この世界での過ごし方
ケルベロス杯は予想外にいい勝負で終わった。
なんと、スピカがシロを相手に5秒ももったのだ!
……もう〝どっちが勝つか〟じゃなく〝シロの相手が何秒もつか〟でしかカルチョが成立しなくなっているのが悲しい。
グレイフェンリルはたしかに強いが最強クラスとまではいかないはずだ。この世界のシロはどうにも限界突破して成長している気がしないでもなかった。
さて、約束通りスピカの引き渡しである。
……実はライバルがごねて約束を反故してくることも想像していた。
だが、事態は予想をこえてすんなり運ぶ。
なんと――ライバルは姿を見せることすらしなかったのだ。
代わりに、調教場に帰るとスピカが待っていた。
「……ホンット容赦ないわねあんたたち」
やや不満げである。
……うん、言われる気はしていた。
実は試合時間が長引いた(普通なら1秒で終わりそうなのが5秒かかった)のはシロがハッスルしすぎたからである。
それはもう調教師の俺がドン引きするぐらい執拗で狡猾な攻めだった。……たしかに〝言い訳のしようもないぐらいの圧勝をするんだ〟と指示したのは俺だが、いくらなんでもアレはない。
とっくに人型に戻っているシロが笑う。
「シロはご主人様の指示通りに圧勝しました!」
「……ひどい調教師ね」
風評被害が広がる。
……まあ、そのぐらいの被害なら俺が背負うべきだろう。
しかしそのせいで俺が現状をはかなんだら責任をとるのがシロなのだ。
こうして責任のなすりつけあいは連鎖していく。綺麗な言い方をすれば〝持ちつ持たれつ〟というやつだ。
「それでスピカ――正式に俺に飼われることになったと思っていいのか?」
「……そうみたいね。あたしの元調教師は書類上の手続きを済ませに行ったみたいよ。もっとゴネてもいいのに。よっぽど負け続きのあたしが嫌いだったんでしょうね」
「……モンスターの譲渡には書類上の手続きとか必要だったのか」
「譲渡はね。売買は禁止だから違反してないかチェックが色々あるらしいわ」
「そのへんも勉強しないとな」
「……頼りないわね。……そのくせ鬼畜よね」
「鬼畜呼ばわりはちょっと理由がわからないんだけど……」
「1回ぐらい勝たせてくれるかと思ったのに」
力が抜けたように笑う。
半分ぐらいは本気だろうが、冗談という膜に包んでいることはわかった。
だから俺も冗談を聞いたみたいに応じる。
「ここで負けたら不自然すぎるだろ。なにせ、うちのシロは強いから」
「……自慢のモンスターってわけね。……あんたに育てられたら、あたしも〝自慢のモンスター〟になれるかしら」
「どうだろうな。他にも育てなきゃいけないモンスターはいっぱいいるんだ。これからも大会に出てすべてのモンスターを収集しないといけない」
この世界で生きて、この世界の俺の力で、みんなを取り戻すのだ。
そのためには力が必要だ。……軍事力とかではない。調教師としての力量である。
ならばここからは独壇場。成功が約束された道のりなのだった。……いや、時間は相応にかかるだろうけどね。
「すごい野望ね。すべてのモンスターを集めた人間なんて、今までにいないわよ」
「そうなのか? ……ああ、なるほど。たしかにそうだな。プレイヤーである俺が収集より育成に力を入れてるんだから、そうなるか」
「……なんの話?」
「遠い世界の、もうあんまり俺とは関係ない話だよ。……さて、先だってはグレイフェンリルをあと4人ほしい」
「……グレイフェンリル大好きすぎじゃない?」
大好きだがそういう問題じゃないのだ。
すべてを取り戻すには、やはりツンたち子犬も欲しいところなのである。
「というわけでシロ以外の育成にも力を入れて行くぞ。ラスボスなんかはこのあいだ〝まだ戦わせてもらえないのか〟って直談判に来たしな」
シロがおどろく。
「そうなんですか!? シロに黙ってご主人様と2人で会話を!? あとで教育しておきますね!」
「……待て待て。なんだその不穏な響きは。余計なことはしなくていいからな?」
「だって……今まで通りでいいじゃないですか。シロががんばってみんなにご飯を持ってきますから、他の子にはかまわずシロだけと遊んで暮らしましょうよ」
「戦いたいって希望まで出てるんだからないがしろにしないように配慮するよ。……後悔しないで生きていくのは不可能だけど、なるべくなら後悔なんてない方がいいに決まってるからな。希望は叶えるさ。可能な範囲で」
「でもスピカちゃんの希望は叶えませんでしたよね?」
「可能な範囲でだってば。まあ、叶えられない場合は多いだろうけど、そういう時に恨み言言われたり責任転嫁されるぐらいは許容範囲だよ。だって俺は調教師だからな」
「……なんかご主人様、変わられましたね」
「力を抜いて生きていく方法を見つけただけだ」
