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第一話 ベルフ君追放される

 とある街の公園で、一人の青年がボーッとベンチに座っていた。 

 年齢は十八歳前後、外見は気の抜けた顔に、ぼっさぼさの黒髪。身にまとっている服は、よれよれになった高価な貴族用の服。


 青年は、真っ昼間の公園で、特に何するでもなく、遊んでいる子ども達を見つめていた。誰がどう見ても不審者そのものだ。


「さて、どうするかなー」


 そんな不審者オーラ全開にして、独り言を呟く彼の名前は、ベルフ・ロングラン。この作品の主人公にして、つい先程、父と兄から家を追い出された、うつけものだ。


 

 ベルフという人間について、この街に住んでいる人間なら全員が口を揃えて、こう言うだろう。領主様の次男、ベルフ・ロングランはロクデナシだ、と。


 ベルフは、高貴な貴族のくせに、勉強は真面目にやらない。稽古事はサボる。貴族同士の友人付き合いも特に持っていない。

 いつも、館にいるメイドに手を出そうとしては周りに迷惑をかける。屋敷に居ない時は居ない時で、街の酒場に入り浸って享楽にふけていた。


 まだ十八の若さでありながら、中高年に差し掛かったアル中もびっくりと言う程の、穀潰し生活を送っていたのだ。


 そんなベルフの行状の悪さを受けて、ついに父のモハ卿と、兄のアルスがぷっつん切れた。

 ベルフの父と兄は、当主の執務室にベルフを呼び出すと、今までの鬱憤を晴らすかのようにベルフへ説教を開始する。しかし、当のベルフはこの性格だ。聞く耳を持たないどころか自身の待遇改善について、更なるキャリアアップを二人に告げる。


 反省して自粛しろという二人に対して、反省するからもっと派手に遊ばせろと主張するベルフ。矛盾点も一切隠さず男らしくの抗弁を終始展開する。

 結果としては、更に怒り狂った二人の手でベルフは家から追い出された。このクソみたいな騒動が起きたのが、つい先程のことである。


 これが普通のお家騒動なら、ベルフ様は次期当主のアルス様を脅かす存在であるから仕方ない、と周りに同情されるかもしれない。しかし、ベルフは街で有名なロクデナシである。

 家臣達の中にベルフを担ぐものもいなければ、擁護するものもいない。むしろ、家臣達はベルフを担ぐどころか、早くあのアホを家から追い出しましょう、とベルフの父と兄に一丸となって進言する始末である。

 そんなこんなで、家族と家臣一同から、三行半を突きつけられてベルフは家から蹴り出された。

 

 ちなみに補足すると、ベルフの父と兄は非常に根のまじめで善良な人達だ。家臣達だけではなく、領民からの信任も厚く、いわゆる聖人や名君と呼ばれる人達である。

 今度の事についても、このまま家に居させては、ベルフが完全に駄目になってしまう。そう思って、心を鬼にしてベルフを家から追い出した部分も大きい。無論、ガチでベルフに、ぷっつん切れている部分もある。


 さて、その問題のベルフであるが、彼が並の悪人なら自身の行状の悪さを反省するだろう。もしくは、ふてくされて家族や周りに対しての文句をグチグチと言うかもしれない。

 しかし、ベルフは違った。彼はとても前向きな外道なのだ。


「タイムリミットは三日というところか。それまでにやるべき事をやらないとな」


 彼はベンチから立ち上がると、自身が行うべきことを定めて動き出す。そう、彼がやるべきこと、それは――


「お前さんがベルフか?」


 と、その時、ふいにベルフに声が掛けられた。

 声が掛かって来た方を見ると、一人の爺さんがいた。黒いマントを身につけた旅人の格好をしているジジイだ。白髪の頭はジジイの癖に、しっかりと毛根が根付いていた。


「人違いです」


 不審者からの声掛けをベルフが否定すると、そのまま酒場に向かおうとした。

 そう、彼にはやることがあるのだ。自身が追放されたと街に広がりきるまでの間に、ロングラン家の名前を盾に全力で権力を行使して、この世の極楽浄土を極める。そんな崇高なる目的があるのだ。

