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異世界から呼んだ勇者の捨て方2

 気付けば眠りに落ちていた。

 ……腕の中が熱い。熱した石を布に包んで抱けばこんな感じだろう。

 目を開く。


 まばゆい朝日と南国の木々が見えた。

 遠くに切り立った高い壁が見える。むき出しの土でできたそれは、地面に突き刺さった巨大な宇宙からの飛来物体(モノリス)じみた不自然さがあった。


 腕の中に視線を落とす。

 赤い髪の幼げな女の子がいた。

 毛布一枚という姿で、俺の胸に頬をおしつけて眠っている。

 ……そういえばラスボスの頭をなでているあいだにウトウトして眠ってしまったんだった。


 周囲を見回す。

 子犬どもはシロに体をあずけて眠っていた。

 あちらはモンスター状態のままだ。


 モンスターたちにとって人間状態というのは信頼した相手以外には見せたくない姿だ。

 現在は旅の途中、つまりいつ誰が突然現れるかわからない状態なので、モンスターの姿のままでいることが普通とかいう話だった。


 ラスボスをそっと胸から離して地面に寝かせる。

 立ち上がろうと右手をついて、感触の不自然さに気付く。

 キャッチャーミットみたいに分厚く包帯が巻かれていた。

 ……下手な治療の痕跡を見て、思わず笑いがこみあげる。

 温かい笑みだと自分でも思った。


 これからみんなが起きたら、西へ進路をとる。

 目指す場所は〝魔界〟だ。

 その途中で他のモンスターたちと合流する予定だった。


 シロやラスボスが機を見て他の子たちと連絡をとってくれているようなのだが、まだまだ合流できる気配はない。

 ……不安が募る。本当に全員無事に合流できるのだろうか。

 この世界に来た初日は死にかけた。

 2日目以降は、それこそ初日が嘘のようにおだやかな日が続いた――とはいえ、現状でまだこの世界に来てから3日目とか4日目っぽいので(自分がどのぐらい気絶していたか知らないのだ)、激動と言えば激動の異世界生活だ。


 とりあえず全員の無事を信じる方針でいこう。

 下手な考え休むに似たり、という言葉もある。状況は俺が個人の力でどうこうできる範囲を超えており、俺が〝悪い可能性〟を心配するとモンスターたちに不安が伝わってしまうまである。

 俺は気楽にいこう。

 それがたぶん、俺にできることだ。


 方針も決まって、大きく伸びをする。

 現状、水は貴重だが顔でも洗いたい気分だった。

 リュックのもとまで戻ろうと歩き出す。


 右腕に熱がはしった。


 視線を落とす。

 二の腕のあたりに矢が突き刺さっていた。


 貫通はしていないし、完全に(やじり)が埋まってもいない。

 だが――


「いっ……てぇ!」


 声を出すのと痛みを認識するのはほとんど同時だった。

 焼けるような熱さと、それ以上の違和感がある。体内に不当な方法で侵入した異物がガンガンと脳に刺激を送り続ける。

 そろそろと矢をつかんで、抜いた。

 失敗だった。

 血が噴き出して、異物感で覆い隠されていた激痛が表出する。

 ほんの1センチもない画鋲を踏んだだけでも相当痛いのだ。鏃は厚さも大きさも長さも画鋲なんかの比じゃない。痛くて当たり前。生理的に泣いても仕方ないことだった。

 そうわかってはいるのだけれど痛くて泣いているという状況が情けなさ過ぎてイヤで、奥歯を噛んで涙をこらえる。たぶん視界にラスボスが写ったせいだろう。男が意地を張るのはだいたい目の前に女の子がいる時なのだった。


