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レントの飼い方1 無口ですがのんびりしているだけです。気長にコミュニケーションをとりましょう。

 零時を回ったらしい。

 ……この世界に来てから太陽あるいは体調基準でしか時間を気にしたことがなかった。

 しかし時間という概念はあるようで、〝今日〟が終わったからと初エンカは去って行った。


 今までなにをしてたかを答えよう。

 なにもしていなかった。

 寝てた。


 俺は自分からしゃべるタイプじゃない。一方、初エンカはそこそこしゃべるが〝名前を呼んでみただけ〟とか〝なんでもなーい〟とかばっかりで、会話らしい会話もなかった。

 そして2人とも睡眠が大好きときている。……俺の方はまあ、昨日の事務作業疲れが原因で眠かっただけなんだが。


 今日は異世界に来て初めてぐらいにおだやかな日だったかもしれない。

 その代償として、今はすごく目が冴えている。


 まずいなあ、夜型人間になってしまう……

 ため息をつきつつ、そのあたりにある木に寄りかかった。


「ん」


 木から妙に艶っぽい声がした。

 振り返る。


 ……すごく普通だが、すごく妙な木だ。

 魔界に生えている植物は毎日がクリスマスかというぐらいに人工めいた光を放つ実が鳴っている。それと地面からわき上がる光の粒子のお陰で、魔界はいつも暗いがいつも明るいのだ。


 しかし背後にある木はまったくの普通だった。

 魔界以外の場所に生えているぶんにはまったく不自然ではない。全長3メートルほど。枝振りも立派な大きな木である。


 ……よく見れば、木の幹の半ばあたりに妙な裂け目があった。

 ギザギザした横向きの裂け目だ。それが、3つ。……目と口を連想させる位置だ。

 俺はこいつを知っている。


「……木刀か?」


 1番長い裂け目がむずむず動く。

 そして、非常にゆったりしたペースで言葉をつむいだ。


「……………………………………はい」


 木刀は〝レント〟と呼ばれるモンスターである。

 その見た目はまんま〝樹木〟で、森に紛れていつまでもジッとして過ごすとか。

 性格が穏やかなあたりは飼育に向いているが、生きるペースがスローすぎて戦いには向かないタイプの子だった。

 ……にしては当番になった途端にここにいるという事実。ついおどろく。


「ず、ずいぶん早いな。まだ今日になったばっかりだろ?」

「…………急いだ、から……」

「そうか」

「…………魔界……に……着いた日から……ずっと……急いだ……」

「そ、そうか……」


 魔界に来てから俺が寝てた日も含めて3、4日ぐらい経ってる気がするんだが……

 急いで今の到着というのは、さすが木刀である。


「俺に伝言があって急いでくれたんだよな?」

「………………そう……」

「ありがとう。じゃあ聞こうか」

「……わかった…………」

「…………」

「………………えっと……」

「………………」

「…………前…………あ…………いなくなって……その前……」

「……………………」

「言われた……………………こと………………」


 ……遅い!

 失踪前の俺はなぜよりによって木刀をメッセンジャーに選んだのか。明らかに他者に伝言を伝えるのは不向きだと思うんですがそれは。

 なにか理由でもあんのか? それともただの人選ミスか!?

