呼ばれた世界の救い方6
草原の調教場もだいぶ狭くなった。
もちろん物理的な面積は変わっていない。体感的にだ。
というのも、今までゲットしたモンスターをすべて1つの調教場に集めているからである。
……が、ゲームとしてこの世界で遊んでいたころに比べれば圧倒的に収集が足りていない。
目的が〝モンスター収集〟から〝世界に戦争を起こさせない〟ことに変わっているからだ。つまるところ〝4大大会〟と目されるやつにしか出ていないわけで、現状いるモンスターはシロをふくめ4匹だけだ。
1人はキマイラのイヌ。
……この世界のモンスターはステータスアップ以外で成長しないらしい。というわけでシロを一極集中育成している今、他の子たちは全員子供状態である。
イヌももちろん羽根の生えた仔猫だ。
木陰や樹の上、小屋の隅、たまに俺の服を入れてるクローゼットなどに(ドアがついてるのにどうやって開けてるのかは謎だ)いて、目が合うとしばし無言で見つめ合い――
「なんか話すか、イヌ?」
「……別に」
去って行く。
相変わらずクールなやつだ。
で、レッドドラゴンのラスボス。
……成長した彼女は象ぐらいでかかった記憶がある。が、子供状態だと俺の腰ぐらいまでの高さである。
トカゲとして見ればそれでも埒外にでかいが、歩いている俺の横をチョコチョコついてくる姿はかわいいものだった。
たまに虫とかにおどろいて口から炎を漏らしたりするのもグッと来る。
で、そういう明らかに動揺している瞬間に声をかけると――
「びっくりしたか?」
「び、びっくりなどしとらんわ! ただちょっと……火を噴きたかっただけじゃ!」
俺の知るものよりやや幼い声で強がる。
かわいい。
サイレントアウルのメガネは夜行性だ。
昼間はそのへんの樹の枝とか、建物の屋根とかで寝ている。
現在のサイズは手乗りフクロウという感じ。たぶん一般的なサイズのフクロウがこのぐらいなのだが、これが人間大まで成長するのだから生き物ってスゲーという感じである。
夜に俺が書き物(不可抗力で失踪せざるを得なかった場合に備えて言づてをまとめている)をしていると、音もなく調教師室に入って来て肩に止まる。
「メガネ、どうしたんだ?」
「ラスボスさんとイヌさんが少々折り合い悪いようでございますので、一応ご報告を。なにがしかの対応をするべきと愚考いたします」
……正直なところ、メガネの存在はとても助かる。
寝ているようでいて昼間の俺がいないあいだの出来事に目を光らせてくれているからだ。
相変わらず根っからの参謀である。
……という感じでゲームでは不可能な4人同時同場所育成はそこそこうまくいっている。
リアルに考えていちいち調教場から別な調教場へ移動もしていられないのだ。
ゲームでは育てていないモンスターをあずける場所があるが――
利用する気にはなれなかった。
戦争の可能性が完全に潰えるまでは、俺の手元に置いておくのが1番安全だと思ったからだ。
ケルベロス杯が迫っている。
トレーニングは順調だ。……ゲーム内では挑戦したことがなかった大会だが、今までの経過を見るに勝利は確定だろう。
だからといって油断もしない。今日もシロに狩りをさせたところだ。
昼間の調教場広場には、狩りを終えたシロと、イヌ、ラスボス、メガネがいた。
俺を含めた5人で仕留めた獲物を使った食事をしながら団欒している。
……ところで、同時同場所育成はうまくいっているのだが――
少し不安要因もあった。
ラスボスが鎌首をもたげて肉をかじりながら言う。
「シロ姉さんはいい肉を仕留めてくるのう」
イヌが口元を汚しながら同意する。
「……シロ姉さんは、素敵」
メガネも寝ているような顔でつぶやく。
「シロ姉さんはいい仕事をされるのでございますよ」
……シロが慕われている!
これだけなら別にいいじゃんと思う人も多いだろう。
しかし考えてもみてほしい。シロである。人の姿でもかまわず脱ぐし、ひっつくし、欲望に忠実なシロである。
モンスターたちにはなるべく清楚に育ってほしいと思っている俺だ。
それがシロみたいに欲望に忠実なケモノの影響を受けてしまう――つまりモンスター総シロ化の危機が迫っているのだ!
