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「ねえ、和時。昨日の夜西内さんと会ってたって本当?」
次の日の朝、月乃は出会い頭にそんなことを聞いてきた。
「ん? ああ。なんでそんなこと知ってんだ?」
「塾行ってた友達が見たって……、ねえもしかしてお前西内さんと知り合いとかなの」
「知り合い。っていうか、昨日知り合った。どうしてそんなこと聞
くんだ?」
「い、いやな、お前みたいなぱっとしないのと、あんな美人とがどうして知り合ったのかな……って」
嘘をついている口調だったが、気にしない。
「まあ、お互い共通するものがあるというか」
同じ疾患にかかっているなんてことは言えない。
「そっか。そだよね、和時にだって……仲のいい女くらいできるか」
何を一人勝手に言ってるんだこいつは?
「あのなあ、俺とあの人はそういうのじゃねえよ。お前が考えてる
ような下らないことじゃねえんだ。もっと、切実な、切羽詰った関係なんだよ」
それを聞いて顔を明るくする月乃。
そんなに嬉しいか。
「だよねー、和時に惚れる奴なんて、この世にいるわけないよねー」
「言ってくれるな貴様」
歩きながら、今日の昼辺り、俺の理想の女の子の夢でも見ないかな、などと考えた。けれど、俺の理想ってどんなのだ? 俺はどういう人が好きなのだろう。俺が意識しないで意識してしまう女性って、どんな人なのだろう。見れないかな。でも見たい夢が見れた試しはないし、またサビルロウの小言を聞くくらいだ。
早くも馴染み始めたこの病。ちょうど旅人が旅先を知り始めるのと同じなのだろうか……。それとも同じ旅人に出会えたことからくる余裕なのだろうか。
「高山君」
声がした。俺と月乃がその声の方向に視線を動かすと、校門に立つ彼女の姿に少しの間魅入った。
「え、と」
「西内。人目につくところではそう呼んで」
「ああ、わかったよ、西内……さん」
「言いにくいかしら?」
言いにくいも何も今初めて目の前で名前を呼んだのだが。横を見ると、月乃が変な顔をしていた。そりゃあ、こんな不自然な会話していれば怪しむよな。
「私、お邪魔かなー」
月乃が嫌に陽気に言ってきた。なんとなく、この場にいて欲しくなかった。自分の変な部分を、月乃にあまり見せたくなかったので、俺は。
「ああ、邪魔だ。先に行ってろ」
「はは、じゃねー」
走り去る。変な奴だ。いつもなら「この世にいなくていい人間なんていないんだー」とか言って突貫してきそうなものを。
何で、俺はこうも言ってしまった後の後悔をしているんだろう。
「サビルロウじゃないけれど、あなたはもっとわかるべきね」
二人きりになると、西内さんは首に手をあててうつむいた。
「で、俺に何の用だよ?」
「別に大したことではないわ、昨日悪夢を見たの」
うわ、本当に大した用事じゃない。
「それで、あなたは来訪者になったばかりだから、多分まだだろう
なと思って、ちょっとばかり忠告に。もしあなたが悪夢を見ても、
パニックにならないでね。私達のみる悪夢は半端じゃないから。じゃあ私ちょっと冒険に出てくるから」
「冒険って、何」
「少しばかり、用事ができたから隣町にいくのにも、見知らぬ土地
では大冒険」
「つまり学校はサボると? 転校そうそうサボりですか」
「ええ、残念ながら。それじゃあ、私はそれを言いたかっただけだ
から、行くわね」
「あ、ちょっと」
そして本当に西内さんは学校の外に向かって歩き出した。
茫然と見送っていると、彼女の足が止まる。そして舞台役者のような振舞い方でこちらを一瞥して、忠告を放つ。
「影には気をつけてね」
また知らない単語が出てきた。
「影ってなんだよ」
でも、答えてくれなかった。
なんとなく、月乃のことが気になった。
予鈴がなる。
でも、壊れる音が聞こえなかったから大丈夫かな、とたかをくくった。