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呼ばれた世界の救い方3

 さらに1週間が経った。

 トレーニングは順調に進んでいる。


 ……もとより種類をそろえることが目的のゲームだ。モンスターのステータス上限もさほど高くない。相対的にトレーニングに要する期間は短く済むことになっている。

 そしてステータスを上げ終わり、信頼度を上げ終わるとまた別のモンスターが欲しくなるという無限ループに突入するのだ。おそるべしソシャゲのシステム。まさに金銭と時間の蟻地獄である。


 相変わらず草原の調教場で生活は続いている。

 俺は広場に寝転がって青空なんぞながめていた。


 なんていう平和だろう。

 しかし俺が失敗すれば未来には戦争なのだ。誰とも共有できないプレッシャーを抱えるというのは予想以上にきついものがあった。

 しかしメガネや木刀、初エンカ、イヌにラスボス、子犬ども――彼女らの平和な未来のためを思えば気も引き締まる。


 思いを馳せていると――

 のしのしという足音が聞こえた。

 体を起こす。

 ……そこにはイノシシみたいなサイズの狼がいたのである。


「ご主人様、獲物を仕留めましたよ!」


 現在は〝狩り〟というトレーニングの最中であった。

 速度と威力(という表記のステータス)が上がるうえに食事の材料まで手に入るという一石二鳥の訓練だ。

 グレイフェンリルを鍛えるには主にこれを行う。


 金欠気味の序盤ではありがたい食材調達手段でもあり、また、避けて殴るタイプのグレイフェンリルに適したパラメーターが伸びる。おまけに初期の調教場は草原なので育成効率もいい。

 グレイフェンリルはまさに最初に育てるモンスターとして適しているのだった。


 で、本当は調教士が監督していないといけない。

 だが、シロは真面目な性格だ。見ていなくてもサボったりすることはない。

 しかも狩りだとサボりようがない。なぜなら獲物を獲得しているかしていないかは、確認したらすぐにわかることだからである。

 彼女は教えた通り、仕留めた獲物を調理場前に置いているはずだった。


「ご苦労。じゃああとは遊んでから眠るか」

「……あの、ご主人様、そろそろ大会に出なくてもよろしいんですか?」


 遠慮がちに投げかけられる疑問。

 ……そうだ。シロを引き取ってからここまで、まだ1度も大会に出ていない。


 理由は2つあった。

 まず――確実に勝てるぐらいにまで育てたいというものだ。


 ゲームだと何度負けても〝次〟がある。

 しかし現実だとそうも言ってられないだろう。

 大会自体は何度だってあるかもしれない。だが、こちらが参加できない状況でライバル調教士にさっさと〝最後の大会〟に挑まれては本末転倒なのである。

 そのためにも、参加した大会には確実に勝てるようにパラメーターを上げたかった。


 あとは、俺の決意の問題だ。

 ……すっかりでかくなったが、シロはやっぱりかわいい飼い犬なのである。

 それを戦わせる――怪我や、下手すると死の危険もある場所に投げ込むことに、躊躇はあった。


 だからこそのステータス上げとも言える。

 ようするに下位狩りくさくなってもいいから余裕をもって勝てるぐらいまで育てたいというのが現在の行動原理だった。


 ――が、たしかにそろそろいいころあいだろう。

 ステータスは完全ではないもののすでに充分だ。

 決意は――いずれ絶対にしなければならない。早いうちに固めるべきだろう。


「……次の週の大会に出場しよう。そこでデビューだ」

「わかりました。ご主人様に勝利を捧げます」

「まあ、最初の大会だしそんなに気負わなくっても大丈夫だ。……怒濤の大会ラッシュに入るはずだから、今のうちに休んでおいた方がいいな」

「が、がんばります……」

「お前なら大丈夫だろう。大会出場でもステータスが上がるし……3つも優勝すれば、完成だ」


 完全究極体グレイフェンリルである。

 そうなった彼女は高い回避と命中を誇り、すさまじい威力の攻撃を叩き込む戦闘マシーンと化すのだ。

 ……ただし、防御面を回避に頼るせいでやや運ゲー気味なのが不安要素ではあった。乱数調整したい。


「ご主人様は私が勝てると信じてますか?」

「……ん? そりゃあな。そうなるように育ててきたし……俺の予想を超えるなにかが起こらない限りは確実に勝てるはずだが」

「で、ですよね……あの、しかしですね……私はまだちょっと不安なんです」

「実際に戦う側からするとそうかもな」

「でも、ご主人様がおっしゃるなら……信じます。それでですね……1ついいでしょうか」

「1つと言わず何個でも疑問とか不安があるなら言ってくれ。隠される方が嫌だよ」

「……不安というわけではないのですが……実は、私たちモンスターには、今お見せしている以外にももう1つ姿があるのです」

「……はい?」


 モンスター形態と人型形態のことだろう。

 なんで今さらそんなことを――


 ああ、そうか。

 たしか主人公視点だと、初めての大会に挑む前に〝モンスターは人型になれる〟ということを説明&実演されるのだった。

 ……懐かしすぎてすっかり忘れていた。

 まあ、どのみちプレイヤーにはとっくにネタバレしているので、今さら感はやっぱりある説明なのだが。


「おどろかれるのも無理はありませんよね。だって……私たちに2つの姿があることを、普通の人は知らないのですから。このお話は――信用できると思った方にしか、しません。なぜなら私たちの〝もう1つの姿〟は今の姿に比べて弱々しいからです」


