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レッドドラゴンの飼い方5 臆病な動物ですのでむやみに威嚇行動をとることがあります。

 調教場を出てまずは北へ向かう。

 外には手つかずの大自然が広がっていた。

 やはり南国風で、椰子(ヤシ)やバナナ系の葉っぱが大きい樹が多い。


(わし)が拠点にしておったのは山の頂上じゃな。ほれ、見ィ、あそこじゃ」


 モンスター状態に戻ったラスボスが指し示す方向を見る。

 そちらの方角には、どこのサスペンスドラマに出しても恥ずかしくないほど切り立った断崖絶壁があった。

 ちょっとした柱のような趣で、〝山〟っていうか〝土でできた天然の塔〟と表現したほうが正しい気がする。

 人類が登れる構造じゃねーぞアレ。


「……どうやって行き来してたんだ?」

「どうもなにも、跳んでのぼっておったがのう。ほれ、あそこに段差があるじゃろ。ああいうのを伝って5回も跳べば山頂じゃな」

「あそこ? 段差? 5回?」

「……まだ距離があるゆえ、人間には見えないでも無理はないがのう。ともあれ(あるじ)に〝のぼってこい〟とは言わん。仕方がないので儂が行ってこよう」

「ありがとう」

「別に感謝されるようなことはしとらんわ」


 鱗を真っ赤に輝かせて、口の端から炎を漏らす。

 これはたぶん照れてる態度なのだろうという予想はついているのだが、像サイズのトカゲがいきなり発光して口から火を吐く迫力にびびるのは、生き物として仕方ないと思う。


 腕の中に視線を落とす。

 今、俺はシロの背中に乗っかっている状態だ。

 イノシシサイズの犬ということもあって、乗り心地がいいわけでもない。

 しかし背負ったリュックの重さを思えば自分の足で歩くのとシロの背中に乗るの、どちらが体への負担が大きいかなど考えるまでもないだろう。

 そして、腕の中には子犬ども(モンスター状態)を抱えている。

 ラスボスの一挙手一投足にビクビクしている状態だ。


 そういえばラスボスと子犬どもとの仲を取り持たなければならない。

 ……しかし、人と人とのあいだを取り持つとか、どうしたらいいんだ?

 コミュ力には自信がない。

 むしろ俺が取り持たれたいぐらいだ。


 だが、そうだな……〝人と人〟と考えるから悪いのだ。

〝犬とトカゲを仲良くさせる〟と考えれば、難易度が下がるような気がする。

 ……本当に下がるか?

 いや、下がる。下がると思いこもう。

 そうだな、まずは犬とトカゲの共通点を子犬どもに教えて、おそれをなくそう。

 俺は子犬どもに話しかけた。


「ツン、ネム、クウ、ロッチ、4人ともラスボスが来てから元気ないな」

 4人を代表してツンが答えた。

「……食べられそうなのです」

「モンスターがモンスターを食べるという話は聞いたことがないな……まあ、見た目が怖いのはわかるけど、ラスボスとお前らだって、まったく共通点がないわけじゃないんだぞ?」

「……ラスボスさんと共通点があるのですか?」

「ああ。お前らもラスボスも、肉が好きなんだ」

「食べられそうなのです!」


 ますます怯えてしまったようだ。

 ……あれ、おかしいなあ?

 好きな肉の話題とかで盛り上がってくれる予定だったのに。


 次のアプローチを考えよう。

 そうだな、ラスボス側が子犬どもと仲良くしたがってるとわかってもらえれば、子犬どもも怯えなくなるかもしれない。

 俺はラスボスに話しかけた。


「なあラスボス」

「なんじゃ」

「別に、子犬どもを食べたりしようとは思ってないよな? 仲良くしたいだけだよな?」

「……なぜ儂が犬ッコロと仲良くせねばならんのじゃ」

「あれ? だってお前……」

「いいか犬ども、勘違いするでないぞ。儂がこうして貴様らを生かしておいてやっているのも、主の頼みがあるからじゃ。くれぐれも儂の機嫌を損ねるような真似をするな。うっかり強火で焼いてしまうかもしれんからのう」


 ボフッ、と口の端から炎の吐息を漏らす。

 子犬どもが縮み上がった。


 ……忘れてた!

 ラスボスはツンデレだった!

 内心でどんな思惑があろうとも、言葉にするとただの機嫌悪い人っぽくなってしまうという病気持ちなのだった。

 だからこそ俺に子犬どもとのあいだをとりもつよう依頼してきたのだろう。

 モンスターの特性を把握してやれないとか、調教師失格だ……


 しかしどうしたら仲良くなってくれるんだ。

 俺の人間力(にんげんりょく)が試されている気がする。

 よりによってなぜ俺の中で最も低いステータスを試そうとするのか、これがわからない。


 なんかもう腕にかかえた子犬どもがモフモフだし、あったかいし、ほどよく震えてマッサージ効果が出てきて気持ちよくなってきたし、すべて忘れて寝たい。

 誰か任せられる相手に〝任せた〟って言うだけなら楽なんだが……

 ためしにシロにお願いしてみるか?


「なあ、シロ」

「ご主人様がシロの上に……」

「シロ」

「あ、はい! なんでしょうか!? 別に興奮とかしてませんよ!?」

「……お前にラスボスと子犬どもの仲を取り持ってもらおうかと思ったんだけど、やっぱりやめようかなって考えてる」

「なんでですか!? シロは力の限りご主人様の要求に応えますよ!?」

「……じゃあ、試しにやってみてもらおうかな」

「わかりました! お任せください!」


 シロがラスボスへ視線を向ける。

 ラスボスが長い首をすくめた。


「なんじゃその欲にまみれた顔は……よだれまで垂らして」

「ハッ!? いえ、別にご褒美とか期待してませんからね!?」

「なんの話じゃ……」

「それよりラスボスさん、ツンたちと仲良くしてやってくださいよ!」

「……なぜじゃ」

「ご主人様がそうしてほしそうだからですよ!」


 身も蓋もない説得方法だった。

 というかコレ、説得なの?

