2話 そして転生
言われたことがいまいちピンとこず、佳乃は首を傾げた。
肉体を自由にカスタマイズ……つまり容貌や体格なんかを好きに決められるということだろうか。そんなものが素晴らしい特典というのは、少しばかり詐欺ではないか。
そんな佳乃の内心が顔に出ていたのだろう。悪魔は指を振りながら言う。
「勿論、いまおまえが思っているようなしょぼい権利じゃないぞ? まあ、論より証拠だ。これを見ろ」
突然、佳乃の眼前にホログラムのような矩形が浮かび上がる。
「びっくりした……何だこれ」
佳乃はその表面に手を近づける。と――
「え……これは、僕?」
何も映っていなかった半透明の画面に、一人の人間の全身画像が表示された。というか佳乃だった。
なんとなく理解する。多分、この画面で肉体をカスタマイズするのだろう。試しに頭部をタップしてみる。
すると――
【材質:『 』、形状:『 』、特殊加工:『 』】
三つの項目がその上に表示された。
チラリ、と悪魔の方を窺う。悪魔は相変わらずの笑顔で、ご自由に、とでも言うように掌を向けた。
佳乃は再び画面に目を戻し、今度は材質の空白部分をタップする。
「うわぁ、これは……すごいな」
新たに表示された項目に、佳乃は苦笑する。
さすがファンタジー、と。
【材質候補:『竜王の表皮』、『オリハルコンの骨格』、『至高の粘体の細胞』、『鬼神の血液』……】
その他、多数。
「キメラでも作れっていうのかい?」
言いつつも、佳乃はすっかり面白くなってきていた。
肉体をカスタマイズするとはこういうことか。確かにこれは、作り方次第ではあちらの世界で随分楽ができそうだ。
バランス良く色々な素材を使用し、最高の肉体を作る――。
これでクリエイター魂を刺激されなかったら嘘だろう。
久しぶりに童心に帰ったような心持ちで、佳乃は次々と項目を選択し、決定する。その際、素材や特殊加工の説明文に目を通すのも忘れない。
気分は正にキャラクターメイキング。
RPGはあまりやらない佳乃だが、いま選んだ項目が現実に反映されるかと思うと、少なからず期待が高まる。
そうして、頭、腕、脚、胴体と、時間をかけてパーツを作成していき……
「――こんなところかな」
個人的に満足のいく肉体が完成し、佳乃は一つ頷いた。
「どれどれ見せてみろ」
悪魔がずい、と身を寄せてホログラムを覗き込んでくる。
佳乃も、改めて全身画像の各部位に浮かんだフキダシを見やる。自分としては統一感を意識したのだが、果たして悪魔の評価は如何ほどだろうか。
「……ふぅん、良いんじゃねぇの? 無難だが、なかなか上手くできてると思うぜ」
「それはどうも」
佳乃は気分よく礼を述べた。
――カスタマイズの結果、佳乃の肉体はこうなっていた。
まず骨格。
金属の中では最高峰の硬度と魔力伝導率を誇る伝説級のアレ。……そう、アダマンタイトだ。全身の骨格を丸ごとこの金属で構成することにした。骨折など万が一にもあり得ないだろう。
次に血液。
毒や呪いといった異物を浄化する作用がある聖獣の血を入れた。強力な神聖属性を帯びており、この血一滴あれば最上級の魔法薬が作れるという。これで病気の恐れはなくなる。
次に皮膚、及び筋肉。
こちらは硬さよりも柔軟性を意識し、至高の粘体というスライム種の中では最強に位置する魔物の細胞で構成した。柔軟とはいっても非常に丈夫であることは確かで、硬いというより千切れにくい。さらに再生力も凄まじく、魔法への耐性にも優れているため、怪我の心配は激減する。
材質は全身で統一されており、これを見るだけでも充分佳乃のコンセプトが窺える。そう、佳乃はとことん怪我をしない、或いはしてもすぐに回復できるような肉体にしたのだ。
これは意外と重要なことだと断言できる。現代日本でしか治療できない病気や怪我を負ったとき、異世界の医療技術がどの程度まで当てになるかは未知数だ。そういった不安は最初から極力絶ってべきと佳乃は判断した。
そして形状……つまり容貌はというと、いままで通りの見た目に若干修正を加えたぐらいだ。
佳乃の外見は、中肉中背で顔はまあそれなりに整っているがイケメンと呼ばれるほどではない。かといって、この機会に目も覚めるような美男子に改造するのは、何かに負けた気がしてできなかった。結局、身長を気持ち三センチほど上乗せしたり瞼を二重にしたりと、小賢しい修正をするに留まった。
最後に特殊加工について。
これはいわば、肉体に行う魔法付与のようなもので、各部位に相応の加工を施すことで特別な能力を発揮できる。佳乃の場合は……
両腕に『剛力LV.5』、両脚に『敏速LV.5』、五官に『超感覚LV.5』、脳に『睡眠不要』、心臓に『不老化』、消化器系に『飲食不要』、呼吸器系に『活量増大LV.5』、筋肉に『疲労軽減LV.5』……
――といった具合だ。
こちらも基本的に、生き残ることを最重視して構成した。単純に体力が高ければそれだけで大抵の環境は乗り越えられるし、自衛手段も豊富になる。飲食不要は、万が一食い詰めたときの保険だ。不老化は、どうせなら長生きしたいという率直な理由で。睡眠不要は、夜通しで作業しなければならないときのために。
そうして出来上がったのが、「生きる」ということに特化した肉体だ。佳乃の心境としては、これでもう何も怖くない。……過信は禁物だが。
一仕事終えた風情の佳乃は、悪魔に向き直って言う。
「それじゃあ、こういう感じでいきたいんだけど」
「分かった。向こうに行けば、その設定はすぐに反映されるぜ。勿論、対価も徴収される」
悪魔は佳乃から二、三歩離れると、パチンと指を鳴らした。
佳乃を中心に、光り輝く魔法陣のようなものが展開される。それは形を変えながら踊るように周囲を照らす。一部の光が、佳乃の中に吸い込まれるように集まってきた。
……いよいよ転生か。
佳乃は固唾を呑む。よもや本当にこんな日が来るとは思ってもみなかったが、人生何が起こるか分からないものである。
「じゃあな。楽しめよ」
「ああ」
サムズアップしながら見送る悪魔に、佳乃は複雑な表情で返す。
その顔は悪魔らしくないな、などと思って。
――そして、佳乃は生まれ変わった。