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グレイフェンリルの飼い方4・愛犬にご飯をあげましょう

 やっとの思いで今までいた建物から出る。

 というのも、歩いていようがかまわずシロたちが俺にまとわりつくためだ。

 そういう妖怪いるよね。

 子泣きじじいとか、すねこすりとか……

 育成方針が〝スパルタ〟だったら、もうちょい適切な距離で接してもらえたのだろうか。

 俺から一定距離をとって歩く、シロや子犬どもを想像する。

 それはなんだか、すごく寂しい光景に思えた。

 うん、とりあえずは今のままでいいや。

 ……節度はおいおい調教していこう。


 今までいた場所が〝モンスター小屋〟だ。

 育てているモンスターが睡眠をとる場所なのだが、ゲーム的には睡眠時間ほぼ全カットなので、あまり縁のない場所に思える。

 そこを出ると、正面には広い草原が見えた。

 育成画面で一番長く見ることになる場所で、基本的にここから用途ごとにアイコンを選んで移動し、施設を使う、という感じでゲームは進んでいく。

 ゲームにおいて調教師(プレイヤー)は、育てるモンスターに応じて、いくつかの調教場を点々とすることになる。

 ここは〝遠くに原生林ぽいものが見える草地〟だが、場所によっては〝雪山〟だったり〝谷底〟だったり、あるいは〝虹の上〟なんていうロケーションもありうる。

 場所によって伸ばせる能力に差があったりするのだが、そのへんは他の調教場を確認してからでもいいだろう。

 草地の広場の周囲には円形にいくつかの小屋が配置されていた。

 モンスター小屋が西側だとすると、調理場は南東に位置するはずだ。

 俺はシロたちにまとわりつかれ団子状になりながら、調理場に向かった。


 建物の中に入る。

 こちらも木製に藁葺き屋根の建物で、床はなく土の地面のままだった。

 デザインはよく知る現代のキッチンに近い。

 ただし水道はなく、水は井戸から汲んでくるはずだ。

 調理場の横に井戸があった。

 そしてガスコンロもなく、火は自分でおこすはずだ。

 ……俺に火おこしのスキルとかあんの?

 現実でそんなのやったことないよ?

 とまあ、心配ばかりしても仕方がない。

 いざとなれば鹿の生肉(皮付き骨付き血抜きなし)にかぶりつくしかないのだろうが、やれる限りは色々試してみるつもりだ。

 俺はキッチンに立った。

 シンクのような設備だ。

 戸棚があり、不思議とどこにどんな道具があるのか、頭に浮かんできた。


 シロが俺の耳元で言う。

「今日はどんなお料理をするんですか?」

「……ううん……肉だし、焼きたいかな……」

「焼いたお肉! いいですよね! お肉は大好きです!」

 知ってる。

 グレイフェンリルは肉が好きだ。


 ゲームで育てるモンスターは一部を除いて雑食なので、肉好きだからといって野菜をまったく食べないわけではない。

 だが、好みではない食事をあたえると信頼度がさがって言うことをきかなくなったり、育成方針がスパルタ寄りになっていったり、能力の伸びが悪くなっていったりする。

 なので基本的に好みの食事以外はあたえない。


 しかしこの世界では俺も一緒の食事をとる予定だ。

 自分のためにも栄養バランスぐらい考えたほうがいいかもわからん。

 その前に料理できるかどうかなのだが……

「焼き鹿肉、か」


 つぶやいた途端だった。

 頭の中に調理工程が浮かんでくる。


 脳内の俺がすごい。

 機械のような正確さで鹿肉をさばいて調理していく。

 火おこしなんかも細かいコツまで一瞬で浮かんでくる。

 変な言い方になるが、俺自身が思いつくことに俺自身でおどろいてしまうほど、頭の中の俺は完璧な料理人だった。

 いけるんじゃね?

