レッドドラゴンの飼い方4 変温動物は急激な環境の変化が苦手です。こまめに管理してあげましょう。
旅支度を始める。
これについては〝体が覚えている〟というようなことはなかった。いくら熟練の調教師だって荷造りは手癖でできるものではない。
その代わりに、シロとラスボスが俺の旅支度についてよく知っていた。
なぜならば、この世界ではゲームで省かれていた〝道中〟という概念がある。
時代的にはいいとこ中世だ。街道も整備されていないし、盗賊だって出るかもしれない。
しかし調教師は別に強くない。俺たちの〝力〟は〝自分の腕力〟ではなく〝モンスター〟なのだから。
つまるところ、道中は安全のためにもモンスターを連れて歩くのだ。
だからシロやラスボスなどは旅する俺によく同行していたようで、俺がなにを持ち歩いていたかということを知っていた。
調教師室――
どこぞの犬によってボロボロにされてしまっている俺の私室に、今は全員で集っていた。
モンスター状態だと入りきれないため、全員人型だ。
……子犬4人はむしろモンスター状態のほうがちっこいのだが、まあ、動けないほど狭いわけでもないので人型でいいとしている。
部屋の中は、一見目立ちにくいものの、シロが荒らしたあとが未だ生々しく残っている。
荷造りをしていく過程でそれらの傷跡が見えるわけだが……
ラスボスが眉をひそめた。
「なんじゃァこの有様は。主、まさか家捜しでもされたのではなかろうな?」
「……家捜しと言えば家捜しなのかな……うん、まあ、実害はないから気にしないでくれ」
「しかし妙なことをする輩もおるもんじゃのう。なぜ服やベッドばかり集中的に狙っておるのか」
「趣味じゃないかな……」
「なんぞ偏執的な危うさを感じるぞ。主、犯人が捕まっておらんのだったら充分に気をつけたほうがよかろう」
苦笑いするしかない。
そんな会話をしながら、大きな革製のリュックに指示される物を詰め込んでいく。
水と食料はあとにするとして、野宿用の毛布、着替え、地図にコンパス……
どうやら以前の俺は本棚の書物まで持ち歩いていたようだった。
……そりゃそうだ。せいぜいが中世ぐらいの時代、俺の書棚にあるようなハードカバーの本は貴重だろう。
ゲームでは調教場を移動すれば自然とあったが、リアルだとすべての調教場に配備されているとは考えにくい。
だが、今の俺は文字が読めないので本は置いていくものとする。
必須品をいくつか他にも詰め込み、荷造りがだいたい完了したようだった。
他にはないか、とシロとラスボスに質問する。
2人が答える。
「シロ用のブラシですね。あとボールなんかもあると嬉しいです!」
「……儂用の毛布かのう。気温の変化に弱いでな」
「あ、あ、それから首輪! お外移動する時にはつけてないといけないって言われました! ……でも戦争状態ですし、今はいらないかもしれませんね」
「西は寒いでのう。鱗の表面を拭く布なども用意するのじゃ。結露するからのう」
「あとあと、すごくいい噛み心地の物をご主人様はよく用意してくれますね! 噛んでると安らぐんですよ~」
「翼がしもやけになることもあるから、温めるための毛布もほしいかの。とかく布は多めに必要であるな」
すっかり忘れかけていたんだが、こいつら犬とトカゲだった。
人型は信頼した相手にだけ見せる姿なので、道中は当然モンスター状態なのだろう。
ブラシにボールに骨ガム? に……
毛布に布に毛布……
俺は思った。
「シロの言うやつはおもちゃばっかりだな……」
「必要なものです! 大きくなってからご主人様ぜんぜん遊んでくれないんですから、この機会にいっぱい遊んでもらわないと!」
「……ん? 大きくなってから遊んでくれない? それはつまりシロが大人になってから旅支度の時におもちゃは用意してないって意味なんじゃないか?」
