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異世界から呼んだ勇者の捨て方3

 けっきょく2時間もしたころに眠くなったので、調教士室で木刀とともに寝た。

 ……最近俺の風紀が緩んでいる気がする。

 シロと出会ったばかりのころ、相手が人間形態だと一緒に寝るのもアレな気がしていたはずだ。しかし今ではあまり気にしなくなっている。人の変化は水が低きに落ちるがごとく。楽な方へ楽な方へと変わっていくものなのだった。


 うっすらと意識が覚醒したのは――いつだろう。

 魔界は常に暗い。それでいて明るい。だからこそ時間帯がわからない。……まるで人工の世界だ。もとがゲームなので比喩でもなんでもないが、魔界は他の場所に比べて生活が快適すぎるような気がした。


 バタバタと騒がしい。

 声や物音が周囲からひっきりなしに聞こえてくるけれど、それは調教士室の外の話だ。

 壁1枚隔てた表のことは、半分以上夢見心地の俺にとって、なんだか遠い世界のことのように思えた。


 バタン! という無視できない音が聞こえる。

 調教師室の扉が開かれたのだ。

 小屋の外と中で世界がつながる。

 俺はようやく目をこすりこすり体を起こした。


「ご主人、大変でございます」


 ……肩口で切りそろえられた黒髪とブレザーに似た服装、それから目元をかざる視力補強器に覚えがあった。

 メガネだ。


 さて、大変だと切り出すわりに声も表情も落ち着いている。

 シロやラスボスを含むおそば係制度撤廃派がついにテロ行為でも始めたかとため息をつきながら問い返した。


「どうした?」

「人間の襲撃でございます」


 至極落ち着いた様子で語られる。

 ……そのせいだろう。しばし状況を理解できなかった。


「人間の襲撃って――人間の襲撃か!?」

「左様で。もとより魔界は〝人里から遠い場所〟ではございましたが〝隠れた場所〟ではございません。襲撃は想定できたものでございます」


 口調も顔も冷静そのものだ。

 ……ああ、そうか。メガネは慌てても仕方がないことを知っているんだ。

 ならば俺のモンスターである彼女の前でだらしない姿は見せられない。


 俺は木刀の肩を叩いて起こす。

 そして、ベッドから立ちあがった。


「状況は?」

「ラスボスさんに前線指揮をしていただき、応戦中でございます。が……どうにも連中、透明になる面妖な術を使うようで。いくらか侵入されてしまっている可能性がございますれば、こうしてわたくしがご主人の護衛に――木刀さんも、護衛をお願いいたします」


 メガネが毅然とした目を向ける。

 木刀がゆったりとうなずいた。


「………………わかっ――」

「もっとキビキビ話してくださいまし。いえ、もう高望みはいたしませんので、早くここから出て安全な場所に向かいましょう」


 ……そういえば、メガネは木刀と折り合いがよくないとか。

 まあ、性格が正反対っぽいし、むべなるかなである。

 俺はメガネにたずねる。


「安全な場所ってどこだ?」

「周囲をザッと偵察いたしましたところ、西端に洞窟を見つけたのでございます。あそこであればしばらくはしのげるかと」

「……ああ、あそこか。木刀に案内された……向かうのはいいんだが……みんなはどうする?」

「応戦し敵を滅ぼす以外になさそうでございます。これ以上西に逃げても魔界のようにひそめる場所があるかはわからないのでございます。それに――やられっぱなしは悔しいでございますので」