 俺はうなずいて、今まで直視を避けていた鹿肉を見る覚悟を決めた。

 実は、子犬ども(ロッチやネムをふくむ)に鹿肉を運搬してもらっていたのだが……

 グロいので見たくなかった。

 こちとらお肉といえばスーパーにあるさばき済みのしか知らないんだからしょうがない。

 おそるおそる、鹿肉を見る。

 鹿と目が合った。

 とっくに死んでいる。

 首筋からは血が流れているが、それ以外の外傷はない。

 狩人としてシロの洗練した手際が見てとれた。

 不思議と気持ち悪さは感じなかった。

 調理場に入ってから見れば、思っていた〝怖さ〟みたいなものもない。

 それこそスーパーに並ぶ調理済み肉を見た時のような感慨しかわかなかった。


 なるほど、この世界の俺は、たしかにちゃんとした調教師(テイマー)だったらしい。

 この感覚をどう表現していいかは悩むところだが……

 なんていうか、慣れている。

〝三ヶ月前の俺〟が当たり前にしていたことを、必要になった瞬間にきちんと思い出せる感じだ。

 こういうのも〝体が覚えている〟と言えるんだろうか?


 俺はうなずく。

「よし、久々に腕をふるうか。ちょっと時間がかかりそうだから、お前らは外にでもいてくれ」

「わかりました……ご主人様とのふれあいはできますものね。もういなくならないですよね?」

 不安そうな声だった。


 ……なるほど、やけにまとわりついて来ると思ったら、そういうことだったのか。

 今の俺にそんな記憶がないとはいえ、三ヶ月前の俺は彼女の前から消失したのだった。

 またいなくなられるかもという心配があるのだろう。

 どれだけ寂しい思いをさせたのか、想像するにあまりある。


 俺はせめて言葉だけはつくして、シロを安心させたいと思った。

「いなくならないよ。その、どう言ったらいいかわからないけど……もともといなくなりたいなんて思ったことはなかったんだ」

「……わかりました。ご主人様の言うことであれば、シロは信じます」

 信頼がまぶしい。

 俺は目を細めてうなずいた。

「お詫びってわけでもないけど、精一杯おいしい食事を作るよ」

「はい、楽しみにしています! ……あなたたち、ほら、行きますよ」

 シロが子供たちを連れて調理場を出て行く。

 彼女は本当に俺を信頼してくれているようだ。

 その信頼に答えられるように、これからは彼女たちと一緒にいようと思った。


 シロたちが出て行ったのを確認して、料理を開始することにする。

 ちなみに調理場から退出してもらったのは、鹿肉をさばくのにかなり場所が必要になるからだ。

 皮を剥いだり血を抜いたりするのに、けっこう広げないといけない。

 俺は慣れた手つきで戸棚から鉈を取り出す。

 あとは肉をつるすための台も……あったあった。部屋の角に木製の器具がある。

 そして――〝調理〟を開始した。




 しばらくすると、1人、調理場に来た。

 まだ獣型で、名前をつけていない子犬だ。

 その子がこちらを見上げて言う。

「おとーさん、おとーさん」

「どうした?」

 汗と血を袖でぬぐう。

 スウェットもだいぶ汚れてしまった。

 あとでシロに服を用意――ああいや、そういえば、ゲームにおける俺の服が私室にあるのかな、と思いながら、手を動かしていく。

「みてていい? じゃましないから」

 俺は悩む。

 刃物とかも扱っているし、けっこう危ないのだが……

 子犬のほうを見る。

 くりくりした瞳でこちらを見上げていた。

 むげに断るのはためらわれる。

 ……まあ、邪魔しないなら、いいか。

 俺はうなずいた。

「そのへんの物に触ったり、動き回ったりするなよ?」

「わかったー」

 ちょこん、と俺の横でおすわりする。

 子犬の視線を受けながら、俺は肉をさばく作業を続けた。



 肉を解体するというのは、体力も腕力も必要になる作業だ。

 汚れるのも避けられない。

 妙な話だが、ゲーム内の俺はこんな作業を毎日のようにこなしていたのだ。

 かなり尊敬する。

 しかも俺の手際は、よかった。

