第一章:《蒼穹の魔剣と二色の魔銃》
ここは、世界有数の魔導戦力を誇る魔導国家“日本帝国”。ここで暮らす人々は魔導を使い、日々の生活に役立てている。
そして俺たちが暮らしているこの町は、この国の首都であり、世界有数の魔導都市の一つに数えられる“大魔導都市名古屋”である。
この日本帝国は三度の世界大戦を経て、大きな技術進歩を果たした。その賜物が、今、私たちが毎日当たり前のように使っている“魔導”というものだ。
旧首都の東京は敵国の大規模爆撃により壊滅。代わってこの名古屋が、この国の首都に抜擢された。
理由は簡単だ。当時、ここで初めて魔導の存在が確認され、どの国よりも早く魔導を取り入れた武器を作ることができたからだ。
そして日本は、この技術を持って、第三次世界大戦を終結させ、世界のトップに君臨したのである。
「ここまでが、俺たちの住んでいる国、魔導国家“日本帝国”の始まりの歴史だ。」
担任教官の新道が、黒板の前で歴史の教科書を開きながら説明している。
正直、この学校で普通の授業をやる必要があるのだろうか。俺は、校庭で武術の訓練をしている他の生徒を見ながら、今日に限って依頼の無いことを少し恨んだ。
この学校は主に、実践向け魔導訓練を行う国立の特別魔導学校の一つだ。第三次世界大戦後、この日本帝国で、初めて全国的に行われた教育改革の象徴とも言われているのが、全県に魔導学校を一つ作る制度である。
世界平和のため、優秀な人材を育成し、未来において戦争を撲滅させるための世界平和構想を目的としている。
このため、この学園は全寮制であり、海外からの生徒も多く、留学生としてこの学校に通っている。
ちなみに、魔導を使えるのは日本人でも一部の人間と、他国のごく一部の人間だけで、詳しいことは分かってはいないが、その理由は、体質的な問題であるといわれている。
「体質的問題か……。」
俺は、視線を校庭から黒板に移し、ふと気づく。黒板の前にいるはずの新道の姿が見えない。
そして、後ろに気配がしたと思い、後ろを振り向く。刹那、俺の脳天に凄まじい衝撃が走り、目から涙が滲む。
衝撃の正体は新道の持つ教科書だった。
「おい、神裂。しっかり授業を聞け。」
俺の後ろには新道がいた。
「痛ってー!」
俺は頭部を押さえ、机の上で、激痛に苦しんだ。
「なぁー。新道。この授業に意味があるんですかー。」
俺は顔を上げ、嫌味っぽく新道に聞く。
「はぁ、新道教官だろ。」
新道はため息をつき、教科書を閉じる。
「いくらこの学校が魔導専門の特別学校だとしても、最低限の一般教養は受けてもらわなければならない。それが、この国とこの学校の方針だ。」
新道が教卓に手をつき俺たちに向かって話す。そして特に、と続けた。
「特にお前ら五人は、本来一年の時点で習う一般教養が、依頼の関係で全くできていない。いくら、お前らが異例のステージ5であっても、最低限の知識は覚えておく必要がある。そうしないと、後々になって困ることになるからな。」
新道が真面目に話している。この学校の授業は大きく分けて二つ。魔導の訓練授業と、一般教養の授業。本来ならば、高校一年の時点で、一般教養の授業は全部終わるのだが、俺らに限っては、一年生の時点で既に任務につくことになったので、終わっているはずの教養の授業が終わっていない。
だから、こうして二年生の依頼のない日に一般教養の授業を受けているということである。
「新道教官。」
手を挙げて発言したのは、このクラスのクラス委員であり、俺の幼馴染である神宮寺 瑞希だ。
瑞希は一般教養の成績も良く、魔導の成績もこの学年では、トップクラスだ。
言うまでも無いが、もちろん一般教養の授業も一年生の時点で終わらせている。
