呼ばれた世界の救い方2
1週間が過ぎた。
やはりここは俺のよく知る〝モンスターテイマー〟の世界だ。
それも、戦争など起こっていない。モンスター同士を戦わせる興行が流行している平和な時間だった。
シロの怪我はすっかり治っている。
……しかも2日とかからなかったのである。モンスターは知能が高く強靱なうえに自然治癒力まで相当なもののようだった。
そういやゲームとかで怪我をしても1週間ぐらいで治ったっけ。だからこそ戦うというものが明るい娯楽として成立しているのだ。
今俺がいるのは〝草原〟の調教場だった。
緑に覆われたなだらかな丘の上に、ゲル(テントを丸くしたようなもの)がいくつか建てられている。
それぞれの建物にはもちろん違った役割がある。
調教師室、厨房……他にも色々あるが、今、俺がいる場所はモンスター小屋だった。
風通しがいい大きめの空間には、藁が敷き詰められている。
そこに、子犬状態のシロと2人きりで顔を付き合わせていた。
「怪我も治ったのでそろそろ出て行かねばなりません」
「……そうか。でもな――お腹を思いっきり見せつけて、撫でられて尻尾まで振っておいて言うセリフじゃないと思うんだ」
すっごく懐いてるよこの子!
チョロいなあ本当に……
「ああそこそこ……人間、上手ですよ……さてはお腹なでるの慣れてますね……」
「答えにくい質問だな……まあ、慣れてると言えば慣れてるのか」
「気高いグレイフェンリルの私がすっかり堕落してしまいました。もうお嫁に行けません……」
「お前らにお嫁とかいう概念があったのはおどろきだけど……で、どうする? 出てく? うちで飼われる?」
「誇り高いグレイフェンリルは自分から飼われたいなどと言わないのです。……しかし人間がどうしてもと言うなら世話になり続けてやらないこともありません。でも簡単に私のご主人様になれるとは思わないことですね。我々はきちんと相手を選びますから」
「今日の夕食はお肉にしよう」
「ご主人様! シロは鹿が食べたいです!」
ハッハッハッと舌を出して言った。
堕落しきっている……
シロは完全に大の字になっていた。後ろ足も完全にびろーんと伸ばしている。あられもないことこの上ない。誇り高さなどみじんも感じられなかった。
「……俺の想定ではもう少しすれ違いとかぶつかり合いとかあるもんだと思ってたんだけど。本当にもう光速で懐いたよなお前……即オチのお手本のような懐きっぷりだ」
「え? なにかおっしゃいました? 今シロはご主人様ににおいをつけていて忙しいのであとにしてもらっても?」
俺の腕に体をこすりつけてくる。
所有権を主張しようというのだ。
犬ぅ……
「まあ、でも……怪我の治りが早くてよかったよ。見た時はちょっとギョッとするぐらいの怪我だったからなあ」
「あの程度世話になるまでもないのですよ。食べて寝れば治るのです」
「……ちなみに食べるアテはあったのか?」
「シロはいつまでもご主人様にお仕えします!」
彼女がここまで懐いたのは食い物の効果がでかそうだった。
餌付けってスゲー。
「あー……ちなみにだけど。調教士ってのは育てたモンスターを戦わせてお金を稼ぐ人なんだ。そのへん理解して俺に飼われようとしてる?」
「興行ですよね? 知ってますよ。勝っていくとアイドルになれるんですよね? シロはかわいいのでアイドルを目指したいと思っています」
「ひどい勘違いがまざってるような気もするけど……戦って勝てば人気が出るのは間違ってない」
「ご飯と治療の恩を返すためです。シロはがんばりますよ」
「……怪我するかもしれないけど」
「戦いの怪我なら望むところです」
……つまり、拾った時の怪我は戦いによるものではなかったようだ。
まあ、暗いことを考えるのはやめよう。
シロは戦いに乗り気らしい。
助かる。……俺の目的を達成するうえで、大会に出場してもらうのは必須事項なのだ。
俺は、戦争が起こらないようにしたい。
そのためには〝最後の大会〟とやらに出場し、勝つ必要がある。
ああ、もちろん、育成方針が〝ゆるふわ〟の状態で、だ。
戦争の遠因はライバルが〝最後の大会〟に勝ってモンスターへ厳しく接してもいいという風潮が蔓延したことにある。
……そして戦争の原因は、ライバルが自分のモンスターであるスピカを売ろうとしたことにあるのだ。
なぜ俺が〝最後の大会〟前に失踪したのか、それはわからないが……
失踪する原因に注意しつつ〝最後の大会〟に出場し、勝つ。こうすれば戦争は起こらないはずなのだ。
なんていうことだ。これは全部調教士である俺にしかできない。つまり、本当にようやく俺のスキルを活かして世界を救う展開になってきたのだった。
そのぶんプレッシャーはきついががんばろう。この世界自体は話がでかすぎてよくわからないがモンスターを救いたいという気持ちはたしかなのだから。
「……なんにせよ、戦う意思があるのは助かるよ」
「シロは恩知らずではないですからね。怪我の治療、美味しいご飯、あとはご飯、そしてご飯のお礼はしなければなりません」
「ご飯だけじゃねーか……」
「あ! そんなことないです! なでられるのも好きです! もっと撫でて! なんでもしますから!」
「誇り高いグレイフェンリルとはなんだったのか」