 

 ベルフは、そのタイムリミットが三日間と見ている。こんなところでジジイの相手をしている暇はない。


「ワシはお前の父親の古い友人でな。息子が独り立ちするから手伝って欲しいと頼まれたんだが」


 ベルフがその言葉に、足をピタリと止めた。なんだ親父やれば出来るじゃないか、信じてたぞ。

 そう、ベルフの父はこうなる事が事前に分かっていたのである。


「やはり黙っていても俺の輝く貴族オーラは真実を周りに伝えてしまうようだ。いいぞ爺さん、俺を王家の養子にでも大富豪の跡取り息子でも何にでもしてくれ。覚悟はできた、お前に全てを任せよう」

 世の中を舐め腐ったベルフの発言にしかし、ジジイの方は特に顔色を変えなかった。


「聞きしに勝るというやつだな。これではモハ卿も匙を投げるわけだ、と同時に不思議でもある。お前さんは、なぜ家を追い出されたというのに自分を捨てた家族に怒りを持たない?」


 ジジイがベルフを見つめてくるがベルフの方は、特に表情を変えなかった。

「豪勢な暮らしも、美しい女性たちにも飽きていたか。なるほど、これでは心も歪む」


 ジジイから哀れみの言葉がベルフへ掛けられてきたが。

「いや、豪勢な暮らしも美しい女達も最高だった。出来るならもっと味わいたいが、この家の力ではこれ以上、俺を満足させられないだけだ。親父や兄貴達の力不足だな。もっと家を大きくするために精進して欲しい」


 ベルフとしては、これは本音そのものである。

 全く、自分程度の人間のわがままさえ許容出来ないとは、なんて情けない奴らだ。だから家も小さいのだ。俺に任せれば三年でロングラン家を世界一の貴族にまで成り上がらせてやるのに。

 自身が全く何一つも悪いと思っていない、世の中を舐め腐った思考だ。


 しかしベルフの返答を聞いたジジイは満足したように笑っていた。

「んむ、いいぞ。男はそうじゃないとな。ワシが直接お前さんを鍛えてもいいが、残念ながらワシの修行を受けるにはお前さんのレベルがちと足りなすぎる。故にこいつを渡してやる」

 そういうとジジイは、懐から一つのリストバンドを取り出してベルフに手渡す。


「そいつはナノマシンの集合体でな。ナノマシンというのは遺跡からたまーに出てくる奴で、古代文明の遺産の一つだ。そいつはその中でも教育用として作られたスペシャルな奴よ。試しに付けてみろ、面白いことが起きるぞ」

 ジジイが白い歯を見せながら面白そうに笑った。


 普段のベルフであれば、こんな怪しいもん遠くへ投げ捨てるか適当に質屋に売っぱらうところだ。しかし、家を追い出された事がちょっとショックだったのだろう。ジジイの言うようにそのリストバンドを自分の左腕につけた、すると。


「おっおっおっ」

 ベルフの脳内に機械的な音声が流れてくる。


『味覚、及び聴覚の掌握……失敗』

『視覚、及び嗅覚の掌握……失敗』

『触覚、及び筋肉の掌握……失敗』

『脊髄、及び神経の掌握……失敗』

『心臓、及び内臓の掌握……失敗』

『大脳、及び小脳の掌握……失敗』

『魔術、及び精神の掌握……失敗』


『対象の生理的及び精神的な機能の掌握に全て失敗しました。精神及び肉体の資質に多大な問題あり。結論……手に余ります』


「なんだこりゃ」

 ベルフが頭に響く機械音に困惑している。


「おー凄いのう、精神が乗っ取られなかったか。それはナノマシンの中でも一際凶悪でな。無理矢理人間を乗っ取って、その相手の精神と肉体を強制的に作り変える代物だ。一応、子供の教育用にと作られたんだがなあ」