俺らと同じ行動をしていた筈なのに、どこに一般教養をやる時間があったのか。俺は今でも疑問に思っている。
「何だ。」
新道が瑞希の方を見る。
「今のこのクラスの状況では、一般教養の授業は意味を持っていません。なので、魔導の訓練に変えた方が効率が良いと思います。」
瑞希が真っ直ぐ新道を見ている。新道は溜息を一つついた。
「はあ、しょうがないなぁ。」
新道は手に持っていた教科書を置いた。
「じゃあ、今から体育館の使用権取ってくるから、お前ら体操服に着替えとけよー。」
新道はそう言ってこの教室を出てい行った。俺は、後ろの自分のロッカーにある鞄を取るために、席を立った。そのときだった。俺の背中にのしかかるようにして、金髪のチャラ男が話しかけてきた。
「いやー、毎度毎度の事だけど、優斗と新道教官とのやり取りは最高だね。」
金髪のチャラ男は親指をたて、俺に満面の笑顔を向けてくる。こいつの名前は榊原信也。中学の時からの親友で、高校でも一年の頃から同じチームを組んで任務に当たっている。
「要するに、親友って奴だねー。」
耳元で榊原が、いきなり喋りだした。
「おい。いつも言ってるだろ。勝手に心を読むなって!」
俺は榊原の頭を掴み、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回す。
「いや、フッ……、優斗が何か深刻な顔してたし。しかも……、フハッ……、だ……誰と話してたんだ?」
信也が口元を手で押さえて、笑いを堪えながら言った。
「な、何でもいいだろ! それより、さっさと着替えて体育館行くぞ。」
俺は制服を脱ぎ、上半身裸の状態になった。
「え。まだ瑞希と静香が教室に居るんだけど。」
信也が指さす方向には、黙ってこちらを向いている瑞希との静香が居た。
「え? 何でいるの?」
俺は二人に聞くと、瑞希が答えた。
「何ていうか、優斗の様子がいつもと違う気がしたから、色々聞こうかなって思って。」
すると、信也が俺の心を読んで得た情報を勝手に喋り出した。
「こいつさー。さっきから、心の中で誰かと会話してんのー。マジでウケるー。」
「お前は少し黙ってろ!」
俺は信也の頭を掴み、勢いよく机に叩きつけた。
「うはっ。」
信也の顔面が机にめり込み、それっきり信也は黙った。
「まあ、何でもないから。そして、お前らが教室に居ると、俺らが着替えられないんだけど。」
「そ、そうだよね。い、行こうか。」
二人は顔を赤く染めて、慌てて教室を出て行った。すると、机にめり込んでいた信也が、顔をスポンッと机から離し、喋り出した。
「わかったぞ。今朝の転校生が来るって話だな。」
「いや、何の話だよ。」
俺は血だらけの顔の信也が目をキラつかせていることに少し引いた。
「お前の独り言の話だよ。どうせ転校生に喋りかける練習だろ?」
信也は俺の肩にポンと手を置いた。そして、
「がんばれ。」
すべてを悟りました。という顔をして、そう言った。
「いや、違うから! というか、お前も体操服に着替えろ。」
その後、俺は信也が体操服に着替えるのを待って体育館へ向かった。
「はあー。迷っちゃったなー。私、今どこにいるんだろ。」
私は郵送で送られてきた地図を片手に、広大な迷路とでも言えるこの学園の廊下をさっきからグルグルと彷徨っている。
「この地図合ってるのかなー。」
この地図の通りに来たつもりなのに、地図に描いてある場所になかなかたどり着けない。
私は途方に暮れていると、廊下を歩く二人の男子生徒を見つけた。あの人たちに聞けば、場所がわかるかも。
「あ、あのっ!」
私は二人の男子生徒の元に駆け寄って、地図を見せた。
「ここに行きたいんですけど……。」
私は手に持っている学園内の地図の「校長室」と書かれているところを指差した。
「校長室?」