 意外と――でもないか。メガネはけっこう好戦的な性格だった気がする。

 ……心強いと思うべきところなんだろう。


 でも、俺はどんどん間違った方向に進んでいる気がしてならなかった。

 モンスターを守りたいのは当然だ。彼女たちを育てた。かわいくないわけがない。

 だが、一方で、俺は人間なのだ。

 同じ人間をかわいいモンスターに殺させるのはごめんだった。


 ……この世界に召喚された時、王族っぽいヤツにひどい扱いをされた。

 その時は〝殺してやろうか〟ぐらいまで思ったが――

 実行するとなると、また違った覚悟が必要になる。


 甘い話だ。

 俺はこの状況でも、最後はみんな笑顔でハッピーエンドを迎えるんじゃないかと期待している。

 おまけにそんな未来をかたちづくるための能力は何1つもっていないときたもんだ。本当に期待するだけなのである。


「……ちなみにだけど、俺が死んだらどうなると思う?」

「冷静な分析だけお話しいたします。間違いなく士気が落ちるでございましょうね。怒りにより思わぬ力を発揮して人間側を退却させるかもしれません。しかし、その後は間違いなくモンスターたちは意見が食い違い、分散し、各個撃破されていくかと」

「そういう意見はホント助かる。……つまり俺は引っ込んでる方がいいってことだな」

「左様で」


 死ねばモンスターが終わる。

 そして前線に出てもやれることがない。

 逃げることに異論はなかった。……心苦しい、とか言ってる場合じゃないのだ。


「行くぞ」


 号令をかけて走り出す。

 ……本当にこれでいいのか。本当にこれしか道がないのか。

 人とモンスターは、どちらかが滅びるまで戦うしかないのか。

 答えの出ない疑問がいつまでも頭の中にうずまいていた。


 しばし走っていると――

 ――周囲にイヤな気配を感じた。


 もちろん俺に〝気配を察する〟なんてスキルがあるわけがない。

 だから、見てわかる異常だ。


 魔界の木々が、燃えている。

 炎の壁だ。まるで進路を塞ぐように突如目の前が遮られた。

 ……さてこのあたりは魔界調教場の中央部付近になる。戦いは人間の領土の方角を考えれば、ここより東側で行われているに違いない。

 どうにも戦いが飛び火しただけとは考えにくい。


 なにかいる。


 俺が理解するより先に、メガネと木刀はモンスターの姿に戻った。

 漆黒の巨大なフクロウが音もなく羽ばたき、暗い空へ消える。

 全長3メートルはある大きな樹木が、俺を守るように立ちはだかる。


 タタタッ、と軽い音がした。

 木刀の樹皮が削られる。


 俺は彼女の肌を見た。

 ……見覚えのある傷跡――つまりは弾痕だ。


 またあいつらか。

 しかも今度はおしゃべりをする気もないらしい。姿は隠れたままで、気配だけが重圧になって周囲から感じられる。

 どこにいるかはわからないが――

 確実に、殺意を持った生物が近くにいる。

 ……息が詰まるほどのプレッシャーだ。1人きりなら確実に命乞いモードに突入している。

 だが――


「……ぬしさま……」


 近くにはモンスターがいた。

 泣き言は言えない。


「なんだ」

「…………洞窟…………逃げて…………」

「お前はどうするんだ?」

「…………敵……止めないと……」

「止められるのか?」

「……丈夫……だから……」


 発言の意図を理解する。

 彼女は〝止めないと〟と言った。

〝倒さないと〟と言ったわけではないのだ。


「命を捨てる気なら、怒るぞ」

「…………怒ってもらえる……?」

「……冗談を言ってる場合じゃない」

「…………冗談……なんかじゃ…………ない。わたしは…………忘れられたくない……だけ」

「だからそんなことしなくっても――」

「取り柄……ないと思ってた。でも……守って、忘れないでもらえるなら……嬉しい」

「……」

「きっと……みんな……同じ……だから……行って。お願い」


 しぼりだすような声だった。

 再度、銃撃音が響き始める。

 木刀が両腕を大きく広げた。

 俺は彼女の力になれないか考えて――


 フワッ、と。

 自分の体が宙に浮くのを感じる。

 メガネが俺を持ち上げて飛んだのだ。

 俺は叫ぶ。


「おい! 木刀が!」

「彼女には彼女の役目がございます」

「あいつがいくら丈夫でも重火器には勝てねーよ!」

「勝つことが役目ではございません。……ご主人は王でございますれば。犠牲を払っても生きてくださらないとならないのでございますよ」

「……どうして俺のためにみんなが犠牲になる必要がある」

「好きだからでございましょうな」


 当たり前のように言われる。

 ……俺が、なにをした?