 シロとラスボスが跳ね起きる。


「ご主人様!? どうしたんですか!?」

「……襲撃のようじゃな」

「え、でもなんのにおいも音もしませんよ!?」


 周囲は静かなものだった。

 俺が腕から血を流していなくて、俺の血がついた矢が地面になければ、静かな朝そのものだ。

 敵らしき姿は見えない。

 だが、それが逆に不気味だった。


「姿はわからんが、関係はなかろう。あたり一帯焼き払えばイヤでもなにか出てくる」


 ラスボスの姿がドラゴンへと変化する。

 それを合図にしたように、周囲の景色がゆらめいた。


 現れるのは黒い服を身にまとった集団だ。

 ……集団はあきらかに時代背景とマッチしていない。急所部分に装甲が貼り付けられた、俺のいた世界から見ても近未来的なアーマーを身にまとっている。

 にもかかわらず手にした武器は石製のナイフや弓なのだから笑ってしまう。まるで未来の兵隊が訓練中に急に石器時代に飛ばされたような印象だった。


 集団の中から、1人が歩み出てきた。

 黒いヘルメットで顔を覆っていて、顔立ちはわからない。

 だが、体格から男性であることはわかった。


「あんた〝勇者〟だな。ひょっとして2000年代の日本から来たのか?」


 ……おどろかずにいられるものか。

 そいつの問いかけは、まさしく俺の境遇を正確に認識しているも同義だった。


「お前らもか!?」

「……ああ。俺たちはとあるFPSゲームでクラン(チーム)を結成していたんだが、気付いたらこの世界に飛ばされていて……体も装備もゲームのものになってるし、まったくどうなっているんだか……にしても弾薬の補充ができないのは不便すぎる。弾薬BOXぐらい置いておけよ……」

「お、俺もだ! 俺の場合はFPSじゃねーけど、気付いたらこの世界にいた!」

「そうか。やっぱり〝勇者〟って呼ばれてるのはそういう存在みたいだな……」

「お前らは俺を狙って来たのか?」

「任務は2つだな。このあたりのモンスターの掃討と、とある王国が放逐した〝勇者〟の殺害、あるいは捕獲……つまり、あんたを狙って来た」

「なあ、もし俺と境遇が同じなら、別にこの世界のやつの命令に従うことはねーだろ? 見逃してくれないか?」


 黒づくめの男が沈黙する。

 そして、仲間のほうへ振り返った。

 しばし目配せするような間があって……

 黒づくめの集団は、笑った。


「悪いが、それはできない」

「なんでだよ!? この世界のやつらのために人殺しまでする必要はねーだろ!? それに、モンスターだって生きてるんだ! 意思もあるし知恵もある! そういう生き物を殺すのはイヤだろ?」

「おいおい、なに言ってるんだよ。これはゲームだぜ? 対戦型FPSでPK(プレイヤーキル)してなにが悪い?」


 隔絶を感じた。

 俺は、この世界で生きている。

 でも、やつらはこの世界で生きていない。

 本当に外側から操作しているのか、中にいるのに精神が遊びのままなのかはわからないが――


「お前ら、おかしいよ」

「そっちこそおかしいんじゃないか? この世界の設定じゃ、人間とモンスターが争ってるんだろ? なんで人間のお前がモンスターとそんな仲良くしてる? 俺らの世界じゃ化け物は敵って決まってるんだよ……全員、透明化(ハイド)して散開。いつものフォーメーションで行く。原始的な武器しかないから同士討ちは気にしなくていい」