黒髪の男子生徒は少し驚いた顔をして言った。
「あ、ああ。学園長のところだね。それだったら……」
金髪の男子生徒が、私に親切に教えてくれた。さらに、その二人は学園長室の前まで道案内をしてくれた。
人は見かけによらないとはこの事なのだと、そのとき私は思った。
「あの、ありがとうございました。」
私は二人にお礼を言って、ノックをして学園長室に入った。
学園長室には大きな壺に入った花束が置かれた台が窓際にあった。その並びにちょうど窓に背を向ける形で、「学園長」と書いてあるプレートの乗った大きなウッド調の机とあ社長椅子が配置してあった。
部屋の中央にはガラスのテーブルがあり、それを囲うように、黒いソファーが置いてある。どうやら、学園長は今不在の様子だった。私は黒いソファーに座り、学園長を待つことにした。
「さっきの人達、優しかったな……。」
はじめから結末が分かっていながら、私はこれからの学園生活に微かな希望を胸に抱いた。
「どうせ友達になんてなれないだろうけど。」
「遅いぞ、お前ら。体育館までそんなに時間がかかる距離でもないだろ。」
俺と信也が体育館に着くと、新道は体育館の中央に、瑞希と静香は壁にもたれながら何かを話していた。
「ごめん、ごめん。迷子の子が居たから、道案内してたんだよー。」
信也が、今さっきの出来事を新道に説明した。
「そうか。あいつ、もう来てたのか。」
新道が思い出したかの様なそぶりをして言った。
「え、新道教官。あの子と知り合いなんですか? 紹介してくださいよ。」
信也が目を輝かせて新道に聞いた。
「はぁ、今朝も言っただろ。明日、編入してくる生徒だ。」
新道はため息をつきながら言った。
「それ、本当ですか? 俺、告ろうかな。」
信也が顎に手を当てて、真剣に悩んでいる。確かに、俺も可愛いと思った。しかし、あの顔どこかで見たことあったような……。
「まあ、編入生の件は一旦置いといて、模擬戦はじめるぞ。」
新道は、手に持っているタブレットの電源を入れた。
「今日こそ勝ちます!」
そう宣言したのは静香だった。
「試合はいつもの通り、トーナメント形式で行う。そして、第一試合は静香と瑞希だ。」
「はい。」
「はーい。」
二人は返事をして、体育館の壁にもたれかかるのをやめ、体育館の中央にある、模擬戦専用のスタートポジションにつく。俺たちは二人の邪魔にならない、体育館の二階席に移動した。
「今日は勝たせてもらいます。」
やる気満々に宣言したのは、静香だ。彼女の本名は霧咲 静香。主に遠距離砲撃を得意とし、豊富な火力と狙った敵を逃さない高い命中率を持ち合わせている。
チームにおいては主に後方支援だが、本来は中距離からの遊撃を得意としている。
しかし、このチームには俺たちをしっかりサポートできる人員がいない。そのため、彼女は後方支援という位置にいる。
「お手並み拝見ってところね。」
一方で、余裕の表情をして立っているのが、瑞希だ。
「どっちが勝つか、賭けないか?」
俺の隣で信也が話しかけてきた。
「お、いいね。じゃあ、俺は霧咲に賭けようかな。」
俺は霧咲に賭けた。
「じゃあ、俺は瑞希だな。負けたほうが勝ったほうにジュースだからなー。」
信也はそう言って席を立った。
「おい、どこ行くんだよ。」
俺は信也に聞いた。
「トイレだよ。さっき行きそびれたからな。」
信也はそう言って、体育館を後にした。視線を体育館の二人に戻すと、ちょう
ど試合が始まろうとしているところだった。
「二人とも準備はいいな?」
新道が二人の目を見て言った。
「いいですよ。」
「いいよ。」
二人は同時に答える。
「模擬戦、第一試合。はじめ!」
「BATTLE START!」
戦闘開始の機械音と共に、体育館の床と壁が姿を変える。体育館の壁がなくなり、広大な荒野が姿を現す。
