キマイラの飼い方1 猫はきまぐれな動物です。適切な接し方を模索しましょう。
らしくないことをした気がする。
俺は人と接するのが苦手で内気な性格なのだ。接した相手に〝マジ死ねよコイツ〟とかたまに思うことはあるけれど、平和を好む人なのである。
それが戦ってしまった。
らしくない。
夢うつつであっちとこっちどちらが悪いか考えてみる。……うん、どうしたって相手が加害者でコッチが被害者だった。ならオッケー。正当防衛は文明人に許された最低限の権利である。
いや、藁で寝たりしてる今の俺が文明的な生活をしているかはひとまず置いておいて。
体を起こして周囲を見回す。
……自分が寝ていた場所のあまりに文明的なのにおどろいた。
部屋だ。屋根があって壁がある。
それだけでも立派なのに、俺が寝ている場所はどうやらベッドの上らしい。
感触は固い。ベッドの中身は羽毛とかスプリングじゃなく、最近慣れ親しんだ藁らしい。それでもシーツ1枚隔てているだけでまったく違う。布、バンザイ。
体を見下ろす。
全裸に包帯だった。
ともに旅をした獣どものことを思い出す。ラスボスは大丈夫としてもシロに治療されたと思うとなにか大事なものを失っている可能性があった。
考えるのはよそう。
服をまとって建物の外に出る。
あたりに広がるのは幻想的な風景だった。
輝く葉をつけた樹木。オーロラのかかる夜空。
あたりには光の粒みたいなものがただよっており、クリスマスの街並みを思わせる。
天然のイルミネーションに照らされた場所にはいくつかの建物があって、そのどれもに見覚えがあった。
ああ、俺は〝魔界〟に来たんだ。
いくつかある調教場の1つだ。悪魔系のモンスターの育成効率があがるものの、それ以外のモンスターは逆に効率を落とすというピーキーな場所。
ゲームではあまり使った覚えがない。というのも、悪魔系だって別に魔界以外では全然成長しないわけではないのだ。
さっさと人間モードの画像を回収したい思いはあれど、他のプレイヤーと競わせて最強を目指したりはしていない俺としては、育成効率よりマウスカーソルを動かす距離のほうが大事だったというわけである。
突っ立っていると、上空から羽音がした。
ラスボスかなと思って見上げるが、どうやら違うらしい。
四足歩行の生き物だ。
シルエットは表現しやすい。なにせ百獣の王と俺のいた世界でも大人気のライオンさんなのだから。
ただしたてがみはなかった。メスなのだろう……というか、この世界のモンスターにオスはいない。そういうタイプのゲームなのだから仕方ない。
そしてバッサバッサと音を立てるのは、背に生えた翼である。たぶん鷲とか鷹とか梟とか、猛禽類系の翼である。
そいつが俺の目の前に降り立った。
でかい。すぐ目の前にこられると、顔の位置が2メートルぐらいの高さにある。四足歩行でそれなのだがら全体の巨大さはすさまじいものがある。
そいつはウロウロと俺の周囲を歩き回った。
……いやもういい加減、味方だってわかってる。
わかってるのになんだこの緊張感は。まるでこれから1つでも行動を誤ればペロリと平らげられそうな雰囲気。釣り上げられた魚とかまな板の上の鯉とかはこういう気持ちなんだろう。
ああ、そうか。
俺はモンスターの感情をある程度読み取ることができる。
彼女ら獣の表情は普通、人間にはわからない。だが、俺はこの世界に招かれた理由たる特殊能力か、はたまた別の素養かは知らないが、彼女らの表情がわかるのだ。
俺を嗅ぎ回るこいつの顔には、シロやラスボスのような好意がない。
だから緊張しているのだと理解した。
……そして実を言うと、こいつがこんなにも剣呑な雰囲気である理由に、心当たりがないでもなかったのである。
俺はなるべくにこやかに声をかけた。
「よ、よう……元気?」
翼の生えた獅子が、眠たそうな目で俺を見る。
「……私の名前は〝よう〟ではない」
見た目に似合わずかわいらしい声。
物静かでポツリポツリとした、ささやくようなクール系の声音だった。
しかし吠えかかるような迫力が押し殺されていてめっちゃ怖い。
ここまで来て、いよいよコイツの怒りの理由が明らかになってくる。
俺は意を決して名前を呼びかけた。
「イヌさん、お元気でしょうか?」
翼の生えた獅子――キマイラは猫型モンスターである。
俺のネーミングセンスは自他ともに認めるぐらいアレだが……
たまにひねった名前をつけてみたいという冒険心がわいてくる。
そんな時、偶然にも目の前にいたのがこの猫型モンスターだった。
そこで俺は思ったね。
〝猫をひねったらイヌじゃね?〟
そうして俺のネーミングセンス第一にして最大の被害者、キマイラの〝イヌ〟は誕生したというわけだった。
翼の生えた獅子――イヌは不機嫌そうに鼻のあたりにシワを寄せた。
「そう。私の名前はイヌ……覚えていてくれて光栄」
「……わ、忘れたりはしませんよ? 自慢じゃないけどモンスターにつけた名前は全部覚えてるんだ。いやまあ全部暗唱しようとすると必ず一つか二つ抜けるけど」
「最後に会ってから時間が経っている。当時はあなたも私の名前を気に入っていた。でも、今はどう思っているか聞きたい」
ジリッと顔同士の距離が詰まる。
ライオンフェイスが〝返答如何によってはむさぼり食うぞ〟と言わんばかりに俺を見ていた。
しかし、2つ疑問が出る。
まずは言語についてだ。〝イヌ〟というのは当然日本語で〝犬〟なのだが、この異国情緒あふれる世界観で公用語が日本語なのだろうか?