 彼女たちになにをしてやった?

 ここまで慕われているのは、彼女たちが〝失踪前の俺〟に育てられたからだ。


 じゃあ、〝そいつ〟はどこに消えたんだ。

 戦争を予言し、俺にまわりくどい伝言を残して消えたそいつは、今、いったいどこにいるんだ。


 くそ、こんな――どうしようもない状況に叩き込みやがって。

 現在の戦争に俺が切り込める場所などどこにもないのだ。もうちょっと役立つ能力があれば違ったのかも知れないが、俺じゃ彼女らを守れない。

 あくまでも調教士でしかなくて――

 もう、調教士がどうにかできる状況は、俺がこの世界に来た時点で過ぎていたのだから。


 ビスッ、ビスッ、というにぶい音がする。

 ……俺を運んでいる彼女から、血がしたたり始めた。


「おい、無理すんなよ!」

「ああそれは……申し訳ございません」

「謝ることじゃねーけどさ」

「いえ……少々、手荒い着地になってしまいそうでございます。――ご容赦を」

「え?」


 急に、メガネが俺を放した。

 空中で、だ。


 当たり前のように落下が始まった。

 重力と慣性により射出された俺に綺麗な着地など望むべくもない。

 地面に落ちたあと、ズザーッと土に体をこすりつけながら目的の洞窟へとホールインワンする。


 ……体中が痛い。中は暗くって自分の体すらよく見えないけれど、すごい数の擦り傷がありそうだなとは思った。たぶん打撲も。

 しばらく痛みにうずくまる。

 歯を食いしばれば、まだまだ痛いながらも行動はできそうだ。


 立ちあがる。

 骨折はなさげで一安心といったところだが、俺が無事でなにができるかを考えれば気持ちは暗くならざるを得ない。

 顔をあげる。

 ――ふと、洞窟の奥から光が漏れているのに気付いた。


「……くそ、予言通りかよ。行くしかねえか」


 光を目指す以外の行動はとりようがない。

〝失踪前の俺〟の意図通りっぽくてほとほと嫌気が差すのだが――

 この先に、どうしようもない状況をどうにかできるものがあるならば目指すべきだろう。


 デコボコした空間を歩く。

 洞穴の直径は小さい。縦横に2メートルずつという感じだろう。冷たい岩肌を触りながら手探りで奥へ奥へと歩いて行く。


 そして、迷うこともなく目的地へたどりつく。

 光の発生源を見つけた。


「……は?」


 絶句する。

 それはモンスターだらけの世界、しかも魔界とかいう名前の土地にあるだなんて想像もつかないガジェットだった。


 ノートパソコンだ。


 しかも画面はつきっぱなしで、この光が真っ暗な洞窟をかろうじて照らしていたというわけだった。

 ……台座に鎮座するそれはまるで超古代のオーパーツみたいに堂々としていた。


「おい……ふざけんのもたいがいにしろよ。パソコンで人間とモンスターの戦争が止まるわけねえだろ」


 失踪前の俺に悪態をつく。

 だが、ここまでして回れ右をするというのも労力がもったいなく感じた。どのみち他にやるべきこともないのだ。PCいじりでもなんでもしてやろうじゃないか。


 画面を見る。

 そこには――デスクトップには、ショートカットが1つきりだった。


 モンスターテイマー。


 ……今、俺がいる世界とよく似たゲームだ。

 電源もなくスクリーンセイバーもないらしいパソコンは、わざとらしく唯一のショートカットにカーソルを合わせていた。


 吸いこまれるようにダブルクリック。

 しばしのロード時間があって――

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