 こんなんでいいなら俺でもできるよ?

 俺は首をひねるのだが……

 ラスボスが意味ありげにうなずいた。


「……なんじゃ、主が望んでおるのか」

「そうです。たった今、ラスボスさんとツンたちの仲を取り持つように言われたんですから、ご主人様はみんな仲良くしてほしいに決まってます」

「うむ……儂としてはまったく全然子犬どもと親しくするつもりはないのじゃが、主の頼みであればある程度は考慮する必要があるのであろうな」

「そうですよ! 嫌々かもしれませんけど、仲良くしてください! ご主人様のために!」

「ふむ……どうじゃ主、儂に子犬どもと仲良くしてほしいのか?」


 ラスボスの頭がこちらを見た。

 まあ、仲良くしてほしいのは間違ってない。

 俺はうなずく。


「もちろんだ」

「そうか……そうか、そうか。ならば仕方ない……」


 鱗が真っ赤に発光する。

 子犬どもがビクリと身をすくめた。

 ラスボスの首がにゅるりと曲がりながら、俺の腕の子犬どもに接近する。


「聞け、犬ッコロ……儂は別に望んどらんが、主の命により、貴様らと仲良くせねばならなくなった」

「……ツンたちを食べないのです?」

「貴様らなんぞ腹の足しにもならん。食わんわ」

「焼かないのです?」

「主が仲良くしろと言ったので、焼かぬ」

「……ラスボスさんは怖いひとじゃないのです?」

「儂は怖い人じゃ。しかし、一応、貴様らと同じように主によって育てられた者じゃ。よって、主の命令は従ってやらんこともない。気分によるがの」

「……今は気分がいいのです?」

「普通じゃ。悪くはない。そうじゃな……あまり話しかけられすぎるのも不愉快じゃが、儂らドラゴンのことと、主の調教にかんする思い出と、今まで戦った相手のことと、効率のいい獲物の狩り方と、鱗を美しく保つ秘訣と、その他様々なことにかんする話ならばしてやらんこともない」


 めちゃくちゃ話したいんじゃねーか。

 素直じゃなさすぎて逆に素直にしか見えない。

 子犬どもが腕の中でささやきあう。


「……どうするです?」

「いいんじゃなあい? あたしはパパがお腹なでてくれるならなんでもいいわぁ」

「みんながんばるなら、ぼくもがんばるよ。がんばって、おとーさんのためにラスボスさんとなかよしするよ」

「……よくねたのー」


 ネムが起きた。

 ……それはともかくとして、子犬どもの中で方針が固まったらしい。

 代表してツンがラスボスを見る。


「ラスボスさん、わたしたちはラスボスさんと仲良くするのです」

「儂がそうすると言ってやっとるんじゃ。当たり前じゃろう」

「仲良しのしるしに、においを交換するのです」

「……におい?」


 ラスボスが俺を見た。

 ……犬の習慣なのでトカゲにはなじみがないのだろう。

 しかし犬の〝におい交換〟って……

 いや、まあ、ツンに曰く〝自分たちは犬ではない〟らしいので、まさかなあ。

 俺は微妙な表情のままラスボスにうなずく。


「まあ、仲良くしたいって言ってるんだし、やってみたらどうだろう?」

「……ふむ、仕方ないのう」


 ラスボスがよくわからないという顔のまま承諾する。

 ツンが俺の体をよじのぼって、頭の上に乗った。

 そして、ラスボスと真正面から向かい合う。


「では、おしりのにおいをかぐのです」

「おしり!?」


 ……けっきょく犬じゃねーか!

 犬というのは初対面の犬を識別する際に、尻のにおいを嗅ぐのだ。

 それが犬的には〝初めまして。これからよろしく〟のあいさつとなるのだが……

 これでハッキリしてしまった。グレイフェンリルとは犬だったのだ……!

 ラスボスが戸惑う。


「おしり……おしりか……う、うむ……まあ、子犬相手ならば別にいいのじゃが……儂らドラゴンにはない習慣というかじゃな……もう少し別なやりかたを模索せんか?」

「でも、ママが信用できるかどうかはおしりのにおいで判断しなさいって」

「おい犬! 貴様は子供になんということを教えとるんじゃ!?」


 シロがおどろく。


「えっ!? なにかおかしなこと言ってます!?」

「おかしいに決まっとるじゃろ! なぜ尻!? なぜにおい!? 他にもっとハードルの高くない手段があるじゃろ!?」

「我々は嗅覚が一番頼れるんです! そしておしりのにおいは誤魔化しようがないんです! ご主人様のにおいだって嗅ぎました!」


 マジで!?

 いつの間に……ああいや、そうか、シロにかんして言えば〝3ヶ月前の俺〟との生活の記憶があるんだっけ。

 しかしツンたちも俺の尻のにおいを嗅いでいたのか……

 たしかに、最初に遭遇した時、俺は意識を失ってたけどさあ。

 聞きたくなかった。

 今、見た目がモンスターだったからまだマシだが、女の子型の時に言われたらしばらく立ち直れないぐらいショックだった気がする。


「仲良くしないのです?」

「う、ぐ……うむ、いや、仲良くはしたいが……尻のにおいをかがれるのは、恥ずかしいというかじゃな……」

「では先にわたしのおしりをかぐのです?」

「……う、ぐ、ぐ」


 助けを求める視線で見られた。

 俺も誰かに助けてほしいよ。

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