第六章:《風宮会長の思惑》
「あいつ、どこ行ったんだ?」
神裂 優斗のクラスの担任である新道は、授業中で誰もいない廊下をウロウロしていた。
「普通、入学初日から問題を起こすか?」
新道はさっきまで優斗のクラスで授業をしていたのだが、午後になっても顔を出さない希を心配して、学園内をあちこち探し回っていた。そして、医務室に辿り着いた。
「愛川。ここに神裂 希って奴は来てないか?」
ノックをすると同時に医務室に入った新道は、目の前の光景に目を疑った。
「あ、新道教官。お久しぶりです。でも、今は忙しいので、後にしてもらえますか?」
愛川は目に涙を浮かべながら、懸命に医療行為を行っている。医務室には、片腕に酷い火傷を負った生徒が、ベッドに横になって治療を受けていた。
「お、おい。誰にやられたんだ? まさか?」
新道には思い当たる節があった。
「心配ありません。」
その声は、医務室の奥から聞こえた。
「風宮?」
奥に居たのは生徒会長の風宮 梓だった。
「教官が考えているようなことは、心配ありません。」
風宮は新道の近くに歩いてきた。
「風宮、どういう事だ?」
新道は風宮に聞いた。
「これは、私が彼女の能力値を計るために行った結果です。彼女に非はありません。」
風宮が答える。
「しかし、ここまでやる必要は無かったはずだ。」
新道が風宮に言った。
「でも、これで分かりました。神裂 希さんは、戦力になります。」
風宮は新道を真っ直ぐ見つめて言った。
「はぁ。お前がそこまで言うのなら、仕方が無い。しかし、お前には負けたんだろ?」
新道が風宮に聞く。
「ええ。ですが、金剛寺との試合を見たとき、彼女の本気は、私でも適うかどうか分かりませんでした。」
新道と風宮が話していると、それまで口を閉ざしてベッドに横になっていた金剛寺が話し出した。
「いや、あいつは本気じゃなかった……。」
その言葉に、医務室にいる全員が驚いた。
「あの時、あいつは剣技を使ったように見せかけていたが、あれはただの魔力の塊だ。剣技じゃない。」
金剛寺が、愛川 恵に手伝われながら、ベッドから起き上がって言った。
「そんな、あれが魔力の塊?そんなはず……。」
風宮が、「そんなはず無い。」と、言おうとすると、金剛寺がその言葉に被せて言った。
「一番近くで見ていたのは俺だ。あれが剣技であるか魔力の塊であるかの区別は俺が一番分かっている。」
金剛寺が穏やかに、しかし、悔しそうに下を向いて言った。
それもそのはずだ。魔力で負けたということは、剣技の善し悪しや、相性に関係なく、基礎的な所から負けているということだからだ。
それに、金剛寺は副会長の席に着いてから、申請試合では一度も負けていない。
金剛寺が負けたのは、副会長になる前に行った最後の申請試合。つまり、風宮との申請試合のときだけだ。
金剛寺にとって、この負けは、精神的に大きな負担になるはずだ。
「ということは、まだ、希さんの能力を見抜けていないということになるわね。」
風宮が、ため息を一つついた。
すると今度は、新道が口を開いた。
「お前らの言っている希の剣技に関しては、俺が直接聞いておく。だから、今日はゆっくり休め。」
二人にそう言うと、新道は医務室を出て行った。
「結局は何も分からなかったってことね。今朝の試合のときの希さん。最後に出そうとした技。あれも使わなかったし、分析用の隠しカメラも、希さんの魔力の衝撃で壊れていたし。」
風宮は生徒会室の地下から持ってきた、壊れた記録用カメラを手に持って見ている。
「すみません。力が及びませんでした。」
金剛寺が静かに風宮に謝罪する。
「いいのよ。」
風宮が答える。
「ですが、会長。会長の見たかった剣技というのは、一体なんだったんですか」
金剛寺が風宮に聞く。
「それより、あなたは、自分怪我の心配をしていなさい。」
風宮は金剛寺に優しく言い、医務室を出た。
「今朝、私に入れようとした最後の一撃。希さんは一体何を隠しているのかしら。」
風宮はそう呟き、生徒会室に向かった。
新道が自分の教室に戻ると、教室の中は、もぬけのからだった。
「あいつらどこ行ったんだ?」
新道が教室の窓から外を覗くと、体育館の電気がついていることに気づいた。
「まさか。あいつら!」
まさかとは思いながら、体育館に辿り着くと、そこには新道の思った通りの光景が広がっていた。
「あ、新道教官。暇だったんで、希ちゃん連れてきましたー。」
金髪のチャラ男、榊原 信也が体育館に入ってきた新道に軽いノリで言った。
「ったく。お前ら、体育館の使用許可は取ったのか?」
新道教官は模擬戦が始まっていなかったことに少し安堵し、体育館の中央の方に歩み寄って行った。
体育館には、いつものSクラスのメンバーの他に、編入生の噂を聞きつけた野次馬が観客席にごった返していた。
「希。少し話がある。」
新道が希を呼んだ。その理由は希にも分かっていた。今朝の風宮会長との模擬戦の件と、副会長の件だ。希は体育館の外に呼び出され、新道に続くように体育館の外に出た。
「希。まずは、長旅ご苦労さん。」
新道は希に言った。
「お久しぶりです。新道教官。」
希は、微笑んだ。
「相変わらずだな。まさか、入学初日で問題を起こすとは思わなかったよ。」
新道は苦笑いをしている。
「ハハハ、私の性格は承知の上でしょう?」
希はわざとらしく笑ってみせる。
「そうだな。しかし、お前が姿を消していた三年間。一体、どこで何をしていたんだ?」
新道は笑うことを止め、真剣に聞いてくる。
「そうですね。神裂 優斗君のお父さんの所に居ました。」
希は平然と答える。
「それは、調べ済みだ。そして、お前が神裂の父である神裂 凰牙の所に居たのは昨年からだ。」
「そうですか。調べたんですか。」
希は空の彼方を見つめて言った。
「ああ。身辺調査も担任の役目だからな。その前はどこに居たんだ?」
「どこまで知っているんですか?」
希は新道に聞く。
「俺が知っているのはそこまでだ。それより前の記録はどこにも残っていなかった。」
新道は、ため息を一つついた。
「新道教官。世の中には知っていて良い事と、知らなくて良い事があるのは知っていますか?」
希は新道の方を見ず、空の彼方を見つめたままである。
「それは、これ以上聞くなということか?」
新道は希に聞いた。
「そうですね。教官の身のためです。」
希が振り返り、新道を見つめて言った。しかし、その瞳は、それまでの優しい希の瞳ではなく、恐ろしいほどに冷酷な瞳をしていた。
「…………。」
「…………。」
二人の間に沈黙が流れる。
「では、これから歓迎会が始まるみたいなので、私は行きますね。」
希は微笑み、体育館に体の向きを変え歩き出す。
「希。」
新道が希を呼び止めた。
「まだ、何か?」
希は振り向かずに足を止める。
「何かできることがあったら言えよ。俺は、お前の担任だからな。」
新道が希に言った。
「ハハハ。相変わらずですね。」
そう言って、希は体育館に戻って行った。
「結局何も聞けなかったか。」
新道は、ため息を一つついた。