呼ばれた世界の救い方5
サイレントアウル杯が終了する。
当たり前のように優勝した。
サイレントアウル――つまりメガネだ。
調教場に帰れば〝私が優勝賞品です〟と述べながら自己紹介してくれることだろう。
闘技場を出て帰路に就く。
傍らにはイノシシより2周りは大きくなったシロの姿が。
……横に並ばれるだけですさまじい威圧感である。均整のとれた肉体は美しく、太っているわけでは全然ないのだが、これはいくらなんでも育ちすぎだろと思った。
一面に緑の草が生えた、なだらかな丘陵地帯を歩く。
――すると、シロが急に足を止め、背後を振り返った。
俺も同じように振り返る。
ライバル調教士とスピカがこちらに迫って来ているところだった。
思わずシロにたずねる。
「……あいつら、なんの用だろ?」
「さあ……? またご主人様に文句を言うのが目的ではありませんか?」
シロはライバルをあまり歓迎していないようだった。
それもそうか。いわば俺の敵だものな。
実情だけ言うなら敵ですらない感じなんだけど……
とか考えているあいだにライバルとスピカがすぐそばまで来る。
かなり急いで来たらしい。呼吸を荒げている。
ひとしきり息を整えたあと、ライバルが言った。
「こ、今度のサイレントアウル杯も運良く勝てたみたいだが、調子に乗るなよ!」
「……アッハイ」
「なんだその態度は!?」
試合展開を思い返す。
……負けた方がむしろ運がいいんじゃないかというぐらい余裕の勝利ばかりだった。
あの試合内容で〝運良く〟とかいう罵倒が出てくるのはスゲーなと感心するばかりである。
「それでライバルくん、俺になにか用事?」
「なんでなごやかなんだよ!? 僕をバカにしてるのか!?」
「めんどくせーやつだなあ……」
「やっぱりバカにしてるみたいだな……いいか! 次のケルベロス杯こそ、僕の本気を見せてやるからな!?」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「本気にしてないだろ!? いいか! 次は絶対勝つ! その誓いの証に――僕がもし負けることがあれば、お前にスピカをくれてやる!」
かたわらに控えるモンスターを指差す。
……一瞬、思考が真っ白になった。
モンスターを譲渡する?
卵とか赤ん坊状態でなく、充分に育成したモンスターを?
「……本気か?」
「本気だ! 負けたら必ず約束は守る! だが、次こそは負けないがな!」
高笑いするライバル。
そのかたわらで、スピカがおどろいたような顔をしていた。
……コイツ、モンスターに承諾なしでそんな約束を持ち掛けたのか。
怒りがわき上がる。
「……お前、賭けの対象にされるスピカの気持ちは考えたのか?」
「こいつは僕のモンスターだぞ!? 考える必要なんてあるもんか!」
「……ああ、わかったわかった。言っても無駄なやつなんだよな……意思の確認はこっちでやるからお前はもう帰っていいよ」
「……僕をとことんまでバカにしてるな。まあいい。スピカ、こいつと話していいよ。僕は先に帰る。せいぜい僕へ揺るぎない忠誠心を持っていることをこいつにわからせてやるんだな! あと、僕が勝ったらそっちのモンスターをもらうぞ! じゃあな!」
「えっ!? おい!?」
言い捨てて、本当に1人で帰って行くライバル調教士。
身勝手すぎて絶句する。断固抗議しなければならないものの、あいにく負ける予定がないので熱意がわかない。
ともあれ俺とシロ、それにスピカだけが取り残された。
……そういえば、彼女とまともに会話をしたことがなかった。
いい機会だし話をしてみよう。
「えーっと……話できる?」
「……できるわ」
ため息をつく。
予想よりずっと子供っぽい声だ。
「あいつの申し出どう思う?」
「……別に。あたしたちモンスターにそこまで自由はないもの。調教士がそう決めたならそうするしかないでしょ。……考えるだけバカみたいよ」
「ひねくれてんなあ……一応、世話になってる調教士にあんなこと言われたんだぞ? 色々思うところもあると思うけど」
「別に。あいつのことは信用してないもの。そこそこ有能だから従ってあげてるだけ。……人の姿だってまだ見せてないし」
……そうなのか。
ということは、ライバル調教士への信頼度はまだMAXじゃないということだ。
ずいぶん身持ちが固い。
うちのシロなんて2週間かからなかったぞ……
「それなら遠慮無く負かしてもいいのかな?」