「そうですよ?」
悪びれないなあ……
まあ、シロの希望は〝とにかく道中遊んでほしい〟ということでまとめられるのか。
これが親子とか兄妹なら〝そんなもの無駄なんで持っていかないよ〟で済む話なのだが、残念ながら俺とシロは〝調教師とモンスター〟の関係である。
モンスターと遊ぶというのはストレスに気を配るということであり、調教師としては留意すべき事項だろう。
が、他のモンスターと道々で合流していきたいので、希望されたおもちゃを全部持って行けるわけではない。
そのへんも考えて荷造りしていく。
「とにかく、布は多めにだな」
「そうじゃのう。寒いのも暑いのも慣れてしまえば平気じゃが、慣れるまでは体温調節が難しいでのう。人の姿は基本的に脆弱であるが、環境の変化に対する順応性だけはモンスターの姿よりもよほど上じゃのう……」
「……なあラスボス、道中人型でいることはできないのか?」
「ば、馬鹿者! 他の人間に人型を見られたらどうするのじゃ!?」
顔を真っ赤にする。
怒っているのか恥ずかしがっているのか……両方かな。
モンスターたちの人型を人間でたとえるならば〝ちょっと大胆な水着〟みたいなもので、親しくもない相手に見られるのはやはり恥ずかしいのだろう。
荷造りをすっかり終了する。
食料と水はあとで調理場から持ってくるとして……シーツとかも含め布をいっぱい持ったせいか、普段持ち歩いているという本を外したにしてはリュックがぱんぱんだ。
背負ってみる。
持ち上がらなくはないが……
クッソ重い。
こんなの背負って長距離移動とか無理じゃね?
ていうかもともとこのリュックにはハードカバーの本を入れていたわけで、3ヶ月前の俺が旅する時に背負っていた荷物はもっと重いのだ。
以前の俺は筋肉モリモリマッチョマンの変態かなにかなの?
ちょっとたずねてみることにする。
「なあ、俺の体って、2人の前から姿を消す以前と比べて、衰えてたりする?」
「なんじゃァ藪から棒に……さて、別段細くも太くもなっとらん気はするが」
「ご主人様の質問に正確に答えるため、脱いでいただきたいのですが!」
あんまり変わっていないらしい。
ということは、移動手段が徒歩じゃないのか?
「道中ってけっこうな距離を歩いたりする?」
「儂は飛ばんからのう。自然と移動手段は歩きになるかの」
「シロは走ります!」
「いや、そうじゃなくって、俺の話……というか、俺基準で長いかどうかわかる?」
「主はほとんど歩かんじゃろ」
「ご主人様は背中に乗られますよね?」
なるほど。
モンスターの背に乗って移動するなら、この荷物の重さも納得だ。
しかし……大人になったグレイフェンリルだったらいいとしても、子供状態のグレイフェンリルを育成中に移動する時とか、ゲームではどういうふうにしてたんだろうか。
あと、モンスターの中にはあきらかに乗るのに不向きな形状の者もいるんだが……
ラスボスだって〝2本足で立つドラゴン〟なので、乗りにくそうだ。
ゲームと現実の齟齬を垣間見た気がする。
ラスボスがたずねてくる。
「荷造りは終わりかの」
「ああ、たぶん……あとは水と食料を詰め込みたいんだが……食料はそういえばストックがなかったな」
「儂が拠点として使っておった場所にいくらか保存がある。人間が住むような場所ではないが、少し寄るぐらいはかまわんじゃろう。あそこならこの調教場から1日もかからんでな」
「なるほど。助かる」
「しかし……数人での旅は初めてじゃな」
ラスボスの視線が泳いだ。
シロや、シロの背に隠れる子犬どもに目を向けている。
……子犬どもはまだラスボスを怖がってるのか。
人間形態のラスボスはおまえらよりちょっとお姉さんっていう程度の女の子なのだが。
たしかに今の関係性で集団行動をしたら、なんらかのトラブルが発生するかもしれない。