 ……後年、つまり俺とライバルが〝最後の大会〟とやらに出場できるころになると、けっこうな周知の事実となっていく。

 しかし今は〝モンスターが人型になれる〟という事実自体、あまり認知されてはいないはずだ。

 ここは俺も知らない感じで接した方がいいだろう。


「それで――その姿がどうしたって?」

「我々……グレイフェンリルという意味ではなく、モンスターは、信頼できる相手にだけ、自分の弱い姿を見せます。でも、見せても受け入れられないことがあるのです。姿だけ人になることができようとも、私たちはモンスターですから」


 人型でも行動が犬だもんなあ……

 たしかに見た目に騙された人が〝お前犬じゃねーか!〟とぶち切れるのもなくはなさそうだ。


「つまり、人型を俺が受け入れるか不安だと?」

「……はい。ですが……大会出場もやっぱり不安なのです。ですから、本当にご主人様を信頼してもいいか――それをたしかめさせてください」


 俺がシロの人型を受け入れるのはとっくに確定事項である。

 だから……今、不安なのは……


 こいつ人型になると全裸なんだよね、ということだった。


 ……服、着せるか?

 でもなあ……人型になるという現象をよく知らないフリで接しているんだから、服着てから変身しろと言うのも妙な話である。


 顔を背けておく?

 ……いやいや。受け入れられるか不安だと言っている相手の変身中に顔を背けるとか、シロを不安がらせる効果しかないだろう。


 見るか。

 もう見るしかないのか。

 わかった。

 よし、覚悟を決めたぞ。


「わかった。どんな風になっても受け入れる」

「……ご主人様……」

「俺は負けない」

「……えっと、別に勝負ではないのですが」

「こっちの話だ。よし、来い。覚悟はとっくに決まってる。どんな風になっても――俺はお前を今までと変わらずに扱う」


 人型の見た目になんか騙されたりしない!

 こいつは犬。犬なのだ。

 自己暗示をかける。

 よし万全だ。


「……では」


 シロが微笑み――姿を変えていく。


 太かった後ろ足は、ほっそりした白く長い人間の脚に――

 前足は人間の腕になっていく。

 胴体がくびれのある女性のものになったころには、2本足で歩き始めた。

 顔立ちは気弱そうな少女という感じだ。

 眉がやや太く、ハの字になっている。

 髪色は銀色で、膝ぐらいまでの長さがある。

 耳と尻尾はモンスター姿のまま変わっていない。


 そして。

 光を受けてボディラインが見えるぐらい薄い生地ではあるものの――

 ――ワンピースを身に纏っていた。


「……服あるじゃねーか!」


 つい突っ込む。

 おま、お前……獣型の時は全裸だから変身後も全裸みたいなことじゃなかったのかよ!?


 いや、シロだけの問題じゃない!

 他の連中もなぜ服なしの状態で変身した!?

 服あり変身ができるならそうしろよ!


「あ、はい……これは毛皮のようなものなので。……でもたしかに変ですよね。普段は裸なんだからこの姿でも裸であるべきですよね」


 スカートの裾に手をかける。

 俺は慌てて駆け寄り、人型シロの手首をつかんだ。


「待て待て待て! それでいい! そのままでいい! 着衣が好きだ!」

「えっ……でも普段は裸ですけど……普段も着た方がいいですか?」

「モンスター状態の時は裸でいいけど! 人型の時は着衣がいいんだ!」

「でもやっぱり不自然ですよね。実は私もそう思っていたんです。なんで急にこんな、窮屈な物身につけなきゃならないのかって……うん、次から気をつけますね」

「気をつけないでいい!」


 話を聞く気がないシロと押し問答をしながら、なんとなく気付く。

 ひょっとして、今まで出会ったモンスターたちがいちいち全裸だったのは――

 俺が最初にした〝服あるじゃねーか〟というツッコミが原因だったりするのではないか。


 あれ? でもそうだとしたら――

 ……大事ななにかに気付きそうな感覚があった。

 しかし、頭の中で言語として定着する前にスウッと霧散していく。


 今は服を脱ごうとするシロを押さえつけるので精一杯だ。

 俺とシロは絡み合うようにしながら草原をゴロゴロ転げ回る。


「この姿でも元の姿の時みたいに遊んでくれますね」


 彼女は嬉しそうだが、俺はあんまり嬉しくなかった。

 遊んでるんじゃない。

 戦っているのだ。


 俺の理性は俺の本能に勝てるのか――

 どうやらその勝負は、この時間でも引き続きそうだった。

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