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ミッシングハート  作者: 菫色
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4話 検証と魔力

 軽い踏み込みが想像以上の推進力を発揮し、佳乃は瞬く間に魔物へと接近する。固めた拳を後ろに引き、そのまま懐に飛び込もうとしたが。


「っ、さすがに対応してくるか。そうだよね」


 刃付きの尻尾が、行く手を遮るように振り下ろされ、佳乃は直前で踏みとどまる。

 大きく跳んで進路を変え、尻尾の稼働範囲外を攻めようと試みるが、相手もそれを本能的に悟っているらしく、容易に隙を見せない。

 先程の一撃が予想以上に堪えているようで、ティラノは猛りながらもこちらを最大限に警戒していた。


「頭の回るトカゲだな……」


 爬虫類の癖に生意気だ、などと思いながら、佳乃は頭上を掠めていった尻尾を見送る。

 いまのところ、相手の動きは佳乃の動体視力を超えるようなことはない。強化された視覚は、迫りくる尻尾のモーションを一コマずつ精確に捉えていた。

 通り過ぎていった尻尾が背後の木に命中し、へし折った。その際、どういう折れ方をしたのか、優れた聴覚によって察知する。

 切り返された刃が再び佳乃を狙う。その際、空気の流れを鋭敏な触覚で感知し、どういう軌道で攻撃してくるかを予測する。

 右に一歩だけずれる。正にどんぴしゃ。佳乃が数瞬前まで立っていた場所に、重い一撃が叩き込まれた。

 舞い上がった土煙から逃れて、佳乃はにんまりと破顔する。

 素晴らしい性能だ。喧嘩など終ぞしたことがなかった佳乃が、まるで熟練の戦士のように立ち回れている。強化された五感と身体能力は、想定を遥かに上回る性能を持っていた。

 さて、回避能力に関してはこれぐらいでいいだろう。

 あの尻尾のスピードは、軽く一五〇kmを超えていると思われる。プロのピッチャーの全力投球を完全に見切れると考えれば、人間相手にも十二分に通用する。


「それじゃあ……次は防御力だね」


 これが一番検証に覚悟の要る性能だった。

 何せ相手の攻撃を食らわなければ調べられないのだから。

 一旦魔物と距離を取り、佳乃は心を落ち着ける。

 ……そうだ、何も全身で受ける必要はないのだ。調べるのは防御力であって耐久力ではない。相手の攻撃を捌く術も心得ておくのは必須なのだ。

 ティラノは牽制するように、その特徴的な尻尾を小刻みに振るう。自身の攻撃が全く当たらなかったことに、さらなる警戒を抱いているのかもしれない。


「……よし、いくぞ!」


 奮い立てるように声を発し、佳乃は駆け出す。

 そのときだった。

 赤い燐光を放っていたティラノの尻尾が、一際強く輝く。


「――!」


 やばい。

 直感的にそう判じた佳乃は、全力で真後ろに飛び退く。

 そして打ち下ろされた尻尾の一撃は、いままでの比ではなかった。

 速度は大して変わっていなかったが、その威力は桁外れに上昇していた。地面がごっそり抉り取られ、衝撃で周囲の木々が千切れんばかりに揺さぶられる。


 佳乃は知る由もなかったが、いまの一撃こそ、この魔物が有する特殊能力スキル、〈破城の刃〉だった。魔力を込めることで一撃の威力を底上げする特殊能力スキルである。


 濛々と舞い上がる粉塵のなか、佳乃は敵の脅威度を上方修正する。

 こんな隠し玉があるとは思わなかった。あれを受け止めるとなると、それは防御力ではなく耐久力の検証になってしまう可能性が高い。

 どうしたものか、と考えていると。


「おっと」


 粉塵ごと切り裂くかのように、尻尾が横薙ぎに振るわれる。

 佳乃はそれを躱し、そこで一つの仮説を立てる。

