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レントの飼い方2 表現の苦手な生き物ですが、きちんと感情はあります。注意深く読み取ってあげましょう。

 木刀の案内で魔界を進む。

 すごくのろい。

 目指している場所はどうやら、魔界調教場の西側のようだった。


 現在の木刀は裸シャツという姿である。そして俺は上半身裸という姿である。……こんなにのろいならひとっ走りして着替えを持ってくるべきだったなと軽く後悔した。

 そろそろ方向だけ聞いて走り出そうかなという思いが強まり始めた時――


 どうやら目的の場所に到着したらしい。


 ……地下への入口がぽっかり空いた鍾乳洞だ。

 洞窟の中は見通しのきかない暗闇である。……なぜだろう、大口を開けて餌を待つ獣を連想した。言い様のない不気味さ。踏み出したら戻れないぞと俺の中の危機感が警鐘を鳴らす。


 そこかしこにあったはずの人工物めいた光も、このあたりでは弱々しい。

 この洞窟はなんだ。

 なにがある?

 俺は木刀に問いかけた。


「……この洞窟はなんなんだ?」

「………………ぬしさまは…………〝りせっとぼたん〟って…………」

「リセットボタン?」


 ……って、アレだよな。

 ゲーム機とかについてる再起動のためのスイッチだよな?

 しかしソシャゲに〝リセット〟はない。

 まあ、データを全消去して再DLすればその限りではないのかもしれないが、コンシューマーと違ってそのメリットは薄い。なぜなら課金・収集要素があるからだ。セーブだってオートだし。


「中に入ったらどうなるかとか、聞いてるか?」

「……………………〝りせっとぼたん〟って…………」

「それはわかったよ。つまり他には聞いてないってことなんだな?」

「…………絶対に…………入るって…………時が来たら…………頼るって…………」

「他には?」

「それだけ…………」


 ……マジで回りくどいな〝失踪前の俺〟。

 情報の小分けと伝えるのに不向きな人選はほんとどういうことなのか問い詰めたい。

 木刀には悪いが、少なくとも俺なら木刀をメッセンジャーには選ばない。


 メガネかラスボスあたりが適任だ。そしてその2人には早い段階で出会っている。

 特にメガネだったら立て板に水という調子で詳細な情報を主観抜きで語ってくれるだろう。


 ……まあ、メッセンジャーの人選には〝そうしなければならない理由〟があると考えよう。

 しかし――〝リセットボタン〟をあとで必ず頼る?

 つまり正攻法じゃどうにもならない事態に絶対直面するってことか?


〝失踪前の俺〟は今の俺になにをさせたい?

 ……そうだ。伝言を残すからには伝えたいことがあるはずだ。


 木刀から教えられた〝リセットボタン〟の存在は、ラスボスに伝えられていたような〝戦争になった場合の対処方法〟ではない。

 あきらかに〝俺〟へ向けてのメッセージだ。


 そしてモンスターへの指示は簡潔で的確だった。

 俺へのメッセージだけが、回りくどく小出しで意味わからんのだ。

 つまり――今の俺が考えること自体に意味がある?


「……けっきょく情報少なすぎてわけわからん。だいたい――推理は苦手なんだ。答えがあるなら楽に見たい」

「…………ぬしさま…………いらだってる…………?」

「少しな。でも、これは木刀にイラついてるわけじゃない。昔の自分にイラついてるだけだ」

「…………やだ…………わたしに…………いらついて…………」

「……そういえば怒ってやる約束だったな」


〝失踪前の俺〟がどうだったかは知らないが……

 今の俺はモンスターを大事にすることに決めているのだ。

 せっかく順番が回ってきたのだから、木刀が満足するまで遊んでやるとしよう。


「………………怒って…………いじめて…………くれるって…………」

「1つ疑問なんだが、失踪前の俺はお前のこと希望通りにいじめてたりした?」

「…………上手に…………いじめてくれた」


 鹿はさばけるし調教はできるし、おまけにいじめるのまで上手とか、過去の俺、ハイスペックすぎだろ。

 そんなプレイしたことねーよ。

 ゲームプレイの話ね。


 ……もちろん木刀に対しても〝遊ぶ〟というコマンドはあった。だが、前にも述べた通りプレイヤーはどんな遊びが行われているのか、詳細までは知らないのである。

 つまり遊ぶ(意味深)だったのかとあきれるばかりだ。


「あー……そのー……残念なお知らせがあるんだが、俺は失踪前の記憶が曖昧でな。というわけでどのように上手にいじめてたかがさっぱりわからないんだ」

「…………わたしの口から言わせるという…………趣向?」

「供述するだけでプレイになるレベルなのか……」


 聞きたくねえ……

 手つかずのまま8月30日を迎えた夏休みの宿題ぐらい触れたくない問題だった。俺と同一人物と思われる調教士の赤裸々な性癖吐露など聞いても微妙な気分になるだけなのである。


「…………言う……?」

「聞きたくはないが聞かなきゃ進めないならそうするしかないよなあ……微妙な気分なのは否めないけど。……それとも、なんかやってほしいことあるなら、言ってくれればその通りにするけど」