「行きますよ。」
静香が構える。
「いつでもどうぞ。」
瑞希も構える。
「練成!」
静香がそう叫ぶと、静香の周りの地面から緑色の魔方陣が浮かび上がった。武器練成の開始である。
さらに、緑色の魔方陣から深緑の青葉が舞い出し、静香の両腕を包む。同時に彼女の両手に黒い革の生地に、緑色に光るラインの入ったグローブが形成。そしてその両手に、黒い銃身に緑色に光るラインの入ったハンドガンが形成された。
「練成!」
今度は瑞希が叫ぶ。同時に青色の魔方陣が地面から浮かび上がり、武器の練成が開始される。
魔方陣からは青く輝く流水が湧き上がり、彼女の右腕を包む。黒い革の生地に、青く輝くラインの入ったグローブが形成され、その手には刀身が青色に輝く剣が形成された。
「練成時間は同じくらいってところね。」
瑞希が自分の練成した剣を見ながら呟く。
「今回は勝たせてもらいます。」
静香が二挺のハンドガンを構える。
「やれるものなら!」
瑞希が片手で剣を構え、地面を強く蹴り、一気に静香との距離を詰める。青色に輝く剣が空気を切りながら、静香目掛けて突き進む。
「一の型、青龍突き!」
瞬間、瑞希の剣の先に魔方陣が発動。剣は水を纏い、龍の形を帯びて静香に牙を剥く。
「そう簡単にはやられません。」
静香は二丁の銃口を前に突き出し、力を溜める。
「魔弾一式、鎧龍弾!」
放たれた魔弾は、瞬時に魔方陣を作り出し、目の前に強固なバリアを形成。そ
れにより、瑞希の突きは防がれ、二つの魔法の衝突によりフィールド内に風圧が発生し、二人の距離が少し開く。
「鎧龍弾の防御力を上げてきたわけね。さすが、私の右腕ね。」
体制を立て直した瑞希は、再び剣を構え、静香を褒める。
「今回の試合は本気ですからね。手加減はしませんよ。」
そう言いながら、静香はすぐに通常魔弾を撃つ。
「そう来ないとね。こっちも本気で行くよ!」
瑞希がもう一度剣を構え、勢いよく地面を蹴り、静香の撃った魔弾を回避する。さらに、空中で体を捻り、剣を前に突き出す。
「その構えは一の型。何度も同じ手はくらいません!」
静香は後方に大きくジャンプし、二丁の銃口を瑞希に向ける。
「魔弾二式、蛇龍弾!」
放たれた魔弾の弾道は、魔方陣を発動させながら、蛇のようにランダムに曲がり、頭上から瑞希を狙う。
「二の型。」
瞬間、青く輝く剣の先に魔方陣が出現し、大量の水が流れ出す。そして、空中
の瑞希の体を包み、大きな龍の形を形成。
「しまった!これじゃあ、攻撃が通らない。」
静香の攻撃は瑞希の大量の水に防がれ、水の中にいる瑞希に届くことなく外れた。
「飛龍!」
水で龍を形成した瑞希はそのまま静香目掛けて突き進む。
「魔弾……。」
静香は凱龍弾で防ごうと、二丁の銃口を前に突き出す。
「遅い!」
瑞希の攻撃が魔弾の発動よりも早く、静香に直撃。静香は大量の水圧によって、地面に打ち付けられた。
「BATTLE END!」
試合終了を告げる合図と共に、荒野のフィールドが元の体育館に戻る。
「おつかれ。腕を上げたわね。」
瑞希はそう言って、攻撃を受けて倒れている静香に近寄り、手を差し出す。
「行けると思ったんですけどね。」
そういって言って静香は瑞希の手を掴み、立ち上がった。
「霧咲。念のために医務室に行ってこい。第二試合はその後だ。」
新道が駆け寄り、新道と静香は体育館を後にした。
「賭けは俺の勝ちだな。」
満面の笑みで歩いてきた信也が俺の隣に座って言った。
「はぁ。ジュースだっけ?」
俺はため息を一つ吐き、その場から立ち上がる。
「ああ、炭酸なら何でもいい。」
信也は満面の笑みで俺に手を振っている。ムカついた俺は、信也に冷えていな
い炭酸水を買っていってやることにした。