が深そうだった。
「でも、ベルフが言ってたように最低でも一万ゴールドは手に入るんだから悪くはないわね。それだけあれば、最悪でも私の装備品を質に入れれば……」
ベルフが前に話していた、参加するだけで一万ゴールドの話について、リリスが皮算用を始める。と同時に、隣から冒険者たちの話が聞こえてきた。
そこでは髭面のおっさんと、スキンヘッドのおっさんが会話していた。
「参加するだけで一万ゴールドだからよ。オーク達とまともに戦わなければいいんじゃねえか」
スキンヘッドのおっさんが自信満々に言うと。
「甘いぜ。ギルド側だってそこは想定済みよ。いつも甘い条件を依頼用紙に書いて、後になって追加の条件を付け加えてくるんだ」
髭面のおっさんがスキンヘッドのおっさんの意見にそう返すと、言葉を続けた。
「しかも、厳しいか厳しくないかの絶妙なラインで追加の条件を入れてくるんだ。依頼をキャンセルさせない程度のな。ギルドの奴らを甘く見るなよ。あいつら俺達の事なんて体のいい道具としか見てないぜ」
スキンヘッドのおっさんは、その言葉を聞いて不機嫌そうに言う。
「ちっ、そんな甘くねえか。まあ考えてみればギルドの奴らがそんなに気前がいいわけねえか」
二人の冒険者はまた話しを続けるが、リリスの方はそれどころではない。自分の考えていた一万ゴールド運用の皮算用が潰れてしまった記念すべき瞬間だからだ。そして、二人の冒険者の話を聞いていたのはリリスだけではない。
「ふむ、やはりそんな美味しい話は無いみたいだな。ギルドを少し甘く見ていたみたいだ」
『ですね。荒くれ者達を相手にしている組合が、そんな甘いわけないですもんね』
同じく、二人の冒険者の話を聞いていたベルフとサプライズが、客観的に自分たちの非を認めていた。自分達の想定していた状況が間違っていれば、すぐに過ちを認める。人として誠実な対応だ。ベルフ達の言葉に惑わされた、リリスみたいな人間はどうするかだって? 知らん、それは自己責任だ、全面的にリリスが悪い。
ショックを受けてうなだれているリリスをミナが慰めていると、ギルドのロビーがざわつき始めた。そろそろお遊びの時間は終わりのようだ。
ロビーの真ん中に小柄な女性職員がやってくると大声を上げる。
「ではみなさん、これからギルドマスターが来ます。その後にレッドオークの討伐開始です。ではギルドマスター、こちらにどうぞ」
女性職員の、その言葉を聞いて、その場に居る全員の視線が、こちらに歩いてくる一人の女性に突き刺さる。
その女性は、露出の激しい赤いドレスを着た、二十才くらいのエルフの女性だった。ウェーブの掛かった金色の髪を背に流した絶世の美女だ。
「皆さん初めまして、ギルドマスターのララです」
その場に居る大多数の男が惚ける中、ギルドマスターのララはそう言った。




