スライムの飼い方2 不定形で奔放な生き物です。フレキシブルな対応を心がけましょう。
「人型の方がいいかな?」
初エンカがそう言うので、俺は慌てた。
また全裸になる。
今度こそ防止せねばなるまい。
そこで俺は一計を案じた。
まず、スライム状態の初エンカに、用意した俺の服に入ってもらう。
そして服の中で人型になってもらおうという作戦だ。
これなら完璧。
言い訳のしようも誤解のされようもなく、完全に着衣状態になる。
というわけで初エンカに服を着せる。
彼女の体が一滴残らず俺着用の調教士ツナギの中に収まったのを確認して――
「よし、いいぞ」
許可を出した。
初エンカの姿が変わる。
地面にひきずるほど長い青髪の少女だ。
体はかなり小さい。子犬どもと並んでも遜色ないぐらいだろう。
俺のサイズに合わせたツナギは大きいらしく、肩からスポッとずり落ちそうである。
しかし鎖骨と平坦な胸の上部までしか見えない。
それ以外は完全ガードである。
裸じゃない!
勝ったぞ!
ガッツポーズなどしてしまう。
初エンカが青い瞳で不思議そうに俺を見ていた。
「ごしゅじんさまどうしたの?」
「いや、嬉しくってさ……こんなの初めてだよ……」
「なんかよくわかんないけど、ごしゅじんさま嬉しいならぼくも嬉しいよー」
べったりとくっついてくる。
……変温動物とか恒温動物とか関係なく、くっつくのが好きらしい。
さっきと違ってやたらぬくいが、魔界自体は快適温度なのでこれはこれでよしとする。
ベッドの上で2人寄り添うように座る。
服装も同じだし、これはこれでなんだこれ。
「それで〝失踪前の俺〟になにか言いつけられてたんだろ?」
「そうそう。ごしゅじんさまに次会った時伝えるよう言われてたんだよー。でも、もう意味ないかも?」
「……意味がない?」
「うん。あのねー、〝魔界に行くように言え〟って言われたの。でももう魔界にいるから、意味ないよね?」
たしかにそうだ。
……まあ、〝失踪前の俺〟が戦争を予想していたのだとしたら、人間の領地から離れた魔界に行くよう進めるのは妥当な判断である。
それとも他に理由でもあるのだろうか?
……少なくとも、わかったことはある。
〝失踪前の俺〟は事態がどう推移していくかだいたいの判断はついていたが、未来を正確に予想することができていたわけではないようだ。
なにせわざわざ初エンカに言付けているのだ。……今の俺が魔界に行くかどうかは〝失踪前の俺〟にとって確定事項ではなかったのだろう。
そもそも、だ。
伝言が小分けにされているのも気になる。
モンスター全員に言いたいことすべてを伝えておくわけにはいかなかったのだろうか?
……まあ、中には物覚えの悪そうな子もいるので、難しいかもしれないが。
メガネとかラスボスあたりに全部の伝言をまとめて伝えてくれれば、そいつらと接触した際に〝失踪前の俺〟が言いたかったことがだいたいわかるはずなのだ。
にもかかわらず小分けにしているのはなんでだ?
情報の流出を怖れた?
あるいは――知るべき順序がある?
……くそう、意味わからん。〝失踪前の俺〟はいったいなにを思ってこんなめんどくせー真似をしたっていうんだ。
気に入らないが〝失踪前の俺〟の思惑通りに情報を集めていくしかないのだろう。
「……まあ、伝言はありがたい。伝えられた時戸惑っただろ。こんな意味わからん言付け」
「うん。でもごしゅじんさますっごい慌ててたしー……時間ないことだけはわかったよ?」
「慌ててた? それは……なんだろう。なにかに追われてたとかそういう感じか?」
「んー……そこまではわかんないけど。予定がいっぱいあるみたいなことは言ってたよ」
「……予定、ねえ……」
「あのあとラスボスさんのとこ行ったんだよね? 伝言があったの?」
「……あったんだろうな。実は……どう言えばいいかな。その当時の記憶がちょっと曖昧でな」
「大怪我してずっと寝てたんだよね?」
「……その話は誰から?」
「わかんない。みんな色々言ってるよー」
つまりただの予想か。
たしかにモンスターの立場からして、急に調教士が3ヶ月も失踪したら不安になるよな。
……そうは言ってもそもそも1対1の育成が普通のゲームだし。あるモンスターを育成中に別なモンスターを放置するのは珍しくない。多少放っておかれても普通に生きていくだろうけど。
〝失踪前の俺〟がしたかったことについてこれ以上の情報を得るのは難しそうだ。
あと質問することは――
「戦争の発端についてよく知ってるって話だったけど」
「スピカちゃんのことだよねー」
「……」
なんだそいつ。
すごく……素敵な名前じゃね?