 毛皮を剥ぐ。

 肉を裂いて内臓を取り出していく。

 肉が部位ごとに分けられていく。

 見ていてたしかに〝プロの手際〟だと感じられる。

 100数種類のモンスターを育て上げてきた――と言ってしまえば簡単だが、実行するのにはこんな努力が必要だったのだ。

 今初めて思う。

 俺はすごい調教師(テイマー)だ。

 そして、この調教師としてのスキルこそ、俺がこの世界に来て得たものなのだ。

 自画自賛、というよりも〝ゲームをしていただけの俺〟が〝実作業をしていた俺〟に対して抱いた感想だった。


 子犬は作業の邪魔をしなかった。

 しゃべりかたものんびりしているし、動きも少ない。

 大人しい子だ。

 ただ、作業中の俺に、いくつかの質問をした。

「おにく、かじらないのはなんで?」

 いちいち解体することが不思議だったらしい。

 たしかに野生動物がいちいち肉を部位ごとに分けて味わうことはないだろう。

 俺は作業しながら答える。

「きちんと部位で分けたほうがおいしくなるからかな」

「おにく、かじってもおいしいよ?」

「もっとおいしくなるんだ」

「おとーさんのごはん、おいしいって、おかーさん言ってたよ」

「……そうか」

「かじるよりおいしいの?」

「そうなるつもりで、料理してるんだよ」

「おりょうりって、ぼくにはむずかしいかな?」

 つい、子犬のほうを振り返る。

 ……女の子だ。間違いない。

 一人称が男の子っぽかったから、ちょっとびっくりした。

 子犬が尻尾を揺らす。

「おとーさん、どうしたの?」

「いや。なんでもない。えっと……料理、料理かあ……4足歩行だと難しいかな」

「おとーさんみたいな体ならできるのかな?」

「どうだろう……まだお前には力が足りないかもしれないな。けっこう腕力いるんだぜコレ」


 モンスター形態だと強いグレイフェンリルも、人型になると普通の女の子なみの力しか発揮できない。

 嗅覚や聴覚なんかは特に説明で触れられなかったので、そのままかもしれないが……

 なんにせよ人型形態はモンスターたちにとって〝弱い姿〟なのだ。

 だからこそ、信頼度をMAXにしないと見せてもらえない。

 そしてツンやロッチと同じぐらいの年齢だとすると、あの子供たちに肉をさばくという力仕事ができるとはとても思えなかった。

 というか俺自身もなんでできてるか不思議なぐらいだ。

 人間は本来の力の半分も出さずに生活しているというが、今は火事場の馬鹿力的なものでも出しているのかもしれない。


「明日筋肉痛でヤバイかもしれないな……」

 今さら思い至る。

 この世界でまっとうに実作業をしていたら、そのうち上腕が女の子のウエストぐらいの太さになるかもしれない。

 そんな自分を想像すると笑ってしまう。

 子犬が尻尾をふる。

「いいなー。おりょうり、たのしそうだなー」

「やってみたいならとりあえず人型になってもらわないといけないんだが……」

 無理強いするようなことではない。


 シロだって、最初はどこか他人行儀で礼儀正しかったのを、色々調べながら調教していってようやく人型を見せてくれたのだ。

 その結果が全裸でとびついてくる甘えん坊の飼い犬なのだが……

 シロの子供であるツンやロッチ、ネムなどは人なつこいほうなのだろう。

 むしろ、ゲームをやっていた俺の感覚から言えば、まだ人型化していないこの子のほうがいつも通りのモンスターっていう感じがする。

 ここから信頼度をあげていく作業が楽しいのだ。

 さしあたってはそうだな……


 俺は鹿肉の一部を小さく切る。

 それから、子犬の前にしゃがみこんだ。

「少し食べるか?」

 肉をのせた手を差し出す。

「……いいの?」

「みんなに内緒にするならな。ママにも内緒だぞ。俺とお前だけの、秘密だ」

「ありがとー」

 俺の手のひらの肉をハグハグと食べる。


 尻尾が大きく揺れ動いていた。

 今さらこんなこと言うのもどうかと思うが……

 尻尾ふりながら物を食べる4足歩行の毛玉生物はクッソかわいいな!