「シロはもちろん誇りを失っていませんよ。ご主人様のいない場所ではしっかりと誇りを見せますので!」
いかんなあ……
今度はみだりに俺の前で服を脱がない清楚な子に育てようと思ったのだが、すでに後戻りできないルートに入ってる気がする。
い、いや、今からでも遅くはない……もっとちゃんとさせよう。
「いいかシロ、ひとたび俺に飼われることになったのなら、自堕落なのは許さないぞ。俺は調教士だからな。お前らを厳しく調教するのがお仕事なんだ」
「き、厳しくですか……いえ、シロはがんばりますよ!」
ちょっとだけ足を引き締める。
お腹を見せたままではあるのだが……
あんまりにも格好がつかないので、前足の付け根に手を差し込んで持ち上げた。
ハッハッハッと舌を出して呼吸するシロの顔が目の前に来る。
……灰色の毛玉だ。大きな瞳はキラキラと輝いており、まだ発達していない牙が小さくのぞいていた。
コレに厳しく接するのか。
……こんなかわいい生き物に。
うん、無理だな。
「あー……まあ、そこそこにがんばろう。毎日トレーニングをして、ご飯を食べて、遊んで、眠るんだ」
「……あんまり厳しく聞こえないんですが」
「大丈夫だ。厳しくなくても1月でパラメーターはカンストするから。育成自体は100回以上やってるしどうにかなるはず」
「ご主人様ベテランなのですね……まさかシロ以外にも誰かいるのですか?」
「いや、今飼ってるのはお前だけだよ。のちのち増えるだろうけど……」
「…………シロが強ければ増えませんか?」
「ううんと……強いのが1人いればいいっていう話じゃなくて……」
収集要素のあるゲームだから。
……っていうのはあくまでも〝ゲーム〟の都合にすぎない。
このリアル世界で何人ものモンスターを同時に育成する苦労はすでに知っての通りである。
加えて言うならば、ゲームでは調教場から調教場への移動時間がゼロだった。しかしこの世界でまさかワープなりテレポートなりできるわけじゃないだろう。
1人にしぼって育てるのが〝リアルな〟調教なのか?
でも大会優勝するたびにモンスターが増えるはずだしなあ……
……まあ、同じ調教場で複数人育成でもしてみようか。
ゲームだと仕様上無理だが、リアルならいけないわけでもないだろう。
5人までならいけるはず。シロと子犬どもとの生活もやっていけたのだ。
「ご主人様、油断しないでくださいよ」
「……なんだ、敵襲か?」
「調教士が誰に襲われるんですか……」
呆れた声だった。
そりゃそうだ。この世界でまだ〝調教師狩り〟は行われていないはずである。俺が誰かに襲われるとすれば、それは物盗りとかに他ならない。
そしてゲームに泥棒が入るイベントはなかった。……まあ、リアルでもないだろう。なにせリスクが大きすぎる。下手したらモンスターに殺されてしまう――と泥棒視点では思うだろうし。
「で、油断ってなんだ?」
「まだシロはご主人様を完全に信頼したわけじゃないんですからね」
知ってる。
その証拠に、シロはまだまだ子犬状態のままである。
これが信頼度MAXになると15、6歳ぐらいの少女然とした見た目になって、全裸で俺に抱きついてくるのだ。この世界線ではそういう子に育たないよう努力したい。
「信頼されてないのは知ってるよ。でも、油断はしてないつもりなんだけどなあ」
「いいえ、油断してます。まだシロを拾ったばかりなのに、もう他の子の話をしてますよ。そういうの浮気っていうんですからね!」
……さて、この世界の調教士は多人数育成が基本のはずだが。
しかしプレイヤー以外はだいたいいつも決まったモンスターで大会に出場している気もする。
少し考えてみよう。
この世界でモンスターを手に入れるもっともメジャーな方法が〝大会に優勝する〟だ。そして基本的に大会とはプレイヤーが優勝するものである。
結果として多数のモンスターを手に入れられるのはプレイヤーだけということになる。
なるほど〝この世界の調教士基準〟で考えた場合、多数のモンスターを育成できるプレイヤーは少数派ということに他ならない。
普通の調教士は(結果的にだが)1人のモンスターとずっとやっていくことになるのだろう。
……たしかに浮気だ。
プレイヤーはひどいやつだが、勝利と浮気はほぼ同義である。そして俺は勝利し続けなければならないので、必然的に浮気をすることになっていく。
世界平和を目指すなら浮気は必須なのだ。そんな状況で〝浮気をしないために平和への努力をしない〟と思い切れるほど、俺は漢ではなかった。
はぐらかすこととする。
「その話はまた今度な。今はご飯を用意しよう」
「誤魔化そうとしてますね……でも騙されませんよ。絶対にお肉なんかに負けたりしません」
「鹿肉を焼いて、骨ごと出そうと思ってる」
「お肉には勝てませんでした」
肩に乗っけるようにシロを抱いて立ちあがる。
……目標は〝最後の大会〟優勝だが、その前にはいくつもの大会が立ちはだかるだろう。
幸いにもシロの同意を得られたことだし、明日から特訓開始だ。
抱きしめたり抱き上げたりも、今のうちに精一杯やっておこう。
特訓が始まったらそんなことできなくなる。
……いや、疲れるのもあるんだが――
経験上、ステータスが上がるとおそろしいペースででかくなるからな……
子犬の期間は短く、そして儚いのであった。
 




