レッドドラゴンの飼い方6 本当はとても寂しがり屋なので、きちんとかまってあげましょう。
夜――
〝魔界〟の調教情まではまだ遠いので、野宿することになった。
持ち物に〝テント〟や〝寝袋〟はない。
わずかに毛布があるばかりだ。
どうやら普段から俺は旅支度の際にしっかりした寝具を持ち歩いていないらしく、寒い時などはモンスターに寄り添うかたちで眠っていた様子だった。
なるほど、シロなんかはたしかにモフモフしているし(毛自体は固いけど)、動物の体温に包まれて眠るというのは、寝具なんか使うよりも贅沢な気がする。
一方でラスボスは金属のようにかたい、表面がやすりのようにザラザラした鱗で全身を覆っているので、一緒に寝てもあまり寝心地はよくなさそうだ。
けれど、俺はこれから眠ろうという時間になって、ラスボスのそばに来た。
ラスボスは首を丸めて地面につっぷしていた。
ひどく傷ついた顔をしている。
たぶん、子犬たちと仲良くする過程でなにか大事なものを失ったのだ……
かわいそうなラスボス……
お陰で打ち解けた様子だったが、ここは調教師としてフォローせねばなるまい。
止めきれなかった俺にも責任の一端はあるし。
「ラスボス、お疲れ様」
「……なんじゃァ、主か。別に疲れてなどおらんわ」
「そんなにグッタリした様子で言われても説得力がまるでないんですがそれは」
「……子供は苦手じゃ」
「お前だって最初は子供だったよ」
ゲームの〝モンスターテイマー〟では、生まれた直後のモンスターを引き取って育てる。
最初から大人のモンスターを引き取るということはない。
もっとも、言葉もわからない赤ちゃん状態ということはなく、きちんと会話も可能な状態から知能がスタートするので、〝子育て〟と聞いてイメージするような苦労の大半とは無縁だが。
ちなみにモンスターはひと月ほどで大人になる。
だが、場合によっては同じモンスターでも成長が遅かったり早かったりする場合があった。
これは〝信頼度〟が大きく影響しており、モンスターテイマーでは〝信頼度をMAXにする〟=〝そのモンスターを攻略完了〟なので、信頼度の高さに応じて成長度合いが決まるのだ。
つまり、子供状態のまま信頼度MAX=人間形態を見るということは、ゲームではなかった。
なのでツンたちの相手をしていると、違和感というか戸惑いというか、そういうものがあるのは事実だ。
「儂は子犬どもより数段聞き分けがよかったはずだがのう」
「……聞き分けってなんだっけ」
レッドドラゴンは〝育成方針がスパルタでないとなかなか言うことを聞かない〟モンスターだ。
種族としてグレイフェンリルより聞き分けがいいというのはありえない。
また、実際に接してみて、ツンたちは良くも悪くも素直だと感じる。
ラスボスはゲーム中でしか育てていないからなんとも言えないけれど、たぶんラスボスの〝子犬どもより数段聞き分けがよかった〟は、ラスボス本人がそう思っているだけだろう。
「ふん……しかしじゃな……まさかあの落ち着きのないバカ犬めが、子犬を拾ってくるとはのう。世の中わからんもんじゃの」
「ラスボスは……ツンたち事情を知ってるんだっけ?」
「当たり前じゃ。儂らは子を産まぬ……儂らモンスターは、死ぬとその魂が浄化され転生し、数年ののちに新たな肉体を得て復活するのじゃ。前世の記憶はないがのう……そのように出生するという伝承が残っておると、主から聞いたぞ」
「……ああ」
女性しかいない、という都合上、出生まわりはどうしてもファンタジー寄りになる。
ゲーム上ではたしかに、今ラスボスが言ったように設定されていたはずだ。
基本的には〝謎に包まれている〟で、民間伝承としてラスボスの発言のような話が残されているぐらいである――という説明がより正確だろうか。