まあ、だとしたらこの世界でまっとうに生きてる人間と俺とで会話ができた理由も説明がつくのだが……
それともイヌという響きに俺がこめた想いだけが伝わっているていう感じなのか?
……たしかめようもないが浮かんでしまった疑問だった。
で、もう一つ。
俺はどうやら今からだいたい3ヶ月前(俺がFPS集団に撃たれてそう日付が経ってない想定での日数だ)に、彼女らの前から失踪したらしい。
その〝3ヶ月前の俺〟の記憶は、当然ながら今の俺にはない。
……んで、〝3ヶ月前の俺〟は本当に〝イヌ〟というネーミングを気に入っていたのだろうかという感性に対する疑問だ。
猫型モンスターにイヌとかつけて喜ぶようなやつは、さすがにないわ。
まあ、その、うん。俺のことなんだけどさ。
咳払いする。
「ごほんごほん。それでだね、えーっと……い、いいんじゃないかな? イヌ……ほらその、イントネーションがきっと間違えてるんだよ。〝犬〟と同じように読むからいけないんだ。〝絹〟とかと同じで最初の〝イ〟を強く読むようにしたら、昔の女の子の名前っぽいんじゃないか? 〝おイヌさん〟的なアレですよ!」
「……そう」
無関心そうな声だった。
……やっべえなあ。この世界に来てからモンスターの表情が読めなかったことなんかないのにイヌの顔はさっぱりわからん。
無表情なのだ。雰囲気が剣呑に思えたのも、怒ってるかどうかわからないのも、緊張するのもみんなこいつが感情を表に出さないからだ。
ツンと澄ましている様子は猫らしいといえばらしいが。
なににせよ相手が人間じゃないのにここまで会話に困るなんて想像していなかった。
自慢じゃないが俺は人間以外が相手だったら饒舌になれるのだ。
金魚鉢の金魚にだってその日の体調をたずねる系の人だぞ。
調教師としての意地に火がつく。
ここまできたらなんとしてもイヌとパーフェクトコミュニケーションをとってやろうという気持ちだった。
「ところでイヌはどうしてここに?」
「……質問の意図が不明瞭」
「ああ、えっと……魔界に来たのは招集したから、だよな。俺の寝床近くに来た理由、かな?」
「……当番制であなたの様子を見ることになっていた。今日が私の番だった」
「そ、そうですか……ん? 当番制ってことはシロも俺の様子を見に来てた?」
「……まだ」
「それはよかった……で、えー……っと……あ、俺はどのぐらい寝てた?」
「……3日」
「けっこう寝てたんだな……他のみんなはなにしてる?」
「……巣の準備」
「なんで? モンスター小屋があるはずだけど」
「……多いから。全員は無理」
「そ、そうか……言う通りだな」
「……」
「えっと……うん。ほ、報告、ありがとう」
「……うん」
会話が続かねェ―――――!
そういえばシロもツンもロッチもクウもネムもラスボスも、そんなに無口じゃなかった。
いや、子犬どもは無口なのもいたけど、こう、話さなきゃ感を刺激するような相手がいなかったのだ。
イヌと会話が続かないのは、なんだか焦る!
試されている気がするのだ。
困っていると、ふらりとイヌが俺に背を向ける。
ガッカリさせてしまったのだろうか?
俺は慌てて声をかけた。
「どこ行くんだ!?」
「……みんなのところ。目が覚めたと報告」
「あ、ああ……なるほど」
「あなたは?」
「俺? 俺がなに?」
「来るか来ないか」
……そういえば、合流後、言葉を交わす暇もなくぶっ倒れたのだ。
みんなには心配をかけてしまっただろう。
「俺も行く。みんなの集合場所とかはあるのか?」
「……中央広場。だけど、みっちりしてる」
「みっちり……?」
「数が多いから。全体的な建物の拡張が必要って、鳥さんが言ってた」
「鳥さん? ……どいつだ?」
「ふくろう」
「ああ〝メガネ〟か……あいつそういえば頭いいキャラだもんな。こういう時に頼れる事務系のやつがいると助かるな」
「……」
イヌが方向転換して俺に向かってくる。
そして、俺の足元で体をまるめて座った。
「ど、どうした?」
「……別に」
「あの、いきなり脛に顔をこすりつけられると非常に気になるのですが」
「……眠い」
「えっ!? みんなのところに行くんじゃないのか!?」
「……あとでもいい」
「お前が行くって言ったんだろ!?」
「……気が変わった」
ふわあ、とあくびをする。
なんていう気まぐれだろう。猫か。いや、猫だった。
しゃがんでイヌの頭に手を置く。
「イヌさん? もしもしイヌさん? あの、ほら、みんな心配してるし行かないと」
「……あとで」
「なんで急に心変わりしたんだよ!?」
「……ひみつ」
秘密ということは理由があるということだ。
しかし俺にはわからない。
ただただ猫のような、あるいは猫そのものの気まぐれさに振り回されつつ――
これからの魔界での生活が前途多難だと、ため息をついていた。
お久しぶりです。
なんとか六月中に投稿再開できて安堵しております。
このお話の一話を投稿し始めた時からなぜかスケジュールが詰まり気味になっていて「まるで人狼BBS参加した時忙しくなる現象みたいだあ」と思っております。
これからもポツポツ投稿は続けますのでどうぞよろしくお願いします。
2015/06/29 微修正




