呼ばれた世界の救い方4
勝ち進む。
破竹の勢いという言葉はこの活躍を示すためにあるかのようだ。充分なステータス的余裕に加えプレイ2週目の俺の経験値がシロに敗北を許さない。
向かうところ敵はない。
ライバル調教士とのからみはそこそこあったが、相手はフラグを建てて回収するだけの装置と化している。
むしろ俺の戦績とシロのステータスを前に〝お前じゃ僕には勝てない〟とか言ってのけるのだから大した自信だと褒めるべきだ。あるいは相手をコケにしないと死んでしまう呪いにかかっている可能性すらあった。
問題点は予想通り少々下位狩りっぽくなってしまっていることだけだ。
が、世界平和がかかっている。幼稚園児の相撲大会に現役横綱が乱入するような蛮行も大義名分があれば許されるのだ。明るい未来を言い訳にゲーマーとしての罪悪感を誤魔化しつつ、順調に勝利を重ねていくだけの機械と化そう。
次第に今まで不明だった〝最後の大会〟についても明らかになる。
この世界にはそもそも4大大会というものがあるらしい。
ゲームではそういう名前では実装されていないが、大会名を聞くに3つまではプレイヤー視点でも挑んだことがあった。
たいていのプレイヤーが3回目ぐらいに挑む〝キマイラ杯〟。
俺がラスボスを手に入れた〝レッドドラゴン杯〟。
メガネをゲットした〝サイレントアウル杯〟。
これにゲームでは聞き覚えすらない〝ケルベロス杯〟――
この4つの大会すべてに勝つことで、世界最高の調教士の称号が手に入るらしい。
つまり〝最後の大会〟とは〝4大大会最後の大会〟であり、〝ケルベロス杯〟を指す。
現在、キマイラ杯まで攻略が終わっている。
……余談だが、キマイラにはやっぱり〝イヌ〟という名前をつけた。
もう少しいい名前を付けてやることも可能な気はしたが、キマイラを他の名前で呼ぶのも妙な気分だ。
それに、以前と同じ名前をつけることで、〝戻って来ている〟感じがする。
俺はすべてを取り戻す。
モンスターも。
平和も。
彼女たちの幸福な未来もだ。
というわけで――
レッドドラゴン杯である。
大会は円形の建物で行われる。
すり鉢状に円の中心へ行くほど標高が低くなっており、外周部分が観客席、中心点近くがモンスター同士を戦わせる場所だ。
柱が多く、屋根がない。材質は石――というのはローマ時代のコロッセオを思わせる。実際、グラフィックを設定した人間はそのイメージで作成したのだろう。用途も同じだし。
モンスターが建物の中心近く――砂が敷かれた〝闘技場〟に入る。
調教士は彼女らよりやや高い位置にいて野次を飛ばすのがお仕事だ。
「シロ、がんばれよ」
「はい! ご指示をお願いします!」
イノシシサイズの狼が、のっしのっしと闘技場中央付近まで進んだ。
さて、ゲーム的にプレイヤーがすることはたった1つきりである。
〝スキルを使うタイミングを指示する〟。
このゲームで言うスキルは必殺技だ。時間やモンスターの行動によってゲージが溜まり、発動できるようになる。
モンスターによって効果は様々である。
単純に相手に大ダメージを与えるもの、相手の行動を封じるもの、相手のゲージのたまりを遅くするもの、回復、防御、中には〝喰らった分のダメージを相手に返す〟というようなピーキーなものまである。
シロことグレイフェンリルは相手に大ダメージを与えるというオーソドックスなスキルを所持している。このスキルの威力はモンスターによって変わるのだが、グレイフェンリルのそれはなかなか強い。
スキルの利便性と最大ステータスを加味すれば最後の最後まで一線を張れるモンスターとなる。
相手は――ケルベロスのスピカだ。
予定通りライバル調教士のモンスターである。
初めて見た時は子犬サイズだった彼女も、今では立派なイノシシサイズ。巨大な犬型モンスターが顔を付き合わせるというのは何度見ても慣れることがないほどすさまじい光景だ。
……とはいえ、現状ではシロの相手ではない。
試合が始まる。
シロの体当たり。
スピカが反対側の壁まで吹き飛ばされる。
起き上がらない。
終了。
えー……
描写することがない。
つまりはシロを強くしすぎているのだ。たぶんこの大会に参加するために推奨されるステータスの倍ぐらいは育っている。
今までも相手がかわいそうな快勝ぶりで、シロがこちらを振り返り〝本当にいいの?〟という顔をしたことは1度ではなかった。
大人げなくも優勝が決まる。
参加したのが申し訳ない気もするが、ともあれレッドドラゴンを〝取り戻した〟。
シロがこちら側に戻って来て俺を見上げる。
「……あの、スピカさんは大丈夫でしょうか」
「たぶん……」
不安が心を過ぎる。
……もっとも、俺の目的を思えばスピカを殺してしまうのも、それはそれでアリなのだ。
戦争の発端はスピカがライバルに刃向かったことにある。
だから、原因を取り除くという意味では正しい選択肢となるのだが――
俺がそのような選択肢を選ぶはずがなかった。
モンスターはかわいいのである。たとえ相手が弱者でなくともかわいいものである時点でそれに害を成す存在は悪なのだ。よく言うだろう〝かわいいは正義〟と。
さて、あとはシロが表彰台に立つのを見守ってレッドドラゴンを受け取り帰るだけである。
――と、やかましい足音が近付いてくるのに気付く。
左方向へ顔を向ける。
いけ好かない感じの金髪イケメン、ライバル調教士がこちらへ来ていた。
「お前! いい気になるなよ!」
……心が痛むぐらいの快勝だったのだが、どうやらライバルは俺が勝利に酔いしれていると思っているらしい。
今の勝利はたとえるならばレベルとステータスをカンストさせて最強装備を持った勇者がスライムを殴ったようなものである。負けたらシステムエラーを疑うレベル。この勝利で喜ぶ人間が存在しようか。いや、ない。
しかしライバルさんは激おこプンプン丸である。おこなの? おこなの? と煽ってあげてもいいのだが、会話自体が面倒くさいタイプの相手なので繰り出される文句を受け流す方針にした。
色々なにか言われたが全部スルー。
ライバルさんは色々吐き出して満足したのか、息を荒げて最後に1つ捨てセリフを吐いた。
「次のサイレントアウル杯では勝つ! スピカ! いつまで寝てるんだ! 帰るぞ!」
ドスドスと足音を踏みならし去って行く。
あいつの話を聞いているととても懐かしい気持ちになるのはなぜだろう。
ああ、そうだ。小学校時代を思い出すのだ。たしか校長先生の長いお話を聞いてる時もこんな気分だった。内容がなに1つ頭に残らず耳から耳へスルーされていく。
視線を闘技場へ戻す。
石でできた表彰台が設置されているところだった。
シロがこちらを見ている。
……闘技場と調教士席は遠い。褒めるなら今ではなく調教場に帰ってからがいいだろう。
……というのが、この世界で実際に戦ってみての近況である。
順当な勝利を重ね今後の展望も明るい。
なに1つ不安がる要素はない。
だというのに――
なぜ、以前の俺は最後の大会前に失踪したのか。
順調なだけに謎ばかりがふくらんでいく。
 