 ジジッと電磁波のようなものが、黒づくめの男の体に走る。

 次の瞬間、その体はまったくの透明になってしまった。


 参った、あまりFPSはやっていない。

 何度か動画を見たことはある。

 FPSについて俺が抱いているイメージは、すごい速さで動いて銃や爆弾を駆使して敵を倒す、プレイヤー対プレイヤーのチーム戦って感じだ。

 透明化したり殴っただけで人を殺したり、あとは隠れているとどんどん体力が回復していくなんてのもあった気がする。

 連中がどのゲームの住人かは知らないが、明らかに俺より戦闘向きのはずだ。


 ラスボスが鼻から炎の吐息を漏らす。

(あるじ)は甘いのう。矢を放たれておいて和解などありうるはずがなかろう。(わし)のそばにおるがいい」

「……甘いかな。でも、どうする? 相手が見えないぞ」

「ああいう手合いと戦うのは初めてでもない。ほれ、おるじゃろ、透明になるモンスターが」

「……まあ、俺からは見えるけど〝透明になる〟っていう特殊技を使うやつはいたな」

「対策は同じじゃ。――逃げ場がないほど燃やせばよい」


 息を大きく吸い込む。

 そして、天に向けて吐いた。

 呼吸に伴って噴き出される炎は、空を覆い尽くすほどに広がっていく。熱い。真下にいるこっちが焼けてなくなりそうな温度だ。

 炎はある程度の距離で円形に拡散し、周囲にある木々に燃え移っていく。

 ……まるで急造された地獄のようだ。あたり一面を炎が包みこんでいく。大地は溶け火柱があがりそこかしこで木がパチパチと爆ぜていった。


 周囲に目をこらす。

 時折、視界にバチバチとという電磁波のようなものと炎にゆらめく人型のシルエットが見えた。

 ……やつらの透明化は、どうやら完璧ではないらしい。ダメージを受ける瞬間には透明化が解ける様子だった。

 そりゃそうだ。考えたら、あいつらの装備は〝ゲーム的〟なのだ。

 なにがあっても完璧に透明なままだったら発見が困難すぎてゲームとして面白くないだろう。

 そう考えると、あの能力も無尽蔵に使えるわけじゃないはずだ。

 時間制限もなくずっと透明になっていられるのなら、透明にならないという選択肢が存在しなくなってしまう。


 わずかに見えた人影に向けて、シロがとびかかる。

 1人押し倒した。


「ご主人様! どうしましょう!?」

「分厚い装甲をつけてるみたいだし、多少乱暴に扱っても大丈夫だと思う!」

「わかりました!」


 噛みつく。

 バチバチバチバチッ! と音を立てて、飛びかかられたやつの透明化が完全に解除された。

 そのまま、ビクビクと痙攣をして、動かなくなった。

 ……死んでないよな?

 遠目に見ても、胸が上下しているのは確認できた。

 ホッとする。


 ラスボスが炎の鼻息を漏らす。

「なんじゃ、においも足音もないのは大したものじゃが、戦ってみれば大した相手ではないのう。暗殺者風情ではこの程度が限界か」


 応じるように炎の中から声がする。

「たしかに重火器なしでドラゴンの相手は難しそうだ。――チームβ、出番だ」


 ザッ、と。

 周囲すべてから、まんべんなく足音が聞こえた。


 あたりを見回す。

 思わず笑いがこみあげた。

 本当に〝それらしい連中〟が出てきたものだ。

 ガトリングガン、突撃銃、あの太く長い筒はRPGだろうか?

 あたりから現れたのは、総勢8名の、しかし絶望的なほどの近代兵器で武装した集団だった。


 黒づくめの男が炎の中から現れる。

 先ほどまでは弓矢を装備していたはずだが、今は手にアサルトライフルを持っている。


「おめでとう。弾薬を使うべき相手だと判断した。弓矢で竜退治も面白そうだったのだが、生存第一が主義なものでな。知っているか? FPSだと生存優先で動いたほうが、あんがいキルレートを稼げるんだぜ」

「知らねーよ。FPSはやらないんだ」

「やってみろ。面白いぞ。ああ、ゲームパッドは使うなよ。マウスとキーボード操作が最強だ。あと、ネットは無線LANじゃなくてちゃんと回線直差ししろよ。ラグで動きがズレるようなヤツはうちのクランには1人もいない。それと、初めてやるやつはなぜか(スナイパー)をやりたがるが、やめておいたほうがいい。最初は突撃兵(アサルト)で立ち回りを覚えるべきだな」

