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呼ばれた世界の救い方、あるいは別の報われ方

 ――自分の意思で行く末を決める前に、意見を求めるべき相手がいることを思い出す。

 シロだ。


 俺は今までモンスターのために行動してきた。

 彼女たちの未来を守るために戦ってきたのだ。


 ……言い方はやや恩着せがましくなってしまっている気もする。でもこれは掛け値無しに語彙の問題だ。正しい心情をうまく言い表すことができない。


 どう表現したものか――

 俺は〝積極的になにかを決定する〟とか〝自分の力で目標を見つける〟というのがどうしようもなく苦手なのだ。


 この世界に飛ばされた当初も、周りに拒まれるまま人間の街を出て死にかけた。

 ……どう考えてもアホの行為である。生きていくつもりがあるならば、それこそ隠れ潜もうがなにしようが、人間の国にいるべきだったのだ。

 見知らぬ世界で人里から離れて見知らぬ場所へなんの準備も歩き出し、そして偶然安全地帯を見つける可能性なんて、ほとんど皆無だ。


 判断はどうしようもなくミスっている。

 目的を見いだすこともできないまま、最低限の安全すら我知らず捨て去った。

 のたれ死ぬのも当然の失態――

 それを救ったのが、シロだった。


 ああそうだ。ようやく心情を表わすのにふさわしいフレーズを思いついた。

 俺は彼女たちに目標を与えられることで生きてこれた。


 さまよう俺に安全な寝床を。

 戸惑っていた俺に立派な目標を。

 死ぬべき運命だった俺に命を。


 彼女らに与えられてここまで来た。

 なら――手放すか持ち続けるか、判断をゆだねたっていいだろう。

 ……最後まで優柔不断で申し訳ない気分だ。しかしある意味初志貫徹ということでどうか大目に見てもらいたい。


「なあ、シロ」

「なんでしょうか? それの正体はわかりました?」


 俺の前にあるノートパソコンを気味悪そうに見ている。

 たしかにこの時代に生きる人にとって、光を放つ箱状の物体というのは薄気味悪いだろう。


「正体はわかった。危険なもんじゃない――が、触らない方がいいな」

「……あの、危険じゃないのに触らない方がいいって、それすごく危険そうなんですけど」

「まあ積極的に害があるもんじゃないってことで。……ところですごく突飛な質問をするんだが、もしも俺が突然いなくなったらどう思う?」

「イヤです!」

「……だよな。そういう答えはわかってたし、期待してもいた。……でも、それじゃあフェアな質問じゃないから言い方を変えるけど――もしも〝いなくなる〟ことが俺の望みでも、お前は俺を引き留めてくれるのか?」

「……難しいです」


 耳と尻尾が垂れる。

 まだ予想を超えない対応だ。さて、この先どういう回答をしてくれるのか。俺の予想だと悩みすぎて答えが出ない展開に1票という感じだが。


「たしかに難しい質問だった。答えられないようならそれはそれでいいんだ」

「でも、やっぱりイヤです」


 ……予想外の展開であり、腑に落ちる回答でもあった。

 シロの積極性は知っていた。だから彼女がワガママを通すことも充分にありえると今考えればわかる。

 しかし――


「それが、俺の望みを叶わなくさせるってわかっていても止めるのか?」

「あの、本当に望んでるんですか? シロたちの前からいなくなるのが本当の本当にご主人様の望みなら――シロに聞かなくってもいいと思います。だって、私たちはご主人様の決定に逆らいませんから」

「……なるほど。本当に望みかどうかは――正直なところ、迷ってる。誰かが決めてくれるなら決めてほしいぐらいだ。でも……うん、そうだな。俺の事情や心情を知らないヤツに、俺の行く末を決められるのは気持ちよくないんだ。……自分で言っててなんてワガママなんだとあきれるよ」