が、その伝承も諸説あり、作中では〝モンスターの卵〟というアイテムが見つかることもある。
転生するのに卵が見つかるのか? などなど詳しい説明がほしい部分が散見される。
ゲームならば〝設定のブレ〟で済む話なのだが、この世界だとどうなっているのだろうか。
「……なあ主よ。儂はな、人間に育てられ、人間の趣味のために戦うというのは、そう嫌いでもなかったのじゃ」
「そうか」
「うむ……儂らドラゴンは、熱い炎を吐く。鋭い爪がある。丈夫な牙を持っている。儂には他者を傷つけるぐらいしかこれらの使い道は思いつかん。もし戦いがなければ、儂らはどうなっていたのかと、最近考えることがあってな。もし、人間が遊びであろうとも戦いをしようと思っておらなんだら……儂が主と出会うことは、なかったのじゃろうな」
「……たしかにそうかもしれない」
「そういう意味で、人間に世話され、人間のために戦うのは、悪くなかった。死ぬほどは戦わせられんしのう。それが……なぜ今は、このようになってしまったのかのう」
今は、人間とモンスターが戦争状態か。
俺も最初はモンスターに対抗するための〝勇者〟として呼び出されたんだっけ。
……話によると、〝勇者〟はすごい力を持っているらしい。たった一人いるだけで国家間のバランスが決まるほどの。
ラスボスは俺と再会……するまで人間を殺さなかったらしい。
そのお陰で、きっと〝勇者〟を遣わされることもなく、無事に再会できたのだろう。
「この世界がどうしてこんなんなのかは、俺にもわからないけど……ラスボスはよくやってくれたと思うよ。たぶん、お前の行動は考え得る中でもっとも最善に近かったと思う。実際に、生きて会うことができたわけだし」
「……当たり前じゃ。儂の行動が間違っているわけがない。だが……まあ、なんだ。不安がなかったわけでもないがのう」
「不安?」
「儂はうまくやれた。しかし、いくらうまくやろうが戦いは終わらん。主も見つからん。そのうちになにをしても〝うまく〟なくなる時が来るのではないかと……」
「状況的に追い詰められるってことか? 手の打ちようがなくなるぐらい」
「そうかもしれん。儂の頭ではうまい説明は思いつかんが、漠然とした未来に対する不安は感じておった。そして、その不安は今もなおある」
長い首を曲げて、ラスボスが俺の顔を見た。
俺はその金属のように固くやすりのようにザラザラした鱗をなでる。
「今までよくがんばったよ」
「……頭をなでるな。不愉快じゃ」
「俺の手のことなら心配いらないぞ? もう慣れたし」
「……べ、別に心配などしとらんわ。それに、慣れるものでもなかろう」
「まあそうだけどさ、今はなんとなくなでたい気分だったんだよ」
「ならば好きにしろ。儂は忠告したぞ」
ふん、と鼻から炎を噴いて、鱗を真っ赤に光らせる。
ツンデレめ。
もっと言葉にデレ要素をにじませないとわかりにくいんだ。
だから俺はゲーム時代はお前のこと〝いつも機嫌が悪い人〟だと思って怖がってたんだよ。
「……っ、あ、やべ」
「どうした!?」
「……いや、えっと、すごくアホだとあきれられるかもしれないんだけど……」
「なんじゃ大したことではないのか」
「……なですぎて手から血が出た」
「アホか!? 診せてみろ!」
ラスボスに手を示す。
ヒリヒリと痛む手のひらは、皮が破れて血がにじんでいた。
……金属のやすりをしつこくなでてりゃそうなるよね。
本当アホだな俺は。
「いやあ、ごめん、頭のうえのほう、汚しちゃったかも。お前、綺麗好きだろ? 悪いことしたかな……」
「だから忠告したじゃろうが……! このアホ! 治療用具は持ってきておるな!?」
「ああ、リュックに」
「貸せ!」
言うが早いか、ラスボスは人型へと姿を変える。
俺は仰天した。