初エンカの知り合いっぽいし俺の育てたモンスターか? いやしかし俺のネーミングセンスでそんな素敵ネームつけることってありうるか?
しかしモンスターのことを忘れたとか調教士の沽券にかかわるぞ。
「ごしゅじんさま、スピカちゃんのこと忘れたの?」
「い、いや! 忘れてないぞ!? 俺がモンスターのこと忘れるもんか!」
「そうだよねー。よく戦った相手だもんね」
「……what? 戦った?」
「ライバル調教士さんのモンスターだよー」
他人のかよ!
まあ、そうだよね。俺のモンスターにそんな普通に素敵なネーミングされてるわけないよね。
っていうか、ライバル調教士のモンスターってことは――
「……売られそうになったっていう子か?」
「うん。ぼくも何度か戦ったことあるじゃない? それでお友達なんだよー」
「そうなのか……つまり売られそうになった時の心情とかを聞いてるってことか?」
「うーん……最終大会前の話だけどー、こっそり来たんだよね、スピカちゃん。ぼくのとこに」
「抜け出すなんてできる……ああいや、できるのか」
信頼度が低くスパルタだと、たまに〝モンスターが逃げました〟というイベントが起こる。
そんなに時間かからず帰ってくるのだが、帰るまではあらゆるコマンドが選べなくなるというマイナスイベントだ。
そのあいだモンスターがなにをしているかは描写されないが――なるほど、お友達モンスターのところに行っているのだとしたら色々納得だ。
飲まず食わずでゲーム内時間数週間はきついだろうし、友達からご飯を分けてもらっているのだろう。
「でねー。ごしゅじんさまとライバル調教士さんがなにか約束してたみたいなんだよねー。それで最終大会は〝負けたくもないし勝ちたくもない〟って言ってたよ」
「……複雑な乙女心だな。えっと……スピカちゃんとやらはモンスター種別としてはなんだっけ」
「ケルベロスだよー」
そういえばそうだ。
これはプレイヤーが入手することのできないモンスターである。神話のアレが有名な割りには実装が遅いと文句を言われていたのを覚えている。
いつか実装される予定だとは思っていたが、俺が現代日本にいるあいだにはとうとう実装されなかった。……ひょっとしたら次のアップデートでゲットできるようになったのかもしれないが、俺には知りようのないことである。
「うーん……で、その後俺が失踪して大会はライバルの不戦勝……まあ、俺以外の大会参加者には勝った扱いなんだろうけど。で、スピカちゃんが売られる……? よくわからんな。売られる前後は会ってないのか?」
「うん。大会前にちょっと会っただけだよー。あとはメガネさんが言った通りだと思うよ。話したって言ってたし」
「……あいつ、引き継ぎまできちんとやったのか」
マジで手間かからんな。
頭もいいし。
しかしそんなメガネにはなに1つ言付けしてないんだよな〝失踪前の俺〟は。
……うむ、よくわからん。
客観的情報の方が役立った気がする。……まあ、売られた子の心情が複雑であったというのは新しい情報だ。なにかきっかけがあれば重要なピースになるかもしれないので、これはこれで覚えておこう。
「こんなところかなー。ぼくはあとなんにも知らないかも?」
「充分役立ったよ。ありがとう」
「えへへー。どういたしまして」
体重をあずけてくる。
頭をなでて労った。
どことなく上の空な態度でなでてしまったのは否めない。
ここに来て〝失踪前の俺〟の存在感が大きくなってきたのだ。
戦争は未だ続いているし。原因を探ったところでどうなるもんでもなさそうな気はするのだが、気になることは放置できない性分なのである。誰か攻略サイトに情報をくれ。
「……なんにせよ、今日は初エンカと遊ぶか」
「そうだねー」
「なにするんだ?」
「お外行こう」
そういえばまだ今日は部屋の外に出ていなかった。
いくら太陽のない魔界だからといって、このままでは不健康だ。
うなずく。
「そうだな。じゃあ、まずは初エンカが立ちあがってくれないと……ほら、寄りかかられたままだと立ちあがれないだろ?」
「そうだねー」
初エンカが嬉しげに笑いながら立ちあがる。
すとん、となにかが落ちた。
……初エンカはかなり小柄だ。そして着ているのは俺の服である。
普通にしていても今にもずり落ちそうだった服が――
立ちあがった拍子に、一気にこう、脱げた。
あまりにも透明度の高い裸身があらわになる。
初エンカのリアクションは小さいものだった。
「あ、脱げちゃった」
気にしろ!
俺は頭を抱える。
神よ、いるなら返事しろ。
俺をいったいどうしたいんだ。
2015/08/03 誤字微修正