このすさまじい恐怖感。このまま同時同場所育成を続けていてはただれた楽園の完成まであと1歩というところ。どうにか対策を考えねばならないがどうにもならないのが現状だった。
……子犬たちを世話していた時もそうだが、シロはやたらと後輩に慕われる。
まあ、餌をとってきているので餌付け効果という可能性もあるが、彼女自身にリーダー的素養があるのも事実だろう。
同時同場所育成というのがうまくいっている背景も、シロがリーダーをやっているからに他ならない。
現状をうまくいかせている要因が未来に不安をもたらす原因の場合どう行動すべきなのか。
難しすぎて頭が破裂しそうだ。今なら最後には神様が降りてきて全部解決するスタイルの古典演劇を共感しながら鑑賞できそうである。神様いるなら来て全部解決してください。
てな感じで毎日が過ぎていく。
決意も覚悟も忘れそうなぐらい平和な日々だ。ずっと続けばいいとは思うけれど、この幸福が続行するか否かが双肩にかかっていると思うと逃げ出したくもなる。
……そうだ。俺はまだ〝失踪の原因〟に出会っていない。
でもだんだんと失踪した過去の俺に共感を覚え始めてもいる。
状況は次第に見えている。
たぶんだが、俺は繰り返しているのだ。
過去の俺が戦争を予測していた理由は、つまるところ――過去の俺も、あの洞窟でPCを操作して〝最初から始める〟状態になったからだろう。
つまり、俺と同じか、もしかしたらそれ以上に〝戦争を止めなければ〟という決意を抱いていた可能性が高いのだ。
そんな俺が失踪して、姿を見せなくなるほどのことが起こる。
怖くないはずがなかった。決意を一瞬で灰燼に帰すどのような出来事が起こるというのだろう。
姿を見せない外敵に怯え続けるような日々は心を削る。
ましてスピカの願いも聞いてしまった。……彼女は1度だけでも飼い主に勝利を捧げたがっている。それを〝実力不足〟と一蹴してしまうのは、俺の育成方針に反していた。
ようするに――嫌われたくないのだ。
だからこそ選択に迷う。スピカの願いを拒否することを怖れている。
そのあまりに――いっそ逃げ出したい。誰かが代わりに決めてくれ、なんていう本末転倒な願望に行き着くばかりだ。
モンスターたちに慕われる状況が心地良いからこそ、その願いは日増しに強くなっていく。
さて、ついに2日後にケルベロス杯を控える日となった。
トレーニングと語らいが終わり、就寝の時間がおとずれる。
俺が調教師室で文章――ただの不安の独白めいた文字が並ぶ、いざという時のための言伝リスト――をしたためていると。
コンコン、と控えめなノックの音がする。
……ノックとはつまり、人型の生き物が来たということだ。
育成放置気味のイヌ、ラスボス、メガネではない。
シロが来たのだろう。
「入っていいよ」
座ったまま声だけで応じる。
振り返れば――予想通り、人型のシロがそこにいた。
「あの、ご主人様、ちょっとお話が」
「……ケルベロス杯も近いし、そのことか?」
「いえ、そちらは勝つつもりでいますので、特になんにもないんですけど」
……まあ、心強いけどさ。
ちょっとぐらい思い悩んでくれてもいいんじゃないかなあと思わなくもない。
「じゃあどうした? お腹空いたか?」
「いえ、そういうのでも。他の子は寝かせつけましたし。あの……広場に妙な物があったんです。それで……」
「わかった。見に行こうか」
立ちあがる。
それにしても、妙な物とはなんだ?
調教師室を出れば、あたりはすっかり暗かった。
草原が強い風に波打っている。
……月明かりに照らされ銀色に輝く瑞々しい景色。
それ以上に、シロの美しさに息を呑む。……が、シロと付き合うコツは褒めようと思った時に半分ぐらいはやめておくことである。調子に乗りやすい子なのだ。
「アレです」
指差す先を眺める。
……おいおいマジかよ。
銀色の草原。
その中心部には――
ポツン、とノートパソコンが置かれていた。
近付いていく。
……デスクトップにはたくさんのショートカットやフォルダがあった。
ちょっとは整理しろよ。持ち主誰だよ――と無意味な感想を抱きつつ検分する。
――全部、把握した。
このノートPCは、俺が現代日本で使用していたものだ。
ゴチャゴチャしたデスクトップ。タッチパッドの傷。かすれて読めなくなった〝w〟のキー。見覚えがある。ありすぎる。でもなぜここに?
震える手でタッチパッドに触れる。
呼応するように画面内のカーソルが動いた。
……当たり前だ。なのにこれほどおどろくとは思ってもみなかった。
――と、急になにかの画面が立ちあがる。
ゲームを初めてインストールした時のようなランチャー画面だ。
念のために述べるのならば、モンスターテイマーはインストールするようなゲームではない。
しかし、そのランチャーにはたしかにモンスターテイマーという名前が書いてあって――
そこには、2つの選択肢があった。
〝続ける〟
〝元の世界に戻る〟
「……これが、失踪の原因か」
なるほど強烈な誘惑だった。
現実世界に未練はほぼない。
しかし――モンスターテイマーをゲームとして楽しみたいという欲求はあった。
この世界は楽しい。
だけれど、責任が重い。
責任なくクリックぽちぽちするだけですべて解決してくれる、ゲームとしてモンスターテイマーにかかわっていたころとは、ストレスの度合いが段違いだ。
それに――元の世界に戻ったからって、この世界の彼女たちを見捨てるわけでもないだろう。
たぶん、新しい俺が召喚されてくる。
もちろん戦争後の話だ。だが――今からでも、彼女たちに言伝をして避難の準備をさせておくことは不可能ではないだろう。
なるほど。
前の俺は、この誘惑に負けたのか。
悩んでもどうしようもない事態に強いストレスを感じて、帰ったのだ。
「ご主人様? どうしたんですか?」
不安そうな声が耳から反対の耳へ抜けていく。
逃げたって彼女は俺を責めないだろう。
……そうだ。誰も俺を責めないし、責める資格もない。
勝手に呼び出しておいて俺を捨てたこの世界も――
責任を投げ出して現実に帰った前の俺も――
未来の俺だって、俺を責める資格なんかないはずだ。
だから俺は、そっとタッチパッドを使ってカーソルを動かす。
そして――
2015/08/03 微修正




