第四章:《編入生と学園の女王1》
「ピピピッピピピッピピピッ!」
目覚ましの音で目が覚めた俺は、鳴り止まない目覚ましを止めるため、寝ぼけている目を右手で擦りながら、左手で目覚ましを探す。
しかし、その左手に触れた感触は、目覚ましの硬いプラスチックの感触ではなく、それとは相対的な柔らかい感触であった。
俺は不思議に思い、左手の方を見る。
「やっべー!」
俺が目にしたのは、俺の隣で気持ち良さそうに眠っている希の姿であった。
咄嗟のことで、少し大きめの声が出てしまったが、希は起きることなく、白いシーツに埋もれている。
当然この状況からして柔らかいものと言えば、希の胸なのだが、問題は希の状況だ。
シーツに包ってはいるが、所々で透き通るような白い肌が見え、その状態から推測するに、希は今、全裸の状況にあると推測できる。
「どうしよう。メッチャ触っちゃったよ。事故とはいえ、ここは正直に謝るべきか。」
俺は、希を起こさないように、ゆっくりベッドから離れる。
そして、左手に残る柔らかい感触に、言いようのない思いを抱きながら、部屋を行ったり来たりする。
「いや、今この部屋の状況から、俺意外誰も見ていない。つまり、俺が黙っていれば無罪。」
「よし!」
俺は、両手を強く握り締め、完全犯罪を確信する。その瞬間、俺の背後に人の気配を感じた。後ろに立っていたのは、エプロン姿の姉だった。
「優君? これはどういうことかな?」
姉が笑顔で聞いてくる。しかし俺は、その笑顔の裏にとてつもない殺気を感じた。
「俺は何もしていない!」
慌てて、姉に今までの経緯を説明すると、意外にも姉はあっさり分かってくれた。
「希、ここはあなたの部屋じゃないわよ。」
そう言って、姉は希を起こす。
「ん、んー。」
希は、目を擦りながら部屋見渡し、今の状況を理解する。
全てを理解した瞬間、希の顔が恥ずかしさで真っ赤になり、シーツに包まったまま俺の部屋を跳ねるように飛び出し、自分の部屋に戻っていった。
偶然にしろ、触ってしまったことには、仕方がない。俺は、後で謝っておくことにした。
家族が三人になって始めての朝食。姉は機嫌良く鼻歌を歌いながら目玉焼きを作っている。
しかし、それとは対照的に、俺と希は今朝の出来事のおかげで気まずい状況になっている。
「あ、あのー。」
俺が、恐る恐る希に話しかける。すると、希は涙目でこちらを見ながら、口を開いた。
「さ、さっきは、ごめんなさい。」
謝るべきはこっちなのに、先に謝られてしまった。
「こ、こちらこそ。その、胸を触ってしまいしみませんでした。」
すると、俺が、胸に触ったことに気づいていなかったのか、その言葉を聞いた希は、一層涙目になり、ついには泣き出してしまった。
「うわぁぁぁん!」
「しまった……。」
そして、俺の頬に一発のビンタが炸裂した。
その後、希は姉に宥められ、何とか事態は収まった。しかし、状況は変わらないまま。
希は俺を警戒し、朝ごはんを食べ終えて学園に行くまでの間、俺の三メートルほど後ろを警戒しながら歩いてきている。
俺がこの状況をどうにかしようと頭の中を廻らせていると、三メートル後ろの希が俺に話しかけてきた。
「あの……。」
希の小さな声が俺を呼ぶ。
「な、何かな?」
俺は振り向き答えた。希はそれと同時に足を止める。
「さっきは叩いてしまって、ごめんなさい。」
希が申し訳なさそうに言う。
「いやいや、悪いのはこっちだし。」
俺が答える。
「でも、さすに痛そうですし。」
「いやいや、少し赤くなっているだけだから。大丈夫。」
俺は、若干痛い頬を叩いて見せて、「平気、平気。」と笑顔で言った。
「それより、改めて今日からよろしく。希さん。」
「こ、こちらこそ。よろしくお願いします。」
希は、深々とお辞儀をしている。
「それと、俺のことは、ユウって呼んでくれ。俺も希って呼ぶから。」
俺は、笑顔で言った。
「じゃ、じゃあ。……ユウ。」
「…………。」
「…………。」
お互いに、恥ずかしさで頭がパンクしそうになった。
それから、学園までの登校中、俺の仲間のことや、姉のこと、学園でのことを話した。