 叫びたいぐらいかわいい。

 抱きかかえてなでたかったが、食事中にあんまりいじるのもかわいそうだと思ったので、こらえた。

 しばらく待っていると、肉を食べ終わったようで、俺の手のひらをペロペロとなめだす。

 こそばゆい。

 もう我慢できそうもない。


 俺は子犬を抱きあげた。

「って口のまわりの毛がすごくテカッてるじゃないか」

 服の袖でぬぐう。

 子犬は目を閉じて、なされるがままになっていた。

 ぬぐい終えてから俺は子犬の頭をなでた。

「これぐらいでいいだろう。見た目にはバレない。においは……まあ、俺が肉をさばくのを横で見てたんだからついたってことで」

「みんなにぺろぺろされそうかもー」

「……みんなお腹空いてるのか」

「さいきん、ごはんすくないの。おそとはこわいにんげんとあうかもしれないから、あんまりでちゃダメだって」

 戦争の影響で食料の確保も満足にいかないのだろう。

 シロが言いつけを破ってまで調理場の食料を食べてたのは、そういう事情もあるのだ。

 ……なんとかしてやりたいな。

 モンスターと人間の戦争をなんとかする――というのは、ちょっと方法がわからないけれど。

 力が及ぶ限りで、なにかをしたい。

 彼女たちが健やかで幸福に生きていける助けになりたいなと思った。

 まずは、料理だ。

 俺は肉を食べやすい大きさに切り分ける。

 ひとしきり作業が終わり――

「よし、外で火をおこそう。ついてくるか? それとも、お肉を見てるか?」

「おとーさんをみてる」

「そうかそうか。じゃあ行こうか」

〝記憶〟によれば、火おこしの道具は調理場の外にまとめてあるようだ。

 井戸のそばにその手の道具が集中しているっぽい。

 たぶん、延焼しそうになった時に横に水があればすぐさま消し止められるからだろう。

〝この世界で実作業をしていた俺〟は、色々考えて道具の配置をしている。


 子犬を腕に抱えたまま、調理場の外に出た。

 広場には、みんながいる。

 人型が4人だ。

 ロッチとネムは、シロにまとわりついたり、抱きついてじゃれあったりしている。

 ツンは地面にうつぶせになって、うたた寝をしている様子だった。

 かさ、と草地を踏む。

 全員が俺の姿を一斉に見る。

 そして、近づいてきた。


 シロが俺の首筋に顔を近づけてにおいをかいできた。

「ご主人様! シロはちゃんと言いつけ通りお外にました! ……って、お前は中にいたんですか? ご主人様の言うこときかなきゃだめでしょう?」

 腕の中の子犬に向けて言っているようだ。

 たしかに俺は〝外にいてくれ〟と言ったので、シロが叱るのは正しい。

 しかし許可したのは俺だ。

 フォローしておこう。

「まあまあ。俺が邪魔しないならいいって言ったんだ。実際にとても大人しかったぞ」

「大人しければいいなら、シロだって大人しくご主人様を見てましたのに……」

「今度から配慮するよ」

「はい! ……ところでご主人様、とてもいいにおいがしますね」

「ああ、肉をさばいたからな。これから火をおこして、焼こうと思ってる」

「ご主人様のにおいとお肉のにおいがまざってなんとも言えない芳醇な香りでもう辛抱たまらないです……シロは今すぐご主人様にかぶりつきたい衝動をおさえるのに必死です……」

 息が荒い。

 よだれが口の端から垂れた。

 目が爛々と輝いている。


 ……俺を喰おうとしてないよな、こいつ?

 ちょっと不安になるぐらいの様子だ。

 肉のにおいは彼女たちにとってよほど魅力的らしい。

 俺は、腕の中の子犬に目を落とす。

 姉妹たちにすんすんとにおいをかがれていた。


 ツンが無表情のまま言う。

「いいにおいです。抜け駆けはだめなのですよ」

 ロッチが笑う。

「あんたぁ、パパとずっと一緒とか、ずるいじゃなぁい」

 ネムが俺の腕の中の子犬を甘噛みする。

「……おだしでてる……かんでるとねー、あじがねー、おいしくってねー……」

「ぼく、なんにもたべてないよ。ほんとだよ」

 ぷるぷる震えながら、腕の中の子犬が言った。

 ……ツンもそうだったが、嘘が苦手すぎるだろ。

 子犬だし致し方なし、なのか。

 ともあれ、俺は火をおこすべく、井戸のそばへと移動した。

 今度は全員、俺のほうへついてきた。



 井戸の横には木製の箱があった。

 中から火おこしの道具を取り出す。

 まず用意するのは、木片とおがくずだ。

 おがくずっていうのは樹を削った時に出る鰹節みたいな欠片のことで、木片に比べて火がつきやすい。

 木片の上におがくずを適当にふりかける。

 次に取り出したのは、あまり見慣れない妙な道具だった。

 全体的な形は、矢をつがえた弓のようにも見える。

 細長い木の板と長くそれなりに太い棒を十字に組み合わせた物体だ。

 棒には縄をからみつかせており、木の板を上下に動かすと、縄が棒に絡まったりほどけたりして、棒をドリルのように回転させる。

 その回転力で摩擦熱を生み出して火をつけるのだ。


 これがまた、おどろくほど火がつかない。


 ライターがあれば最善なのだが、そんな文明の利器は存在しなかった。

 俺は火おこし器を上下運動させ続ける。

 全員で固唾を呑んで俺の上下運動を見守っていた。

 しばらく続けていると、細い煙が出てくる。

 俺は力を限界いっぱいまで振り絞って動きを加速させた。

「ご主人様、がんばって!」

 シロの声援を聞いて奮起する。

 そして――ついに、火がついた!