こういう軋轢や誤解なんかも、俺が解いていくべきだよな。
俺はラスボスに言う。
「不安がるのはもっともだけど、子犬たちとの仲は俺がとりもつから、安心してくれ」
「……ああ、いや、それもそうじゃが」
「他になんか問題でも?」
「儂はのう、枕が変わると眠れんのじゃ」
「……は?」
「あー、うー……つまりじゃな……主よ、ちょっと耳を貸せ」
言われるままに頭をさげる。
ラスボスが俺の耳に向けてささやいた。
「……旅の時は、主が子守歌で儂を寝かせつけておるじゃろ」
「そ、そうなのか……」
「なんじゃァ、忘れたわけがあるまい……で、じゃ……子犬どもの手前、その……なんじゃ、言い出しにくいではないか。いい大人が眠る時に子守歌が必要とは……」
いい大人……
ラスボスの身長は、俺の胸ぐらいまでしかない。
顔立ちだって幼い。
手足も細く、シロに比べれば胸だって大きくない。
大人な順に〝女性〟〝少女〟〝幼女〟で分類するならば、ラスボスは〝少女〟と〝幼女〟のあいだぐらいに見える。
うん、子守歌が必要でもまだセーフだな。
「気にすることないって」
「……他にも問題はあるぞ……眠るのにもあまり知らんやつがおっては気になって眠れんし、風呂なども、他人の前で裸になるのは恥ずかしではないか」
「道中はモンスター状態だろ……」
「それでも、風呂の時は恥ずかしいのじゃ。さりとて水浴びでもせんとこのあたりは暑くてかなわんし、なにより鱗がくすんでしまうし……」
繊細というかなんというか……
人間でたとえるならば、修学旅行とかで風呂に入る時、湯船につかるギリギリまでタオルで体を隠すタイプの子なんだろう。
なんにせよ、今の会話ではっきりしたことがある。
たまらなくかわいいなラスボス……
「わかったわかった。そのあたりは配慮するよ。時間ごとに分けるとか……」
「……本当じゃな?」
「本当だってば。集団行動を仕切るのは俺も初めてだから不手際は出るかもしれないけど、最大限努力する」
「……儂はな……子犬どもに情けない姿を見せたくはないのじゃ。そのあたりよろしく頼むぞ」
「どうしてまた」
「年下と会う機会は少ないのじゃ。年長者として振る舞えるなぞそうそうないからのう」
……そういえば、レッドドラゴンは取得時期が遅いモンスターだったな。
モンスターを取得するには〝実績を解除する〟〝大会で優勝する〟という2つの方法がある。
レッドドラゴンは初期実装モンスターではあるものの、難易度のかなり高い大会で優勝しないと獲得できないため、入手は遅くなりがちだ。
入手が早いほうが〝お姉さん〟だとするならば、たしかにレッドドラゴンであるラスボスは他のモンスターからしたら〝妹分〟になるのだろう。
だからこそ、年下は貴重な存在なのかもしれない。
お姉さんぶりたいんだよな、ようするに。
「わかった。最大限配慮する」
「頼むぞ」
「まかせろ」
ラスボスの頭をなでる。
ちょっと不満そうに頬をふくらませたが、払いのけられることはなかった。
ラスボスを見ていると、モンスターにも色々あるんだなと感じる。
シロも、なにか集団行動について不安があるかもしれない。
俺は振り返ってたずねた。
「シロはなにかお願いごとあるか?」
「え? お願いごとですか? それはなんでもいいんですか?」
「まあ、俺にできることだったら」
「そうですね……他の子と接触したあとは、7時間ぐらいシロとべったりして、シロのにおいをつけてくださればそれで」
「お前はそういうやつだよな。知ってたよ」
悩みがなさそうでなによりだ。
……まあ、それはそれで配慮するとして――
俺は重すぎるリュックを担いで調教師室を出る。
旅の始まりだ。
また感想をいただきました! ありがとうございます。
これからもがんばって更新していきますのでよろしくお願いします。
 