「あっ……それは……その」
「……やっぱりなにか思うところが?」
気まずそうに視線を逸らす。
しかし――
観念したように語り始めた。
「あたしね、あいつに拾われたの。怪我してるところを」
「うちのシロも同じだな」
「……そうなの? ……あ、でもね。あいつも最初は優しかったのよ。それが、大会で――あたしがあんまりにも勝てないもんだから」
……調教士は大会で優勝して金を稼ぐ職業だ。
生活が追い詰められれば、その原因であるモンスターに当たり散らす気持ちがわくのも〝理解できない〟と断じることはできないだろう。
もちろん俺はそんなことをしないけれど――本当に明日もどうかというほどになれば、自制が利く自信もない。
スピカが寂しげに続ける。
「あいつの性格が悪いのは、あいつだけのせいじゃないと思うのよ。だから……あたしは1回もあいつに勝利をあげない限りは、離れたくないと思っているわ」
「……俺が出てない大会なら普通に勝てる気もするけどな」
「あんたに勝たないとダメなのよ」
まあ、そうだろう。
あいつから俺への執着はハンパじゃないものがある。他に友達がいないのか、あるいはホモかというぐらいのすさまじさだ。
あいつが勝利を実感するには、俺に勝つ以外にないのだろう。
「しかし参ったな……勝手な約束を取り付けられた以上、勝たないわけにもいかない。そして残念ながらたぶん、スピカじゃシロには勝てないよ」
「……わかってるわよ。っていうか強すぎよ。どういう育て方したらこんな化け物みたいに強くなれるわけ?」
スピカがシロをにらむ。
シロがムッとした。
「シロは化け物じゃないです! ご主人様との愛が深いから強いんです!」
「愛ねえ……たしかに、こっちにはまったくないものだわ」
4つ足の生き物なのに〝肩をすくめる〟という動作をした。
器用な子だ。
俺はスピカに語りかける。
「君はどうしたいんだ?」
「……わかんないわ。負けていっそ、あんたにもらわれた方が楽かもしれない。でも――あいつを勝たせてあげたいのも、本当なのよ。今じゃ最低なヤツだけど……恩はあるから」
「……難しいところなんだな」
「負けたくもないし、勝ちたくもないわね。……こういう時、あんたがあたしと一緒に悩まないで、少しぐらい強引なことを言うヤツだったらよかったのに」
「……それはどういう?」
「あたしの意思を無視して、あたしに不満がられても全力で勝ちにくるようだったら――もう、あんたを恨むだけで全部解決したのにね」
苦笑する。
……残念ながらモンスターに恨まれるのはごめんだ。
彼女らとは平和に生きていきたいのである。他者から恨みを背負う覚悟もない。
だが、たしかに。
本当にスピカのことを思うならば、彼女を強引にさらった方がいいだろう。
……理論的にそのように分析したつもりではあっても、自信がないので迷いがある。なにが正解なのかわかりゃしない。まったく面倒くさい事態になったものだ。
スピカがため息をつく。
「帰らなきゃ。あんまり遅くなると口うるさいの」
「……そうか」
「じゃあね、また……次は闘技場で会いましょう」
青い毛並みの犬型モンスターは、少しばかりの未練を感じさせる足取りで去って行った。
俺はため息をつく。
「……勝ちに向けて気合いも新たになるならいいんだが、勝つか負けるか迷う事態になるのは困るもんだな」
「でもシロは全力で戦いますよ。シロはご主人様のものであってライバルさんのものじゃありませんから」
「わかってる。わかってるよ。ただ――」
俺の育成方針は、可能な限りモンスターに甘いものとなっている。
甘いというのは願望を叶えるということだ。
その結果、彼女たちは俺に力を貸し、俺のために戦ってくれる。
逆に、スパルタとは意思を無視して戦わせることなのだろう。
どこかで褒美を与えることはあっても、それは結果が伴って初めてのこと。
結果を出すために鍛え、結果が出せない者には報いることがない。そういう育成方針だ。
スピカが俺のモンスターだったら、どうするべきだろう。
彼女の望み――〝1度ぐらい勝ちたい〟を叶えるのが、俺の育成方針なら正しい。
しかし代償がシロになるのでは話にもならない。
どうにか両方満たしてあげられる方法はないものか。
……くそ、頭が痛い。まったく厄介な問題ばっかり押しつけてきやがる。
逃げられるもんなら逃げたいが――そうもいかないんだろうな、たぶん。




