第七章:《編入生と黄金の魔斧1》
「では、試合の準備もできたところで、これから、Sクラス式歓迎会を始めたいと思います。」
体育館では、神宮寺 瑞希がマイクを持ち、その声を響き渡らせている。
「ワァァァァー。」
「待ってましたー。」
体育館に集まった一般の生徒が、観客席で声を上げる。Sクラスは、他のクラスと違い、人物の能力値が実践でも扱えるレベルに達していると判断されたとき、つまり、能力値がステージ5の人物のみが、初めて配属を許される特殊なクラスである。
そのため、学園長の判断で配属が決まるのだが、今となっては、この歓迎会が配属試験のようなものになっている。
そして、歓迎会で行うことは決まっている。配属時にすでにSクラスに在籍している生徒全員と一対一で模擬戦を行うこと。
この試合で、Sクラスの生徒に認められれば、正式にSクラスに配属が決まる。この試合は、過去に何度か行われたが、今のメンバーが揃ってからは、新たにSクラスに配属を許された者はいない。
「では、希さん。前へ。」
瑞希が、希に前に出るように促した。私は言われたとおり体育館の中央に歩いて行った。
「がんばれー。」
「負けるなよー。」
二階の観客席から希を応援する歓声が上がる。
「では、今から第一試合を行いたいと思います。今回は、この箱の中に入っている紙をランダムに私が取っていき、その順番で戦ってもらいます。」
瑞希はそう言って箱の中から紙を取り出す。
「では、トップバッターの発表です。」
会場が静まり返り、第一試合の対戦者発表を待つ。
「トップバッターは、榊原 信也です!」
その発表により、体育館が歓声で震える。
「よろしくー。希ちゃん。」
金髪の男が、軽い口調で話しかけてきた。
「あ、昨日は道案内ありがとうございました。」
私は、笑顔で昨日の道案内のお礼を言う。
「ああ。あれくらい、礼を言われるまでもないよ。そうだ、近くに新しく喫茶店ができたんだけど、今度俺と行かない?」
信也は早速、希をデートに誘おうとしている。
「そうですね。ここに来てまだ二日目ですし、いろいろ案内してください。」
希は笑顔で答える。
「おう。任せとけ!」
信也は、希をデートに誘うことができ、とても喜んでいる。
「でも、この試合は手加減ができなんだ。悪いな。」
そして、信也はこう続けた。
「いつもなら、女性には手加減をする主義なんだけど、今回はそれをやると怒られるから、手加減はできない。」
スタートポジションに着いた榊原 信也が、私に言ってきた。
「分かりました。お手柔らかにお願いします。」
私はそう言って、スタートポジションに着く。
「今朝の噂、聞いてるよ。瞬間練成だっけ?」
榊原 信也が私にきいてきた。
「ああ、あれですか。少し違うかなー?」
希は苦笑いをする。
「へえ。まあ、何にしろお互いに、この試合を楽しもうか。」
榊原信也の目が真剣な目になる。
「そうですね。」
私はその目を見つめ返す。
「では、二人とも準備はいい?」
瑞希が二人を見る。
「オーケー。」
「もちろん。」
信也と希は左腰につけているデバイスに手を掛ける。
「第一試合。はじめ!」
「BATTLE START!」
瑞希の試合開始の合図に少し遅れて、模擬戦開始の機械音が鳴り、体育館が岩場のステージに姿を変えていく。
信也と希が同時に簡易デバイスを起動。信也は斧の形に、希は刀の形にそれぞれ変形させる。
「いきます!」
先に動いたのは希だった。簡易デバイスの刀を構え、素早く信也に切りかかる。信也は斧で、希の攻撃を難なく受け止めた。
「そう慌てるなって。言っただろ、お互い楽しもうって。」
信也はそう言うと、希を押し返し、再び斧を構え直す。
「私が簡易デバイスとはいえ、あのスピードの攻撃を受け止めるとは、さすがSクラスって感じね。」
希が信也に話しかける。
「希ちゃんのスピード位なら、優斗との試合で何度も見ているからね。」
信也が斧を構えたまま答える。
「じゃあ、この位のスピードはどう?」
希は、信也に押し返された距離を一気に詰め、もう一度信也に切りかかる。しかし、この攻撃も、信也の斧に受け止められてしまう。
「おっと。さっきよりも早く動けるのか。だが、その攻撃は通用しないよ。」
信也は余裕と言わんばかりの笑顔で、希に言った。
「へえ、じゃあ、このスピードは?」
希は、スピードを更に上げ、信也の背後に回り込み、切りかかる。