「外で人型になるのは恥ずかしいとか言ってなかったか?」
「モンスターの姿で人間を治療することは難しいのだから仕方なかろう! あまり見るな! それと毛布ぐらい羽織りたい!」
「ああ……それもリュックに」
羞恥心に配慮して目を閉じておく。
そばからラスボスが離れていく気配があった。
しばしガサゴソと音がしてから、目の前に誰かが来る。
「もういいぞ」
「……ああ、ラスボス、早かったな……ちゃんと毛布も着てるみたいでなによりだ」
「儂が普段着ている服は、着るのに手間がかかるからのう。ほれ、手を出せ。この儂が直々に治療をしてやろう」
右手を差し出す。
……ラスボスの治療の手際は、よくなかった。
なにをどうしたらいいかわかっていない感じだ。
とりあえず包帯を巻くことは知っているようだが、残念ながら治療というのは包帯を巻くだけで完了はしないのである。
俺はおろおろするラスボスに指示をする。
「まず消毒だな。酒があるから、それをちょっとだけ布に垂らして、俺の手をぬぐってくれ。それからガーゼ……厚くてやわらかい布を傷口に当てるんだ。包帯はそのあとに、ガーゼを固定するために巻いてくれ」
「わ、わかっておるわ! ただ少し……忘れておっただけじゃ!」
こんなところで意地をはらなくてもいいのだが……
ラスボスはラスボスという感じだった。
しかし……ケガに対する迅速な対応といい、子犬たちとのふれあいといい、ラスボスのいい人っぷりが半端ではないな。
ゲーム中でもうちょい描写してほしかった。
いやまあ、俺以外のユーザーにはツンデレ扱いされてたし、俺がわからなかっただけなんだとは思うんだけど。
考えているあいだに治療が終わる。
包帯が巻かれた手を見て一言。
「うわあキャッチャーミットみたいになってる……」
「なんじゃその〝きゃっちゃーみっと〟とは」
「……〝初めての治療にしては上手だね〟って意味だよ」
本当は〝包帯巻きすぎてミイラ男みたいだあ〟という意味である。
俺の右手にはギブスかよこれというぐらい分厚く包帯が巻かれていた。
ラスボスがそっぽを向く。
「無理して褒めんでもいい。下手なのは自分でもわかる……」
「ごめん、実は褒めてなかった」
「強火で焼くぞ」
「骨までなくなりそうなのでやめてください。でも……これだけ分厚く包帯を巻かれたら、次になでても手をケガしなくて安心だな」
ラスボスが怪訝そうに目を細めた。
「まだやる気なのか……主は反省や学習を知らんのか?」
「つってもなあ……今の状況じゃ、他にねぎらう手段も思いつかないし」
「布つきの手で儂の鱗に触るのはやめろ。鱗の表面に布のカスがついてとりにくい」
「あ、そうなのか……」
「……ま、しかし主のしたいことはわかった。儂は一応主に育てられたゆえ、その意向を汲む必要がある。そうじゃな?」
……言い訳モードだよね、これ。
ここは同意しておいたほうがよさそうだ。
「そうだな。俺の意向を汲む必要があるな、たしかに」
「うむ。主はどうしても儂の頭をなでたいらしい。儂は別になでられたいとは思っておらんのじゃが主が言うならば仕方ない。そ、そこでじゃな……」
ラスボスが、背中を向けて俺の膝へ腰をおろす。
そして、後頭部を俺の胸にくっつけた。
「……ラスボスさん、えっと、これは」
「しばらくこの姿でいてやる。じゃから、好きなだけなでてよいぞ」
「……左様ですか」
「うむ……儂がこれほど譲歩してやるというのは、なかなかない。気まぐれだと思って、せいぜい喜ぶがよい」
……そういうことらしいので、頭をなでることにする。
人間形態のラスボスの髪は、柔らかくてふわふわで、それからちょっとあったかい。
一本一本が細いうえに、かすかに赤い光を放っているので、とても綺麗だった。