「やった!」

「やりましたね、ご主人様!」

 シロと目を合わせて喜び合う。

 一仕事終えた気分だ。

 今日はもう疲れたし、これで終わるか。

 ……ってなんでじゃ。

 肉を焼かないといけない。

 俺はシロに言った。

「シロ、火が消えないように見張っててくれ」

「わかりました!」

「勢いが弱くなったら、おがくずを足すんだ。おがくずはわかるか?」

「はい! そのひらひらしたのですよね?」

「そうだ。頼んだぞ。あと、くれぐれも火に直接触らないように。子犬どもも近づかないようにするんだぞ」

「……犬ではないですが、わかったのです」

「いい子にするから、あとでおなかなでてねぇ?」

「………………おといれいきたい」

「わかったよ、おとーさん」

 一人不安な子もいるが、大丈夫だろう。


 俺は調理場へと移動する。


 調味料などはない。

 もともとモンスターにご飯を作る設備であり、モンスターは人間と比べて感覚が鋭いので、塩などは使用しないのが基本だ。

 どのぐらい食べるかわからないので、とりあえずありったけ持つ。

 といっても、俺が両腕で抱えられる程度なので、全体の3分の1ぐらいの分量だ。


 肉を持ってシロたちのところへ戻ってきた。

 火は消えていない。

 シロがこちらを見る。

「ご主人様! 火は無事です! シロが守り抜きました!」

「そうか。助かった。よくやったな。偉いぞ……さ、場所を代わってくれ。これから肉を焼くからな」

「はい!」


 火おこしセットを取り出した箱から、木製の串を取り出した。

 かなり長く太いものだ。

 くわえて、これもまた木製の、何本か串を置けるひと組の台座のようなものも取り出す。

 串に刺した肉を台座の上に置いて、回しながら直火であぶるのだ。

 某狩りゲーで〝上手に焼けました~!〟となるアレがイメージとしては近い。

 ただしこちらは、複数の串を置ける。

 俺は自分でもおどろくほど慣れた手つきで串に肉を刺して、火の上に並べていく。



 あぶり始めて少したつと――

 ジュウウウウ……という肉の焼ける音が聞こえ始めた。

 肉から油が落ちて、パチパチと火の勢いを強める。

 ただ、想像よりも油の量は少なく思えた。

 たまにポタリと落ちる程度だ。

 いいにおいもしてくる。

 炭火や香辛料に隠されていない、肉そのものが焼けるにおいだ。

 少しクセがある感じだが、空腹がなによりのスパイスという感じだ。

 シロたち親子は、さっきから肉を凝視して微動だにしない。

 息を荒くしてよだれをたらしているぐらいだ。

 ……彼女らは生でもいけるみたいだし、あんまり焼きすぎなくてもいいか。

 俺は串の1本を火から外した。

 皿は――ないな。

 ゲームでも存在しなかった。

 地面に直接置いていた気がする。

 仕様上仕方のないこととはいえ、なんていうか、犬に餌でもやるみたいな提供方法だったな。

 実際間違ってはいないのだけれど、個人的にはもうちょい彼女たちを大事に扱ってあげていいんじゃないかなと思う。

 今日のところはまあ、仕方ない。皿は今すぐ用意できない。


 しかし地面に置くのは気が引けるので――

「串のままいってくれ。長くて持ちにくいかもしれないけど、地面に置くよりいいだろ。あ、火傷に気をつけてな」

「はい!」

 シロが串にかぶりつく。


 ……そういえば、ゲームでは〝いただきます〟なんていう情緒ある挨拶もなかった。

 あんまり〝人間らしい〟習慣を彼女らに強制するのはどうかと思うが……一緒に食事をとっていくなら挨拶ぐらいは一緒にしたいなと思うので、おいおい教えていこう。


 シロがむせびなく。

「美味しい……! ご主人様のお料理久しぶりですごく嬉しいです!」

「味はどうだ?」

「鹿です!」

「……うん、そうだね」

 やはり畜生か……

 味についてたずねるのはちょっと難しかったらしい。