 あの一撃は、そうそう簡単に放つことはできないのではないか。そうでないなら最初から使用して相手の度肝を抜けるはずなのに。


「多分、これだな」


 佳乃は確信する。

 あの攻撃はそう簡単にできるものではない。

 魔物の方はというと、いまの一撃で勢いを取り返したのか、攻撃が先程よりもかなり大胆になっている。尻尾だけでなく、噛みつきや後ろ足による蹴りまで織り交ぜてきていた。

 若干予定とは違ったが、いまからでも遅くない。

 佳乃は防御力の検証を開始する。

 振り下ろされた尻尾を、拳で撫でるように逸らす。結果は成功。尻尾の攻撃力と佳乃の腕力はほぼ互角と言える。


「いたたた……」


 最初に受け止めた角度が拙かったのか、右手の甲は皮が剥けて血塗れになっていた。

 灼け付くような痛みは、しかしすぐに和らいでいき、十数秒ほどで完全になくなった。己の回復力に感謝しながら、佳乃は次の攻撃に備える。

 佳乃を一呑みにせんと大口を開けて噛みつこうとするティラノ。さらに背後を尻尾で封鎖し、回避を困難にする。

 だが、もとより避けるつもりがない佳乃は、冷静に対処する。

 上顎を張り倒すように横合いから平手を見舞い、軌道を強引に変えさせる。相手が怯んだ隙を突き、足刀で下顎を蹴りつけて牙を数本弾き飛ばした。

 苦しげな鳴き声を漏らしつつ、ティラノは滅茶苦茶に暴れ回る。

 後ろ足による踏み付けを、肩で押しのけるようにしていなす。……成功。

 横薙ぎに襲い来た尻尾を、上から殴りつけて地面に叩き落とす。……成功。

 そして再びの噛みつきには、上顎を両手で受け止めて力比べの態勢となる。


「うげ……口臭やばい」


 肉食獣特有のそれに、佳乃は思わず顔を顰める。

 だが、その身体は小揺るぎもしていない。ティラノは全力で押し込もうと地を搔いているが、佳乃もまたどっしりと構えて前進を許さない。

 期せずして膂力の検証もできた佳乃は、そろそろ頃合いかと考える。

 勝負を付けるときだ。

 いままでにない近さで睨みつけるティラノの凶暴な眼差しに笑いかけ、佳乃は急に手を放して跳躍した。

 押し込もうとしていた力が見事に空振りし、巨体が勢いよく前方につんのめった。尻尾を地面に突き立てて転ぶまいとするが、それこそ佳乃の目論見通り。


「――貰った!」


 一時的に尻尾を警戒しなくてもよくなり、佳乃は悠々とティラノの頭に飛び乗った。振り落とされる前に拳をその脳天に叩き込む。

 ゴキッ!

 という嫌な感触が手から伝わってくる。

 そして――


 ――グァ……


 弱々しい声が一つ上がり、ティラノはゆっくりと、地面に吸い込まれるように倒れていく。

 ドシン、と力なく横たわった魔物から飛び降り、佳乃は大きく息を吐いた。


「ふぅ……なかなか有用な情報が取れたよ。ありがとう」


 体毛に覆われた背中をポンポンと叩き、佳乃は礼を言う。

 実際、この戦闘で得られた検証結果は非常に価値のあるものだった。こいつがどの程度の強さの魔物なのかは知らないが、間違っても無手の人間が仕留められる存在でないことは確かだ……と思う。この世界の人間の強さの基準が判らない以上、推測でしか言えないのがもやもやする。


「早いところ人に出会いたいな……」


 切実に呟いたとき。


 ――ゥルルル……


 微かに聞こえた鳴き声。

 咄嗟に振り返るが、魔物は倒れたままだ。……仕留めたと思ったのだが、辛うじてまだ息があったらしい。

 トドメの確認をせずに気を抜いたことを猛省し、佳乃はティラノの顔の前まで移動する。

 すぐ傍に立った佳乃を片方の目で見上げるティラノは、虫の息でありながらもなお戦意を感じさせる。その姿に、相当な格というか威厳のようなものを見て取った佳乃は、もしかするとこの辺りではかなりの実力を持った魔物だったのでは、と想像する。