すると、緊張が解けたのか、希は明るい表情を見せ、俺の話に一緒になって笑っていた。どうやら、昨日の今日で緊張が解け切れていなかったらしい。
「そういえば、名前は分かったけど、希って苗字は何て言うの?」
俺が聞くと、希は一瞬だけ迷った素振りを見せた。
「そ、そういえば言ってなかったね。」
希が、わざとらしく明るく答えた。
「いや、昨日の模擬戦で強かったから、どっかの名家の人なのかなって思って。」
「知りたい?」
希がニヤニヤして聞いてくる。
「ああ。どこの名家出身なんだ? 俺の家みたいに、どっかの名家出身なのか?」
「では、では。教えてあげましょう。」
そう言って大げさにターンをして、俺の前に出る。
「お、おう。というか、希。キャラ変わってないか?」
俺は率直な疑問を投げかけた。
「今までは、緊張してたからね。これが本来の私。」
左手を胸に当て、元気な笑顔でそう言った希に、俺は少し好意を抱いた。そして、希の次の言葉に俺は、驚きと混乱でパニックになった。
「今日から、私の名前は、神裂 希。あなたの婚約者です。」
希は笑顔でそう宣言した。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
学校への登校の途中に、衝撃の事実を突きつけられた俺は、その事実に驚愕しながらも、詳しく話しを聞いてみることにした。
話を聞いていくと、どうやら希の家族と俺の父親は知り合いだったらしい。
親同士が勝手に決めたことらしく、最近まで希もこのことを知らなかったらしい。
しかし、希の家族の死により身寄りが無くなり、その時に俺の父が引き取ったということだそうだ。
さらに俺の父が、どうせ結婚するんだったら苗字も一緒にしてしまえということで、苗字が神裂になったらしい。適当な父のやりそうなことだ。
そして、今に至り、今年からこの学園に通うことになったということだそうだ。ここまでの話を聞いたとき、希は淡々と明るく話していたが、中々に壮絶な話の内容だったので、俺は少し驚いた。
「な、なあ、嫌な事思い出させて悪かっ――――。」
俺がそこまで言いかけた時、その言葉に被せるように希が言った。
「そろそろ学校だね。」
希の言葉に前を見ると、学園の正門が見えてきていた。正門の前には、一般の学生と生徒会が挨拶運動をしていた。なんだかんだで、希の旧姓を聞くことはできなかった。いや、はぐらかされたと言うべきか。
そのことに若干の疑問を覚えながら、しかし、これから一緒に暮らして行くのだから聞く機会はいつでもある。俺はそう思い、この話はまたいつか、希に聞くことした。
「へー。これが、日本の朝の登校風景かー。」
希が目をキラキラさせて、生徒会の方に歩いていく。
「あ、まずい。」
俺がそう言った瞬間、生徒会の一人が首にかかった笛を勢いよく鳴らした。
「ピピーーーー!」
「え、何?」
希がキョロキョロしていると、笛を鳴らした人物が歩いてきた。そして、希の前に立ちはだかった。
「あなた、ここは神聖な学舎よ。」
厄介なのにつかまった。彼女は、この学園の生徒会長の風宮梓だ。風宮梓、長い黒髪に豊満な胸、スポーツ万能、成績優秀。彼女は、この学園の実質的のリーダーである。
「え、えっと。」
どう返して良いかわからない希はアタフタしている。
「しょうがないな。」
俺は、人だかりになっているところを掻き分け、希と生徒会長のところに行った。
「会長。」
俺は、二人のもとに辿り着いたと同時に言った。
「あら、神裂君。おはようございます。」
会長は、希を睨みつけたまま俺に返事をした。
「何か用ですか。今、あなたにかまっている暇はありません。」
「あの、会長。希は今日来たばかりなので、髪型とかは大目に見てください。」
俺が希の事情を説明すると、会長は希を睨んだまま、希に言った。
「今回は大目に見ましょう。しかし、そのスカート丈や髪色など、生徒手帳でしっかり確認して明日までに直してくるように。」
そう言って去っていこうとする会長。それに対して、希が会長を呼び止めた。
「それはできません。」
その言葉に、その場に居合わせた生徒の全員が驚いた。