 とはいえ焼いただけだから、それぐらいしかコメントしようがないのも事実だろう。

 俺は子犬たちに串を渡す。

「ほら、熱いから気をつけろよ」

 ツンに持たせた。

 ロッチとネムが、ツンに頬を寄せるようにして、一緒に肉を食べる。

 ツンがふむふむとうなずく。

「これがお料理なのれしゅか。あったかくて美味しいでしゅ」

 なかなか噛み切れないようだ。

 ロッチとネムも、熱そうにハフハフしながら、ゆったりと租借していく。

 どうにもみんなの様子を見ていると、かなり固いっぽい。

 俺は肉を1切れ手にとる。

 まだまだ熱いのだが、どうにか手に乗せられるぐらいには冷めていた。


 そして、肉をさばく段階から一緒にいた子犬へ、肉をのせた手を差し出す。

「食べるだろ?」

「それ、ぼくの?」

「そうだよ」

「……いただきます」

 おずおずと俺の手の中の肉を、一口食べた。

 その瞬間、バッと顔をあげて俺を見る。

「どうした」

「ひょうめんカリカリでね、あったかくてね、おいしい」

 興奮した様子だった。

 そう言ったきり、はぐはぐと夢中になって俺の手の中の肉を食い続ける。

 俺もいよいよ自分で調理した肉を食べてみることにした。


 串を持ってかぶりつく。

 歯を立てるのだが、噛んでちぎることは難しそうだ。

 串に刺したままの状態で、ゆっくりと噛んでいくことにする。

 ……脂肪分ゼロパーセントのコーンビーフって感じの食感だ。

 筋っぽいとでも言えばいいのか。

 かなり固い。間違って串を噛んでるかと思うぐらいだ。

 それから、獣くささがあった。

 味自体は……どうだろう? 俺の味覚がにぶいだけかもしれないが、よくわからない。

 噛めば噛むほど味が抜けていく感じがする。

 たしかに、喰った感じはするが、あまり美味いものじゃないな。

 ……調味料とかがほしいな。

 獣的なくさみは是非とも消したい。

 まだ新鮮なうちからこれだけのくさみがあるとすると、置いておいたらどんだけの異臭に進化するのかやや不安だった。


 この世界に来て初めての料理は、そんなふうに散々な味わいだったけれど――

 シロも、ツンも、ロッチも、ネムも、満足そうだ。

 もっと美味いものを喰わせてやりたい。


 考えながら人型のみんなを見ていると、ちょんちょん、と指先をたたく感触があった。

 犬型の子が、空になった俺の手をなめていた。

 他のみんなに比べて食べるのが早い。

 人型よりも顎の力が強かったり、歯が鋭かったりするのかもしれない。

「もっと喰うか?」

「うん、うん! おいしい、おいしいよ」

「そうか。ならよかった」

 次の肉を手のひらに乗せて差し出す。

 あっというまにかぶりついた。

「おいしい……おいしいなあ……これが、おとーさんのおりょうりなんだね」

 ぷるぷる震える。

 ……あれ、これは、なんか既視感があるぞ?

 俺が見守っていると――


 子犬の姿が変化していく。


 見る間に変化は終わり、子犬は人型へと変化した。

 姿かたちはツンたちとよくにている。

 つまり、10歳くらいに見える女の子だ。

 で。


 その女の子が、全裸のうえ四つん這いという姿勢で、俺の手をぺろぺろ舐めていた。


 うん。

 これはすごい絵面だ……

 女の子が顔をあげる。

「おとーさん、ぼくもね、おりょうりてつだうよ。がんばるよ。ぼく、おとーさんのおりょうり、だいすきだから」

「そ、そうか……まあ、そのなんだ……それはわかったから――とりあえず服を着てくれ」

 きょとんとする。

 俺は頭を抱えながら顔を逸らした。

 彼女たちが人型を見せるということは、俺を信頼してくれたということだ。

 ……信頼されたのは嬉しいが……

 初期装備に衣服がないのは、本当に困ると思った。

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