 俺が焦れているあいだにも、木刀ががんばって言葉を紡ぎ続ける。


「………………お尻…………」

「失踪前の俺はお前に〝お尻〟という伝言を頼んだのか!?」


 そのプレイはよくわからない。

 いったいどういう性癖が満たせるんだろう……

 失踪前の俺の業は深い。


「…………あ、違………………書いて……お尻……」

「……書く?」

「…………伝言……お尻に…………書いて…………もらった……」


 ゆったりとした動作で俺に背中(?)を向ける。

 ……木のお尻ってどこだよ。

 そう思いながら、幹の半ばより下部分に目を凝らす。

 すると――

 あった。

 ……伝言がたしかにあった。

 しかし――


「あの、木刀さん、これ、彫ってあるんだけど、痛くないの?」

「………………きもちいい……」


 この樹木、どうやらMらしい。

 しかしお尻に彫るとかすげーレベルの高いプレイだな……

 人型状態で俺の伝言が入れ墨として残っていないといいなと願うばかりである。


 ……さて、失踪前の俺の性癖はともかく、伝言はたしかに読み取れた。


『案内を頼め。

 次もある。

 どうするかはお前の好きに』


 ……この、木刀の体に伝言を彫るという都合上、可能な限り文字数を少なくしようという配慮が見える半端なチキンさは、かなりの確率で俺の仕業っぽい。

 しかも日本語。いよいよ盤石である。

 ……この世界にはこの世界の文字がある。そして、その文字を俺は読めないのだから。

 なるほど止むにやまれぬ事情があってこんな暴挙に出たのだろうというのはわかった。だが明らかに情報量が足りていない。伝言をまとめた紙でも託してくれたほうがまだマシである。


 結果としては、謎が増えるだけである。

 ……が、まだ結論を出すのは早いだろう。


「なあ木刀、案内を頼めって書いてあるんだけど、これはお前に頼めばいいのか?」

「………………ぬしさま………………お尻…………じっとみてる……」

「なぜ興奮してるんだ……」


 M樹木め。

 ただでさえ話のペースがスローリーなのに横道に逸れたらますます進まないじゃないか。


「………………案内…………しないと…………」

「そうだな。会ったばっかりで悪いんだが、失踪前の自分の意図がそろそろ気になってしょうがないんだ。早めに案内してくれると助かる」

「…………案内…………しなかったら…………怒って…………もらえる……?」


 マゾとの会話はめんどうくさいなあ。

 もっとペースが早いか、あるいはマゾでさえなければすんなり会話が進むのに……


「怒られたいなら案内したあとに好きなだけ怒ってやるから、今は先に案内を頼む」

「…………叩く……?」

「いや、まあ、望むなら……でも木を叩くのは痛そうだな……」

「…………わかった……」


 ……読めた!

 この流れは、来る!

 人型になる気だコイツ!


 しかし周囲には身を隠すものはない。

 俺は慌てて木刀から顔を背けた。

 そして――着ていたシャツを脱いで背後に投げる。

 俺の格好がツナギのみという変態度の高いものになってしまうが、今はそんなことより裸を見ないようにする配慮が大事だ。


「人型になり終わって服を着たら教えてくれ」

「…………ん…………」


 肯定か否定かわかりにくい。

 しばし待つ。


「終わったか?」

「…………ん」


 だから、肯定か否定かわかりにくい。

 おそるおそる振り返る。

 木刀は、まだ木の状態のままだった。

 俺はたずねる。


「ひょっとして人型になるつもりはない?」

「…………今、なれそう……」

「そうか。じゃあまた背中向けてるからな」

「……ん…………」


 再び顔を背ける。

 数分は確実に経った。


「まだか?」

「……………………えっと…………」

「もう終わってる?」

「………………ん…………」


 肯定なのか否定なのか。

 もういいだろ。さすがにもういいだろ。

 振り返る。


「……まだなのか」

「…………あ………………」

「どうした」

「今…………」


 タイミング悪く姿が変化する。

 現れるのは細身で長身の美女だ。

 手足が長く細い。腰の位置も高くて体型はモデルという感じ。

 顔立ちはどこか気弱げで、背は高いのにこちらを見上げるような上目遣いだった。

 長い緑の髪が風になびく。いい感じで危ない場所を隠していた。


「…………服を着てください」

「……ん……」


 動作はすごくのろい。

 ……仕方がないので、脱ぎ捨てたシャツを拾って、肩からかけてやる。


 俺の裸を見ないための行動は無駄に終わったが――

 収穫が1つ。


 モンスター形態の時にお尻に彫った文字は、人間形態にまで影響していないようだった。

 本当によかった。

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