 しかし、それが正直な気持ちだった。

 自分で自分の運命を決められるほど俺には決断力がない。

 でも無感情にオートマチックに行く末を強制されると反発したくなる。

 なんて難しくなんて度しがたい生き物だろう。……我がことながらマジであきれるしかない。


 ようするに、前に進むにしろ後ろに進むにしろ、納得したいのだ。

 ……〝夕飯はなにを食べたい?〟〝美味しいもの〟というやりとりぐらい無責任である。〝お前にとって美味しいものなんか知らねーよ!〟とぶち切れられてもおかしくない。


 でも、シロはぶち切れずに付き合ってくれるだろう。

 だからこそ限界の限界まで心情を吐露して、答えを引き出したいのだ。


「シロは今なにかとても難しいことを聞かれているのだということだけ理解しました」

「……そうか」

「でもやっぱり答えは変わりません。シロはご主人様にどこかに行ってほしくないです。シロの言葉が力を持つなら、シロは絶対に引き留めます」

「その結果、俺に文句を言われても?」

「それは……イヤですけど。どっちがイヤかって言われたらいなくなられる方がイヤです」

「この先、もしなんかつらいことがあったら〝あの時シロが止めたから〟って恨み言を言うかも知れない」

「だったらその時もシロがお力になります」


 息が詰まる。

 自分の心情が自分で把握できない。……ただ、なにか熱いものがこみ上げるような感覚だけはたしかに覚えた。


 それはきっと力なのだろう。

 今まで冷たかったエンジンが始動するような感覚があった。

 たぶん、この瞬間、初めて俺はこの世界にいることを望んだ。


「……シロ」

「なんでしょう?」

「その箱をぶち壊せ」

「はい」


 返事と行動は同時だった。

 シロは人の姿のまま箱――ノートパソコンに近寄ると、足を振り上げて思い切り踏みつぶす。


 1回、2回、3回と、次第にパソコンが無残な姿になっていく。

 液晶が割れて画面が見えなくなる。本体部分が壊れて基板が露出した。……想像していたようなスパークはない。


 さて、これで元いた世界とは完全におさらばだ。

 後悔はない――とまでは言わない。フッと消え去った可能性を惜しまないほど俺は思いきりのいい人間ではないからだ。

 でも、いずれ思い出に変わるだろう。

 ふとつらい時に頭によぎれば、今日の決断を後悔するかもしれない。

 その時は――シロに責任をとってもらうこととしよう。

 なにせ彼女は俺の力になると約束してくれたのだから。


「……っておいおい。やりすぎ。そんな跡形もなくなるほど壊さなくっても……」

「これがご主人様に変なこと言わせたんですよね? だったらシロの敵です」


 ありがたいやら末恐ろしいやら。

 ちょっとだけヤンデレ風味を感じさせつつ、シロはすっきりした顔で笑った。


「とがってて危ないから、ラスボスたちが起きる前に片付けるか……ああ、シロはもう寝てろ。明後日――日付的には明日がケルベロス杯なんだ。楽勝だろうが油断はしないように体を休めた方がいい」

「……あの、勝ってもいいんですか?」


 不安そうな顔だ。

 ……彼女だってスピカのことを気に懸けていたのだろう。

 俺が迷うから、自分の意見はもう固まって動かないかのように振る舞っていただけだ。


 つまり――ようやく俺は、彼女に決定権をゆだねられるぐらいになれたというわけか。

 長い道のりだった。育成は数ではなく密度だなと実感する。


「全力で勝て。言い訳のしようもないぐらいの圧勝をするんだ。……スピカの不満は俺が背負うことにするよ。お前にばっかり背負わせてもられないし」

「シロはそんなになにか背負ってますか?」

「俺の未来ぐらいは背負ってるかな――いいから眠れ。また明日な」


 シッシッと手振りをして乱暴に追い払う。

 ……少し気を許しすぎた気がしないでもない。シロがニヤニヤと笑っているのが見えた。

 顔を合わせにくい……が、トレーニングはいつも通り行なうべきだ。圧勝になりそうな気はするが油断はしないというのがコンセプトである。


「ご主人様、お休みなさい」


 嬉しそうにそう言って、案外素直にシロが去って行く。

 片付けるふりをしながら頭をクールダウンしていこう。

 ……早めに眠らなければいけないのは俺も同じだ。でも、明日は徹夜明けになりそうかなという不安がよぎった。


 嬉しくて寝付けないわけではない。

 ……ええと、そう、アレだ。パソコンの残骸をどういうゴミに分類していいか迷うのである。本当にそれだけのことだ。

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