「長々と講釈をどうも。で、それは見逃してくれるって意味か?」

「いや、来世でそうしろという意味だ」


 パパパッ、と意外にも軽い音を立てて銃弾が放たれる。

 目を閉じた。

 マズルフラッシュがまぶたにこびりついている。

 ビスビスッ! という音がした。

 ……痛みはない。

 俺は、目を開ける。


 目の前にはラスボスとシロがいた。

 足元には子犬どもがいる。

 銃弾は、ラスボスとシロの体に突き刺さっていた。


「お前ら……」

「ご主人様を守るのが、シロの役目ですから!」

「……たまたま腕を振ったら当たっただけじゃ」


 黒づくめの男が感嘆したように息をつく。

「放たれたあとの銃弾と人とのあいだに割りこむか……化け物め。だが、どのみち全員殺してミッションコンプリートのつもりだ。ひとかたまりになってもなんの解決にもならない」


 ラスボスが息をつく。

「そうでもないぞ」

「……どういう意味だ?」

「貴様らは嗅覚も聴覚も弱いらしいのう。周りを見ろ。視覚ぐらいは人並みにはあるじゃろ」


 ――重い震動が、足元から立ち上っているのに気付いた。

 地震と言うほど激しくはないが、その代わりに長く重くずっと響く。

 俺も周囲に目をくばった。

 そして――黒づくめの連中に取り囲まれた時とは別な笑いがこみあげる。


 あたりには数多くのモンスターがいた。


 天を突くような立派な角を持つ四足歩行の生き物がいる。

 太く長く、宝石のように輝く体の蛇がいる。

 鋭い体躯の空を泳ぐ魚がいる。

 炎を呑み込みながら近付いてくる半透明の不定形生物がいる。

 たてがみの代わりに翼を生やした獅子がいる。

 浮遊しながら移動するガス状の存在がいる。

 その他、様々な、しかしそのすべてに見覚えのある生物たちが、黒づくめの集団を取り囲むように円を描いて布陣していた。


 ラスボスが鼻から炎を漏らす。

「これだけ大きな狼煙(のろし)をあげれば、何事かとみな急ぐじゃろ」

「計算していたのか、化け物の分際で……」


 悔しげな声だった。

 ラスボスがくだらなさそうに笑った。


「計算もしていなかったのか、人間の分際で」

「……くっ」

「そのぶんだと気付いておらんじゃろうから、忠告してやる。儂らが貴様らを殺さんのは、主の意思あってのことじゃ。もし主を殺せばこの数の〝化け物〟が殺意をもって貴様らに襲いかかるぞ。さて、どうする?」


 長い沈黙があった。

 そして――


「撤退だ」


 素早い動作で退いていく。

 ……よく見れば、透明化もできていないし、足をひきずっているやつもいる。

 相手もかなり満身創痍だったのだろう。

 そりゃそうだ。この世界に銃器があるとは思えない。つまり、弾薬の補充は望めない。そんな中で弾薬を使う決断をしたのだから、相手だって追い詰められていたに決まっている。


 しばらく、去って行く連中の背中を見守った。

 そして完全にいなくなったと確信できる程度の時間が経って――


 俺はぶっ倒れた。


「主!? おい、しっかりせえ!」

「ご主人様が死んだ!?」


 死んでねーよ。

 しかし反論する気力もない。腕にちょっと矢が刺さった程度で情けないような気もするのだが、よくよく考えると〝腕に矢が刺さる〟ってすごい状況だ。〝ラスボスの頭をなでる〟とか〝イノシシサイズの犬〟ぐらい威力のある言霊である。


 今回ものすごく実感したけど、俺は争いに向いてない。

 早く動物王国的ななにかで平和に生きていきたいなあと決意を新たに……

 あ、もう無理。

いつもとイメージ違う感じになった(結果論)。

基本的に動物好きなので次回からはまた動物好きによる動物好きのための動物話になります。


あと、ちょっと忙しくなるので更新頻度落ちます。

気長に待っていただければ幸いです。

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