 ジジイの言葉は真実である。人類最終教育プログラム、サプライズ1号。その特性は、宿主になった人間の肉体及び精神を、強制的に理想的な状態へと作り変える代物だ。人類が到達する教育システムの最終形態の一つである。


「おいジジイ、言いたいことが山程ある」

 ベルフが怒り爆発と言った顔をしていた。


「ワシに全て任せると言われたしな。それに、お前の精神力なら乗っ取られないと踏んでいたのもある。実際にそいつは便利だろ? ほれ、プログラムに乗っ取られた肉体の部分が強化されていくのがわかるはずだ」


「いや、なんか掌握に全部失敗して、俺は手に余ると言われているんだが」

 ベルフの脳内では未だに機械的な音声が流れていた。


『再インストール……失敗』

『プログラムの危機的状況と判断、ナノマシン収容バンドへの帰還……失敗』

『対象からの攻撃を確認……システムに多大な損傷発生』

『防衛機能発動、対象への攻撃を開始……失敗』

『失敗』

『失敗』

『失敗……裏コード、雌プログラム発令』

『……雌プログラムのインストール成功。対象を完全なるマスターと承認』


『今後変わらぬ永遠の忠誠を誓います。なんなりとご命令をマスター』


 ベルフの頭に響いていた機械音が鳴り止んだ。雌雄が決したのだ。

「あ、終わったらしい」


「おーそうか良かった。じゃあまずは冒険者ギルドに行ってこい。金が無いならギルドで依頼を受けて食いつなぐのが一番だ」

 ジジイの言葉にベルフは考える。冒険者ギルドねー。


「魔物との戦いも、ダンジョンでの冒険も、お前が考えているより遥かに楽しいぞベルフ。いや、お前は間違いなく冒険者向きだ。市井で生きることも貴族として生きることもお前にはできない。野に屍を晒す生き方しかできない。つまりはワシと同じだ、ご同輩よ」


 ジジイはその本性をベルフに見せる。先程までの好々爺とした雰囲気が鳴りを潜めて、猛獣のような野生の凄みをベルフに魅せつけた。


『私も同意いたしますマスター。その欲望の赴くまま全てを手に入れて下さい。その道を邪魔する些事は全て私が片付けましょう』

 教育プログラム、サプライズ一号もジジイに同意した。ちなみに、もう教育プログラムというより別の何かになっているのは言うまでもない。


「冒険者ね、やることもないし少しだけ頑張ってみるか。よし、まずは目指せレベル99だ!!」


 ベルフが気合を入れて宣言する。しかし――


「その前に、俺が冒険者になる門出の祝いとして、まずは酒場まで飲みに行くか。おいジジイ、俺の奢りだ好きなだけ飲んでいいぞ。俺がロングラン家を追放された事が街へ広がるのに三日はかかる。それまでロングラン家のツケにしておけばタダ酒飲み放題だ」


 ベルフは余計な事を言い始める。しかもベルフだけでなく、ジジイも口出ししてきた。

「それなら、武具屋で冒険者用の裝備を強請るのも良いぞ。ロングラン家の名前さえ出しておけばこの街に住んでる住人なら相手も断れん。初心者用の裝備くらいは簡単に奪い取れるはずよ」


 ジジイは、ベルフの父である、この街の領主と友人だ。本来なら友人の街を悪戯に傷つけるような事は言わない。しかし、ベルフの門出ということでちょっと今はハメを外していた。


『マスター。それなら薬草や道具品の類いも雑貨屋から強奪しておきましょう。これからの旅に是非とも必要になってくるはずです』


 サプライズがベルフの相棒として早速、力を発揮し始める。主人のベルフに足りない部分を的確にサポートしていた。


「よし、じゃあまずは武具屋を周って雑貨屋に行くか。そしたら俺の門出を祝って飲むぞ!!」


 ベルフ一味は、そう言いながら街の中へと消えて行った。


 ベルフ=ロングランの冒険者生活はこうして始まる事になる。

ちょっとだけ改稿

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