それは、会長の怒りを買った生徒の全員、いわゆる不良や態度の悪い生徒は、この会長によって、退学もしくわ強制的に態度を改めさせられているからである。
「か、会長?」
俺が恐る恐る会長に尋ねると、会長は、ゆっくり希の方を見て言った。
「そうですね。あなたはまだ、私の怖さを知りませんでしたね。」
やばい。これは申請試合になる。俺は直感でそう思った。会長はここの学園で一番の実力の持ち主。いくら希に俺を倒せる実力があったとしても、魔力量で圧倒される。
どうにか申請試合を回避しなければ。下手したら登校初日で退学処分だ。
「今から申請試合を行います。」
会長がそう宣言すると、会長と希の電子生徒手帳に申請試合という文字が浮かんだ。
「え、申請試合って?」
希は首を傾げている。
「申請試合とは、もし、生徒会もしくわ学園側に不服があるとき、又は、生徒間の意見の衝突が生じた時に、学園内のどこでもできる試合のことです。」
そして、続けてこう言った。
「今、あなたは私の言ったことに対して、できませんといいました。ですので、あなたの意見を通したいのであれば、申請試合で私に勝つこと。それが唯一の方法です。」
会長は希の承諾を待っている。
「そう。わかったわ。」
希は軽い感じで承諾した。
「おい。あいつ、承諾したぞ。」
「終わったな。」
「あの子、どうなるんだろ。」
集まった野次馬がそれぞれに話し始め、周囲がざわつく。
「おい、希。いくら俺に勝ったからと言っても、会長は無理がある。」
俺は、慌てて希に駆け寄って、俺でさえ会長には苦戦を強いられることを伝えた。
「でも、ユウは勝ったんでしょ?」
髪型の校則違反を指摘されていない俺を見て、希が言った。
「それは、会長が手加減してくれたからであって、今の希の状況とは違う。」
俺は必死に希を説得するが、希はそれを聞かない。
「神裂 優斗君。試合の邪魔よ。」
会長はやる気満々だ。
「そうだよ。会長の言うとおり。それに、私は負けない。」
そう言って、希がスタートポジションに着く。すると、会長が試合のルールを話し出した。
「ルールは模擬戦と同じ。もし、あなたが勝てば私はあなたの服装や髪型、そしてあなたの行動に対して、これからの学園生活で一切の不問を約束します。その代わり、私が勝った場合、あなたはこの学園から出て行って貰います。」
大抵、こんなリスクを負ってまで会長と申請試合をする馬鹿は居ない。それは会長が強いということを知っているからだ。
しかし、それを知らない希は、この言葉が会長の最後通告とは思っていない。
「いいよ。それは必ず守ってくれるんだよね?」
希が聞く。
「ええ。ですが、あなたが勝てなければ強制退学。それも守っていただきますよ。」
「もちろん。負けるつもりは無いので。」
二人は笑顔で話しているが、その空気はそれとは正反対の、戦いの火花が散っているようであった。
「では、私が審判をします。」
副会長の金剛寺 猛が審判の位置につき、申請試合の準備が整う。
「名前を言ってなかったわね。私の名前は風宮 梓よ。」
会長が思い出したかのように言った。
「私の名前は神裂 希。今日からこの学園に通う編入生よ。」
希は笑顔で言った。そして金剛寺が試合の開始を宣言する。
「では、これから生徒会の権限により、申請試合を始めます。エリアはこの学園の校庭内。障害物は一切なし。なお申請試合の間、校庭外に危険が及ばぬようバトルフィールドを形成。この間、校庭内に一切の人の立ち入りを禁じます。もちろん、誰かさんの立ち入りもできないので、そのつもりで。」
副会長の金剛寺が眼鏡を光らせ、俺を睨んでいる。
どうやら、邪魔をするなということらしい。まあ、何がともあれ、始まってしまったものは仕方がない。昨日の道場の模擬戦での「瞬間練成(仮)」を客観的に見ることができるチャンスなわけだ。
ここは、希が会長相手にどこまでやれるか。その実力を見せてもらうことにしよう。
「両者、準備は?」
金剛寺が言った。
「いいわよ。」
「もちろん!」
二人がそれに答える。
「では、申請試合はじめ!」
金剛寺が試合の開始を宣言した。