「……こっちから言って……それでやってもらうのは……違う」

「マゾはめんどくせえなあ……」

「……そういうのでいい……すごく……よかった」


 体を抱いて身を震わせるマゾ。

 割とソフトなプレイで安心するものの、これだけソフトでいいなら何気ない一言でも反応されそうなのがなかなか心配だった。


「なあ、別に俺はお前のこと嫌いなわけじゃないから、言葉で責めるのもそれなりに心苦しさを感じてるんだけど……」

「……それがいい……嫌われてるだけは……いや……」


 興奮からか言葉のペースがあがってきている。

 木刀に述べた言葉に嘘はないが、こいつが面倒くさいやつなのは事実である。

 まあ、俺を案内するという役割は立派に果たしたわけだし、がんばってドSな言葉責めを考えてみよう。

 俺はそこまで性格のきつい人間じゃないので言葉で責めるのも一苦労だが、遊ぶのも調教の一環なのである。調教士側も片手間というわけにはいくまい。


「えーと……」

「……困るなら……他の子と比べて……わたしの悪いところ……挙げてくれるだけで……」

「それ、お前嬉しいの?」

「うん……他の子の方が優れてるのに……ぬしさま……わたしのとこ……いるから……愛されてるって……思うの」

「お前の性癖歪んでるな……」

「……もう少し……冷たい目で言って……」


 プレイは開始されているようだった。

 にしても……比較対象ねえ。

 ゲームでだけのお知り合いはどうにも比較しにくい。となるとすでに会ったことがある連中に限られるわけだが。


「そうだなあ……初エンカに比べて柔軟性がないとか?」

「体固いって……言われる……」


 嬉しそうだ。

 そんなんでいいのか。

 もうこれ罵倒でもなんでもない気がするぞ……

 スライムと木を比較して〝お前柔軟性ねえな!〟はそれ、ただ比較対象を間違ってるだけな感じがしたけれど。喜んでるのでいいか。


「メガネに比べて……無口!」

「……無口……がんばっても……しゃべれない……」

「えーっと……イヌに比べて…………飛べない?」

「……ずっと地べたにはいつくばっている……お似合い……」

「ラスボスに比べて火を噴かない」

「……燃えちゃうから……種族の限界……」

「シロに比べて……」


 ここに来て言葉に詰まる。

 ……シロも木刀も変態の度合いはそう変わらない気がするのだ。

 いや、あっちは別にマゾじゃねーけど。

 そうだなあ……


「シロに比べて……のろい!」

「のろい……そう……のろいの……」

「いや、さっきから思ってたけど、お前なに言われても嬉しいんだろ!?」

「え……ぬしさま……なにをされてもすぐに喜ぶ変態……って言った……?」

「そうは言ってねえよ!」


 意味はだいたい同じだが!

 ……つ、疲れる……


 しかし未だ深夜1時ぐらいである。

 これをあと23時間とかこっちの身がもたねえぞ。


「……他には……ない……?」

「待ってくれ。罵倒を考えるのも疲れるんだ……そもそも罵倒になってねえし」

「……ぬしさま……わたしのために……一生懸命……」

「お前実はマゾじゃなくてサドだろ」

「…………気にしてもらいたい……だけ……でも……わたし……とりえない、から……いじめられるぐらいしか……できない……」


 なるほど、その性癖の歪みはそういうわけか。

 理解できるほどでもないが、把握できないほどでもない。ようするに気にされている実感がほしいのだろう。


「そんなことしなくても調教士はモンスターのことを常に気にかけてるよ。だから大丈夫だって」

「…………そう……なの?」

「そうそう。そりゃあ、育成システムの都合上放っておくことはあるけど……自分で名付けて自分で育てたモンスターのことを忘れたりするもんか」

「……でも……わたしは……強くない……」

「そんなこともないと思うけどなあ。速さはないけど丈夫だし、持ち味を活かせばまあ……って今はもうモンスター同士の戦いはないんだったな。人間とは――戦わない方が無難だろうし」


 FPS軍団を思い出す。

 アレはなんというか……時代が違う。モンスターの基礎ステータスが人と比較してずば抜けているからどうにかなったが、正面きって戦っていい相手ではない気がする。

 しかし魔界に独立国家を作るためには、少なくとも〝手を出してはまずい〟程度の戦力であると人間側に認めさせる必要があるわけだ。


 ……ぶっちゃけ、そのあたりの政治的な駆け引きについてはなにも考えていない。

 逃げるだけで精一杯だったのだ。

 加えて言うならばどうあがいても俺は〝調教士〟でしかない。

 モンスターの育成とモンスター同士の対戦における指揮ならできるが、モンスター対人間の集団戦など指揮できるはずがないのである。


 俺の適正でできることは――モンスターを育てること。それから、モンスター同士を戦わせ勝つことだけだ。

 ……状況は〝詰み〟っぽいが、まあ安全なうちはあきらめず色々考えようと思う。


「…………ぬしさま……難しい顔……」

「ああ悪い。お前のことは忘れてないよ。ただちょっと……うん、まあ、深く考えれば考えるほど暗い気分になるのは事実だな」

「……はげましたい…………」

「ありがとう。気持ちだけは受け取っておくよ」


 木刀をなでる。

 細身で長身の美女をなでるというのも妙な気分だが、こう見えてこいつは子供のころから俺に育てられたモンスターである。

 つまり娘みたいなものと考えられるのだ。

 ……となると調教士は父親か。うん、娘の前で難しい顔ばかりはしてられないな。


「さて、今日はなにをして遊ぶか……それとももう夜も遅いみたいだし、そっちは眠いか?」

「……眠気に耐えるのも…………つらくて…………好き」

「色々理由つけてもお前はけっきょくドMなんだな……」


 性癖は最初から歪んでいたらしい。

 俺の発言を受けて嬉しそうに身をくねらせる木刀。

 ……これから23時間、どうしてくれようか悩みどころだった。

2015/08/03 誤字微修正

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