6話 情報収集
目標はすぐに発見した。
木々を避け、茂みを掻き分け、か細い森の道を懸命に走る少年・ルイス。
佳乃は身軽さを活かした立体移動――枝から枝へと木の上を渡っていく――で、その姿を真上から捕捉する。
相手の息が切れ切れなのを見て取ると、佳乃は先回りして木の陰に隠れる。
先刻のガンツとの会話の内容からして、ルイスの戦闘能力はほぼ無いものとみていいだろう。戦いになる可能性は低いと仮定。上手くいけば貴重な情報源になってくれるかもしれない。
もっとも、先程の過剰な拒絶反応を思うに、一筋縄ではいかないだろうが。
――あそこに他人を近付けさせる訳にはいかない。
このガンツの発言だけでも、大まかな想像はつく。彼らは、何らかの重大な秘密を抱えているのだ。それも、万が一にも人に知られてはいけない類の。でなければ問答無用で消しにかかったりはするまい。
この手の連中は脛に無数の傷を持っていると相場が決まっているが、果たしてどうなのか。
「まあ、あれだね。スルー安定」
社会人の必須スキルその一。見なかった&聞かなかったフリ。
わざわざ相手の触れられたくないところを助走つけて殴る必要などないのだ。それで肝心の目的が達成できなければ、本末転倒もいいところである。
今回は関わらない一択、と佳乃は改めて決心する。
と、しばらく待っているうちに――
「ハァ、ハァ……!」
荒い息を零しながら、ようやくルイスがやって来る。途中転びでもしたのか、白衣の右側が土で汚れていた。その顔は悲痛と焦燥に彩られており、完全に平静を失っているのが判る。
無警戒に佳乃が佇む木の前を通り過ぎようとして。
「――やあ、ルイス。ちょっとお話しようじゃないか」
「!?」
その肩を佳乃に掴まれて、硬直した。
「あ……あ…………」
ギリギリ、という擬音が聞こえてきそうなほどロボット的な動きで、ルイスは振り返る。
佳乃は努めて警戒されないよう、優しげな笑顔で話しかけた。
「少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな? 大丈夫、そんなに時間は取らないよ。二つ、三つ質問に答えてくれるだけでいいんだ。簡単なものだよ」
口調こそ砕けているが、さっきの件はなかったことにしてもう一度やり直している。そんな感じの雰囲気が、向こうにも伝わってくれればいいのだが……。
「なん――なんで、しょう」
上擦った声でルイスは訊き返す。表情には軽い絶望の色が浮かんでいた。
……そこまで怯えることないだろうに。
「いやね、ちょっと僕、道に迷っちゃってさ。森の出口ってどっちに向かえばいいのかな?」
「へ……?」
「森の出口がどこなのか、あとここはどこなのか、ついでに君のフルネームを教えてもらえると、僕はとても嬉しい」
「え……え?」
ルイスが呆気に取られたような顔で佳乃を見る。
はて、そんなに変なことを訊いているだろうか。……訊いているのだろうな。多分、ルイスは自分の身に関係することを訊かれると確信していたのだろう。それがこの程度の質問に留まったことで、逆に困惑しているのだ。
どうあれ最低限この質問には答えてもらわなければならない。
佳乃は肩から手を放し、ルイスと正面から向き合った。そしてもう一度、「教えてくれないかな?」と丁重に頼む。
「る、ルイス・カルロ、です。俺の名前……」
そうしてようやく、少年は幾らかまともな声音で名乗った。
「カルロ、がファミリーネームかい?」
「え? ……あ、はいっ」
「そうか、やっぱりそういう形式か。――僕はヨシノ・セリザワ。よろしく、カルロくん」
「よ、よろしく……」
佳乃が差し出した手を、ルイスはおっかなびっくり握り返す。まだ状況がよく呑み込めていないみたいだが、この際それでも構わない。訊いたことにだけ答えてくれればいいのだ。
握手のあと、目を泳がせながらもルイスは口を開く。
「それでえっと……ここはゼラの森の南部で、出口……は、あっちにずっと進んでいけば、そのうちに……」
「ふむふむ」
ルイスが指差した方向を記憶し、相槌を打つ。
「ちなみに抜け出た先に、街とか村とかはある?」
「あ、はい、あります。……確か、スターラという城砦都市が」
「城砦都市……それは重畳」
それなりに大きな街があると聞き、佳乃は笑みを深めた。これで生活の目処が立つ。
この少年も、佳乃に危害を加える意思がないと思い至ったのか、大分落ち着いてきている。なかなか良い傾向だと佳乃は内心ほくそ笑んだ。この調子で他の情報も引き出してみよう。
そう思ったところで。
「あの……セリザワ、さん……?」
初めてルイスの方から話しかけてきた。
「疑問形で呼ばなくても芹沢さんで間違いないよ。――で、何?」
「ガンツさんは、どうしたんですか……?」
やっぱそこ聞いちゃうかー、と佳乃は煙に巻くべく適当な言葉を並べ立てる。これに関しては、いま少し忘れていてもらいたい。
「ああ、問題ないよ。急に襲ってきたのは驚いたけど、手違いや勘違いは誰にでもあることだ。もしかしたら僕の方にも落ち度があったのかもしれない。彼だけを責めるのは早計というものだろう。僕は特に恨みには思っていないよ。勿論、君に対してもね」
「あ、ありがとうございます……」
社会人の必須スキルその二。都合の悪い話は双方合意のもと、有耶無耶にして流す。
余計な波風を立てないためには、あやふやにしておいた方がいいことも多いのだ。
まあ、もっとも……
「それで、ガンツさんは無事なんですか……!?」
「……」
双方の合意があれば、の話だが。
佳乃は、ふう、と息を一つ吐いた。もう少し質問しておきたかったが、この辺が潮時らしい。
「答える前に、もう一つだけ教えてもらっていいかな」
「……はい」
「僕の服装、珍しいと思う?」
「……、とても珍しい、と思います。少なくとも、俺はいままで見たことありません……」
そうか、と佳乃は頷く。
別にどんな答えでもよかった。少しでも思考時間を稼ぐための問いだったから。
例えば、ここで正直にガンツの死を告げることにどんなデメリットが?