ようするに、先々に向けられるであろう感情にまで気を配っていては動きがとれなくなることがわかったのである。
今できることですべてどうにかしようと思うと、責任重すぎで逃げたくなる。
逃げないためにも〝あとのことはあとで考えよう〟ということにした。……これ、普通の人だったらいちいち見出すまでもなく身に付けてる当たり前の生き方なんだろうなあ。
「……我ながらあきれるぐらい遠回りした。というか何周したんだろう……まあ、結果的にうまくやれたはずだし、これ以上の周回プレイはないものと思っていいか」
「なんの話です?」
「遠い世界のもうあんまり俺とは関係ない話。……さて、スケジュールを組まないといけないな。これからやるのは初の試みばっかりだ。調教場も行き来するようになるかもしれない」
「お供します」
「……いや、うん、まあ、そのあたりも後々な。やることが山積みだし休んでる場合もないんだが――忘れてはいけないことを思い出した。シロ、ちょっとこっちへ」
手招きする。
シロが素直に俺の目の前に立った。
「大会優勝、よくやった。かっこよかったぞ」
褒める。
……この何気ない行動が大事なのである。成果を認められることで動物は自分の行いに自信を持つ。そしてまた褒められるためにがんばろうとするのである。
いつもやっている通過儀礼。大会優勝後恒例のヤツである。
しかし――
今日はいつもとちょっと違った。
シロが笑う。
「はい。ご主人様もよくがんばったみたいですね? お疲れ様です」
カウンターで褒められた。
……なんて強烈な一撃なんだ。言葉と笑顔だけで意識を持って行かれそうになった。
しかし内心を押し隠す。
調教師とはモンスターの前でみだりに動揺したりしてはいけないのだ。……色々手遅れな気もするが、意識できるうちはプライドを守れるよう行動していこう。その程度の努力は必要だ。
しかし、褒められたことに対するお礼ぐらいは言ってもいいだろう。
「ありがとうな。でも、まだまだ終わりじゃないんだ。……すべて取り戻す……ああいや、モンスター全部を収集するには先が長いし、お前の力も必要になる。だから――」
「はい?」
「……全部終わった時、覚えてたら、もう1度褒めてくれ」
先は長い。
言葉もわからない異世界で生きていくことを選んだ。
やっぱり帰ればよかったと後悔する日はきっと来る。
……が、そのたびモンスターに当たり散らしてばかりもいられないのである。
悲しいがちっぽけなプライドが邪魔をするだろう。……ヘタレだが誇りはある。誰かに心の中身を全部はき出してしまうのは、ちょっと俺は大きくなりすぎていた。
でも褒められる約束があれば、ちょっとぐらいは耐えられそうだ。
褒める。この何気ない行動が大事なのである。成果を認められることで動物は自分の行いに自信を持つ。そしてまた褒められるためにがんばろうとするのである。
俺が完全に犬と同レベルで笑う。
さて、シロからはなかなか返事がない。
俺の発言がよっぽど意外だったのだろう。口をあんぐりと開けておどろいていた。
しかし彼女の返事は聞かなくてもわかる。
なぜなら、シロは俺に逆らわないのだ。
「はい。シロでよければ喜んで」
最初から知っていた答えをかけられる。
それでも言葉にされるのは大事なことだとわかった。
……これで、もうしばらくは生きていけそうだ。
彼女たちに与えられた目標は達成した。
これからは、自分の目的を叶えるために生きよう。
この異世界で。
モンスターたちと一緒に。
これでラストです。
今まで読んでくださった方々、ありがとうございました。
これからは現在別に連載中の『TASさんが戦乱期ヨーロッパ風異世界の少女にインストールされたようです。』の続きを書いたりしていきます。
あちらは『柑橘系ノーム』というペンネームでやっていますが、中の人もアカウントも同じです。できたらそちらも応援よろしくお願いします。
ペンネームはたぶん作品ごとに変えます。なんかあっちは「あ、これ人並いなみって名前で書くっぽくないな」と思ったので変えました。たぶん今後もこういう現象が起こると思います。
それでは読者のみなさまと掲載の場をくださった『小説家になろう』様に無上の感謝を。
2015/07/31追記
なんか日刊ランキングの100位以内にいてびっくりました!
ランキングから来てくださった方もいらっしゃるようでありがたく思います。
色々と感想もいただきました。最初のころは「これ返信していいの? 迷惑にならない?」とか怯えていましたが、今ではバンバン返信しています。迷惑だったら言ってね。
この作品は完結済みですが、他の場所でも見かけたらよろしくお願いします!
(なお、作品ごとにペンネームは変える模様)