「キィン!」
希と信也のデバイス同士が衝突する金属音が鳴り響き、希の攻撃の凄まじさが体育館いる生徒に伝わる。
「何で、攻撃が当たらないの?」
信也に何度も切りかかるうちに、疑問に思うようになった希は、一度距離をとり、攻撃の手を緩め、体力の回復を選択した。
「もう終わりか? なら、そろそろこっちの攻撃に移らせてもらうよ!」
信也がそう言うと、信也は斧を構えたまま、一気に距離を詰めてくる。そのスピードは希が見てきた斧の使い手の中で、最も速いスピードだった。
「はあ!」
信也は斧を大きく振りかざし、希をデバイスごと切りかかった。
「――――――っく!」
希は間一髪の所で後方に下がり、信也の攻撃を避ける。
岩場の地面に斧が突き刺さり、その衝撃で、地面に無数の亀裂が入る。
「へえ、今の攻撃を避けるのか。なかなかやるじゃないか。」
信也が、斧を地面から抜き、再び斧を構え直して言った。
「あのままじゃ、勝てないわよ。」
審判の位置から戻ってきた瑞希が、一階にある参加者用控え席に戻ってきた。控え室は、防音効果を施した壁でできており、外の音が全く聞こえないようになっている。また、同時に中の音も外には聞こえない。
「まあ、そこで終わらないのが神裂一族だからな。」
そう言って神裂 優斗は、飲みかけのペットボトルの水を飲み干し、キャップをして机の上に置く。
「随分信用しているようね。神裂 希って、一体何者なの?」
瑞希は優斗に聞く。
「俺の婚約者。」
優斗がそう言うと、瑞希の顔が一気に赤くなり、動揺し始めた。
「え? こここ、婚約者って、どどど、どういうこと?そんな話一切聞いてないんだけど。」
瑞希が、動揺しながら優斗に聞くと、優斗は自分のデバイスを簡易デバイスに変形させ、その刀身を布で拭きながら言った。
「ああ、今朝聞いたんだよ。まあ、最初聞いた時はびっくりしたけど、親同士が勝手に決めたことらしいし、本当にそうなるかはわからないけどな。」
「え、ちょっと待って。そんな話、私、知らないよ?」
瑞希が優斗に聞く。
「いや、それは当然だろ。瑞希は神裂一族じゃないし。」
優斗が当然のことのように言う。
「そ、そうだね。いくら幼馴染だからって、そこまで知ってるわけないよね。」
そう言って瑞希は笑い、「じゃあ、そろそろ審判の仕事に戻るね。」と言って、控え室から出て行った。
「何だったんだ?」
優斗が疑問に思っていると、机の下から霧咲 静香が顔を出した。
「神裂 優斗、あなたは鈍い人ですね。」
「うわあ!」
突然のことに、優斗は声を上げる。
「いつからいたんだよ。」
「瑞希と入れ違いで来ました。ところで、何の話をしていたのですか?」
控え室の椅子に座って、静香が聞く。
「いや、入ってきたところを見てないし、絶対最初からいただろ?」
優斗は静香に聞き返す。
「居ませんよ。優斗君がここに入ってくるなり、椅子に座ったかと思えば、突然独り言を喋り出して、かと思えば、空中でおっぱいを揉むかのような仕草をしたところなんて見ていません。」
「うおおいいいい!」
「やっぱり、最初から居たんじゃないか!」
「まあ、それは置いておいてですね。」
静香は話題を無理やり元に戻した。
「事実、私はその時の話を聞いていません。」
「いや、ここに居たんだろ?」
「居ませんでしたよ?意識だけは。」
静香が当然のように答える。
「お前、寝てただろ。てか、どこに隠れてた?」
優斗は静香に聞く。
「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないですか。それよりも、話してくださいよ。」
「でも、さっき、俺の事を鈍い人だって言ったよね?」
「まあ、大体のことは、予想がつきますけどね。」
優斗は試合までの暇つぶしに、静香に今までのことを話した。
「ああ。やっぱり鈍い人ですね。」
静香は更にこう続けた。
「まあ正直、私も編入生が婚約者って展開は予想していませんでしたけど。」
「まあ、これは、瑞希にも言ったんだけど、本当にこのままそうなるって訳でもないし。」
俺がそう言うと、静香はため息を一つつき言った。
「まあ、何と言うか。瑞希も不憫よね。」
「不憫?」
優斗はその言葉を疑問に思った。
「まあ、瑞希のことは私に任せてください。私は瑞希の右腕ですからね。」
静香はそう言うと、控え室を出て行った。
「不憫?」
優斗は一人、部屋で考えるのであった。