或いは、ここで嘘を吐いてガンツの死を誤魔化すのにどんなメリットが?
その二つの選択肢を、よーく、よーく吟味し――佳乃は結論を出す。
「ガンツがどうなったか、だったよね? ……こうなったよ」
「――ぁ、が!?」
ぬう、と伸ばされた佳乃の手が、ルイスの首を掴んだ。
佳乃とだいたい同じぐらいの背格好の少年が、片手で持ち上げられていく。
「いやぁ……馬鹿だな、僕は。迷う余地なんてなかったよね。ガンツが云々って以前に、この話を持ち帰られちゃ僕の身が危うい。どう考えても堅気じゃないでしょ、君ら」
「――っ、――ッ」
「それでまあ、気の毒とは思うけど、ここで君はジ・エンドだ。何を隠したかったのかは知らないけど、僕の方から関わり合いになることはないから安心してくれ」
「――――ッッッ」
滔々と語って聞かせる佳乃と、潰れた声でもがき苦しむルイス。
すぐに殺さず、わざわざ自身の動機を語るのは、佳乃のせめてもの誠意だ。訳も分からずに死ぬよりは、何らかの理由があった方が幾分マシだろう、と。それが筋道の通ったものであればなお良し、と。
本来なら、佳乃は被害者である。問答無用で消されかけ、その後も身の安寧が脅かされているのだ。それを踏まえた上でこの対応は、充分褒められるに足るものと言えるだろう。
と、心中で自画自賛する佳乃。
――ともかく、言うべきことは言った。
「じゃあね。悪魔によろしく」
「――、っ!」
真っ赤になったルイスの顔が、恐怖で歪む。
これが死に顔になるのはなかなか痛ましいものだ。正に他人事としてそう思いながら、佳乃は力を込めようとして――
「!?」
不意に、人の気配を背後に感じ、佳乃は振り返る。
その瞬間。
「〈引き寄せ〉」
そんな言葉と同時に、ルイスを掴みあげていた右手の感触が消え失せた。というか、ルイス自体が姿を消した。
「――いつまで経っても帰らないと思って捜してみれば……どういう状況だ、これは?」
そして佳乃は見た。
気絶したルイスを地に寝かせ、立ち上がった――その美しい少女を。
年の頃は十代後半。ショートカットの金髪に紅い瞳。顔立ちはややあどけないが、纏う雰囲気は非常に強かなものを感じさせる。ドレスワンピースの上から紺色のローブを羽織っており、良家の令嬢じみた気品すら漂う。その手に持つのは、先端に見事な宝石が据え置かれた杖。
先程の不可思議な現象を引き起こしたのは、この少女と見て間違いない。
これが、魔法なのだろうか。
「よく分からんが……私の大事な弟子に何をしようとした、貴様?」
ビリッ、と。
空気が目に見えて震撼する。
人形もかくやというほどに可憐な少女から発せられているそれは、紛うことなき殺意。彼女が一歩踏み出す度に、その場所にあった空気が逃げるように揺れ動く。
圧倒的な殺気の重圧に、佳乃は知らず足が後退する。
むしろその程度で済んでよかった。最初にあのティラノと戦っていなかったら、一も二もなく逃げ出していたこと受け合いである。
スルーしようって言ってるのに、なんでこうなるかな……。
内心の哀愁を押し殺し、佳乃は能面のような表情で怒りを向けてくる少女を見返す。
そして、確信。
言い訳の余地は、ない。
ならばもう、選択肢は二つに一つ。
逃げるか、戦うか。
――佳乃は即座に決断する。
「毒を食らわば皿まで、か。いいよいいよ、検証の続きだ。胸を貸してもらうよ、魔法少女?」
どちらかと言えば慎ましい少女のそれを指して、言い放った。