 そしてその想像は的を射ていた。この魔物こそ、この森の一画を支配している個体であり、脅威度七〇と目される強者だったのだから。


 意図せずして森のパワーバランスに一石を投じた佳乃は、その自覚もなくティラノに話しかける。


「そういえば君、面白い攻撃をしてきたよね。急に尻尾が光って威力が増したアレ」


 実は一度見たときからずっと気になっていたのだ。あの赤い輝き……佳乃の推測が正しければ、あれが所謂魔力というやつではないのかと。

 そして気になった以上、確かめたくてしょうがない。

 戦闘中には危なっかしくて憚られたが、いまならじっくり集中して取り掛かれる。


「魔力……魔力ねぇ。どうすればいいんだろう。そもそも僕にもあるのかな」


 巨大な顎の周りをウロウロしながら、佳乃は考える。

 ……まあ、やってみないことには始まらない。

 佳乃は足を止め、意識を深みへと沈めるような構図を思い描く。イメージとしては、油田を掘り当てようとする感じだ。

 すると……


「ん……これ、か?」


 自分の奥底で確かに胎動する力のうねりを発見し、咄嗟に佳乃はその感触を忘れないように記憶する。


「見つけたはいいけど……これをどうしようか」


 少し悩んだが、ティラノがやっていたように自分の身体の一部に流してみようと決める。

 今度はどうイメージしようかと頭を捻ったとき。

 不意に魔力が動きだし、右腕へと流れ出す。それは、佳乃が流そうと考えていた部位だった。

 仄かな熱を感じる右腕を見下ろし、佳乃はきょとんとする。

 ……こんなあっさりいくとは思わなかった。

 ならばと、左腕、右脚、左脚、胴体と順番に魔力を流してみる。……結果は全て成功。佳乃がそうしようと思った瞬間に、魔力はその意思のまま動き出す。


「おお……。何か一気に力が増したような」


 隙間なく全身に魔力を流し終えた佳乃は、いままでの比ではないぐらいに力が上昇しているのを理解する。先程のティラノの一撃を目にした影響か、魔力を込めれば力が増すという前提が佳乃のなかで既にできあがっていた。それ故に佳乃は、無自覚に身体強化の特殊能力スキルを会得することとなったのだ。


「にしてもこんなに上手くいくなんて、ちょっと予想外……いや、そうか。僕の場合は当然なのかも」


 佳乃の骨格は、最高峰の硬度と魔力伝導率を誇るアダマンタイトでできている。この金属を通すことにより、魔力は水を得た魚のように身体中を自由自在に動き回れるのだ。これによって佳乃は、普通なら数ヶ月、どんな天才でも数日はかかる魔力の操作方法を、たった一分で物にしてしまった。

 何しろ念じるだけでいいのだ。こんなに楽なことはない。


「よし、早速試してみようか」


 佳乃はティラノの前足を掴み、軽く手前に引いてみる。すると、それは呆気なく引き千切られた。

 血を滴らせる前足をしげしげと見つめた後、それを放って次の部位に向かう。

 おそらくこの魔物のなかでは最も硬いと思われる部分……尻尾の刃。その先端をむんずと掴み、軽く握りしめる。大した抵抗も残さず、掴んだ箇所は砕き潰された。一度、身体強化を解除して、素の握力で再挑戦。今度はそれなりに力を入れなければ砕けなかった。

 その後も似たような実験を続け――結果。


「うん、すごい」


 喜色に彩られた顔で絶賛する佳乃。

 身体強化有りと無しでは、およそ五倍近い性能差がある。元々優遇されていた肉体が、さらなる強化を遂げた瞬間だった。

 ……なお、色々やってる間にティラノさんはご臨終となった。

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